執 着





 頭が痛い。
 いや。
 体中が痛かった。
 特に、腰が、疼いて、辛い。
 動けない。
 からだが、重い。
 鳥のさえずりが、聞こえる。
 高く長く尾を引くような声は、百舌(もず)だろうか?
 百舌?
 そういえば、寒い。
 布団を引き上げようと、ゆっくりと気をつけて伸ばした手が、何かに、掴まれた。
「あ?」
 瞼が、重い。
 腫れているのか、あまり開かない視界に、
「しょーこーさま?」
 かすれた変な声が出る。
 にやりと、太い笑みをくちびるにのせた、男。
 男、男が………。
「うわっ」
 痛みもなにもかもが、吹き飛んだ。
「いやだっ」
 白い薄物を羽織っただけの昇紘が、浅野の下半身に覆いかぶさっている。
「はなせっ」
 両足を持ち上げられて、昨夜の出来事が、フラッシュバックする。
「よせっ。いやだっ」
 無理矢理連れ込まれた臥室(しんしつ)で、牀榻(しょうとう)の中で、昨夜、昇紘になにをされたのか。どんなに叫んでも、拒絶しても、哀願しても、駄目だった。
 上半身を捻って逃げようとするが、腰を抱え上げられては、それも、ならない。
 浅野の意思はすべて黙殺され、ただの、もののように扱われたのだ。
 昨夜無理矢理開かされた場所に、昇紘の舌が、触れる。
 その、あまりといえば、あまりな行為に、浅野は、息を忘れた。
 濡れた感触が、入ってこようとする。
 全身を強張らせて拒絶する浅野に、昇紘が、顔を上げる。
 離れたことに、浅野が息を吐いたそのとき、昇紘がにやりと笑った。


 昼を過ぎても牀榻から起き上がることすらできないでいた浅野は、空が夕日に赤く染まりだした頃、突然見知らぬ仙に伴われて来た、男に、湯殿まで運ばれた。
 仙は、昇紘の命令だと、ことば少なに言うだけだった。
 薄物一枚という格好で、男に運ばれる姿を、すれ違った使用人たちにじろじろと見られるのは、恥ずかしいどころの騒ぎではなかった。が、それすらも、大衆浴場ほどもある広さの湯殿で、浅野を待ちかまえていたことにくらべれば、ましなことだった。
 真っ赤になって抵抗する浅野を、浅野が満足に動けないのを幸いに、控えていた女たちが湯船に漬けた。
「いやだ」
と、言っても、
「じぶんでする」
と、言っても、彼女らは、仙でないのかもしれず、そうなら、浅野のことばは通じない。見張りのように控えている仙は、やはり、ご命令ですので――としか言わない。通訳してくれる気は、端からないらしい。もっとも、彼女らにしても、行動で、わかっているはずではある。つまるところ、仙にしても彼女らにしても、昇紘の命令の前では、浅野の意思など、あってなきがごときものということなのだろう。
 結局、頭の天辺からつま先まで、全身あますところなく洗われ、拭われ、わけのわからない、軟膏のような香水を塗りこめられた。患部の手当てまでされて、浅野は、困惑のきわみだった。
 不気味にも、どの女もひとことも口を利かず、ただ黙々と、作業をつづけている。しかし、いくら口を利かなくても、ことばが通じなくても、目を見れば、なんとなく、相手の感情くらいは、漠然と感じ取れる。
 蔑んでいるような、憐れんでいるような、そんな視線に、文字通り全身をさらしているのは、羞恥よりも苦痛のほうが勝っていた。
   拷問のような風呂からやっとのことで解放された浅野は、やけに薄いひらひらとした一重を着せられ、また下僕に抱きかかえられていた。屋敷の廊下を、待っていた仙に先導されて、下僕も、無言で歩く。どこにつれてゆかれるのか、戦々恐々としていた浅野は、昇紘以外に一番会いたくない人物と行き逢い、思わず顔を伏せた。
 何を言われるかわからない。
 小司馬の視線が、紅潮しているだろう首筋に、痛い。
 すれ違いざま、小司馬は、無言のままからかうように、口笛を、吹いた。
 知られた―――。
 気づいたのだろうか。
 浅野には、もはや、顔を上げる気力すら残されてはいなかった。
 連れて行かれた堂間では、昇紘が女性を左右に、数段低い位置に座る部下たちと、晩餐を摂っていた。
「遅かったな」
 絃の音に負けない昇紘の声に、堂間の全員の視線が、入り口で下僕に抱えられている浅野に向けられた。
 あまりに多くの視線に、浅野の全身が、面白いくらい、大きく震える。
 こんな中に、こんな格好で入らなければならないのか。いたたまれなさを存分に味わいながら、結局、浅野は全身を強張りつかせたまま、下僕に昇紘の横に下ろされたのだ。入れ替わるように、それまで昇紘の左右に侍っていた女性たちが、下座に下がる。
「どうした? 空腹ではないのか」
 食べるように促されても、手は、伸びない。
 空腹かと聞かれれば、空腹だったが、探るような、男たちの視線が、あまりにあからさまで、新たに運ばれてきた膳の上の食べ物に、食指が動こうはずもなかった。
 浅野は、晩餐の席での数時間を堪えた。
 多くの目があるのだから、逃げられるはずもない。少し、腰はましになっているような気がするので、この場を出れば、どうにかなるかもしれない。そう考えて、浅野は、堪えた。
 好奇と好色、嫌悪と軽蔑、さまざまな視線に、さらされて、浅野はただ顔を伏せているよりなかった。そんな浅野に、昇紘もからかうのに飽きたのか、声をかけなくなっていた。浅野は、宴のざわめきを子守唄に、昨夜からの疲れが出たのだろう、いつしか舟をこぎはじめていた。
 それが破られたのは、宴が果てる前に、昇紘が、席を立ったからだった。
 腕が昇紘に掴まれた衝撃で、浅野は、目が覚めた。
 すべての把握をする前に、そのまま、抱え上げられる。
 宴席が、静まりかえっていた。
 そうしてつれて行かれた場所が昨夜と同じ臥室だということに気づいて、浅野は、「イヤだ」と、抵抗した。もっとも、浅野の抵抗など、昇紘にとっては、もとより物の数ではない。
「おとなしく、待っていろ」
 そう言うと、浅野の腰紐を解いた。
 しゅるりと、衣擦れの音が、浅野の、恐怖を煽る。
 昇紘に抱えられたまま、浅野は、硬直した。
 それをいいことに、昇紘は、浅野を牀榻に下ろすと、手首を一括りに、牀榻の枕もとの飾りに縛り付ける。
 そうして、何事もなかったかのように、
「楽しくはなかったか」
 などと、訊ねかけた。
 わかっているはずだ。
 わざわざ訊ねるまでもない。
 昇紘は、判っていて、楽しんでいるのだろう。
 ぐぅと、今頃になって、浅野の、腹が鳴る。
 おかしそうに笑って、
「意地を張って、食べないからだ」
 昇紘が晩餐から戻るのを見計らい、臥室へと駆けつけてきていた下女が、上機嫌な笑い声をあげる昇紘に、思わず手を止めた。と、
「手が止まっているな」
 低くぼそりとつぶやかれたことばに、慌てて、下女が昇紘の着衣を、脱がしてゆく。
   薄物一枚になったところで、もういいと、昇紘が、手を振った。下女が、静かに下がってゆく。
「さて」
 牀榻に腰を下ろした昇紘が、藻掻く浅野に、手を伸ばした。




おわり



from 12:32 2004/10/07
to 14:02 2004/10/07


あとがき
 一歩間違うと、コメディな気がする。
 浅野君お姫さま状態ですねxx
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