呼ぶ声 9




 飢えていた身体と心が、満たされる心地だった。
 永く、癒されることなどありえないと感じることすら愚かに思えていた、痛みである。
 それが。
 伸ばされる手が、頬に触れてくる。そこから、じんわりとなにかが広がってゆくような感覚があった。
 しかし、それは同時に、苦痛をもよみがえらせる。そうでなければ癒されないとでも言うかのように、そのやわらかな感触に、記憶が目覚めかける。
 かつて、愛した者を彷彿とさせるなにかが、確かに、目の前の存在にはあった。
 しかし、恩は吹き出そうとするかつての記憶を、もう一度閉ざしなおす。
 それが、癒されることを拒むのだとしても、今は思い出すべき時ではないのだ。
 なぜなら、自分は、満たされたくはない。
 すべては、失われてしまったのだ。
 失われたものを心に宿したまま、満たされたとして、何になる。
 今、自分が持っているものは、なにも、ない。
 たとえ、すべてを持っていると誰もが考えていようとも、己の認識は、ただ、無でしかないのだ。いや、違う。無でありたいのだ。無でありつづけたいと、強く願っていた。
 虚しい。
 苦痛でしかない。
 存在するすべてが、煩わしくも厭わしい。
 そう考えることが、既に無ではないと判ってはいても、それでも、自分は無なのだと、信じつづけたかった。
 なのに。
 どうしても、ともすれば短絡的に滅びへとすべてを導いてしまおうとする感情を、諌めようとする己の心を感じる。
 それは、かすかな、ほんのわずかばかりの、澱のような愛着だった。
 だから、自分は、あれを創った。
 嫌悪を、憎悪を、愛までもを総て、あれに預けたのだ。
 惨いことをしていると自覚はあった。
 しかし、ほんのわずかばかり残った愛情故に世界を滅ぼすことを良しとはしない己の心を守るためには、しかたのないことだったのだ。
 自死を選ぶことは、総てが滅びることに他ならない。
 最後の最後で踏み切ることができなかった自分自身を嘲笑い、嘆き、慟哭のうちにあれを作り出したのだ。
 あれは、己の心の憎悪の部分を実現させる。
 だからこそ、どれほどの暴虐を繰り返そうと、破滅までもは至らないのだ。
 憎悪の底にどうしても残る、愛のゆえに。
 最後に残る愛情は、あれの中では、歪み爛れていることだろう。それは、憶測などではなく確信だった。
 哀れなと思うことは、すなわち自己憐憫に他ならない。
 しかし、恩は哀れみを抱かずにいられないのだ。
 総てを押し付けてしまった王妃に対して。
 嫌悪と憐憫とを。
「ああっ」
 感極まった喘鳴に、恩は我に返った。
 自分が何をしている最中だったのか。
 思い出す。
 滾る熱を散らす思考を追いやりながら、自分の下で乱れる存在を見下ろした。
 自分に応えようとけなげなさまを見せながら、同時に、嫌悪と恐怖とに全身を強張らせようとする、二重写しのような存在に、なるほどと納得する自分を恩は感じていた。
 おそらくは、女である部分と、男である部分とが、無意識に乖離しているのだろう……と。
 それはそれで、楽しませてくれる。
 無でありつづけようとする自分を、この少年であり少女である者は、楽しませてくれるだろう。
 今自分が望むものは、真の癒しなどではなく、たわむれていどのもので充分なのだ。
 恩は、口角をもたげた。



つづく



22:22 2011/07/19 (2011/06/04)




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