王さまのお気に入り 3




 久しぶりの休養日だった。
 オレは一日かけて、作りかけの木彫りをやってしまおうって計画を立ててた。
 ジーンはオレの休みに合わせて休みをとってるから、多分庭の離れにいるんだろう。
 遊びに行きたい気持ちはあったけど、ジーンのことだから、勉強してるかもしれないし。
 だから、オレは寝室の外の露台に胡坐を組んで、木を削ってた。
 あたたかい陽射しと、やわらかな風、小鳥たちのさえずり。
 そんなものを感じながら、二年前からずっと滞ってたオオカミの仕上げにかかった。
 どう考えても強度が今一なんだけど、彫ってしまったからな。飾りくらいにしか使えないのはわかってたから、刃の部分も木で掘り出して、柄にくっつけたら形になりそうだ。だったら、置物にしかならないんだし、強度はあまり関係なくなるだろうから細かく手を入れてしまえって目論んでたんだ。
 ああ、やっぱ、オレって、こうやって木を削るのって、好きだな。
 いろんなことを忘れられる。
 そうやって、どうにかオオカミの毛並みが満足行く出来になったときだった。
 テルマとかいったと思うんだけど、オレの侍従の中で一番年嵩の男が、声をかけてきたんだ。
「失礼します。ジュリオさまがお見えになられております」
 どういたしますか――――と、言外に訊ねられて、オレはしぶしぶ腰を上げたんだ。
「あ、これ、触らないで」
 軽く頭を下げるテルマに、オレは、オレの居間の向こうにある応接室に先導された。
「兄上」
 陶器の碗を傾けていたジュリオが、オレを認めて、椅子から立ち上がった。
 ずんずんと近づいてきて、
「遊びに行きませんか」
って、オレの耳元で悪戯そうにささやいたんだ。
「………どこへ?」
 オレは、ジュリオを見上げた。
 こちらへ――と、オレの手をとって、さっきまで座ってた椅子の向かいにオレを座らせる。
「ああ、呼ぶまでさがっていいから」
 軽く手を振って、ジュリオはテルマをさがらせた。
 命令するのも、さまになってる。
 オレとは雲泥の差だ。
  「どうぞ」
 ジュリオが、手ずから茶を淹れてくれる。
「あ、ああ」
 勧められるまま、碗を手にした。
 ぷんと、お茶のいい匂いが鼻先をかすめる。
「それで、どこに行くって?」
 一口啜ってから、オレは、口を開いた。
「兄上がここにいてから、二年になりますよね」
「ああ」
 首をかしげる。
 わかってることだろ。
 何を今更。
「城から出たことありませんよね」
と、にっこりと笑った。
 艶然――ってやつかなぁ。
 背中がぞくりとするくらい、色っぽい。
 オレより、二つも下なのにな。
 絶対、知らなけりゃ、オレのが年下に見られるに違いない。
「出たことはないけど?」
 まさか――って、遅まきながら気づいた。
 悪戯そうな笑いの正体を―――だ。



 気分転換とか、たまには外の空気も吸わないととか云われて、その気になった。
 そろそろ昼時ってころだったから、近くの森にでも馬で出かけて、そこで飯を食べるくらいかな――って、承知したんだ。
 けど。
 おしのび――ってやつだった。
 表向きは、たしかに、ジュリオとジュリオの乳兄弟と三人で王宮から比較的近くの森に馬で出かけるということだったんだ。
 その実は、城下にくりだすというものだった。
 ジュリオの友人であるらしい貴族の家に立ち寄って、馬を預けた。
 王宮の馬はどれも立派だから、町に連れてゆけば目立ちすぎるのだそうだ。
 その貴族の厩には、下級騎士が飼うていどの馬というのが数頭揃えられていて、あらかじめそれを借り受けるという話をつけていたらしい。
 服装も、馬に相応しいものを準備してもらっている。
 この手際のよさからすると、ジュリオはおしのびの常習犯らしい。
 カルスタというらしい、ジュリオの乳兄弟が供だった。
 ジュリオよりも五つ年上ということだ。彼は、つねに鍛錬を怠らない騎士の鑑に相応しい、立派な体躯をしている。
 男なら、あんな体格だったらいいのにと、絶対あこがれるだろう。
 むっつりと黙りこくっているのは、不機嫌なのか、それとも、元々がそういう性格なのか、判断しにくいが、あえて訊ねることはやめておいた。
 こっちこっち――と、こども返りしたかのようなジュリオについて歩きながら、オレは人混みに酔いそうだった。
 気軽に下町に足を運んだジュリオに、オレは、驚いてた。
 いくらおしのびといったって、ジュリオは王子だから、もっと貴族たちと付き合いがあるような待ちに行くのかと思ったのだ。けど、そういうと、ジュリオは、
「そんなとこ行ったら、ばれちゃうでしょう」
と、笑う。
 そういえば、そうかもしれない。
「兄上とは違って、僕の顔は結構知られてるんだ」
 へらりという。
 贈り物を買いにいったりしてるしね。
「自分で?」
 ―――行ってもいいのか。
 母さんと父さんの誕生日になにか贈ろうと考えてたけど……。
 オレの考えてることを読んだみたいに、
「あ、兄上は、駄目だと思うよ」
「は?」
「僕の場合は、一応父上公認なんだけど、兄上が何か買おうと思ったら、店主を城に呼ぶことになるだろうね」
 父上に聞いてみるといいよ。多分、そういわれると思うよ。
 そんなことを、さらりと云ってくれた。
 そこで、ふと、思い至った。
「じゃあ、オレがおしのびで出たなんて、へ……父上が知られたりしたら」
 真っ青になる。
 咄嗟に帰ろうかと思ったが、
「知られないためのおしのびでしょう」
と、へろりと返されて、なんか、オレの頭の中は、真っ白になってた。

 所詮オレは田舎者だ。
 育ったのは、辺境の森の中だし。
 両側にびっしりと露店が並ぶ細い道に、ごった返す人の群というのには、慣れていない。
 ひととぶつかるたびに謝りつづけ、相手を通そうと同じほうに動きつづけたり、背中に力が入りすぎて、今にも攣りそうだった。
 オレは、やっぱり、屋根の下のほうが合ってる。
 つくづくそう思った。
 ジュリオは難なく買い物したり、店を冷やかしたり、楽しそうだ。
 こんな人混みを掻き分けての買い物なんか、したことない。
 辺境の祭は、はるかにささやかだ。
 こんなひとの賑わいは、ない。
 いったいどこから現われるのか、ひきもきらないひとの群だ。これが、王都の下町の日常なのだという。
 いつの間にか、オレは、ひとごみから外れていた。
 無意識に避けて、こうなったらしい。
 不思議とひとの気配のない路地裏で、オレは、途方にくれていた。
 建物と建物の間ではあるらしいが、勝手口も窓も見当たらない。
 薄暗くまっすぐの、細い道だった。それでも、あちらこちらに脇道が見える。
 これ以上脇道に入りでもしたらどうなるだろう。いやな予想に、オレは、首を振った。
 ぼさっとしていないで、とにかく、元の道に戻らないと、ジュリオにもカルスタにも、迷惑がかかるに違いない。
 方向転換をした。
 そこで、オレは息を飲む羽目になったんだ。
 オレよりも頭ひとつ以上高い位置にある一対の灰色の目が、オレを見下ろしていたからだ。
 それが、まるで、喉元に当てられた白刃ででもあるかのような錯覚に、オレは、その場から駆け出したい衝動と必死になって戦っていた。
 カルスタは、オレを嫌ってるんだろうな。
 漠然とした感覚はあった。
 それが、抜き身の刃とも思えるほどの嫌悪だったなんて、咄嗟に信じられなくて、オレは、どうしたらいいのか、わからなくなったんだ。
 カルスタに嫌われるようなことをやった覚えなんかない。
 だいたい、喋ったことさえ、数えるくらいなんだ。
 薄ら寒い沈黙を破ったのは、
「兄上、こんなところにいらしたのですか」
 ジュリオの明るい声だった。
「カルスタ。兄上を見つけたらすぐに戻ってくれないと。時間に遅れるだろ」
 そういうジュリオの手には、花束がひとつ、それときれいに包まれた小さな包みが握られている。
 謝罪を告げる硬い声を聞きながら、オレは、ジュリオに手を引っ張られて、そこに連れて行かれたんだ。

 そこは、町外れの広場らしいところだった。
 らしいというのは、今は大きな、しかし粗い造りの建物がひとつぽつんとあるからだ。
「ここは?」
「劇場です。といっても、王立劇場ではなく、町場の興行主が掛けるものですけどね」
 一緒にきますか?
 訊ねられて、オレはうなづいていた。
 慣れたようすで裏口から入ってゆくジュリオの後に、オレはついて行った。
 仕切られた小部屋に声を掛けて、ジュリオが入る。
 甘い化粧のにおいに、かすかな花のかおりがまじっていた。
 立ち上がってオレたちを、というより、ジュリオを出迎えたのは、ひとりの女性だった。
 二十歳は過ぎているに違いない。目鼻立ちの一つ一つが大きく印象的な、彼女は決して美女というのではなかったが、野性的なという表現がしっくりするだろう。
 恥ずかしいほど少ない布地のドレスは舞台衣装は、その女性らしい肢体を惜しげもなく強調している。
 赤く塗られたくちびるに、
「ジュードさま」
 蠱惑的な笑みが刻まれた。
 年の割には大人びて見えるとはいえ、ジュリオはまだ十四才なのに、ふたりはオレの見ている前で、濃厚なくちづけを交わすのだ。
 目のやり場に困るとは、このことだろう。
 オレって邪魔者。
 カルスタがドアの外で待っている理由がよくわかった。
 けど、だから、オレは、外に出るのがいやだった。嫌われてるって知ってるのに、隣で並んでなんかいられない。だから、オレはこの場で、真っ赤になってたんだ。
 背中は向けてたけどな。
「兄上。もういいですよ」
 笑いを含んだ声だった。
「カリー。僕の恋人です」
 ジュリオと同じくらいの背の高さのカリーの肩を抱いて、ジュリオが紹介する。
「こいびと?」
 衝撃――いや、びっくりっていうのが、しっくりくるか。
 名前すら本名を教えていないっていうのに、それでも、恋人なのか?
 そんな疑問もあった。
「カリー。僕の兄ですよ」
 にこやかなカリーは、
「いつも、ジュードさまにはよくしていただいていますの」
 今日は楽しんでいってくださいね。
 まぶしいばかりの歓迎だった。
 派手な舞台だった。
 もちろん、派手なばかりじゃない。
 観客を楽しませるつぼはすべて押さえているのだろう。
 客たちは、わき目も見ずに、舞台に食い入っていた。
 舞台の中央で、ひときわ人目を引くカリーは、まさに劇場を支配する女王だった。

 熱に当てられた気分だった。
 ぼーっとなって、何をしても身が入らない。
 陛下の目も、ジーンの目も、オレを見るたびに、いぶかしんでいるようだった。
 けど、
 なにがあった――
 聞かれても、オレにも何がどうしたって、わかってなかったんだ。
 いろいろ考えて、ジュリオに連れて行かれた劇場が原因だろうっては思ったんだけど。
 それの何がこんなに気もそぞろにしてしまうんだろう。
 カリー?
 ジュリオの恋人が?
 気に入ったんだろうか。
 好きになったんだろうか。
 弟の恋人を?
 そんなばかな。
 いくらなんでも。
 気になって、確かめたくて、次の休日、オレは、ひとりで城を抜け出したんだ。
 勇気が要った。
 オレは、ジュリオとは違うから、それとなく助けてくれる友人なんていない。
 だから、服装ひとつ替えるのも大変で。徒歩を覚悟した。
 朝早く、遠駆けしてくると侍従に告げて、出たんだ。
 お供を――って声が聞こえたけど、無視した。
 無視したことが、どんな騒ぎにつながるかなんて、考えてもなかった。



 つくづく自分が嫌になるときって、自分がどれだけ情けないか思い知るからなんだろうなぁ。
 自分が、こんなに、方向音痴だなんて、知りもしなかった。
 朝は早めに出かけたのに、どうにか城下にたどりつけた頃には、昼近くでさ。
 オレって、金持ってなくって。
 腹へったなぁって思っても、屋台で焼串の一本も買えなくて。
 何やってんだろうって、思った。
 生まれながらの王子のジュリオのほうが、オレなんかよりよっぽどしっかりしてる。
 みんなと一緒にいたころは、オレ、こんなに情けなくなかったと思うんだけどなぁ。
 相変わらず町は前と変わらない人混みで、オレは、ふらふらしてた。
 と、
「おにいさん、おにいさん」って、脇道からオレを呼ぶ声がしたんだ。
 オレを呼ぶというか、誰のことだって見渡したら、声の主と視線が合って、確認したらオレのことだったって云うのが正確かな。
 ふくよかな女将さんが、オレのこと上から下まで観察して、金持ってないんだったらオレが着てる服を買ってくれるって云うんだ。ついでに、代わりの服もくれるって言うから、オレは一も二もなく飛びついた。
 古着屋の女将さんだった。
 たまにあるんですよ。
 なんて、訳知り顔で頷いて、
「お屋敷を抜け出しておいででしょう」
って、つづけるから、オレは、びっくりした。
「こんな立派な服を着てらしたら、そりゃあわかりますよ」
 抜け出すのに精一杯で、金子にまで頭が回らなかったんでしょう。
 そう云われたら、返すことばもない。
 服地は絹だし、縫製もしっかりと丁寧。刺繍は簡単な図案だけどやっぱり絹糸ですねぇ。
 換わりの服が綿というのは申し訳ない気がしますけど、差し引きして、これだけでどうです?
 オレを見上げた女将さんの表情は、しっかりと商売人の顔をしてた。
 オレの手の上には、金貨が三枚光っている。
 金貨三枚っていうと、え? とてつもなく高くないか?
 古着なんだけど。
 金貨が十枚もあれば、オレたちは二三ヶ月くらい働かなくて食ってけたんじゃなかったっけ?
 オレは、懐にしまいこんだ金貨に、ドキドキしてた。
 こんな大金、持ったことなかったもんなぁ。
 で、女将さんに聞いた道の通りに歩いたんだ。
 カリーの小屋掛けを聞くと、にっこり笑って、一見の価値ありますよ――って、教えてくれたんだよな。
 なのに、迷うオレって、どうよ?
 自分が嫌になっても、仕方ないよな。
 けどなぁ。
 女将さんにいわれたことを、反芻してみる。
 ああ行って、こう行って、そうして、あそこの角を曲がる。
 うん。
 合ってるよなぁ。
 なのに、なんで?
 広場のひの字すらない。
 広場どころか、細い路地だ。
 薄暗い。
 この間、ジュリオとはぐれて入った路地なんかよりも、狭い。
 陽射しすら、射さないんだ。
 しかも、ぴたりと人通りすら途絶えてる。
 気が抜けた。
 とたん、足の痛みが、主張しはじめる。
 結局、馬使うのあきらめて、歩いてきたからなぁ。
 ここに来たのと同じだけの距離を歩いて帰るのか。
 今日中に帰れるか?
 そこまで考えて、もしかしてって、青くなる。
 ちょっと、いや、かなり、う〜ん、めちゃくちゃ、軽率だったか――な。やっぱり。
 反省だよな。
 帰るか。
 あそこしか、いるところなんかないし。
 そう思ったときだ。
 細い路地に、オレ以外の人影が現われたんだ。
 安い酒の刺激の強い匂いが、鼻を突く。
 あまり身形のよくない男たちだ。
 どっから―――
 振り返ったオレの左右。それに、路地のずっと先に、黒々と口を開いてるのは、どこかの敷地の入り口だ。
 どういう造りになってるんだろう。
 蟻地獄みたいなんだろうか。
 オレがいるところは坂じゃないけど。けど、後ろで通せんぼしてる男たちには、オレを、この路地から出してくれる気なんか、
「通してください」
「………」
 ないみたいだ。
 黙ったまま、ニヤニヤと、オレを見ている。
 喉の奥、痰がからんだような薄気味の悪い笑い声が、オレの耳に入り込む。
 腰に剣を吊ってればよかった。
 下手だけど、脅しくらいにはなるだろう。
 重いからって、嫌がらなければよかった。
 そんなこと考えたって、どうしようもない。
 わかっていても、考えてしまう。
 男たちは、こういうことに慣れてるんだろう。逃げ場を探っても、どこにもない。
 供を――と慌てていたテルマたちの声を思い出す。
 自業自得。
 そんなことばが、頭の中で、回ってた。

 結局、オレは、男たちに捕まったんだ。

 きれいに洗濯しおわった古着が畳まれ仕舞い込まれている倉庫の中に、オレは、手と足を縛られて、閉じ込められてた。
 小さな明り取りの窓は閉められて、時間は、わからない。
 見張りの男が三人、小さなカンテラをのせた木のテーブルを挟んでにぎやかに無駄口を叩いている。
 どれくらい時間が経ったんだろう。
 テーブルの上には、湯気を立ててるスープとパン。
 目が行くのは、しかたないだろう。
 今日食べたのって、朝飯だけなんだ。
 結局、金貨三枚は、使わずじまいでさ。
 こんなことなら、どっかの屋台ででも買い食いしておけばよかったって、悔やんでも遅すぎる。
 なんかオレって、こういうことばっかり繰り返してないかな。
 後悔ばっかりがたくさんあるんだって気がしてくる。
 オレは、明日か明後日になったら、船で他の国につれてかれるんだそうだ。
 そうして――――売られるらしい。
 船の中には、オレみたいに女将に騙されて攫われた子たちが乗せられているみたいだ。
 あの女将の本業は、こっちだったみたいだ。
 男たちの話が聞こえてくるからな。
 それで、そうなんだ――って。
 三枚の金貨は、縛られた後で、男たちに懐から取り上げられた。
 売られるオレには、必要ないだろうってことだけど。
 ため息が出る。
 オレって、いったい、なにをやってるんだろう。
 これから、どうなるんだろう。
 ひとがひとを売る。聞いたことくらい、ある。小さいころは、遅くまで外で遊んでいると、攫われて売られるって、怖がらせられた。
 売られると、酷いことをされるっていう。
 酷いこと。
 ひとであることも、無視されて。
 ただ、自分を買った相手の命令に従う。従わなければ、何をされても、文句は言えない。
 ――――怖い。
 怖い。
 怖――くてたまらないんだ。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 どれだけでも謝るから。
 だから。
 だから、誰か助けて。
 辺境の森の中で、静かに、ただ木を彫って歳をとりたかった。
 それだけで、いい。
 若さがないっていわれるかもしれないけど、それが、オレの夢だ。
 なのに、ジュリオに見せられた。
 誰かを好きになるとどんなに幸せなのか。
 そうか。
 カリーが気になったんじゃない。
 カリーとジュリオの関係が気になってならなかったんだ。
 幸せそうなジュリオがうらやましくて。
 ねたましくて。
 だから。
 だから?
 オレは、ジュリオからカリーを奪ってしまいたかったんだろうか?
 取り柄のないオレに、そんなことができるって、考えたんだろうか?
 自分のことなのに、このへん、もやもやしてて、わからない。
 何をしたかったんだろう。
 本当に。
「おい」
 突然の声に、オレの思考は、途切れた。
 顔を上げると、テーブルを囲んでいた男のひとりが目の前に立っていた。
 いつの間にか、ほかのふたりの姿は消えていた。
「なまっちろいな」
 オレの顎を持ち上げて、逆の手で頬をなぞる。
 ぞっとした。
 酒の匂いが鼻腔を満たす。
 なんだって、一旦ひとのからだに入った酒っていうのは、こんなに不快な匂いになるんだろう。
 飲めないからなのか、ただからだに合わないだけなのか、素の匂いは嫌いじゃないんだけどなぁ。
「酒の匂いがだめってか」
 にやりと笑う。
「お前みたいなのが好きなお大尽がいるんだぜ。酒のにおいには慣れとけよ」
 いちいち眉間に皺を寄せといちゃあ、飼い主のご機嫌を損ねるってもんだ。
 そういって、そいつはオレに、顔を寄せてきた。
 避ける間もなかったさ。
 初めてのくちづけが、男の酒臭いのなんて、屈辱もいいとこだ。
 息苦しい。
 気色悪い。
 吐き気がこみ上げる。
 舌に絡みついてくる男の舌の感触に、オレは、涙がにじむのをとめられなかった。
 噛もうと思った。
 けど。
 顎の蝶番を押さえられた。
 ぎりぎりと力を込められて、痛さにオレはうめき声を上げずにいられなかった。
 涙が糸を引く。
「わからいでか」
 男が口角を引き上げて笑った。
「おまえ、女も男も、知らないな」
 かわいそうにな。
「それは、誰のことだね」
 他人を嘲弄するかのような、氷点下の声だった。
 カンテラの明かりだけの室内に、男の姿は、はっきりと見えない。
 けど、声だけで、充分だった。
 鈍く明かりを反射する鋼が、男の首筋に当てられている。
 それをほんの少し引くだけで、男は血を流すだろう。
「陛下」
 静かな声が、男の仲間を捕らえたと告げた。
「へいか?」
 男が、不思議そうにつぶやいた。
「こちらはアルシード国王陛下ショウコウ陛下であらせられる」
 男の首筋に刃を当てた男が、淡々と告げる。
 男の驚愕が、オレの顎を持ったままの男の手から伝わった。
「国王がなぜ………」
「わが王子に、いつまで触れている」
 淡々と。
 しかし、潜められている怒りが、感じられた。
「おうじっ?!」
 引きつった声が、耳を打った。
つづく





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