妖 刀



 犬の遠吠えが、静寂しじまを破る。
 風に押し流される雲の隙間から、はかなく月光が、見え隠れする。
 ひときわ強い風に、川べりに植えられている葉を落とした柳が、音たてて揺れる。
 天水桶が崩れる音に、驚いた猫が、金目を光らせて、路地を駆け抜けた。

 しんと静まりかえった、夜の町に、災厄が、訪れようとしていた。

 吉原帰りの身形みなりのよい酔客が、ちょうちんを手に、ひとつしゃくりあげる。
「今夜は冷えるねぇ」
 大きく身震いをして、男は、立ち止まり襟巻きを巻きなおした。
 その時だった。
 男は、ある意味幸運だったろう。
 こぼれ落ちるはかない月光を反射させた鋭い太刀筋が、刹那の間に男の命を奪ったのだから。
 ボッと音をたてて、地面で、ちょうちんが燃え上がる。
 男は、自分になにが起きたか気づくこともなかった。ただ驚いたような不思議そうなまなざしを、離れた位置に倒れてゆこうとしている己の胴体へと投げかけていた。
 面布めんぷを被った男がひとり、ちょうちんの炎が燃え尽きるまで、こときれた男を見下ろしていた。


「さぁさぁ、瓦版だ。昨夜もまた、辻斬りが出たよっ」
 町の雑踏で、手にした刷り物を示しながら、尻端折しりっぱしょりの男が、はやし立てる。
「兄さん一枚おくれ」
「おー。こっちもだ」
「はいはい。毎度あり」
 次々伸ばされる手の上の文銭と引き換えに、瞬く間に男の手から刷り物が消えてゆく。
 『め』の字も鮮やかな半纏を羽織ったひときわ体格のよい男が、買ったばかりの瓦版に目をやりながら、器用に雑踏を縫っていった。
「虎嘯どこいってるの」
「え? あ……」
 瓦版から目を離し決まり悪そうに頭を掻いた大柄な男を、これまた、ひときわ小柄な少女めいた女が、腰に手をあて見上げていた。
「あ、その。鈴、ただいま」
「おかえりなさい」
 にっこり笑えば梅のように愛らしい愛妻に、町火消し『め組』の頭、虎嘯は、めっぽう弱かった。
「あ、そうだ。中嶋の若さまがきてるのよ」
「陽子が」
「うん。居間でみんなとお茶飲んでるわ」
 言われて、虎嘯は、鈴とふたり、居間に向かった。
「虎嘯お邪魔してる」
 坪庭を眺めることができる居間で、ひとりの若衆姿の侍が、湯飲みを額のあたりまで掲げて見せた。
 ゆたかな辰砂の髪を高くひとくくりにした、緑の瞳の、まだ少年めいた侍である。
「これは………あと、いらっしゃい。陽子」
 彼、いや、彼女の正体を知っている虎嘯は、思わずかしこまりそうになって、慌てて誤魔化した。
 どっかりと、頭指定席である、火鉢の前に陣取った。
「辻斬りが出てるって?」
 しばらく屋敷を抜け出せないでいる間に、なんだか、凄いことになってるみたいだけど。
「犯人は?」
「月番が、浩瀚さまじゃありませんからね〜」
「なかなか。難しいみたいですよ」
「侍だろうって、噂はありますけどね」
「なんでも、一刀両断」
「これまでの被害者は、みんな、首を斬りおとされてるんですよ」
 虎嘯の手下が、口々に、まくし立てる。
「何人?」
「かれこれ……ひのふの…………」
「七人ですよ。おまえさん」
 お茶を入れながら、鈴が、口を挟んだ。
「みんな、夜出歩くの怖がってるわ。火消しなんて、夜回りも仕事のうちだから、ね、みんな」
「おかみさん〜」
 耳の後ろを掻きながら、いなせが売りの火消したちが、情なさそうに、顔を見合わせた。


「主上」
 恬淡とした美声が、美しく刈り込まれた広い庭にこだましていた。
「景麒さま」
 静かな落ち着いた声が、金髪の声の主に、かけられた。
「これは、浩瀚どの」
「いかがなさいましたかな」
 怜悧な印象の端整な表情が、無表情を売りとする傾国女王御側御用、景麒に向けられる。
「よいところに。主上を見られませんでしたか」
 ふっと、口角に弛みを見せた南町奉行浩瀚が、
「主上ならば、先ほど」
「どちらに」
 常の鉄面皮を返上しての御側御用人の慌てふためくさまに、
「先ほど、お庭番と町に出かけられましたようですよ」
と、後を続けた。
 ぴく……と、景麒の眉間に皺が寄せられる。
「また、ですか」
 低い、まるで呪詛がこもっていそうな声に、できると評判の町奉行も、思わず数歩退きかけた。
「このあいだのおしのびから戻られて、あれほど、政務に専念するとおっしゃられていたというのにっ。今日は、新しいお試し御用の者の顔見せだと、あれほど念を押しておいたというのにっ」
 まるで、血の道の女性のように、抑えきれない激情を声にして、わなわなと、震える。
 無表情という御側御用人の評判が、浩瀚の心の中で、音をたてて崩れてゆく。その欠片かけらを振り払いながら、
「まぁ。まぁ。御側御用人さま。ここはひとつ落ち着かれてはいかがですかな」
 浩瀚が、手近の陶の椅子を指し示した。
「主上の身に何かあればと思えば、落ち着かれようはずがないではありませんか」
 麗しい紫の瞳が顰められ、鋭い声が、迸る。
「主上に何か起きるとも思えませんが」
「辻斬りが出ていると聞き及んでおります」
「お庭番がついておりますから」
「夕揮………桂々……………主上にもしものことがあれば、月番の北町奉行共々、お試し御用に下げ渡してくれる」
 怨念のこもっていそうな、声だった。
「それに、行かれる所も、決まっておられますし」
「他人事のような顔をして。私よりも詳しそうですね」
「はぁ。余計なことをすれば、差し出口と、北町のに恨まれますから。それに、め組の虎嘯とは、顔見知りですのでね」
「め組の虎嘯――――どういった人物なのか、一度この目で品定めしたいものですが」
「悪い男ではありませんので、ご安心ください」
と、請け負った。


「うう………」
 て切られた扉の奥から漏れ聞こえてくる、苦しげな喘ぎに、廊下に座している男たちは、顔色ひとつ変えることはない。
 救いを求める声と、打ち据えているかのような空気を切る鋭い音。
 十畳ほどの広い室内に、薫香くんこうがただよっている。
 しかし、薄暗い室内、白い背中を鞭打たれているものも、打ち据えているものも、そんなものを顧みる余裕などはない。
 床の間を抱くように両手を縛められているのは、まだ年若い、少年である。
 冬だというのに汗でぬめる白い背中には、無数の蚯蚓腫みみずばれが、生々しい赤を宿している。そのうえに、まだ、次々と、新たな痕が増やされてゆく。血が流れていないところから鑑みれば、鞭を振るう側が、力の調整をしているのだろう。
 鞭を振るっているのは、四十ほどだろうか。彫の深い整った顔立ちは、今は、くらい情念に、囚われている。少年を見据える双の瞳にも、一層暗い、執着と情欲それになにがしかの苛立ちとを宿して、いた。
 彼が、少年をこの部屋へ連れ込んで、やがて小半時が過ぎようとしている。
 鞭打たれるたびに噛みしめていたくちびるは、やがて苦痛に解け、押し出されるようだった悲鳴は、今では、かすかな喘鳴へと変化している。
「郁也………」
 執着の音を隠そうともしない男の呼びかけも、もはや、郁也と呼ばれる少年には、意味があるものとは届いていないに違いない。
 男の手から、乗馬用の鞭が、落とされる。
 背後から抱き込むように、少年の顔を覗き込む男の手が、傷ついた少年の背中を撫でさする。
 苦痛に、少年が、弾かれたように震えた。
 男のきつく閉ざされていた口角が、ほころび、ぞっとするような笑いを形作った。


 北町奉行所の面々は、殺気立っている。
 なんだって北町が月番の時に、こんな面倒な事件が起きるんだ。とは、口には出さないものの、彼らの本音であったろう。
 辻斬りが出始めて、まだ、七日。それなのに、被害者は、七人なのだ。一晩でひとりの割合で殺されている計算になるが、実は、違う。偶然出遭った者を手当たりしだいに切り殺すだけなのか、一晩で殺される人数は、まちまちだった。
 手がかりは、被害者を一刀両断にするその太刀筋の見事さと、おそらくは刀の見事さ。いずれ名のある道場の免許皆伝者か、名工の手による名刀なのだろう。
 片っ端から、道場という道場、道具屋という道具屋を、彼らは走り回っていた。

「もし。そちらのお侍さま」
 背後からかけられた声に、男は、振り返った。
 顔にやわらかい笑みを貼りつけた男が、男を、見て、腰を屈めていた。今にも揉み手をしそうなほどである。
 笑顔ではあるものの、目は笑っていない。
 鋭い、射抜くようなまなざしである。
 尻端折りの着物の裾から、浅葱の股引が膝まで。懐の不自然なふくらみは、
「十手持ちが、俺になんの用だ」
「へへっこいつは、ご慧眼恐れ入りやす。が、ちょいと、お腰のものを拝見できませんでしょうか」
 なにを無礼な――と、放言するのは簡単だが、侍の腰の物を見せてくれ――と言うのは、言う側は命がけである。なるほど、十手持ちの視線が鋭くなろう道理である。
 男は肩を竦めて、鯉口こいくちを切った。
 かちゃり――と、刀を抜き取る寸前の金属音に、十手持ちが、息を呑み身構える。
 このまま、抜刀たちまち無礼打ちにされてもしかたがないのだ。
 通りすがりの者達も、遠巻きに、足を止めて、不安げである。
 しかし、男は、にやりと不敵な笑いを口元に、鯉口を元通りにすると、鞘ごと、十手持ちに渡したのだった。
「おまえの度胸に免じてな」
「これは、ありがとうございます」
 十手持ちが不器用に鯉口を切り、刀を鞘から抜く。
 きらり――と、陽光を、刃が、弾いた。
 矯めつ眇めつを繰り返していた十手持ちが、溜め息をついて、男に、刀を返した。
「綺麗なもんです。血曇りひとつ、油染みひとつ見当たりませんでした。さぞや、毎日手入れをなさってることとお見受けしましたが。卒時そつじながら、お名前を伺っても」
 へりくだりながらも、やはり視線は鋭いままの十手持ちに、刀を元通り帯びに通した男が、口角を引き上げ笑いを喉の奥で噛み殺した。
「青辛。主上よりお試し御用を拝命つかまつっている」
 この答えに、十手持ちが、真っ青に引き攣り、双眼を大きく見開いた。
 自分がとんでもない人間に、無理難題を吹きかけたのだと、理解したのだった。
 お試し御用、名の通り刀の試し切りのための役である。そうして、いまひとつ、罪人の斬首も、その任にある。
「も、申しわけございませんでしたっ」
 度を過ごした声で喚くように言うと、十手持ちは、頭を下げた。
 青辛は、肩を竦めると、その場を後にしたのだった。


「いたか?」
「いや」
「そっちはどうだ」
我主わぬしらはそちらを」
「うむ。では、身共みどもらは、あちらを」
「よいか、必ず、見つけ出すのだ」
「おお」
 青い顔をした主持ちの侍たちが、雑踏の中を走り回っている。
 なにごとか、御家おいえの中ででも、問題が起きたのだろう。
 城下にいれば、何やかやと、主持ちの侍たちが引き起こす騒動に出くわすことも多い。我が身に火の粉が降りかかってこないかぎり、住人達は、慣れたものである。

 遠く近く、不思議な響きの声が、聞こえる。
 それに誘われるように、郁也は、目を開いた。
 暗い。
 蜀台の上に、一本の百匁蝋燭ひゃくめろうそくが炎を宿して揺れている。
 それだけである。
 かけられていた夜具をはがし、郁也は横寝の状態から布団の上にゆっくりと起き上がった。
 背中が、焼けつくように痛む。
 昨日の行為が頭の中によみがえり、郁也の顔が、歪んだ。
 こみあげるものを抑し殺すように、目を閉じ、しばらくの間、動かなかった。
 しばらくして、ようやく、郁也は、自分がどこにいるのか、ぐるりと、周囲を見渡した。
 八畳ほどの、何もない、殺風景な部屋である。
 耳に馴染むような低い声は、襖を隔てたすぐ隣から聞こえてくるようだ。
 郁也は、這うようにして襖に近づき、静かに、襖に手をかけた。
 線香の煙と、揺らぐ多くの蝋燭の炎が、郁也を圧倒する。
 低く、それでいて朗々と、経を上げていた声が、ぴたりと止んだ。
「気がついたか」
 端然と、ひとりの男が、郁也を振り返った。


「七人もすでに犠牲になっているのか」
 茶を啜って、陽子が独り語ちる。
「やーねー。中嶋さまが真剣になったって、どうしようもないってば」
 そんな陽子の背中を、ばしんと、鈴が叩く。
「お、おい、鈴」
 虎嘯が焦るが、
「それはそうなんだけど、やっぱり、気になるだろ」
 陽子は、気にしたふうもない。
「まぁねぇ。め組の若い衆ともあろう者が、夜回りを怖がるんじゃあ、なにかとお引き立てくださってる浩瀚さまに面目が立たないわよね」
「おかみさん」
「そりゃないっすよ」
「そうですよぉ。オレたちは、ヤットウのほうはからっきしなんですから」
「刀で試し斬りされちゃおしまいですよ」
「試し斬り?」
 ふと顔を上げた陽子に、
「そういう噂もあるんですよ」
 虎嘯が、答える。
「あまりにみごとに首を斬りおとしてるっていうので、刀の試し斬りでひと斬る味をしめたんじゃないかって」
「中嶋さまには悪いけど、お武家さまには、あぶないヤツが多いって言うし」
「い、言い過ぎだぞ、鈴」
「なんでよ、ちゃんと、中嶋さまには悪いって、断ったでしょ」
 ぷんと、頬を膨らす愛妻に、知らないっていうのは強いよなと、天井を見る虎嘯だった。
「ちょっと、出てくる」
と、脇に置いておいた刀を掴んだ陽子に、
「あ、中嶋さま。今度はいつまで居候?」
 鈴がにっこり笑う。
「う〜ん、四、五日かな。帰りに、居候代の米でも買ってこよう」
と、立ち上がりながら、陽子が返した。

 試し斬りと聞いて、陽子の頭を過ぎったのは、つい先日、知り合った、青辛の顔だった。
 意気投合して、この男は信用できると、役職を与えたのだ。
 もっとも、まだ、正体を明かしてはいない。
 女王だと言って、青辛の態度が改まったりしたら悲しいと、思ってしまって、だから、今日が青辛の目通りだったが、城を抜け出したのだ。ただ、なぜ、悲しいと思ってしまったかについては、陽子は深く考えてはいない。
「青辛には、悪いんだけどね」
 主上の拝謁といえば、名誉である。
 意味があって、故意と――といえども、わけを知らない青辛には悪いことをしているという、自覚は、あるのだ。
 この間教えてもらった青辛の家に、陽子は、向かった。
 何か噂を耳にしていないかと、単純にそう思ったのだ。


 鋭い音をたてて、乗馬鞭が弾けた。
 平伏した侍たちが、首を竦める。
「まだ、郁也は見つからないのか」
 声が穏やかなだけに、侍たちの胸に恐怖がつのってゆく。
 自分たちの主の恐ろしさを、充分に知っているからだ。
 逃げ出した小姓の心の内がわからないでもない。第一、元来小姓でなかった少年を、主の性癖を知りながら生贄のように小姓に仕立て上げたのは、彼らなのだ。罪悪感がないといえば、嘘になる。
 しかし、主が、小姓を気に入ったのは、思いの外だった。
 逃げ出したとして、最悪死んだとして、小姓など替えが利くと気楽に考えていたのだが、溺れてしまうとは、埒外だった。
 こうして要らぬ手間をかけられることになる。
「今宵は、別のものを侍らせましょうほどに」
 側近が言うのに、
「要らぬ」
 そう吐き捨てると、手にしたままだった乗馬鞭を、畳に投げつけた。
 刹那、主の顔に現われたのは、能面のような、無表情だった。それは、たちまちのうちに、消えてゆき、狂気をしたたらせた薄ら笑いへと変貌を遂げた。
「今宵、出かけるとしよう」
 そうして、侍らが最も聞きたくなかったことばを、主は、ゆっくりと口にしたのだ。
 主の手が、刀に伸びる。あの刀。あれが、持ち込まれてから、主は、変わられた。―――否。以前なれば、抑えていた暗い熱の箍が外れたというべきなのかもしれない。小姓を相手にすることで抑えていた嗜虐の嗜好が、人を斬る悦びへと取って代わったのだ。それでも、あの小姓がいれば、まだ、抑えることもできていたのだ。度を過ごした主によって、あの小姓が主の相手をできなかった時に、あの凶行は行われたのだ。
「よいな。郁也が見つかるまで、私は、毎夜、出かけることを決めた」
 口角に、狂ったねつい笑いを貼りつけて、主は、奥へと姿を消した。
 残された侍たちは、真っ青に顔を引き攣らせ、側近が命じるより早く、部屋を後にした。
 とにかく、主を止めるには、逃げ出した小姓を見つけることが先決だった。


「お邪魔する」
 奥のほうにひとの気配があると、庭先から回った陽子は、ことばをなくして、立ちすくんだ。
 開かれたままの障子の奥で、青辛が、見知らぬ少年を抱きすくめていたからだ。
 しかも、少年は、裸であるようで、剥き出しの腕を、青辛の両肩に突っ張っろうと、藻掻いている。
 陽子の心臓が、面白いくらい激しくなった。
 顔が、全身が、熱いくらいだ。
 しかし、
「おお。中嶋どのではありませんか。申し訳ないが、手伝ってもらえないでしょうか」
 背後の気配に気づいたらしい青辛が、ひとの好げな笑みで、陽子に声をかけた。
 息を吹き返した心持ちになって、
「あ、ああ」
 陽子は、縁側から、部屋に上がった。
 そうして、なにが行われているのかを、理解したのだった。
「中嶋さま。お久しぶりでございますな」
老松医師ろうしょうせんせい
 中では、少年の背中の怪我を、老松医師が手当てしているところだったのだ。
 憐れなほど赤く腫れあがっている背中の治療に、少年は耐え切れずに仰け反り、青辛に抱きとめられる羽目になっているらしい。
「すまないが、半分、受け持ってくれ」
 暴れる怪我人を布団の上に押し付けるわけにもゆかず、ふたりは、両脇から、少年の腕を抱えたのだった。

 鎮痛作用のある薬湯が効いたのか、少年は、猫のようにからだを縮めて眠ったようだ。
 それを見て、ふたりは、部屋を移った。
「少し向こうの薬師堂に行き倒れていたのを拾ったんだが、熱を出してな。それで、老松医師にお出で願ったのだ」
 着物をくつろげるのを嫌がるからどうしたんだろうと思ったら、ああだろう。
 訳ありだと思いはしたが、酷いことをするもんだ。
 どうやら、主の仕打ちに耐え切れなくなって、逃げ出したといったところだろうな。
「可哀想にな。そんなじゃ、行くとこもないか」
「主が捜している可能性もあるだろう」
「なぜ? あれだけ苛めているのだから、わざわざ手間をかけはしないんじゃないのか」
 そんな陽子の反応に、しばし、青辛は、まじまじと相手を凝視した。
 いっぱしの口を利くものの、よくよく見れば、まだ、少年めいている。
 見た目どおりの歳なのか。
「なんだ?」
「彼の怪我自体は、充分、抑制された手馴れたものらしい」
「は?」
「いや。老松医師が言うには、あれは、乗馬鞭のようなもので打たれただろう痕で、そういう趣向が好きな相手にやられたのだろう――と、そういうことだ」
「…………」
 緑の瞳が、考え深そうに、顰められた。
 ぽりぽりと、人差し指で頬を軽く掻きながら、青辛は、陽子を眺めていた。
「え、と、いうことは………そういうことなのか?」
 どこのことばだ――と思いながらも、通じるあたりがすばらしい。青辛は、
「そういうことだ」
と、顔を赤くした相手に、なるべく重々しくうなづいて見せたのだった。
 誰に気兼ねが要るわけじゃなし、しばらくは俺が預かろう――と、青辛が言うのに、反対する言われもない。
 そうだな。じゃあ、ちょくちょく様子を見に来よう。
 そう言って、陽子は、青辛の家を後にした。
 少年の容態が、見た目よりも悪いのだと、陽子が知るのは、まだしばらく、先のことだった。


 米を買うのを忘れてた――と、青辛の家とは反対方向の米屋を、
「じゃあ、明日にでも、め組にとどけてくれ」
 そう言って陽子が出た時には、日はとっぷりと暮れていた。
 鈴の機嫌をとるための甘味も手に入れてある。米屋に行く前に寄った菓子屋で、実はかなり時間を食ってしまったのだ。
 自分とさして歳も違わないのに、いっぱしのおかみさんである鈴に、陽子はほんの少しだけ頭が上がらない思いがある。それに、ああやって、好き勝手言い合える連れ合いというのに、憧れもあるのだ。
「いいよな」
 そう思った刹那に頭を過ぎった面影に、ふと陽子の足が、止まった。
「まさか」
 否定するも、やはり、ドキドキと、動悸がうるさい。
「あれは………」
 青辛が少年を抱きしめていると勘違いした時の、あの感情は、
「嫉妬ってか? うわ〜どうしよう」
 恥ずかしい。
 明日は、青辛のところに顔を出せない気がする。
「と、とりあえず落ち着け、自分」
 必死で、鼓動を、泡を食っている思考を宥めようと、深呼吸する。
 その時だった。
 陽子の緑の双眸が、刹那にして厳しい色を刷いた。
 咄嗟に、抜刀して、払いのける。
 鋭い金属音が、夜の静寂を破った。
 川べりの柳が、葉を落とした枝を揺らす。
 川の流れる音。
 闇を強調する野良犬の遠吠え。
 遠い、夜回りの声と拍子木ひょうしぎの音。
「なにやつ」
 静かに、陽子が、対峙した相手に向かって、誰何すいかした。
 面布を被った、身形の良い男が、月明かりに照らし出された。
 男が手にした刀が、ギラリ、剣呑な光を宿して輝く。
 その輝きは、まるで、男の双眸に宿った光と同じように、陽子には思えた。
 ねつい、狂ったような、ドロドロとした、思い。
 男が刃を操るのか、男が刃に操られているのか。
 辻斬りはこいつか――――思考は瞬時に脳内を駆け巡る。
 陽子が、正眼の構えから、刀をかすかに、動かした。
 男の双眸が、眇められた。
 ふたりの間に高まった緊張が、まさに弾けようとした刹那だった。
「火の用心」
 カチカチと響く拍子木の音と共に、ひときわ大きな夜回りの声。と、思えば、
「あれ? 中嶋の若さまじゃないっすか。おかみさんも頭もしんぱいしてましたよ」
 め組の若い衆が、あつまってくる。
 がれた殺気に、面布の男が刀をしまう気配がした。
 いくら辻斬りとはいえ、この人数をひとりで――とは無理と判断したのだろう。男は、気配を消して、その場を立ち去った。
 陽子の視線が、鋭く、影を薙いだ。
 影から、すらりとした人の形が現れたかと思えば、軽く会釈をして、再び闇に溶け消えた。
「中嶋の若さまが付き合ってくれれば、鬼に金棒だな」
「おお」
 上っ調子のめ組の若い衆に囲まれて、歩き出した陽子は、つま先で何かをけったような気がして、拾い上げた。
「なんですか?」
 若い衆たちが、陽子の手の中を覗き込んでくる。
 月に翳して見れば、それは、
「印籠だ」
 金の蒔絵もきらびやかな、印籠だった。
 根付には、凝った細工の象牙の虎がぶら下がっている。
 陽子は、それを、袱紗ふくさに包んで、懐にしまいこんだ。
 後から、面布の男を追っていった夕揮ではなく、桂々に城に届けてもらい、景麒に調べてもらおうと考えてのことだった。
 しかし、陽子は、め組に返った途端、鈴の心配そうな声に、それを忘れてしまったのだった。


 翌日、陽子が青辛の元を訪ねると、困ったような顔をして、出迎えた。
「どうした」
「いや、名前を浅野郁也と名乗った後は、肝心なことになると喋ろうとしないので」
「そうか」
 しかたないかもしれないなと思いながら、陽子は、とりあえず、少年、浅野郁也の顔を見ようと、部屋に案内してもらった。
「浅野。中嶋どのが、見舞いに来てくださったぞ」
「ありがとうございます」
 布団の上に正座して、粥を啜っていた郁也は、慌てて粥を盆に戻し、お辞儀をした。
「調子がよさそうで、何よりだ」
 そう言って、座った陽子だったが、
「ああ、そうだ。見舞い持ってきたんだった」
 懐から、菓子屋の包みを取り出した。
 拍子に、ぽとりと、畳の上に落ちたものがある。
 そこには、白地に金の鰐文様も細かい袱紗と、そこから顔を覗かせている金蒔絵の印籠と、象牙の根付があった。
「それは?」
「ああ。これか。昨夜、辻斬りに出くわしてな。おそらくは、その落し物と思うんだが………」
   畳の上から、拾い上げながら、逸らした視線の先で、郁也の熱に浮かされてぼんやりとしていた双眸が、凍りついたように見開かれているのに、陽子は、気付いた。
 郁也は真っ青で、全身がおこりにかかったかのように小刻みに震えている。額には、汗まで滲んでいる。
「どうした?」
 意外と面倒見がよいらしい青辛が、慌てたように、郁也に手を伸ばした。
 乾いた音がした。
「あ………すみません」
 郁也が、思わずその手を払いのけてしまった、青辛に、震える声で、謝罪する。
「いや、大丈夫だ。しばらく、横になるか」
「い、え。平気です」
 青辛のものらしい、羽織っていた大き過ぎる綿入れを掻き合せるように握りしめて、郁也は、ふたりに、視線を、向けた。
「おまえ、これを知っているんだな」
 陽子のことばに、郁也が、かすかに、うなづいた。
「誰の、持ち物だ」
「……………」
 蚊の鳴くような、小さな声は、聞きとれず、
「すまないもう一度」
 陽子が、再度促した。
「申しわけありません」
 一気に言ってのけ、顔を伏せ、激しく震えはじめた。
 恐怖か、苦痛か、それとも、その両方からなのだろうか。
 陽子と青辛とは、顔を見合わせていた。が、ぽとりと言う音に、弾かれるように、ふたりは、縁側に目をやった。
「なんだ? つけぶみか?」
 青辛が拾い上げたそれを、陽子が素早く取り上げ、結ばれていた紙を開いた。
 流れるような墨蹟を、陽子の緑瞳が辿る。陽子の背後からそれを覗きこんだ青辛の双眸が、驚愕に見開かれた。
 しばらく後、
「おまえは、籍昇紘の、小姓なのか?」
 陽子の思わぬ問いかけに、郁也の肩が、大きく震えた。
「は……い」
 籍昇紘といえば、禄高一万石。今は無役ではあるが、小さな大名家にも匹敵する、譜代の旗本である。
「辻斬りの正体が譜代の旗本では、町奉行所では手が出せまい」
「中嶋どの」
 青辛の声は、どこか、重い。
 怪しまれていると、陽子の眉間に、かすかな皺が刻まれた。


『すべては、あの刀のせいなのです』
 郁也のことばを思い出しながら、陽子は、籍の屋敷へと向かっていた。
 もとより嗜虐の傾向にあった籍昇紘は、あの刀を得てから、小姓をふたり嬲り殺したのだという。その後釜として選ばれたのが、籍に仕える浅野の三男であった、郁也だった。冷や飯食いに役がというので喜んだのもつかの間。それが主の小姓であると知った時の驚愕を、郁也は震えながら語った。上役の命であったから、父親に、否という考えはなかった。生贄同然に主のもとに出向いた郁也を待ち受けていたのは、籍の仕打ちだった。
『それでも、殿さまには、おやさしいところもおありだったのです』
 逃げる道すら断たれていた郁也にとって、自身を弄る相手を慕うよりほかに、術はなかったのかもしれない。
 手酷く扱われた後に、時折り主の見せるやさしさが、いつしか、郁也を絡め取っていたのかもしれない。
『お止めしようとはしたのです』
 これでも、私も、侍の端くれですので。
 かすかに嘲笑い、郁也はそう付け加えた。
『なるたけ、体調が悪くとも、殿さまのお相手ができるよう、つとめました』
 けれど、ひとの身は、脆弱だ。
 無理をつづけて、倒れたその夜、主は町で凶行に走ったのだと、郁也は、聞いた。
『それまでは、屋敷内の無礼討ちということで片付けられていたようです』
 しかし―――――
『殿さまは、私はもう必要ないのだと、刀に手をかけられました』
 何度も、倒れるようになった小姓など、殿さまの激情をお諌めする役には立ちませんから。それは、しかたないと、思ったのです。
 怖ろしいほどの笑いを顔に貼りつけた主に、郁也は見下ろされた。
 主の心の中でどんな葛藤があったのか、刀の柄に手をかけ、主は小刻みに震え続けていた。
 主の表情が、怖ろしい笑いと苦悶の表情へとめまぐるしく移り変わるのを、郁也は、その目に刻み付けていた。
『あの刀に、殿さまは、とり憑かれておしまいになられたのです』
 逃げるなど思いもよらなかった郁也が屋敷の外に出られたのは、苦悶の表情を顔に貼りつけた、籍のためであったのだと。
『殿さまが、私を、屋敷から、逃がしてくださったのです』
 ―――――戻ってはならぬ。
 そう、強く言い含められて、郁也は、不案内な、町を彷徨さまよい、そうして、青辛に拾われたのだ――――と、何度も咳き込みながら、話は中断したものの、それでも、最後まで、郁也は語った。
 しばらく、陽子も、青辛も、ことばはなかった。
『妖刀というやつだな』
『ようとう?』
『刀鍛冶なり前の持ち主なりの念がこもって、人に仇なすようになった刀のことをそう言う』
 青辛の説明に、
『それから、救われるためにはどうすれば』
 郁也が身を乗り出し、数度、咳き込んだ。
 背中を擦るわけにもゆかず、ふたりは、郁也の咳がおさまるのを待った。
『なにか、あるのか?』
『――刀を封印して寺に預けるというのは聞いたことがあるが、たいてい、持ち主が死んだ後の話だ』
 縋りつくように青辛を凝視していた郁也が、顔を背け、きつく目を閉じた。
『なんでもああいう刀は、ひとの心の隙をひどく上手く突くものなのだそうだ。一万石の旗本で無役ともなれば、いろいろ不満もあったろうしな』
『憑かれたが最後――そういうことか』
 陽子の固いことばに、
『俺は、そう聞いている』


「郁也はまだ見つからないのか」
 書院造の簡素な部屋で、籍昇紘は、側近をじろりと見下ろした。
 昨夜は、あの若侍に会ったせいもあって、獲物は見つからなかった。胸の奥からこみあげてくる衝動を、押し殺す手段は、郁也に相手をさせるよりない。しかし、あれを逃がしたのは、ほかならぬ自分である。それも、昇紘は、よくわかっていた。
 刀に視線が向かうのを、己でもどうしようもない。
 それを側近は敏感に感じているのだろう、禿げ上がった広い額を、手ぬぐいで何度も拭っている。
「他のものをお相手になさっては………」
「他のものでは、駄目だ」
 郁也に向かうものは、なにも、嗜虐ばかりではない。そう、愛しいと、そう、感じている己を、昇紘は知っている。怯えながらも必死に、己に応えようとするあれのさまは、いじらしい。
 いじらしいと、愛しいと、そう思う心に、刀が、あれの血を吸わせろと、そう、叫んで止まない。
 だからこそ、昇紘は、郁也を、己で逃がしたのだ。
 ――――だというのに。
 心が、からだが、あれを、欲してやまない。
 刀が、血を吸わせろと、うるさくせがむ。
 郁也の血を、吸わせろ――と。
 気が狂いそうだった。
 郁也を見れば、おそらく、自分は、あれを斬るに違いない。
 しかし、そうはしたくない自分が、いる。
 ぶざまな己に、昇紘がくちびるを噛みしめた。

 ふと、昇紘が、顔を上げた。
「表が騒がしいようだが」
 昇紘がそう言った時だった。
 表から、曲者くせものと、叫ぶ声が、耳に届いた。
 昇紘の双眸が、ギラリと暗い光を宿した。
「殿っ」
 側近が止める間もなかった。
 押っ取り刀おっとりがたなで昇紘は、騒ぎの元へと、自ら、飛び込んでいったのだった。


「籍昇紘に用があるだけだって言うのにっ」
 向かってくる刃を流し返しながら、陽子がぼやく。
「いくらなんでも無茶ですって」
 付き合う青辛もまた、侍と相対しながら苦笑するしかない。
 正面突破の構えは立派だが、門番はともかく、後ろ暗い意識を持っている家来が大勢いるだろう屋敷の玄関で、いきなり、『籍昇紘に話がある』では、穏当に運ぶわけもない。
 いつの間にかいつものように二人増え、四人はじりじりと、屋敷の奥へと、踏み込んでいった。
 と、
「殿っ」
 ひとりが、その登場に気づいたらしい。
 侍たちが、息を呑んだ。
 青ざめた侍たちの視線が、男の持つ刀へと向かっていた。
 これが、籍昇紘か――――と、陽子は、男を眺めやる。
 面布なしでのそのようすは、想像していた狂人のものとは、異なっていた。
 端然と、男が立っている。ただ、そのまとう空気が、瞳に宿った光が、やはり、常人とは、異なるものだと、陽子は、見て取っていたのである。

「何用だ」
 緊張した空気を破るように、昇紘が口を開いた。
  「返しにきた」
 懐から取り出した印籠を、突きつける。
 それを見て、昇紘の口角が、ゆるゆると、笑みをかたどってゆく。
「昨夜の獲物が自らやってくるとは、いい度胸だ」
「そのことば。辻斬りと認めるのか」
 昇紘が、喉の奥で、笑う。
「私が否定しようが、おまえは、確信していよう」
「そうだ」
「なら、これ以上なにを言おう」
 いい終えざま、鞘から刀を抜く。
 居合い切りの要領だ。
 陽子が、かろうじて、受けて流す。
「いい腕だ。しかし、それまで」
 流れるように刀がひるがえり、軌跡だけを残して、陽子に襲い掛かる。
 力で押されては、陽子に勝ち目はない。
 受け流すのが精一杯だ。
 最後の一太刀を、避けられないと、そう陽子が思ったとき、受けたのは、背後から陽子の前に回りこんだ、
「青辛」
「まったく無茶ばかりする。そこでしばらく休んでなさい」
 周囲は、そんなことを許してくれそうな雰囲気ではないというのに、溜め息混じりにそう言う青辛に、陽子は思わず「はい」と答えそうになった。
 家人けにんたちは、あいかわらず、彼らを囲んでいる。
 殺気すら感じられる。
 主が辻斬りの下手人では、どんな処罰が待っているかわからないから、それも、当然だったろう。
 しかし、そんな殺気も、主と青辛との対峙の前では、薄れがちだ。
 死闘が繰り広げられている。それも、もはや終盤が近づいていた。
「名を聞いておこうか」
 昇紘のことばに、
「王家お試し御用、青辛」
 大上段から、振り下ろす。
 それは、間違いなく、昇紘の命を奪っただろう太刀筋であるはずだった。
「とのっ」
 必死の叫びと共に、青辛の前に飛び出してきたものがいなければ、過つことはなかったはずである。
「郁也っ」
 昇紘の口から、魂消たまぎるような叫びが、迸った。


  「それでは、たしかに、お預かりいたしました」
「お願いいたします」
 住職が、朱塗りの御門の前で、深く頭を下げた。
 陽子と青辛ともまた、頭を下げ、踵を返した。
 ふたりは、籍家を振り回し、巷を恐怖に落とした刀の封印を、寺に任せたのだった。
「切ない幕切れだったな」
 陽子が思い返すのは、紙一枚の差で青辛の刀の露に消えることをまぬがれた郁也のその後だった。
 郁也自身、病んでいるという自覚があったのかもしれない。それでも、命を賭して、主を、正気に立ち戻らせたのは、小姓の、いや、侍の鏡と言えるだろう。
 最後の最期、血を吐きながら、主と思いを通わせることができたのが、彼にとっては、救いとなったのだろうか。
 救いとなっていればいい――と、陽子は、空を仰いだ。
 籍昇紘は、あの後、罪を認め、静かに評定所ひょうじょうしょの裁可を待っている。
 籍家は、側近の処罰や家人の移動があるものの、遠縁の夫婦養子めおとようしが継ぐことに決まった。
 これで、すこしは、殺された者たちも浮かばれるだろうか。いや、せめて、慰められて欲しい――そう思う、陽子だった。
「しかし、これで、もう、辻斬りは出ないだろうから、町は安心だ。出るとしても、違う辻斬りだろうから、今度こそ、町奉行にがんばってもらわないとな。妖刀はこりごりだ」
 小春日和の高い空が、ふたりを見下ろしていた。


 蛇足


「主上」
「主上はいずこにおわします」
 金の髪を振り乱して、御側御用人が、広い庭を経巡り、景国女王を捜していた。
「景麒か。どうした」
「ああ。主上そちらにおわされましたか」
 ほっと、紫の瞳をゆるめて、景麒が木立から現われた女王に近づく。
「本日、お目見えになる者を連れてまいりました」
「ああ、青辛だな。わかっている」
 陽子の肯いに、景麒が、手を叩いた。
「青辛。こちらが、景国女王であらせられます」
 頭を下げたままで、青辛が、姿を現す。そのまま叩頭礼をとった。
「主上。こちらが、青辛」
 景麒のことばに、一層、深く叩頭する。
 その背中に、陽子は、
「遠慮はいらない。顔を上げるといい」
 顔を上げた青辛は、瞬間、空白の表情となったが、即座に、驚愕に、固まった。
 その顔を見て、陽子が、クスクスと笑う。
「驚いたか」
「おひとの悪い」
 青辛が、太い笑みを口角に貼りつけた。

 
おしまい



from 10:39 2006/01/03
to 13:20 2006/01/04


◇あとがき◇
 今年一日に某Rさまからいただいたメールで、調子に乗って書いてしまいました。
 え〜と、“中嶋の若さま”なのに、名前は、“陽子”。って、女ってまるっきりばれてそうなもんですが、ベースが十二国記なので、“陽子”と書いて、実は、“ようし”と発音するんですねぇ。今更ですがvv うちのサイトは、十二国記読んでない方もいらっしゃるので、念のため書いておきます。もっとも、魚里も“ようこ”っていつも読んでますけどねvv
 でも、浅野くんは、あくまで“いくや”なんですねぇ。そういえば、この間、浅野郁也の姓名判断したら、悪かったxx そこでもかい。かわいそうに。
 時代物の知識が、浅くて失礼します。大体、江戸時代を絡ませるって言うのに、東京なんて地理勘の欠片もないもんな。
 確か禄高が一万くらいの旗本いたよね? 記憶があやふやだ………。
 お試し御用、山田朝右衛門さまをプロトタイプに、将軍さまを登場させましたので、お話自体も、刀を絡めて見ました。って、妖刀ですけどね。う〜ん。徳川に仇なす刀とか、お守りになるみたいな刀(これは、妖刀とは言わないか)とか、逆に、とにかく血に飢えてる物騒な刀とか、色々伝説はあるみたいですが、憑かれた後刀から逃れられたひとっているのでしょうかね。
 やっぱり、昇浅テイストが強くなる……。しかたないかなぁ。所詮魚里は、まぎれもない腐女子ですから。
 少しでも、楽しいと思ってくださるひとがいると、いいのですが。
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