理 由
「ここにオレがいる理由なんかない」
妹が死んでから、毎日のように繰り返す、言い分だった。
けど、昇紘は、オレに、
「おまえは、ここにいるだけでいい」
と、そう言いつづけるんだ。
「だって、ここにいたって、オレは、ただ、あんたに抱かれるしかすることないじゃないか」
妹が生きていた間は、妹のためにって我慢もできた。けど、それもなくなった今、ぼんやりと、昇紘を待つだけって言うのは、呆けてしまいそうで、イヤだった。
「だからといって、出て行くことはあるまい」
それは、そうなんだけど。
「出て行って、どうやって生活するんだ」
住むとこから決めないと駄目だけど。
そのためには、金がないと、どうにもならないけど。
働き先も決めないとならないけど。
でも―――
「私は、おまえを、手放すつもりはない」
そう言われて、オレは、項垂れる。
「この間のように、家出をするのなら、私にも考えがあるぞ」
この間、五日間雪山にこもっていた時の思わぬ副産物を思い出して、オレは、その場に強張りついた。
昇紘の執着が、煩わしい。
怖ろしい。
逃げることは不可能で、だから、昇紘を説得しようと、オレは必死だった。
けど、あれから、オレの自由は、敷地内だけにかぎられてしまった。
出ようとすると邪魔が入る。
出ようとしたことは、昇紘に報告される。
オレは、途方に暮れていた。
そうして、ある日、
「どうしても、私から離れたいと、そう言うのだな」
そう、昇紘が、思いつめたように、言った。
オレは、覚悟を決めて、
「そうだ」
と、ひとことだけ、口にした。
「わかった」
住む場所と、必要なものは、全部揃えてやる。
あとは、好きにしろ。
そう言われて、オレは、肩の荷が下りたような気がしたんだ。
そうして、その日、最後の晩餐で、オレは、勧められるままワインを数杯飲んだ。
それが悪かったのか、オレはぶっ倒れて、気がつけば、いつものオレの部屋には、わけのわからない医療用機材が運び込まれていて、オレは、ベッドの住人になっていたんだ。
病名は、医者は口をつぐんでいた。
オレは、不安でならなかった。
誰も教えてくれない。
そうこうするうちに、オレは、頻繁に吐き気を覚えるようになった。
大丈夫です――と、医者に言われても、不安でならなくて、どうすればいいのか、まったくわからなかった。
とにかく、医者のことばにだけ縋っていた。
吐き気が治まった頃には、オレの腹は、誰の目にもわかるくらい膨らんでいた。
感情の波が激しくなって、ちょっとしたことで腹が立って、ちょっとしたことで涙がこぼれた。
同時に、やけに、腹が減るようになっていた。
パカパカ食べては、吐いたりを繰り返した。
匂いを嗅ぐだけで、吐き気がこみあげてくることもあった。
腹は、ぱんぱんで。
どうすればいいのか、わからなかった。
そんな時、オレは、医者から、自分の腹に、昇紘のこどもがいるのだと、知らされた。
気を失ったんだと思う。
夢の中で、オレは、昇紘そっくりなガキに、ママと、呼ばれてた。
性質の悪い夢だ。
けど、それは、現実だった。
数ヵ月後、オレの腹から、こどもが取り上げられたんだ。
そうして、一枚の紙をオレは、昇紘から、見せられた。
婚姻届には、昇紘の名前と、オレのが、しっかりと記入されていた。
おわり
up 2006/04/23
first 2006/02/13
あとがき
こりは〜昨日見たシュワちゃんの『ジュニア』という映画の影響ですね。
逃げようとする浅野くんを縛り付けるのに、自分の一族から赤ん坊を引き取って、家の前に捨て子として置いておいて〜というのを最初考えていたのですが、いっそのこと、昇紘さんは、これくらいやらがしてくれそうだなと。卵の提供者は、それこそ、一族の誰かでしょう。
話の流れ的には、『鍋の中』のその後です。
少しでも楽しんでいただけるといいのですが。
ちょっと息抜き。
というのを、日記から、サルベージ。手直しは、なしですxx
ということですが、少しでも楽しんでくだされば嬉しいです。