熊と冢宰




 ここ数日、禁軍左軍将軍青こと、桓堆には、人に言えない悩みがあった。

将軍という大任を任されている割には、桓堆は軍の中でも、大柄なうちにははいらない。どちらかといえば、これみよがしの筋肉とは無縁の、均整の取れた体躯である。さりながら、熊の半獣であるからだろうが、意外と力は強い。並みの人以上に敏捷でもある。そうして、剣技にも長けている。
そんな自分が、同性によもやそういう目で見られていたなどとは――思いもよらなかった。
なのに、である。
桓堆は、ほんの数日前に、とある人物から、告げられたのだ。
曰く、
「愛しているのだが」
低く、ともすれば冷たく聞こえるその声が、なにかの間違いだと、最初、桓堆は思った。
もっとも、目の前の人物が、間違いをおかすような人物だとは、思ってもいなかったが。
そう、桓堆自身が、それを、間違いだと思いたかったというのが、本音なのだ。
遅まきではあるが、時は夜。ここは、王宮内にある、浩瀚の私室である。
堂間の中には、趣味のよい香が、うるさくないていどに、くゆっている。
相談があると冢宰じきじきに呼び出された。時刻が遅いことを不審に思いはしたが、大切な懸案かもしれないと、浩瀚の後について来たのだ。
椅子を勧められ、断る理由などない。
冢宰手ずから茶を供され、恐縮したものの、口をつけた。
そうして、穏やかな時がながれ、やおら、口を開いたと思えば、先の、台詞なのだった。
桓堆の灰色の瞳が、困惑に、揺らぐのも無理からぬことだろう。
「え……と。冢……宰…………。ご、冗談を」
笑い飛ばそうとして、桓堆の喉が詰まった。
浩瀚の、切れ長の鋭いまなざしが、目の前に迫っていたからだ。
いつの間に席を立ったのか、浩瀚が、すぐ隣に立っていた。
「冗談を言っているつもりはない」
「はぁ」
ほかに何が言えるだろう。桓堆は、内心かなり焦っている。それ以上に、頭の中は、混乱のほうが強く、思考がままならない。結果として、ただ、浩瀚を見上げていることしかできなかったのだ。
「俺は、男……ですけど」
自称が、俺になっていることにも気づかない。
「知っている」
そうだろう。麦州時代、桓堆を州師将軍に据えたのは、ほかならぬ浩瀚なのだから。
呆けたようにただ見上げていると、浩瀚の、男のものにしては整った指先が、桓堆の頬に触れた。
思わず、避けようとして、
「うっ」
両側から、頬を挟まれた。
くいっと、いささか乱暴に、顔の角度を上向きに調節される。あまり表情の変わらない浩瀚だからこそわからないが、反応の鈍い桓堆に、少しばかり、焦れているのかもしれない。
「いっ、痛っ」
みなまで言うことはできなかった。
自分のくちびるに、他人の――いや、よもや、男の―――――百歩譲って、浩瀚の、くちびるを感じる羽目になろうとは、これまでの人生で、考えたこともなかった。
桓堆の思考は、灼熱に焼き切れていた。
そうして――――
バキバキバキッと、何か木製のものが毀れる不振な音が、浩瀚の、品のよい居室に響いたのである。
立ち尽くす浩瀚の視線の先では、硬い、黒檀の椅子が、卓子が、見るも無残なありさまを呈していた。
バタンと、扉の開かれるには大きすぎる音が聞こえたが、浩瀚の切れ長の瞳がそちらを見やれば、扉は、蝶番を外れ、堂室の外へと、倒壊していた。
呆然と、自室のありさまを確認していた浩瀚の薄いくちびるから、
「クスクス………」
と、楽しそうな笑いがこぼれ落ちたのは、それまで桓堆が腰かけていたはずの椅子の残骸の上に、彼の着衣一式であったろう襤褸屑を見出してからである。


夜陰に乗じて、黒い影が、金波宮の庭を走る。
偶然通りがかった仙たちを驚かしながら、黒い人ならざる影は、禁軍左軍将軍青の堂間へと、駆け込んだのだ。


その夜からしばらくの間、冢宰の堂間に、妖魔が出没すると噂がたったのは、いうまでもない。




おわり

from 22:12 2004/09/29
to 20:59 2004/09/30


あとがき
 ぎょ、玉砕xxあくまで、浩瀚x桓堆ということです。こういうカップリング、好きなんですけどね。意気込んでた割には、中途半端です。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいのですが。
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