最悪だった。
吐きそうで、死にそうで、苦しくてたまらない。
自分のからだがどろどろに解け崩れてゆく。
なのに、オレは、生きているのだ。
解けたからだを、這いずり回る無数の虫が、喰らう。
その苦しさは、耐え難い。
死んでしまう。
何度、そう思っただろう。
そのほうが、ましだ――と、何度、思ったかしれやしない。
気味の悪い虫にからだじゅう這いずり回られて、オレは、泣き叫んだ。
それがよかったのか、気がつけば、オレは、元のオレに戻っていた。
けど、なんで?
なんで、オレは、裸なんだろう。
目の前に、怖そうな顔をした男が、いる。それも、裸で、だ。オレなんかとは違う、大人のからだが、オレの目のまえにあった。
逃げよう。
しかし、男の手が、オレの肩を押さえつける。
近づいてくる男の顔。
触れてくるのは、引き結ばれているくちびるだ。
「っ」
感触に声が出そうになるのを、とっさに噛み殺す。と、男が、嗤った。
そうして――――――
オレは、いつの間にか手にしていたそれを、引き絞った。
いつの間にどこから? そんな疑問もありはしなかった。
パンともパシュともつかないようなかすかな音とは、正反対の、かなりな衝撃がオレを襲った。
男の脇腹が、赤く、抉れていた。
ぽたり――と、血が、流れ出す。
背筋を這い上がるのは、自分がしてしまったことへの、恐怖だった。
ひとを、撃ったのだ。
この手で……………。
逃げようとして、全身に力が入らない。
からだが、情けないくらい、震え、すくみあがっている。
そうしている間にも、男の脇腹からは、信じられないほど血が流れ、あたりを、濡らしてゆく。
なのに、男は、オレを見たまま、嗤っている。
オレを見据えて、何かを、言っているんだ。
男の口が、パクパクと動いている。
けど――――――
聞こえない。
わからない。
聞きたくないんだ。
「………や。郁也っ」
軽く頬を張られる衝撃で、オレは、目が覚めた。
ベッドの上だ。
カーテンの開いた窓から、やけにまぶしい光が差し込んでいた。
夢?
そう思いかけたオレが、目の前にあるものを認めるのに、たっぷり十秒はかかったのに違いない。
オレは、全身の血が下がるのを、感じていた。
だって、それは、オレが、撃ったはずの男だったから。
逃げようとして、腕をつかまれた。
跳ね除けようとして、強く押さえつけられる。
黒い目が、オレを覗き込むように、凝視する。
眼光の鋭さに耐え切れず、オレは、視線を、外した。
「なぜ、逃げる」
低い声が、オレの耳を打つ。
「な、なんでっ、あんたが、生きてるっ」
ひっくり返った情けない声が、オレの喉から、ほとばしった。
「おまえは、しくじったのだよ、郁也」
ことさらに名前を強調して、男が言った。
名前―――郁也というのが、オレのこと、なのだろうか。
そこまで考えて、オレは、気づいた。
オレは、オレのことすら覚えていないってことに――――だ。
わかることは、目のまえの男を、殺したはずだということと。
なのに――――――しくじったということだった。
男を、殺せなかったのか。
でも、なんで、オレの名前を、こいつが、知っているんだ。
でも、なんで、しくじったのに、オレは生きているんだろう?
失敗は、即、自身の死に繋がっていると言うのに。
――――-死なないと。
震えながら、オレは、舌を噛もうとした。
刹那。
オレは、男に、くちづけられていた。
舌が、噛み締めようとしていたオレの歯列を割った。
口いっぱいに、いっそ呼吸すらできなくなるほど、男舌はオレの口の中で、存在感を増してゆく。
意識が、薄れる。
気が遠くなる。
死んでしまう。
そう思った瞬間、一気に、空気が流れ込んできた。
荒い息をついているオレの耳元で、
「まだ、解けないのか」
と、男が苦々しくつぶやく声が聞こえた。
おわり
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start 15:18 2006/09/01
up 16:36 2006/09/01