主上のxxのお相手は?



「う〜」
 ポイッ。
「う〜〜〜〜」
 ポイポイッ。
 先ほどから、丸められた反故紙が、放物線を描いてはくずかごの周囲に散らばり溜まっている。
 燻る香も高貴な、景国は金波宮。
 その最も重要な、景国の一つ柱。
 神にも等しいと民から敬われる、国の要が、執務室にこもって赤い髪を掻き乱し、一心不乱に書き物をしては、書き損じを投げ捨てている。
「……じょう」
「う〜」
 ポイッ。
「主上」
「う〜う〜」
 ポイポイッ。
「陽子っ」
 青い髪の少女が、遂に、声を鋭くした。
 その響に、
「あ? 祥瓊、なに?」
 書類から逸らされた緑の瞳が、親友でもある女史を見返した。
「いったい、なにを苛立っているの」
 女史から友人へと態度を変えた祥瓊が、ふぅと、これみよがしの溜め息をつきながら、腰をかがめ、足元に散らばる反故紙を掻き集める。
「ん〜」
 筆の後ろで、後頭部を掻きながら、親友を見下ろす緑のまなざしは、どこか、茫洋と、はかなげだった。
「陽子。あなたこのごろ変よ」
「ん〜」
「この間、そう、ほんの三日前に、おしのびで街に下りたでしょう。帰ってきてから、おかしいわよ」
 鈴も心配している――と、改めて言われて、景王、陽子は、
「うん」
 あいかわらずの返事に、
「わたしたちにも言えないようなことなの?」
 ずいっと、机越しに顔を近づけられて、
「そういうわけじゃない……んだけど」
 美人が怒ると迫力あるななどと思いながら、目を逸らせる。
「煮え切らないわね……って、陽子、あなた仕事してたんじゃないの」
 祥瓊が、陽子の手の下の紙を取り上げる。
「あっ」
 手を伸ばしても、遅かった。
 紙の上には、女性らしいラインを持つ人型が描かれ、祥瓊には見慣れない書きかけの衣装をまとわされている。
「へぇ……蓬莱の服?」
「う、うん」
 どこかはにかんだ表情で、陽子が、祥瓊を見た。
「こういうのが着たいの?」
「……」
「だったら、命じれば作ってくれるんじゃない」
 言ってあげようか?
「だ、ダメッ」
「どうして、案外、綺麗じゃない。上半身は、飾り気なくて質素だけど、袖がないのも気になるけど、下を三段に切り替えてるのね。裾を長く引く服なんて、いつもはイヤだって言ってるのに、どうしたの?」
「う〜」
「唸ってないでおっしゃいよ」
「誰にも言わない?」
「話の内容によるかな」
「じゃあ、いや」
「熱でもあるの?」
 女の子特有の可愛らしい駄々を捏ねる陽子に、祥瓊が手を伸ばした。額に掌を当て、自分の額と比べる。
「ないわよね」
「熱なんかないよ」
「でしょうね」
「ひとを何かみたいに………」
 膨れっ面をする陽子に、
「ほんっとうに、こういうの着たいのなら、頼んであげるわよ」
「着たい……けど、着れない」
 煮詰まってしまっているらしい陽子に、
「サクサク吐きなさい。政務が滞ったりしたら、台輔と冢宰が、怖いわよ」
 脅しをかける。
「誰にも言わないでくれるなら」
 腰を手に、祥瓊が首を傾げる。
「そんなに、知られたくないの?」
「恥ずかしいんだもん」
「わかった。じゃあ、約束するから」
 差し出される小指に、祥瓊は、小指を絡めた。


「この間城下に出たとき、商家の結婚式を見たんだよね」
 陽子がうっとりと、窓の外を見上げた。
「かなり大店らしくて、花嫁さんも花婿さんも、金襴緞子の衣装をまとってて、とっても綺麗だったんだ」
 手近の椅子を引っ張って、祥瓊が腰をかけた。
「………で、ね。わたしは着れないんだなぁって、そう思ったら、ちょっと寂しくなったわけだ」
 そんなことを考えてたら、つい、蓬莱風の花嫁衣裳を落書きをしてしまっていたらしい。
「花嫁衣裳が着たいの?」
「違う。いや、そうなのかな。う〜ん。王は結婚できないから、好きなひとがいても、着れないんだと思ったら、淋しいなぁって」
 思わずといった感じで、するりと飛び出したその台詞に、陽子が、我に返って手で口を押さえた。
 鳩が豆鉄砲を食らったように、祥瓊は、目を丸くしている。
「え、陽子ってば、好きなひとがいるんだ」
 声が、華やぐのも無理はない。
「だれ?」
 顔を近づける祥瓊に、
「わ、忘れてくれ、さっきのは失言だ」
と、言うものの、時はすでに遅い。
「わたしの知ってるひと? 台輔、冢宰……虎嘯? 夕揮、桂々………楽俊? まさか、松伯っていうんじゃないでしょうねっ」
 詰め寄ってまくし立てる祥瓊の迫力に、
「ひとり忘れてる」
 ぽろりと、本音が漏れる陽子だった。
「ひとり………え? え〜っ! 陽子ってば、青将軍が好きなのっ」
「しょーけー、声が大きいって」
 陽子が祥瓊の口を押さえるものの、遅すぎた。
 突然執務室の扉が開いたと思えば、仁獣であるはずの台輔が、ずかずかと入ってきた。
「それは、主上、まことでしょうか」
 同じく、山ほどの書類を抱えたままで、常には冷静な冢宰が入ってくる。
 冢宰の無言のまなざしと、常にはない台輔の迫力に、
「うるさいっ! わたしが桓堆を好きでどこが悪いっ!」
 陽子は、祥瓊の口を押さえたままで、キれたのだった。


 数日後、正しいお付き合いの手引きを伝授された陽子と桓堆が、城下町をデートしている姿を、影ながら見守る金波宮の面々がいたことは、内緒である。


 平和な景国でのとある一日であった。



おしまい



from 10:04 2005/11/04
to 13:37 2006/01/01


◇あとがき◇
 お、おちない。最初は、違った話になるはずだったのですが。玉砕。
 途中で、捻じ曲がっちゃいました。
 少しでも、楽しいと思ってくださるひとがいると、いいのですが。
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