長靴をはいたクマ



 昔々あるところに、浅野郁也という男の子がいました。
 粉引きの父が亡くなり、継母の連れ子二人に、郁也は、葬式の時着ていた着物のまま、家を追い出されてしまいました。
 途方に暮れた郁也が森をとぼとぼと歩いていると、森の奥からやってきたクマにぶつかってしまいました。
 食べられる!
 死を覚悟した郁也でしたが、クマは、唐突に郁也に話し始めました。
「お前がはいてる長靴をくれれば、食べないし、お前の力になってやろう」
 何でもお見通しみたいな頼りがいのある口調に、元々押しに弱い郁也は、ふらふらと長靴を脱いでクマに与えました。
 それからクマは、郁也を自分の巣穴に押し込めると、そこから出ないよう言い含めて、お城へと向かったのでした。
 もちろん、途中でウズラを捕まえることも忘れません。
 門番は震え上がり、クマを城に入れてしまいます。
 遠巻きに城の人々が見守る中、
「私は、青公爵の使いのクマです。公爵より、女王陛下にウズラの贈り物を言いつかってまいりました」
と、堂々と、口上を述べます。
「それは、ありがたい。わたしは、ウズラが大好きなんだ」
 紅の髪に翡翠の瞳の女王が、顔をほころばせます。
「青公爵に、ありがとうと伝えてくれ」
 そうして、また次の日も、また次の日も、青公爵の使いと名乗ったクマは、女王陛下に贈り物を届けます。
 自分の好みを把握した青公爵の素朴な贈り物に、女王陛下はすっかりご満悦です。
 そうして、同時に、青公爵に対する興味が湧いてくるのでした。

 そんなある日。
 女王陛下は、領地の視察に出かけました。
 途中で、長靴をはいたクマに出会います。
「こんにちは、青公爵のクマさん」
 女王陛下が声をかけると、クマは、腰を深々と折り、
「これは、女王陛下。ご機嫌麗しく」
と、答えます。
「おまえは不思議なクマだなぁ。ああ、そうだ。これから領地の見回りなんだ。一緒に来ないか」
 すっかり長靴をはいたクマを気に入っている女王陛下がそう言うと、
「申しわけありません。女王陛下。私もこれから、青公爵の領地の見回りに出かける途中なのです」
と、答えます。
「そうか、残念だ」
 本当に残念そうな女王陛下にお辞儀をすると、長靴をはいたクマは、走りはじめました。
 そうして、とある広い麦畑につくと、
「私が魔王を倒してやるから、お前たちは、これから女王陛下が通りがかって、ここは誰の領地かと尋ねたら、青公爵の領地ですと答えるのだ」
と、言うのでした。
 どうやら、クマは、この土地が魔王のものだとあらかじめ知っていたようです。
 領民たちは、クマに、魔王を倒してくれるのならと、その命令を請け負います。
 そうして、通りがかった女王陛下に、
「このみごとな麦畑は誰の土地だ」
「青公爵の土地です」
と、答えるのでした。
 長靴をはいたクマが、またしばらく行くと、広々とした牧場に出ました。たくさんの白い羊達が、のんびりと草を食んでいます。
「私が魔王を倒してやるから、お前たちは、これから女王陛下が通りかかってここは誰の領地かと尋ねたら、青公爵の領地ですと答えるのだ」
と、またもやあらかじめ知っていたらしく、命令しました。
 領民たちは、やはり、魔王を倒してくれるのならと、クマと約束を交わすのでした。
 そうして、女王陛下が通りかかると、
「このみごとな牧場と羊は誰のものだ」
「青公爵のものです」
と、答えたのでした。

 さて、長靴をはいたクマがなおもしばらく進むと、立派な門構えの城がありました。
 ここが魔王の住む城です。
 住んでいるのが魔王なだけあって、門番の姿はありません。
 長靴をはいたクマは、堂々と、胸を張って、門をくぐりました。
 広間にいる魔王は、退屈そうでした。
 椅子に腰を掛けて、珍しい訪問者を手招きます。
「はじめまして、魔王様。私は、長靴をはいたクマと申します」
「ほほう。長靴をはいたクマとは、珍しいな。それで、私に何の用だ」
「はい。私の知り合いの魔物が、最近魔王様は、魔力が衰えたのではないかと噂をしているのを耳にしたのです」
「その真偽を確かめに来るとは、勇気があるのか、阿呆なのか」
 魔王は、喉で、笑いを噛み殺します。
「それで?」
「はい。魔王様は、竜に変身できますか?」
 きらきらと目を輝かせて言うのに、
「そんなことか」
と、呪文すら唱えずに、長くとぐろを巻き、口から炎を吐く、黒い竜に変身して見せました。
 長靴をはいたクマは、ぶるぶると怖ろしそうに震えます。
「これでいいかな」
「それでは、魔王様。小さなものには、変身できますか?」
「たとえば?」
「たとえば、木苺の実なんかに」
 それを聞いて、魔王は、呵々大笑しはじめました。
 魔王の笑い声が、広間に響き渡ります。
「それで? 木苺になった私を、お前が食べるのか」
 笑いやんだ魔王の鋭い瞳が、長靴をはいたクマを射抜きます。
「ばれましたか」
「手が古い」
 魔王が、にやりと笑いました。
「申しわけありません」
「まぁ、少しは暇つぶしになったがな。それで、この城と領地が欲しいのだろう」
 ずばりと言い当てられて、
「実は、そのとおりです」
と、クマは、耳の付け根を掻きました。
「やらんこともない」
 ここも飽きたからな。
「それでは」
「だが、ただというのは、いただけない」
「でしょうか」
「なにごとにも、代価というものは、必要だろう」
「はぁ」
 今度は、鼻を、その爪で、掻くクマでした。
「ふむ………お前のその長靴……では、少々な」
 魔王がクマを矯めつ眇めつして、つぶやきます。
「しかし、私が持っているのは、これだけです」
「そうか?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
 魔王の黒い瞳が、クマのつぶらな瞳を凝視します。
「そうではないだろう」
「いえ、本当のことですが」
 魔王にかかれば、クマも、若造のようです。うろたえる長靴をはいたクマに、
「私はひとつ、お前に譲って欲しいものがある。それさえもらえれば、この城も領地も、お前にやってかまわない」
「そんな高価なもの、クマ風情が持っているはずが……」
「なに。簡単だ。お前の巣穴にあるものだ」
 そう言うと、手を一振りします。
 突然空中に現れたのは、ひとりの少年でした。
 大きな音をたてて、床に落ちます。
「痛い……」
 腰を擦りながら起き上がったのは、クマに長靴をくれた、郁也でした。
「どこだ、ここは……」
 きょろきょろと周囲を見渡した郁也は、
「あ、クマ!」
と、長靴をはいたクマに近づこうとしました。
 ところが、
「えっ? なん……ちょ、ちょっと、あんたなんだよっ」
 椅子から立ち上がった魔王が、郁也の腰に背後から手を回していました。
「え、えーと……魔王様、もしかして、欲しいのは」
 我に帰ったクマに、
「そうだ。この少年が気に入った」
 どうだ、悪くない取引だと思うが。
 腕の中で暴れる郁也を抱きしめたままで、魔王は、にやりと笑うのでした。
「おいっ! いったい何の話だ」
「いや、なに。お前と私の城と領地とを交換しようという、商談だ」
「冗談」
 ひくりと、顔を引き攣らせる郁也に、
「商談だ」
 そう返して、魔王は、ひとつキスをしました。
 真っ赤になって口をパクパクさせている郁也をそのまま抱きしめて、
「私の領地と城を手に入れて、青公爵を名乗れば、お前は、その上に、女王を手に入れることができるかもしれない」
 憎からず思っているのだろう。
 付け加えられたひとことに、
「私は、クマだ」
「それがどうした」
 魔王に、種の違いなど、関係ないようです。
「女王も、お前のことを気に入っているようではないか」
と、背中を押すようなことを言います。
 クマの沈黙を、
「商談成立だな」
 言ったほう勝ちだとばかりに言い放つと、
「代価は受け取った。ひとつ、おまけをつけてやろう」
 そう言い置いて、魔王は、暴れる郁也を抱いたまま、どこへともなく姿を消したのでした。

「私は、クマなのに……」
 項垂れている長靴をはいたクマの耳に、馬車の音が、聞こえてきました。
 城から出たクマは、そこに、馬車を降りた女王陛下を見つけます。
「長靴をはいたクマ。ここは、誰の城だ」
 そう尋ねる女王陛下に、
「ここは、青公爵の、城です」
 ぼんやりと、クマが答えたその瞬間でした。
 クマは、ボンッと、破裂したような音と衝撃とを感じました。
 もくもくと白い煙が立ち昇ったと思えば、すぐに、風にさらわれてゆきます。
 そうして、そこに現われたものに、女王の翡翠の瞳が、大きく瞠かれました。
「おまえ、長靴をはいたクマなのか」
「は?」
 まぬけな反応を返すクマの耳に、
「ははぁ、おまえが、本当は、青公爵だったんだな。魔法が使えるのか?」
 目を輝かせる女王陛下に、
「いいえ、決して」
 わけがわからずうろたえるクマに、
「なら、その格好はなんだ」
と、女王陛下がどこからか取り出した鏡を突きつけました。
 目をぱちくりさせて、クマは、鏡の中を見つめます。
「どうした、あまりにハンサムな自分に見惚れているのか?」
 からかうような女王陛下のことばに、
「いいえ」
 とんでもない、と、クマは、我に帰りました。
 なぜなら、鏡の中には、ひとりの、様子のいい青年の顔があったからです。
 もしかして………
 ひとつおまけをつけてやろう――――と言った時の魔王の表情を、クマは、思い出しました。
『これから、お前は、青公爵桓堆と名乗ればいい』
という、魔王の声が、どこからともなく聞こえてきます。
 ぼんやりとしているクマに、
「いつものお前らしくないな」
 そういって、女王陛下がにっこりと笑いました。

 その後、クマと女王陛下がどうなったかというと、互いに好きあっていたことがわかると、電光石火。女王陛下のほうからクマ改め青公爵にプロポーズをしたのでした。
 そうして、二人は結婚をして、いつまでも仲良く暮らしたということです。



 え? 魔王と郁也がどうなったって?
 ほら、聞こえてこないかな?
 魔王の満足そうな声と、焦ったような少年の声。
 魔王と郁也もまた、どこか、遠い土地で、幸せに暮らしているみたいですよ。
 あ、嘘だ〜という叫びは無視無視。
 魔王にあれだけ愛されて、不幸なんてことは、ないはずなんですから。



 それではこの辺で、めでたしめでたし。
おわり



from 19:20 2005/10/14
to 20:26 2005/10/14


あとがき
 お風呂に入ってて、思いついたのでした。
 浅野くんにはあいかわらずなお話ということで。ごめん。でも領地と城とと取り替えられるくらい価値があったということとで、許してね。いいのか?
 言うまでもないですが、元話は、『長靴をはいた猫』です。
 少しでも楽しんでいただけると、いいのですが。
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