翠帳紅閨



 金波宮の奥。
 夜のしじまに、寝ずの番なのだろう、かすかなひとの気配が、まじっていた。

 つんと鼻を刺す香が、かすかに漂う臥室(しんしつ)には、ぼんやりとした灯がともるばかり。
 臥室の奥、豪華な彫を透かし彫りにしつらえた牀榻を閉ざす薄い帳が、微風に、ひるがえる。
 部屋の主は眠ったのか。
 いや、違う。
「あっ」
 何かをこらえるような、抑えた声音が、帳の奥から時折り漏れ聞こえ、室内に、波紋を刻む。
「そ……んなっ」
 秘め事を思わせる、女の声が、薄く、灯に染まった帳を震わせる。
  「くっ」
 荒い吐息が、途切れがちに、花開く。
 牀榻の奥から、衣擦れの音も、あえかに、聞こえていた。
「いた……いっ」
 こらえきれなかったのだろう、その声に、
「主上」
 男の声が、混じる。
「い……い、つづけて、くれ」
「しかし」
「いいんだ、桓堆」
 艶めいた声に誘われるようにして、
「主上……」
 男の声が、重なった。
「誰よりも、おまえが………あっ」
 ひらり―――ひときわ大きく、帳がひるがえった。
 牀榻に広がる赤い髪。白い夜着につつまれた、伏せた背中に、筋張った両手が、触れている。
「痛いですか」
「大丈夫だ」
「はぁ。こんなところ、台輔や冢宰に見られでもしたら、オレは、首が飛びますよ」
 首を振るのは、しっかりと官服を身にまとった、痩せぎすの男だ。言いながら、なだらかな曲線を描く背中の中心線に沿って、両手を動かしている。
「あっ、だ、から、そのへんはっ」
「力を抜いてください。ここをほぐしておかないと、何の意味もありませんよ」
「わかっ、っているっ、けどっ、弱いんだ、そこっ」
 足をばたつかせる女の髪が、寝具の上で、かすかに揺れる。
「しかし……将軍が、王の按摩をするなんて、知らなかったですよ、私は」
 はい、おしまいです。と、男が、牀榻から出る。
「禁軍は、王のものだからな……誰にも文句は言わせないさ」
 上半身を起こして、女が、不敵に笑った。
「桓堆、もう帰るだなんて、言わないだろう?」
 男を見上げる翡翠の双眸に、蠱惑の色がともった。
 伸ばされた白い手を恭しくおしいただきながら、
「主上の仰せのままに」
 にやり――と、男もまた、太い笑みを口角に刻んだ。


おわり



from 16:39 2005/06/17
to 17:12 2005/06/17




あとがき
 コメディを目指したんですけど……あえなく玉砕。こういうのは、漫画のほうがビジュアル的で、いいかもしれませんね。描けないって。……最後、すっかり、おふたりは出来上がってるって感じですが、もしかしたら、しのびごと――なのかもしれませんね。考えてなかったり。
 少しでも楽しんでくださると、嬉しいです。
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