竹取物語異聞 殺生石
今は昔、竹取の少年ありけり。野山に混じりて竹を取りつつ、よろづのことに使いけり。
名をば、浅野郁也と、なむ言いける。
「おま………育ったなぁ…………」
竹の中に見つけたときは、ほんと可愛らしくてさ、どんなに成長すっかなとか、楽しみにしてたんだぜ。
それが………たった三ヶ月でここまででかくなっちまうなんて。おまえは、犬猫なみかっ! って、突っ込みたいけど、眼つきが怖いので、やめておこう。どうせ、オレってばへたれだよ。
日一日でかくなってるなぁとは思ってたんだけど、三ヶ月で、オレの歳を追い越しちまって、立派なおっさん――になるなんて、詐欺だよな。
それも、厳つい顔した、押し出し満点――のだ。
こんなん、予想外過ぎだって思ってみても、今更仕方がないけど。それに、三日飼っちまえば――――って言うしなぁ。
三ヶ月面倒見てきたんだから、オレだって、しっかり愛着がわいちまってる。
たとえ、強面の、おっさんだろうとだ。
要らない――って、ポイ捨てできるわけもないんだよな。
朝の挨拶しとくかと、昨日までの青年からおっさんに一気に枯れ(?)ちまってる昇紘相手に腰ぬかしちまったオレを見下ろして、当の本人は、
「郁也。これまで、面倒をかけた」
って、言うわけよ。でもな、偉そうに踏ん反り返って言われてもな。
「私は、月の世界の者。帝に逆らった罰として、ここに堕とされたのだ」
へー。
ほー。
ふ〜ん。
現実感なさ過ぎだぞと喚きたかったけどな。よく考えてみれば、三ヶ月で急成長を遂げたこいつを見てるからなぁ。
赤ん坊に戻して、ここに堕とす。誰かに拾われればよし、拾われなければ野垂れ死に。考えてみれば、ひでー罰かもしれない。
「次の満月に、私を迎えに使者が来る」
でも、帝に逆らっといて、三ヶ月で許されるのか? とか思ってると、
「三ヶ月でもとの姿に戻ったのは、同士のおかげだ。本格的に帝に狼煙を上げるために同士が迎えを寄越す」
いや、まぁ、オレに関係のない世界のことだから、口はさめねーけど。
「あんま、ムチャやらかすなよな」
ムチャすぎるだろ! という突っ込みはこの際置いておこう。
「心配してくれるのか」
「当然だろ」
三ヶ月とはいえ、面倒を見た相手が危ない目に遭うのは、やっぱ寝醒めが悪ぃからな。
「そうか―――」
昇紘の口の端が、じんわりと持ち上がったような気がした。
そうして、あっという間に次の満月の夜が来たんだ。
オレは、縁側から、空を見上げてた。
壮年の強面のおじさんな昇紘が、隣には立っている。
十五夜が中天に懸かるころ、周囲がぱあっと照り輝いた。
オレは思わず目を庇ってた。
気がつけば、天駆ける牛車が目の前に下りてきていた。
それを見てたら、辛くなっちまった。
またひとりかと思えば、しかたがない。
やっぱり、独り暮らしって、淋しいしなぁ。
オレは、別れに耐えられるようにって、腹に力を込めたんだ。
やがて、牛車がうちの庭に降りた。
牛車に従ってた天女みたいな女の人と男の人が、手に何かを持って、昇紘に近づいてくる。
女の人が、昇紘に何かを捧げるように差し出した。
昇紘がそれに手を伸ばす。
次に、男の人が持ってきたものを取り上げると、オレに投げて寄越したんだ。
「?」
昇紘を見上げると、
「これは、おまえにだ」
と言う。
反射的に差し出してた掌に、昇紘がポトンと落としたのは、薬の包みのようなものだった。
「飲め」
いや。わけのわからんもんを、飲めと言われて飲むやつはいないと思う。
「なんだ、これ」
「何でもいい。飲むんだ」
「だから」
オレがなおもなんだと訊ねようとした時、焦れた昇紘のヤツが、オレの手から薬包をふんだくるように取った。
「ちょ……まてって」
中から取り出した丸薬を、昇紘は自分の口の中に放り込んだ。
んでもって、口移しで飲ませやがったんだ。
くそっ。
手の甲で、昇紘のくちびるの感触を拭う。
口の中に広がった薬の苦さよりも、そっちのほうが、びっくりだったんだ。
女の子とだってまだだっつーのに。
いーんだ。
昇紘を拾ってから、うちは金持ちになったから、ひとりになったら、嫁さんでももらおう。
けど、そんなことを考えてられたのは、少しの間だけだった。
「あれ?」
オレは、オレの周りがぐるぐる回ってるのに気がついた。
オレを見下ろしてくる昇紘の顔が、にやりと、魔的に笑ってる。
立ってられなくなったオレは、そのまま昇紘に抱きとられて、そうして、意識は途切れた。
そうして―――――
オレは、今、どこにいるんだろう?
どこかの洞窟の奥で、オレは、半分意識があるようなないような、不安定な状況で空を見上げている。
オレの周りは、透明な玻璃みたいなもので囲まれていて、からだは動かない。
オレは、仰向けに寝かされていて、天井に開いている穴から、目が覚めたような時には、空を見上げるばかりだった。
空には、いつも、月がある。
月。
昇紘が帰って行った世界だ。
多分、あいつは、あそこで、闘っているんだろう。
意識が途切れる寸前、あいつがオレの耳もとにささやいたことばを思い出す。
――――片がつけば、迎えに来よう。
それは、いつのことなのか。
だいたい、片がつくのはいいけど、あいつが勝つとは限らないだろ。
オレは、いったいいつまで、こうしていないといけないんだろう。
――――それまで、おまえは、眠りの中で待っているがいい。
待っていて、それから?
それから、オレは、どうなるんだ?
それを考えると不安でならなくなって、オレは、目を閉じるんだ。
動けないオレにできるのは、それだけだからな。
オレが、ここにいるようになって、どれくらいの時間が流れたのか。
オレの周りには、たくさんの白い骨が、転がっている。
小動物から、ひとまで。
生きものが、骨になるくらいの時間、オレは、ここにいるわけだ。
オレに近づいたものは、問答無用で、死んでった。
まるで、どこかの国にあるという、殺生石さながらだ。
目の端に映る白いものを見ないようにしながら、オレは、いつものように空を見上げていた。
クソッ!
わけのわかんねーもんを拾うんじゃなかった。
忌々しく思いながら、オレは、目を閉じようとした。
その時だ。
かすかな音が、耳に届いた気がした。
誰かが、ここに入ってきた。
いったい誰なんだろう。
あいつなのか。
それとも、ぜんぜん知らないヤツか。
オレは、月明かりの中に、目を凝らす。
今度こそ、生きものの苦しみもがくさまを見なくてすむように。
オレは、それが、昇紘であることを望んでいた。
この状態が早く終わりを迎えるように、オレはただ、昇紘の迎えを、祈りつづけるのだった。
おわり
start from 11:40 2006/01/22
end to 10:49 2006/01/23
◇ あとがきとかいいわけとか ◇
あれ? なんでいきなりバッドエンド?
おっかしいなぁ………。
あいかわらず、な、浅野くんです。
最初のトーンで進んでると、いきなり、これですか。
我ながら、妙な話を書いてしまった。
さて、昇紘さんは、無事に片をつけることができるのか。
浅野くんは、助け出してもらえるのか。
あ、えと、元話は、言うまでもなく『竹取物語』です。
かぐや姫の犯した罪とか、かぐや姫が最後におじいさんたちと帝に送った、不老不死の妙薬(や、これを頂で燃やした山が富士山になったってオチもありましたよね。確か。)その辺を突っ込もうとか思って書き始めたのですが、昇紘さんをかぐや姫にしたあたりに、敗因がありますかね。やっぱり。意外性ではいけると思ったのだが。
少しでも、楽しんでいただけると、幸いなんですけど………ね。
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