主上としのびと老いらくの恋



 金波宮を遙か高みに戴く、景国王都堯天。
 景王赤子(せきし)登局より数十年。国は、かつての荒廃を昔語りにできるほどに、豊かさを取り戻していた。

 人出でにぎわう町の片隅に、その店はあった。
 こじんまりとした間口を入ると、土間があり、左手には、数組の椅子と卓子が並んでいる。卓子についた男たちは、まだ夕飯時には早い時間であるにもかかわらず、酒を聞こし召している風情である。身にまとったものから判断するなら、男たちは、よく言えば遊び人、悪く言えば破落戸(ごろつき)と呼ばれるものたちだろう。ほんのりと赤ら顔の男たちが、片手に酒盃をもち、給仕の女達を相手に、ざわめいている。入り口を入ってすぐの右手奥には、紙製の的が並んでいる。なるほど、この店は、射的屋を兼ねているらしい。
「よ。邪魔するよ」
 暖簾がかかっただけの戸口から、落ち着いた声がかけられた。
 ざわめきが、一瞬、途切れる。
「桓堆さん!」
 若く明るい声が、静寂(しじま)を破った。
「おう、玉娟(ぎょくえん)」
 桓堆さんと呼ばれた男が、破顔する。 「もう、おみかぎりなんだから」
 商売上ばかりではなさそうなしなを作りながら、玉娟が、桓堆の右腕を抱きしめる。
「やっと暇ができたんだ」
 玉娟の頤を持ち上げ、瞳を覗き込む。
 赤く染まった頬を隠すために、玉娟が、するりと、腕を放した。
「いつもの?」
「たのむ」
「じゃ、矢でも射ながら待っててよ」
 矢羽をひとつ、筒から引き抜きながら、桓堆こと、景国禁軍左将軍、青辛(せいしん)は、玉娟の背中を見送った。
 小さな、子供でも楽に引くことができるほどのやわな弓に矢をつがえ、的を狙う。
 これまた、玩具のような矢が、小気味よい風切り音を響かせて、的に当たった。
 ごくり――と、息を呑む音がそこここで聞こえる。
 二射目三射目と、つづけざまに矢は、小さな的の真ん中に、過(あやま)つことなく命中する。
「あた〜り〜」
 ドンドンと、思い出したように太鼓が鳴らされる。
 瞬間、わっとばかりに、客と女達が、喚声をあげた。
 「さすが桓堆さん」などという声が、遊び人たちの間からこぼれ、女達のうっとりとした溜息もまた、あちこちで、花開く。それでも、自分のお相手の側を離れないのは、職業意識からか、それとも、相手が所詮高嶺の花であるとの認識からなのだろうか。
 そんな切ない溜息を気にかけることもなく、桓堆は、次の矢をつがえた。

「いらっしゃいませ」
 ふらりと入ってきたのは、ひときわ大柄な体躯の男と、ひとりの少年だった。
「あら、虎嘯の親分さんじゃありませんか。おや、そちらは?」
 玉娟が、席に案内する。
「ああ」
 ひときわ大柄な体躯の男は、勧められた椅子にどっかりと腰を下ろした。
「お酒になさいます?」
「いや、飯にしてくれ。適当に見繕ってな。それでいいか、浅野」
「オレは……飯は……」
 物怖じした態度で、虎嘯の前に、浅野と呼ばれた少年が腰を下ろした。
「食えるときに食っとけ」
「すみません」
「じゃあ、ふたりぶんですね」
「頼む」
 なんとも、ちぐはぐな取り合わせに、桓堆は、なんとなく、その二人連れを、視野におさめていた。
「あのおやっさんも……気はいいんだ。腕だって、上等の職人だ。が………なぁ」
「どうしても、したくなるらしくって、今日も、出てっちゃったんですよね」
「一度痛い目見んことには、賭け事は、抜けれんらしいしな」
「嵌ってしまうってことは、わからないでも、ないんですけど」
「まぁ、な。待ってる身は、心配だわなぁ。特におまえさんは、今、不用心にひとりで出歩けねーときてるしな」
「はぁ。すみません」
「しかし、おやっさんも、ちょっと自重してくれねーとなぁ。賭場に出入りしてるなんてーのは、あまり外聞のいいもんじゃねーし」
 漏れ聞こえてくる会話に、ふと、目をやると、虎嘯が、天井を見上げて、後頭部を掻いているところだった。浅野と呼ばれる少年はといえば、うつむいて、出された食事にも、手をつけてはいないようだった。
 興味を惹かれないといえば、嘘になるだろう。しかし、見ず知らずの自分が、突然介入したところで、怪しいヤツと、警戒されるばかりだろう。たとえ、玉娟が、口利きをしたところで、おせっかいと言われるのも、なんだかなと、桓堆は、軽く首を横に振った。そのとき、
「お邪魔する」
 凛と張りのある低めの声と共に、赤と緑の色彩が、入ってきた。
「しゅ……っ!」
 桓堆の顔が引き攣った。
 音をたてて、椅子から立ち上がった桓堆が、赤い髪と緑の瞳の、褐色の肌の人物のもとへと、進むより早く、
「やっ!」
「いらっしゃい陽子(ようし)」
 玉娟が、桓堆の前の椅子を引いた。
「いつものでよろしいですか?」
「ああ。たのむ」
 玉娟が遠ざかるのを見送って、
「また、抜け出していらっしゃったんですか」
 こそと咎めると、
「いいだろ、別に。これだって、仕事のうちだよ。冢宰殿だって、台輔だって、一応は、黙認してくれてる」
 それに、ここに、おまえがいるしね。
 そう付け加えて、片目をつぶる陽子こと、景国国王、中嶋陽子、字(あざな)を赤子に、桓堆は、頭を抱えた。
「あの方達は〜〜〜あなたに、甘いんですから」
 そういう桓堆が一番甘いという評判なんだけどね。と、陽子が心の中でつぶやいたことは、当然のことながら、内緒である。
「玉娟、あのふたりは?」
 件のふたりが陽子の興味を引いたのか、汁物を運んできた玉娟に、声をひそめて、ささやいた。
「え? 陽子は、あのひとを知らないの? 虎嘯さんとおっしゃって、この辺の親分さんですよ。気はやさしくて力持ちってーことばは、あのひとのためにあるんでしょうよ。頼りになるひとですよ。お連れさんは、さぁ……あんた、知ってる?」
 ちょうど空になった食器を下げていた女に、耳打ちする。
「知ってる。浅野っていう海客さ。一月ばかり前に、行き倒れてたところを征(しょう)のとっつあんに拾われたってさ」
「征ってーと、飾り職人だっけ。かなり腕の立つって評判の」
「そうそう。新作ができたってなったら、卸した店は即完売って、あの征のとっつあんだ」
「……海客………」
 玉娟ともうひとりがささやきあっている横で、陽子が、感慨深げにつぶやいた。
「で、玉娟、あんた知ってる?」
「なにを?」
 ひときわ潜めたひそひそ声で、玉娟の耳元にささやいたのは、聞こえなかったが、
「うそっ」
 玉娟の驚きぶりに、桓堆と陽子とが、ふたりを見上げた。
 ふたりに視線を向けたのは、なにも桓堆と陽子だけではなかったが、ばつが悪そうに赤くなった玉娟の羞恥は、
「たいへんだっ」
と叫びながら駆け込んできた若い男に、行き場を失った。
「虎嘯!」
「おお、ここだ」
 手を振る虎嘯に、若い男が、駆け寄ってゆく。
「なにっ」
 ぎょろりと目を剥いた虎嘯が、立ち上がる。
「いいか、淑(しゅく)。おまえは、手勢を集めるんだ。で、小司馬の家の周りをそれとなく固めとけ」
 出入るすもんに目を光らせて、俺が行くまで、決して目立つようなことさせるんじゃねーぞ。
 がってんだとばかりに、淑が飛び出してゆく。
「征のおじさんに……」
 耳打ちを漏れ聞いたのか、青ざめる浅野に、
「ああ。小司馬のヤツに、とっ捕まっちまったらしい」
「そんなっ! オレも行くっ」
 椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり駆け出そうとする浅野の腕を取り、
「おまえさんは、だめだ」
 座らそうとする。
「だって」
「やっこさんの本当の目的は、多分、おまえだぞ。そこんとこよっく考えてみろ」
「でもっ……だからこそ、オレが行けば……」
 震えながら言い募る浅野の肩に、虎嘯の逞しい両腕が乗る。
「おまえと引き換えに助かっても、おやっさんの寝覚めを悪くするだけだぞ」
「で、でも……赤の他人のオレのこと助けてくれた恩人が、殺されたりしたら……」
「それはないって。小司馬の目的は、もっかい言うが、おまえさんだ。人質を、殺しはせんさ」
「小司馬ってひとは、この辺の金貸しみたいなひとなんでしょ。なんだってそんなひとが、オレを捕まえようとするんだろう?」
 今更ながら途方に暮れたような浅野の視線に、虎嘯の双眸が、戸惑うように泳ぐ。
 ぽしぽしと、人差し指で頬をかきながら、
「ああ……それは、その、ひとさまの嗜好も思考も、それぞれっつーか、利に聡いヤツってーのは、そういうのをのがさないっつーか」
「は?」
「まぁ、ようするに、えらいのに惚れられちまったよな……っつーこった」
 両肩にもう一度乗せられた男の両手と、かっくりと力なく項垂れている虎嘯のようすを見比べていた浅野の顔が、
「あっ!」
 思い当たることがあったらしく、見る見る真っ赤になってゆく。
 桓堆と陽子とは、そんなようすをなんとなく、眺めていた。本当なら、目の前の騒動ごとなら、自分達が介入して片をつけたいという考えもあったのだが、虎嘯という男の手並みを見てみたくなったのだ。
 そんなふたりに、玉娟がぼそりとつぶやいた。
「あの子、なんでも、おしのびで町に来ていた仙に惚れられたらしいのよね」
「それは、男冥利に尽きるんじゃないか」
と、桓堆が返す。
「相手が、女ならね」
 そのひとことに、桓堆と陽子とが、顔を見合わせる。
「同性に惚れられて、言い寄られたってなったら、ふつーは、まぁ、断るわよね」
「ああ」
「そうだな」
「で、まぁ、あたしは知らなかったんだけど、ちょっと噂になってたらしいのよ。その仙っていうのが、謹厳実直を絵に描いたような仙なのに、ことばは悪いけど、老いらくの恋っていうのかなぁ、すっごく彼に夢中になっちゃってて、毎日毎日、花束だ贈り物だって、征の家に届けさせるんだって」
「老いらくの?」
「年寄りなのか?」
「外見は、四十前後らしいんだけどね。仙だから、あたしらの何倍も生きてるわけだし、実年齢は、どうせ年寄りでしょ、だからよ」
「あ、ああ、なるほど」
 うなづく陽子の正面で、桓堆が、数度咳き込んだ。
 それを横目で見やりながら、
「で……だ。あの少年を捕まえて、件の仙に渡せば、賄賂になるとか、そういうことなのか?」
「それは、あたしには」
「どうだ、桓堆?」
「少なくとも、小司馬という男は、そう考えていると、そういうことなんじゃないでしょうか」
「それとも、その仙と金貸しとに、なんか、繋がりがあって、それで、ってこともありうるわけだな」
 陽子が訊ねた。
「さぁ、そこんところは、さっぱり」
「じゃあ、噂の仙は、今どこに?」
「それが、その仙は、最近、さっぱり姿を見せないんだって」
「ふうん」
「なにかあったんでしょうか」
「さあ……な」
 陽子が首をかしげた時だった。知らない間に、声が大きくなっていたのだろう。
「おい、あんたら。ひとのことだと思って、好き勝手言ってるんじゃねーよ」
 ぬっと影が差したと思えば、件の虎嘯が、腰に手をあてて、三人を見下ろしていた。
「それにな、俺に浅野を守ってくれって頼んでったのが、当の、仙なんだぜ。賄賂とか繋がりなんてあるはずがねぇ」
 胸を張る虎嘯の袖を引っ張り、
「ちょ、ちょっと、虎嘯さん……」
 赤くなった少年が、顔を伏せる。
「ああ? 浅野、本当のことだろうが。恥ずかしがってどうする。おまえは、今は、迎えを待ってる身だろうが」
「迎え?」
 陽子が、首を傾げた。
「ああ、そうだ。こいつはな…………」
「ちょ、ちょっと、やめてくれって」
 虎嘯が何を言おうとしているのか、咄嗟に理解したのだろう、彼の袖を引っ張って浅野がきつく振るが、
「浅野、おまえは黙ってろ。好き勝手言われちゃ、気分悪いだろうが」
「だからって、そんな、言われても困る」
「なにが、困るんだ。賄賂とかやくざものとの繋がりとか噂されるよか、いいだろうが」
「いや、だから……あんま、知られたくないっていうか」
「男だろうが、ぶちぶち言うんじゃねぇ。いいか、おまえは、迎えが来たら、あっちに行って、郷長と祝言あげるんだろーが」
 胴間声が、店にとどろく。
 ざわめきが、とたん、やまった。
 周囲が沈黙注目する中、浅野が、居心地悪げに、身じろいだ。
「だから、言わないでほしかったっんだって……」
 ぽつりとつぶやいた、浅野の台詞に、
「愛してるんだ?」
 追い討ちをかけるかのように続けられたことばに、浅野は声の主を見下ろした。
「違う?」
 卓子に肘を突き、組んだ手の甲に顎を乗せて、自分を見上げてくる緑の双眸が、きらきらと印象的で、浅野は、しばらく、それに見惚れた。
「愛してないのに?」
「い、や……多分。………ヤツに絆(ほだ)されちまったんだ」
 自分の感情を再確認するかのように、ゆっくりと、浅野が、告げる。ずいぶんと遠まわしの、しかし明らかに惚気(のろけ)だろうことばに、
「そうか。それは……」
 なんと言っていいのか、迷った陽子のまなざしが、揺れた。
 しばらく、店の中に、微妙な空気が漂ったが、
「玉娟、頼みがあるんだが」 
と、突然虎嘯が、玉娟を見下ろした。
「なんだい」
「すまないが、浅野を、ことがすむまで預かってくれないか」
「なんでっ」
 虎嘯に詰め寄る浅野に、
「ともかく、征のおやっさんがとっつかまったのは、おまえさんを捕まえるためだろうから、ことがややこしくならんように、ここにいな」
 そう諭すように、とつとつと言う。
「オレだって……恩人を助けたい」
「そりゃあ、とっつぁんは喜ぶだろうけど、キッパリいうが、おまえさんは、足手まといにしかならん」
 武器が使えんだろ?
 覗きこまれて、言葉もない浅野が、しぶしぶと、うなづいた。
「わかった……虎嘯さん、征のおじさんを、おねがいします」
 頭を下げる浅野の髪をくしゃっと撫でて、
「まかしときな」
 虎嘯が、満面の笑みで笑った。
「ああ、そうだ。桓堆さんも、陽子も、虎嘯さんを助けたげとくれな」
 ぱちんと両手を合わせて、玉娟が、桓堆と陽子とを見た。
 しばしの間の後、よっこらしょと桓堆が立ち上がった。
「行くのか?」
「頼まれましたしね。助けんわけにはいかんでしょう」
 口の辺に豪胆な笑みを刻んで、桓堆が返した。
「気をつけてな」
 ひらひらと手を振る陽子に、
「おや、ついていらっしゃらないので?」
「いいのか?」
「どうぞ」
「じゃあ、わたしもゆくか」
 陽子が、嬉々として立ち上がった。
 そんなふたりに、浅野が、黙って頭を下げていた。


 剣戟の音と喚き声が、大きくなる。
 場所は、小司馬の屋敷である。門から玄関へとつづく広い庭は、すでに壊滅状態にある。
 十人からの虎嘯の仲間が、小司馬子飼いの男たちと戦い、あちこちでは、うめき声が上がっている。
「雑魚に用はねぇ。小司馬はいるか!」
 虎嘯の音声に、
「何の用だ」
 家の奥から、痩せぎすの男が現われた。
「征のおやっさんを返してもらいに来た」
 襲いかかってきた男をぽかんと一発殴って気絶させ、新たなふたりの襟首を持って頭をぶつけ合わせる。その無造作さに、小司馬の細い目が、大きくなった。
「博打の負けが込んでるんだがね」
「どうせ、いかさまだろうがよ」
「いかさまだろうと、勝負は勝負だ」
「言い切るかい」
 呆れたようにつぶやいた虎嘯に、
「証文もあるしな」
 ほら――と、懐から出した紙を、開いてみせる。
「見えるか?」
 内容はともかくとして、書式も、印も、全て揃っている。正式なものだった。
「こんなのを承知するなんて、おやっさん、飲んでたな」
「それで? 返してもらいに来たということは、金の用立てができたってことかな」
 クツクツと笑う小司馬に、
「おう! いくらだってんだ」
 威勢良く懐から財布を取り出したまではいいのだが、そこで、虎嘯の動きが、はたと止まった。
「……金、じゅ………十? そんだけありゃあ、ひとが一年、働かずに食えるじゃねえか。てめぇ、暴利にもほどがあるぞ」
「暴利……と、言われてもな。だから、ここにも書いてあるだろう。返せない時は、相応のものでの代用が可能と」
 それなりの心配りだと思うんだがな。  「その、相応のものが、浅野くんなのか」
 凛とした声音に、剣戟の音が、やまる。
 声に誘われるように、小司馬の細い目が、泳いだ。
 目を射る赤い髪の鮮やかさに、小司馬の目が、しばし、留まる。
「仙と、取引をするつもりなのか」
 糾弾するような、厳しい声音に、
「だとしたら?」
 ふてぶてしく返す。
 桓堆! と、朱唇が厳しく空気を震わせれば、小司馬の目の前に、既に、男が対峙してる。
 喉元に突きつけられた切っ先に、しかし、小司馬は、うろたえる気配は見せたものの、怯えてはいなかった。
「なにをするつもりか、教えてもらいたい」
「知って、どうするつもりだ?」
 いささか青ざめた小司馬の細い目が、陽子を捉える。
「それは、こちらの都合。さぁ、教えてもらおうか」
 刀を片手に、陽子が、桓堆に並ぶ。
「ならば、それこそ、こちらの都合だ」
 小司馬が、いいのけざま、切っ先を払いのけた。
「なっ」
 桓堆っ!
 陽子の叫びが鋭くなる。
 応じるよりも先に、桓堆のからだは、小司馬を追って動き出していた。
「陽子、おまえいったい……」
 静まりかえった庭先に立ち尽くす陽子を見る虎嘯のまなざしは、鋭かった。
「それは、いい。今は、征という男を助けることが先だろう」
 陽子は、近くに倒れている男に近寄ると、活を入れた。


 下の階から、店のざわめきが伝わってくる。
 繁盛しているらしい。
 喧騒を遠くに、浅野は、足を抱えて、膝の上に顎を乗せていた。
 落ち着けない。
 足を組み替えて、立ち上がっては、部屋の中をぐるぐると歩き回り、また元の位置で、足を抱えて蹲る。
 気になって仕方がない。
「おじさん……大丈夫かな…………」
 奇妙な世界に来てしまって、二月ぐらいになるだろうか。食べるものも得られずに、野垂れ死にしそうになっているところを、征に助けられた。
 情けない……。  何の役にも立たない自分に腹が立って、必死になって、ことばを覚えた。
 しかし、今もまた、自分は、何の役にも立たないのだ。それどころか、
「足手まといか……」
 もとの世界では、それなりにやっていけていたというのに。
 悔しさがこみあげてくる。
「オレだって、男だっ」
 窓を力任せに開けたときだった。
 店から、悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ……」
 階段から下をのぞき見るが、よくは見えない。そろりと降りてゆくと、
「浅野、あんた、はやく逃げな」
と、腕を掴まれた。
「えと……」
「はやく」
 突き飛ばされるように、裏口から追い出された。
 なにがなんだかわからないままに、頭を振った浅野は、二の腕を掴まれて、そのままの格好で固まった。
「捕まえた」
 にやりと笑った細身の男が、浅野の顔を覗きこむ。
   背筋が震え、
「はなせっ」
 浅野は、遅まきに目覚めた本能のままに、逃げようとした。
「うっ」
 しかし、みぞおちに衝撃を感じて、浅野は、そのまま、くたくたと、小司馬の腕の中に、崩れ落ちたのだった。


「なんてこったい。おやっさんを助け出したかと思ったら、今度は、浅野かよっ」
 頭を掻き毟り悔しがる虎嘯に、
「ごめんよ……」
 玉娟が謝る。
「いや、まさか待ち構えてるなんて、思わなかったんだろ」
「そうなんだけどさ……」
「小司馬のヤツ、ここのこと、知ってやがったんだな。二段に構えていたとは、くそっ」
「こっちの動きは、疾うに気取られていたんだな」
 冷静な陽子の言葉に、
「ああ、もうっ」
 虎嘯が、椅子に思い切りよく腰を下ろした。
「ちょっと、壊さないどくれよ」
「わかってる」
 苛々と貧乏ゆすりをしはじめた虎嘯だったが、
「まずは、小司馬がどこに浅野を連れてったかを調べんとな」
と、立ち上がる。
「ああ、それなら、桓堆がつかんでくるだろう」
「ここにいないと思ったら、そういうことしてるんだね」
 玉娟が、じゃあ、それまで、みんなにお茶でも淹れようね――と、下がってゆく。
「なぁ、陽子」
「なんだ」
「桓堆、小司馬を追ってたんだから、浅野を助けることだってできたんじゃねーのか」
 声をひそめて、虎嘯が、詰め寄った。
「う〜ん。浅野くんには悪いけど」
「囮か?」
「絶対助けるつもりだけどね」
「おまえって……ただものじゃねーな」
 吐いちまえよと、顔を近づける虎嘯に、
「まぁ、おいおいな」
 陽子はふっと、口角に笑みを刻んだのだった。


「郁也………」
 空には、細い三日月がかかっている。
 雲間に隠れゆこうとする月に、窓から外を眺めている壮年の男は、その想いびとを心に描いていた。
 いつもは厳しく引き結ばれている口元が、かすかにほころんでいる。眉間の皺も、いささかなりと、薄らいでいるようだ。鋼色の双眸すら、熱に冒されたかのように、潤んでいる。しかし、それも、
「失礼します」
との声に、茫洋と星空に向けられていた双眸は、鋭く収斂した。
「入れ」
 低く応じて振り向いた男は、
「これが先ほど、届きました」
と、家人に差し出された巻紙を受け取った。
 紙を紐解き、男――昇紘は、眉間に、より一層深い皺を刻み込んだ。
「……」
 噛みしめる口元、紙が、握り締めた拳の中で、悲鳴をあげた。
 昇紘は、壁に掛けられている刀を掴むと、腰に落とし、追いすがる家人を尻目に、足早に部屋を後にした。
 廊下で行き違うたび、
 「どちらへ」
と、尋ねかけてくる家人に答えることもなく、彼が向かったのは厩舎だった。
 騎獣番の男が、突然のことに狼狽するのを尻目に、昇紘は厩舎の中で一番足の速い騎獣に飛び乗り、屋敷を後にしたのである。


 小司馬とその手下の乗った三基の吉量(きつりょう)を追って、桓堆がたどり着いたのは、xxの北、人里離れた廃屋だった。
 巧妙に隠された吉量を探し出し、木に繋がれていた縄を解く。
 馬に似た獣が、胴震いするのを、首の付け根を軽く叩き宥めてやる。
「大丈夫だ」
 少し勿体無いかという気はしたが、
「好きなところにゆくといい」
 廃屋から少し離れた場所まで吉量を促すと、轡や鞍を外してやり、桓堆は、獣の尻を叩いた。
 三基の騎獣は、その場から走り去ってゆく。それを確認して、桓堆は、廃屋を振り向いた。
「主上に、お知らせしないとな」
 にやりと笑った桓堆が、
「主上のお言いつけだな」
と、地面を眺めてつぶやいた。と、桓堆の視線の先に音もなく現われたのは、赤褐色の毛並みの巨大な獣――否、妖魔だった。
 金の目が、月の光を弾いた。
「見てのとおりだ。主上にお知らせしてくださるとありがたいのだが」
 桓堆のつぶやきに、諾もなにもなく、するすると、妖魔は姿を消した。
「さて」
 桓堆は、空を振り仰いだ。
 空には、満天の星が散り、細い細い、三日月がかかっている。
「俺はどうしましょうかね」
 首を捻りながら、桓堆は独り語ちた。


 いつからか、ひとの手が入ったことはないのだろう、荒れ果てた室内に、浅野は、倒れていた。正確には、後ろ手に縛られ、足を縛られ、転がされている。
「う……」
 あたりを憚らない複数の笑い声が、耳にうるさい。酒の、独特の匂いもまた、鼻につく。
 起き上がれない苛立ちに、頭を数度横に振った。
 いったい、自分は、なぜ、こんな、薄暗いところにいるのだろう。
 記憶をたどろうとして、
「よう、目が覚めたのか」
 目の前に影が差した。
 嘲るような、面白がっているような、しかし、その底に、ぞっと全身が痺れるような悪意を潜ませた声が降ってきた。
「浅野――とか、言ったな」
 顎を掴まれて、無理な姿勢で、相手を見上げさせられた。
 剣呑な、細い、両眼が、浅野の褐色の双眸を覗き込んでくる。
「どこをどう見ても、ふつーの餓鬼のくせして、あのお固い昇紘をどうやってたらしこんだのか、教えて欲しいもんだ」
 言われて、浅野は、すべてを思い出していた。
「あ、んた、いったいっ、なんだってこんなことっ」
 仰け反らされている首が、背中が、痛かった。
 藻掻いても、無駄なだけだと、知るのに、時間はかからない。
「教えてやってもいいが……な」
「やっめろっ」
 男――小司馬の指先が、浅野の襟ぐりをくつろげてゆく。
 背筋に、粟が立つ。
 ピッと、悲鳴をあげて、襟の合わせが、他愛もなく、裂かれた。
 誰かが、口笛を吹いた。
「これは、また……」
 喉の奥で押し殺したような笑い声に、浅野の全身が朱に染まる。
 裂かれた着物の下、紅潮した素肌のあちこちに散るものが、なになのか、この場に居合わせるもので、わからないものはいなかった。そうとわかる、しかし、いくぶんか色あせた、情交の痕である。
「これは、いい」
 やはり、おまえを選んで正解だったようだ。
 独り語ちた、細い目の男が、浅野の目を、なおきつく覗き込んだ。
 細い目の奥、したたる悪意を感じて、浅野が目を閉じようとする。
 しかし、何かが、それを、許しはしなかった。
 男の悪意が、少しずつ、見開いたままの浅野の両眼から、脳へと、滲み、冒してゆこうとしていた。


《主上……》
 聞こえてきた、声なき声に、陽子が立ち上がる。
「陽子?」
 見上げる虎嘯に、
「出る」
 答ともならない応えが返った。
「居場所がわかったのか」
 あたふたと立ち上がる虎嘯を尻目に、陽子は、店を駆け出した。
「驃騎(ひょうき)」
 声に応じて、がっしりとした猫科の猛獣めいたものが、細い月の光の下に姿を現す。
 それを見た虎嘯が、息を止め次に何か言いたげに、陽子と驃騎とを見比べた。それを痛いほどに感じて、陽子が苦笑する。
「浅野くんは、xxの北、里の外れの廃屋にいる」
 先に出ると、言いのけざま、陽子は、躊躇いなく、驃騎に跨った。
「お、おいっ」
「来るのか?」
 陽子の問いに、
「行かいでか」
 虎嘯が、応じた。
「……しかたない。驃騎、おまえは、虎嘯を乗せてくれ。私は、班渠(はんきょ)に乗ろう」
 陽子が呼ぶまでもなく、大型犬ほどのすらりとした犬型の妖魔が、姿を現す。躊躇いもなくそれに乗り移り、
「どうした。おいてゆくぞ」
 班渠に、命じた。
「くそっ! どうとでもなれだ」
 吐き捨てて、虎嘯は、妖魔に跨ったのだった。


「くそっ。はやく走らねーか」
 小司馬のぼやきに、腕を引っ張られている浅野の反応はない。機械的に足を動かしているだけという風情で、ぼんやりと、何も見ていないうつろな目を、ただ進行方向に向けているだけだ。
 彼らの後ろからは、大勢の捕り方が迫っている。
 枝を掻き分けながら進む山の獣道は、あまりに細く、ひとが進むのに適していない。
 ごろごろところがる大小の石に足をとられながら、小司馬は、闇雲に、進んだ。
 どこでどう計画が狂ってきたのか。
「くそっ」
 吐き捨てながらも、浅野を解放しようとはしない。
 そうだ。
 こいつは、最後の切り札だ。
 あの男が、こんなガキに狂ったと聞いて、これは、使える。そう、小司馬は考えたのだ。
 あの男―――郷長である。
 郷長――昇紘は、つい七日ばかり前、小司馬の手下を捕らえた。
 それは、金貸し、やくざものの元締めと、ある種、表の顔の、手下ではなかった。
 表の顔も、まぁ、まっとうとは言いがたいが、彼の真の顔を知るものは、恐れに、全身を震わせる。
 殺人、略奪、放火、なんでもござれの、凶賊の首領――それが、小司馬だった。
 彼が、ここまでになったのは、ただ、件の郷長憎しの一念からである。
 小司馬の父親は、前の郷長だった。
 その不正を暴いたのが、今の郷長である昇紘だったのだ。
 結果、彼の父親は、仙籍を剥奪、母親と共に自害して果てた。
 彼が育ったのは、里家だった。
 そこは、決して、彼に、優しいところではなかった。
 彼の心に、憎しみを芽生えさせるに足るほどには、冷たい場所であったのだ。
 しかし、そこでの経験があったからこそ、今の彼がいる。
 そうして、幼い頃に穿たれた憎悪は、復讐を、彼に、求めてやまなかった。
 昇紘を付け狙い、小司馬は、浅野の存在を知ったのだ。
 ともあれ、正体が暴かれるのは、時間の問題だろう。
「とっとと来やがれってんだ」
 苛立った小司馬が、浅野の手を力任せに引っ張った。
 どれくらい、山の中を走ったのか。
「小司馬、逃げ場はもうないぞ」
 捕り方が、叫ぶ。
 小司馬は、追い詰められていた。
 後ろは、断崖絶壁で、あと少し後退すれば、命を落とすだろう。
 目の前に迫る、捕り方ども。
 赤い髪の娘に、やけにいかつい体躯の男。ぐるりと見渡す視野の中に、そうして、小司馬は、求める男を、見出す。
 鉄面皮ともささやかれる昇紘は、珍しく、感情をあらわにして、小司馬を、いや、その腕に囚われている浅野を、気遣わしげに見やっている。
 自然、小司馬の喉から、笑いが、あふれ出した。
 そうか、そんな顔をするのか。
 面白い。
 ならば、こいつを戻せば、どうするだろう。
 それをこの目で見たい気もするが、さて。
「そら」
 浅野を突き飛ばし、次の瞬間、小司馬は、崖から飛び降りた。
 誰もが、小司馬は、死んだと、そう思った。
 しかし――――
「桓堆!」
 陽子が叫ぶ。
 崖の下から、一騎の騎獣に跨って桓堆が現われたのだ。彼の前には、意識を失っているらしい、小司馬の姿がある。
 捕り方たちが、桓堆のほうへと、駆け寄った。
「将軍……」
 誰かが、そう、つぶやいた。
「将軍って?」
「え? 誰が……」
「禁軍?」
「左軍将軍?」
 つぶやきが、水面に広がる波紋のように、捕り方たちの間に広がってゆく。
 ざわり……と、彼らの視線が、桓堆に向かう。
 誰かが、最初に、その場に膝をついた。
 伏礼は、初勅で疾うに禁止されているものの、習慣は、数十年経つ今でも抜けないものらしい。頓に上下関係には厳しい、軍であれば、それは、無理からぬことではあるのかもしれない。
 まるで、等間隔に並べた骨牌のように、ひとり、またひとりと、兵が膝をつく。
 虎嘯が、桓堆と兵士、そうして、隣に立つ陽子とを見比べる。
 さわさわと交わされたささやきは、虎嘯の耳にも届いていた。そうして、虎嘯の脳裏に蘇るのは、桓堆と陽子の不思議な関係である。
 禁軍左軍将軍だという桓堆に、陽子は命令口調をとっていなかったか。桓堆もまた、陽子の命令に否もなく従っていた。 そうして、陽子が、自分が、乗ってきた騎獣――いや、あれは、騎獣などではなく、確かに、妖魔だった。
 妖魔を恐れるふうもなく、さも当然と跨る娘。
 禁軍左軍将軍に、ごく自然な口調で命令する娘。
 そうして、娘の髪は赤く、双眸は、翡翠のごとき緑である。
 ザッと、音たてて、虎嘯の顔から、血の気が、失せた。
 いくら鈍いとはいえ、そこまで材料が揃えば、自分の隣に凛として佇む娘の正体を、察することができよう。
(景王……)
 思わず一歩下がった虎嘯を訝しげに見返した、緑の双眸がはかない月光に、光を宿した。
 まじまじと注視され、虎嘯が、うろたえる。
 そのさまに、陽子が、苦笑する。
「ばれたか?」
 確認するかのような口調に、かくかくと、壊れたべこ人形のように、虎嘯の首が上下した。
「内緒だぞ? わたしまでがここにいるなんて知ったら、多分、みんな動けなくなるだろう」
 それもそうだ……しかし、知ってしまった俺はどうすりゃいいんだ。
 かなり失礼な態度をとってきたような気がする。
 全身を伝わるのは、汗が噴き出し流れ落ちる感触だろう。
「しのびだから、別に、今までどおりでいいんだ」
 そうつぶやかれ、手招かれ、根が単純な虎嘯は、
「わかった」
と、下がった一歩を元に戻ったのだった。


 忘れられた形になった浅野と昇紘とは、この騒ぎから少し離れた場所にいた。
 松の根方に腰を下ろして、昇紘は、小刻みに震える浅野を抱きしめている。
「郁也……大丈夫か?」
 熱にでも浮かされているのか、浅野の双眸は、茫洋とさまようばかりで、昇紘を見ようともしてはいない。
 こんなふうにからだを寄せ合うのを、照れて避けようとするのが、いつもの浅野であるのに、それも、ない。おとなしくからだを預けてくる浅野に、愛しさが、途切れることがない。
 心配ではあったが、七日ばかりの間、触れ合うことすらなかった愛しい存在の、薄く開かれたくちびるに、目が奪われてしまう。
 我ながら堪え性のない――胸のうちで独りごちた昇紘が、浅野のくちびるに、己のそれを触れさせた。
 郁也の無事を、久しぶりの感触を、思う存分堪能していた昇紘の眉間に、快感のためではない皺が刻まれた。
「いく……や………?」
 くちづけを解いて浅野と距離をおいた昇紘の声が、訝しげに、歪(ひず)む。
 ぼんやりと、どこを見ているのかわからない、恋人のまなざしに、脇腹の灼熱が痛みへと変貌を遂げる。ずきずきと、鼓動と共に痛みが全身に襲い掛かってくる。
 痛みの元をたどれば、左脇腹に、小刀が刺さっていた。
「郁也?」
 何度目かの、昇紘の呼びかけに、浅野が、小刀を抜く。
 流れぬめる血色に、浅野の何も見ていないかのようなまなざしに、戸惑いが、次いで、恐怖が、刷かれた。

 その頃には、捕り方たちの騒動は収束していて、昇紘と浅野とを遠巻きにしていたのだが、ことの成り行きに、彼らは、再び息を呑むことになったのだった。

 昇紘と自分とを、代わる代わる、しつこいほど見比べて、浅野の全身が、激しく震える。
 声も出ないほどの恐慌状態にありながら、首を横に振る、浅野の手が、手にした小刀が、それ自体が生あるものであるかのように、自身、頚動脈に当てられた。
 浅野の双眸からは、涙が滂沱とあふれ流れる。
 今にも、刃が、肌に食い込みそうだ。
 緊張が、その場を支配する。
 誰もが、声を失くしていた。
 しかし、今まさに、浅野の手に力が込められたとそう、手をこまねいているものたちが固唾を呑んだそのとき、昇紘の手が、蛇の素早さを髣髴とさせる動きで、直に、刃を、握りこむ。
 自分の掌が傷つくのをものともせず、昇紘が、浅野から、小刀を?ぎ取った。
 そうして、昇紘は、浅野のみぞおちに、当身を食らわせたのだ。
 浅野は、他愛なく、気を失う。
 それを、昇紘は、やさしく抱きかかえたのだった。


 長い夜が、明けた。
 里長が提供してくれた部屋で、浅野に掛けられた術は、かけた当人――小司馬によって、解かれた。
 術を解いた後、小司馬は引き立ててゆかれ、後には、 陽子、桓堆、虎嘯、昇紘、浅野の、五人だけが残された。
「うらやましいな」
 つぶやく陽子の視線の先には、周囲のことなど眼中にないらしい恋人同士の姿がある。
 傷はそう深くなかったらしく、昇紘は、こんどこそ完全に自分の元に返ってきた浅野を、きつく抱きしめている。
「おや?」
と、虎嘯が、陽子に目を向けた。
「わたしの誰かさんは、あんなことしてくれないからな」
 意味ありげな流し目に、桓堆がかすかに怯んだふうを見せる。
「そりゃいけねーな」
 虎嘯の笑いを含んだ声が、桓堆の耳に届く。
「こーんなべっぴんさんを放っとくなんて、つれないヤローはやめにして、俺なんかどうだい?」
 この台詞に、桓堆の目と、にやにや笑う虎嘯の目とが、合わさった。
「いいかもしれないな」
 しかし、陽子の次の台詞に、桓堆は、弾かれるように、陽子を、抱きしめていた。
「あなたは、私のものじゃないんですか」
 詰る桓堆に、
「虎嘯じゃないけど、おまえは、少々、つれなすぎる」
 緑の双眸が、桓堆を見上げた。

「あぶれ者には、目の毒だよな」
 ぼりぼりと後頭部を掻きながら、虎嘯が、嘯(うそぶ)いた。
 そうして、お互いを確かめ合う、二組の恋人たちを残して、部屋を出て行った。ついでにとばかりに、しばらく部屋に誰も近づかないようにと、虎嘯は、里長に忠告する。
 庭に出た虎嘯は、陽射しの眩しさに目を眇めながら、
「独りがやけに身に染みやがるぜ」
と、つぶやいたのだった。


おしまい
start 15:08 2004/12/20(041219)
up 23:57 2005/05/09
あとがき
 滅茶苦茶な内容です。あちこち綻びてますが、少しでも楽しんでいただけると、うれしいなぁ。
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