Elixir Vegetal



 薄暗い室内を、外からの陽射しが、照らしている。
 天井に近い箇所に作られた、換気用の小さな窓から、外に生えている植物越しの光がふりそそぐ。
 光は、ガラス製らしい、巨大な円筒形の容器を、薄闇の中に照らし出す。
 他には壁際に木製の棚とテーブルがあるだけの、広い部屋である。
 透明な容器の中では、ひとりの少年が、眠りを貪っていた。
 こぽこぽと音たてて泡が湧き上がっている液体の中、直接の陽射しを知らない白い肌は、青くさえ見える。
 長い黒髪が、少年のなめらかそうなからだのまわりで、ゆらめいていた。
 肌の白と髪の黒とのコントラストは、強烈で、どこか、この光景を、現実味のない不確かなものへと変えてしまっていた。
 音をたてて、黒い鉄の扉が開かれた。
 衣擦れの音を響かせながら、男がひとり、入ってくる。
 褐色に金糸で刺繍をほどこした丈の長い着衣の裾が、惜しげもなく床を掃く。
 テーブルの上に、手にしていた濃い緑の布を置いた男が、少年を振り返った。
「我が被造物よ」
 ガラスに掌を押し当て、男が、つぶやく。
 と、深い眠りにあった少年の透けるような瞼が、動いた。
 瞼の下の眼球のかすかな動きに、男の静かな表情に、満足そうな色が刷かれた。
 期待に満ちた黒いまなざしが、見守る中、ゆったりと、少年の瞼が押し開かれてゆく。
 現われたのは、褐色の一対だった。
 いまだなにものにも汚されていない、二粒の玉めいた瞳が、戸惑うように、揺らいだ。
 不思議そうに、少年は自らの両手を見、全身を見下ろす。顔のまわりに漂う髪の毛を見、そうして、無垢なまなざしが、男を捉えた。
 刹那、少年は、ふわりと、見るものが誘われるような笑顔になった。
 ゆるやかに、男が、口角を弛める。
「時は満ちた」
 男のことばに、少年が首を傾げた。
「混沌の世界に、歓迎しよう」
 男が言い終えた瞬間、ガラスの上半分が、まるで蝋燭のように、ぐずりと溶け落ちた。
 ざばりと水音をたてて、容器内を満たしていた液体が流れ出る。しかし、あふれると同時に、液体は、蒸発でもするのか、消えてゆく。ガラスの容器の半分にだけ残った液体も、じわりと嵩を低くしていた。そこに、まるで水桶に浸かるかのさまで、少年が、蹲る。喉を押さえて震えている。
 男が、背中をさすると、少年の口から、こもった音をたてて、液体があふれ出した。
 咳きこむ音が、しばし、地下室に響いた。
 衣擦れの音をたてて、男が壁際の棚へと近づく。
 カチャカチャと、硬いもの同士が触れ合う音がした。
 小皿の上の小指の先ほどの白い塊に、男が懐から取り出した小指ほどもないガラス容器から何かを数滴落とした。
 かすかな刺激臭と、芳しい薬草の香が、男の鼻腔をくすぐった。
 じわりと、透明な液体が、白い塊に染みてゆく。
 かすかに蒸気が立ちこめる中、少年は、喘いでいた。
 ほとんど水分のなくなった容器から、男が、少年を抱きかかえ、テーブルに乗せた。
 緑の布をまとわせ、
「口の中でゆっくりと溶かしてゆけ」
 薄く開いているくちびるに、湿った塊を、押し当てた。
 ひんやりとした刺激の後にくる熱に、少年が、藻掻く。
「エリクシル - ヴェジタルはおまえに、永遠の命を約束しよう」
 人さし指で、男は、白い塊を、少年の口腔へ押し込んだ。
 塊が溶けてゆくのだろう。
 嫌がっていた少年が、ぼんやりと、男を見上げた。
「甘いか。砂糖だからな。まだ欲しいか?」
 口を開ける少年に、喉の奥で笑いながら、男は別の塊を、少年の口元へと運んだ。
 少年は、それが何か知らぬままに、口にする。
 やがて、霊薬を染み込ませた最後の欠片を口にすると、少年は、糸が切れたように頽おれた。
「今しばらくはまどろんでいるがいい」  乱れた長い髪を手櫛で一本に梳き集め、男は、やわらかくささやいた。
「憂いのない眠りにな」
 男は少年を抱き上げると、地下室を後にした。
 鉄の扉の立てる音が、しばらくの間地下に響いていた。


from 13:54 2006/01/10
to 15:16 2006/01/10
◇ メモ & いろいろ ◇
 え〜と、突発で思いついた、郁也くんの生まれた日――です。
 某コミックス(知ってる人いる? 『Bartender』というのですが)を読んでいて、このお酒の名前使いたいなぁと、萌えてしまったのでした。
 つまるところ、このタイトルは、お酒の名前からです。発音は、“エリクシル ヴェジタル”。意味は、植物の霊薬。ともあれ、リキュールだったはず。フランスかどっかの雪深い僧院で作られていたという、ハーブをたくさん使った、400年以上門外不出のお酒の名前。頭文字をとって、別名、EVEと言うそうです。度数は、71と滅茶苦茶高い。ちょっと飲んでみたいなぁvv
 ただ〜ホムンクルス郁也くんが誕生した時代、このお酒は僧院の外に出ることがあったのだろうか? 一応、頭の中で、郁也くんが誕生した時代とかは決めてるので。まぁ、深く突っ込まなくてもオッケーよね。
 同名の別物ですけどねvv 多分。
 角砂糖にリキュールをたらして、それを口の中で溶かすというのは古くからある飲み方なんだそうです。
 そういや、中近東で、角砂糖を紅茶に浸しながら食べるという飲み方があるらしいんですが、関係あるのかなぁ。
 少しでも楽しんでいただけると嬉しいですが。


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