桓陽


 こちらは、KANTAI collectionの管理人 kiyomiさまより頂きました。

 恐れ多くも、SSをつけたいので、アップを待ってくださいと、申し出て、かなり、時間をかけてしまいました。のに、このでき。少しでも、楽しんでいただけると、嬉しいのですが。

理 由


 星祭の夜は、一年で一番たくさんの星が見えるのだそうだ。
 空に瞬く星と、地上を彩る小さな星の群。金に緑に、信じられない美しさで身を灼きつくさんとする、小さな小さな、虫の祭典。
 清冽な水の湧く泉が、森の中ほどにある。汲めども尽きぬ水は、周囲の里を、ありとあらゆる生あるものを潤す、慈しみの水でもある。火虫という名の小さな虫は、星祭の夜、澄んだ水から一斉に現われ、一夜かぎりの恋に炎を宿して果てるのである。そうして、火虫たちの屍骸が折り重なるように最後の明滅を終えた直後、火虫の里木に卵果が実るのだ。そのみごとさは、筆舌に尽くしがたい。
 小さな虫の卵は、それよりも直一層のこと小さい。それでも、下に立ち見上げれば、これが夜空かと間違うほど堂々と枝を張り巡らせている大きな里木を埋め尽すほどにたわわに、実るのだ。
 恋に殉じた火虫たちの卵の放つ、淡紅色の炎の美しさ。
 まるで、恋こそがこの世のすべてであるかのような火虫のありかたに、星祭は、恋人たちの祭とも呼ばれている。
 火虫の孵った後の卵の殻を身につけると、恋が叶うと、伝えられていた。

 恋人たちのさんざめく川のほとりは、その一夜にかぎって、金と緑の光に満ち溢れる。
 しかし、今年の空は、星が望めない。どんよりと垂れ込めた、重苦しい夜空の下に、それでも、恋を実らせようと、男女がたくさん集っていた。


 わたしの恋する男が、目の前にいる。
 男らしい笑みを浮かべて、わたしに手を伸べてくる。
 他の誰でもない。おまえといる時だけ、わたしの心は、ほんわりと安らぐ。その細身だが、鍛えられた、胸に、腕に、包み込まれれば、どんなだろう―――――と、夢想さえしてしまう。
 そんな自分に戸惑って、このごろ、わたしは、おまえの顔すら見れない。
   おまえは、きっと、変に思っているに違いない。
 けれど、恥ずかしいのだから、しかたがないだろう。
 そんなことを考えながら、城下の星祭に、こっそりと、出かけた。
 たくさんの出店でにぎわうのは、川から少しはなれたところまでだ。あまり、近すぎれば、星祭の雰囲気は壊れてしまっていたろう。
 手を握る者、肩を、腰を、抱く者。
 さんざめく恋人たちにまぎれて、独り歩いている男女の姿も見受けられる。叶わない恋に身を灼いているのか。それとも、出会いを求めているのか。わたしも、そんな彼らの仲間だった。
 頭の中は、あの男のことばかりだ。
 だから、だろうか。いるはずのない、おまえが、そこに、いる。
 甘い香に惹かれて視線を向けたその先に、男らしくふてぶてしい笑みをたたえたおまえが、いた。
 おいで――と、手招きされて、ふらりと足が動いた。
 招かれるままに、気がつけば、そこは、祭の会場から離れた森の奥だった。
 群からはぐれた火虫が、時折り、目の前に輝跡を残して横切ってゆく。
 しゅじょう――と、おまえのくちびるが、動く。
 逆らえない。
 さまざまな疑問が頭の中に明滅していた。けれど、そんなことどもよりも、今大切なのは、目の前に、桓堆、おまえがいるということなのだ。
 わたしには、それしか、考えられなかった。
 恋に身を焼く火虫さながら、わたしは、すべての疑問に目をつむって、おまえの手を取ろう。その先に何が待つのか、わからないけれど。
 うっとりと、わたしは、わたしの将軍に、身をあずけた。
 甘い匂いが、鼻腔を満たす。
 ただでさえ、他の事を考えられなくなっていたわたしの意識は、朦朧と、白い靄に包まれてゆく。
「主上!」
と、鋭い声が耳を貫いたのは、その時だった。
 聞き覚えのある、その好もしい声の主を、私は知っている。
 そう―――その男は、禁軍左軍将軍、青辛。わたしの、片恋の相手だ。
 では、今、わたしを抱きしめている、この腕、この、男は?
 夢から覚めた心持ちで見上げたその顔を、なんと表現すればいいのだろう。
 そう、冷静に思考する反面、わたしは恐怖に悲鳴をあげていたのだ。
 細く長い糸のようなものが、おびただしく絡まりあい、不恰好な人形(ひとがた)を成している。
 まるで剥き出しの血管や神経の束の塊のようだった。
 何故、これを、桓堆と思い込めたのか。
 恐怖のあまり目を逸らすことすら忘れたわたしの腕は、既に、何とも知れぬ糸の塊に縛められていた。
「主上、お逃げください」
 叱咤する声に、ようやくわたしは、藻掻きはじめた。しかし、もがけばもがくほど縛めはきつく、腕に、食い込んでくる。
 いつの間にか、傍らに、汗を滴らせながら剣を振るっている桓堆の姿があった。
 いっそ穏やかに、わたしは、彼の行動を見守っていた。
 そう。彼は、きっと、わたしを救ってくれる。彼に任せておけばいい。
 剣は、びっちリと絡みあった糸の隙間に入り込めず、かといって断ち切ることもできずにいる。
 クマの半獣である彼の力を持ってしても、切れない、糸は、時折り、苦痛のためにか、うねる。その気色悪さに、わたしの全身が、逆毛(そそけ)立つ。
「くそっ」
 桓堆が忌々しげに、吐き捨てた。
「ご容赦を」
 剣を鞘に収めて、わたしの将軍は、思いもよらぬ行動に出た。
 わたしは、わたしのくちびるに、桓堆のぬくもりを受けていたのである。
 時と場合すら忘れて陶然となったわたしは、くったりとからだの力を抜いていた。
 ふと気がつけば、糸の塊は、いつしか自然に外れていた。

 場所を、星祭を見渡せるところに移して、ぼんやりと、金と緑の星の乱舞を眺めていた。
「あれは――なんだ」
 腰の近くの草をもてあそびながら、
「小さな妖魔の集合体ですよ。ひとつひとつには、何の悪意もないのですが、時たま、星祭の夜にだけ、暴走することがあるそうです」
「星祭の夜にだけ?」
「そう。あれは、火虫の幼虫にとりついて成長する、半ば虫、半ば菌の、(あやかし)なのですよ。星祭は、火虫の恋の祭。宿主の本能に煽られて、恋する相手を求めるのだそうです。そこに、恋の成就を願う我々の思いが混じって、感応した妖は集まり、たまさかのことですが、人形になる――のだと、聞いています」
「害は、ないのか?」
 手近に咲いていた白い花の蘂を指先でつつきながら、何気なく訊ねたわたしに、
「とんでもない。人形になったあれは、ひとにその恋する相手の幻を見せて、その心を縛るのだそうですよ。そうしておいて、精気を啜って殺す。ですから、被害者は、片恋をしているものが大半だそうです。………危ないところでした」
「………………そうか。助かった。ありがとう」
 頭を下げた。顔を上げて見上げた先で、なぜか、桓堆が赤くなっているのがわかった。
 こんなに暗いのに、何故だろう。
 離れたところの火虫の光が、ぼんやりと、あたりを照らしてはいるけれど。
「どうした?」
 首を傾げたわたしに、頬を指先で掻きながら、
「申しわけ、ありませんでした」
 桓堆が、頭を下げた。
 思い当たるのは、ひとつだけ。
「いや、まぁ、おまえのことだから、なにか理由があったのだろう」
「あの妖魔の呪縛を解くには、現実の恋が実らねばならないそうです。でなければ、新しい恋に目覚めるとか。とにかく、こちら側に、意識を繋ぎとめなければならないのだと聞いてましたから」
 それで、おまえは、わたしにくちづけたのか。
 そうだ。呪縛を解くしかなかったのだよな。あの糸のような塊は、とても、強かった。桓堆ですら断ち切れなかったほどだ。わたしの意識が、現実に返らなければ、わたしは、あのまま、あの塊に埋もれて、精気を吸い取られて、死んでしまっていただろうから。
 そう。
 おまえは、決して、わたしのことを愛しているわけじゃない。
 淋しいけれど、それが、現実。
「その……」
 桓堆が、なにか、言いづらそうに、わたしを、見ていた。
「なんだ?」
「妖魔の塊が、俺に、見えたものですから………」
 わたしの頬が、赤くなる。
 では、桓堆は、彼の姿に見せかけていた妖魔に抱かれてうっとりとしていたわたしを、見たのか。
 気まずい。
 いたたまれない。
 わたしだけに見える幻ではないのか。
「あれの甘い匂いが、幻覚の元だそうです」
 では?
 桓堆が見たのは、彼の恋の相手でなければならないのではないのか。
「あれくらい近くにいれば、相手の幻覚と同じものを見るそうですよ」
 決定的なことばに、立ち上がって逃げようとしたわたしの手は、しかし、桓堆の大きな手に掴まれていた。
「逃げないで………ください」
 期待と不安とがないまぜになって、わたしは、ただ、その場に立ち尽くしていた。
「俺は――いいえ、私は、自惚れていいのでしょうか?」
 全身が熱くなる。
 小刻みな震えも、すべて桓堆に筒抜けだと思えば、もう、腹を括るよりないのかもしれない。
「………くれ」
「は?」
「うぬぼれてくれ――――と、言った」
 目をつむって、一気に言い放つ。
「主上……それは…………」
 桓堆を見ていられない。
 彼がいつでもわたしの味方なのは、わたしが彼の主だからに過ぎない。そこには、少しも、特別な感情など混じってはいないのだ―――――と、わたしの心の扉を閉じる呪文が、頭の中を駆け抜ける。
 呪文が、残響となって、尾を引いた。
 残響を打ち消すように、
「愛しています」
 桓堆の声が、わたしの脳裏をいっぱいに占めた。
「ずるい……」
 それは、だから、思わずこぼれた、本音だ。
「私の愛も忠誠も、この存在のすべてを、あなたに捧げます。だから、許してください」
 群からはぐれた火虫が、金と緑の光の帯を描いて消えてゆく。
 幻想的な光の中で、わたしは、夢にまで見た桓堆の腕に抱かれていた。
 そうして、ただ、桓堆のくちづけを待っていたのである。
おわり



start 16:02 2005/07/10
up 17:13 2005/07/10
 
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