夜間、室内の明りは琥珀がかった薄暗いものだ。
カーテンを閉めていない窓に自分の姿が映っているのに、ふと目を留める。
ガウンをまとう自分の姿がどこか幽鬼めいて見えることに、笑いがこぼれた。
なるほど―――と、予期せぬひとりごとがかすかに空気を震わせる。
額に落ちかかる前髪をかきあげ、視線を窓ガラスから逸らせた。
見慣れた広い室内には古めかしいまでにデコラティブな家具がわずかに置かれているばかりで、寒々しい印象を受ける。
部屋の中央に据え置かれている四隅から伸びる柱に天蓋を支えられたベッドの上にうずくまるようにして眠る少年の後ろ姿に、昇紘の冷たい容貌がほんの少し艶めくようにほころんだ。
このところの引きも切らせぬ情交に精根尽き果てているのだろう。
近づいて覗き込む気配にすら気づいていない。
自分のからだが明りを遮り、少年の上に影を落とす。
ふとこみあげてきた感情に、昇紘の神経質そうな眉間に深い皺が刻まれる。
愛しい。
滾りつづける肉欲のその奥にどうしようもないほどの愛しさがあることに、少年は気づいてはいない。
気づこうとはしない。
おそらく、気づくこともないのだろう。
少年の望みなど、考えるまでもなく昇紘にはわかっていた。
しかし、それは昇紘自身の望みとは相反するもので、どうしても叶えてやれるものではなかったのだ。
どれほどこの少年が自分から逃げたいと願っていても、自分にはこの少年を手放す気など微塵もありはしない。
昇紘がベッドに腰を下ろす。
昇紘の重みにマットレスがたわむ。
それにすら気づかない少年の髪に、からだを捻らせて手を置いた。
しなやかな髪の手触りが、情交の最中の少年を思い起こさせた。
突き上げてくる思いを、抑えるつもりなど端からありはしなかった。
ベッドにあがり、背中を向けて眠る少年の首筋に顔を近づける。
ソープの匂いに惹かれるように、ちろりと首筋を舐めていた。そのままきつくくちびるで触れる。
それでも少年が目覚めないことに、苛立ちと悪戯心とが湧き上がった。
泥のような眠りに落とし込んでいるのが他ならない自分だとわかってはいても、今この時に自分がいることにいささかも気づかない少年に自分に対する拒絶を感じて気分がささくれ立つ。
なめらかな肌に、くちびるを滑らせきつく吸いあげる。
かすかに、少年が身じろぐ気配があった。
あ――と、小さく空気が震えた。
少年の顔が見たい。
自分が与える愛撫に身悶える少年の表情を見たい。
このていどの明りの下では物足りない。
一旦少年から離れ、ベッドサイドの照明を灯した。
「郁也」
もういちどベッドにあがり、添い寝をするように郁也の背中にからだを沿わせ抱きしめた。
パジャマの中に手を滑り込ませ胸元を撫でさする。ささやかな尖りが存在を主張し、郁也の意識がかすかに眠りから浮上する気配を感じ取った昇紘の酷薄そうなくちびるの端がほんのわずかもたげられた。自身くちびるを舐め湿すと、薄く鬱血した箇所にくちびるを這わせ、少しきつく歯を立てた。
「いっ」
短い悲鳴があがり、郁也が目覚めたことを告げる。
同時に密着した郁也の鼓動が激しく乱れたのを感じる。
腕の中、郁也が寝返りを打った。
大きく見開かれた褐色のまなざしが、違うことなく自分を映していることに昇紘のくちびるが満足気な笑みを刻む。
「……いやだ」
自分の胸に手を突っ張るさますらが愛しく思えてならなかった。
それと同時に、自分が拒まれていることを痛いくらいに感じる。
昇紘は無言のまま郁也の両手をひとまとめにすると、自身ガウンの紐で縛り上げた。
郁也のまぶたからそれまで堪えていた涙が流れ落ちるのを見下ろし、昇紘は貪るようにくちづけた。
つづく
up 17:53:10 2009 09 05