こどもの時間



「な、浅野。だいじょーぶかぁ?」
 電子音にまじって、心配そうな顔をしてオレを見上げてくるのは、佐々木だ。
「たまには息抜きしないと、オレだって、息が詰まっちまう」
 週末の学校帰りに、オレと佐々木は、ゲーセンに寄り道してる。
「まぁ、よく我慢してるよなーとは思うけどさ」
 にやりと佐々木の口の端が、持ち上がる。
「えい、その笑いやめろって」
 あいつの笑い顔を思い出しちまうだろーが。
 あいつ―――昇紘。
 なんつーか、その、オレの、自称“恋人”ってヤツだ。
 はぁ。
 あくまで、自称だからな。
 オレは、認めちゃいない。
 オレには、男を恋人に持つ趣味も、性癖もないんだっ! なのにさぁ、オレ、すっかり囲い込まれちまって、二進も三進もゆかないんだ。
 押しが強いから、オレがおたついている間に、気がつけば、あれ? ってなっちまうんだ。ああ、オレって、へたれだったんだなぁと、情けなく思うのはそんな時だったりする。
 あの日再会しちまってから、毎日、迎えに来んだぜ。
 毎日………。
 冬休みの間は、家に来た。
 けど、冬休みが開けてからは、毎日、あの、黒い外車がよりによって校門脇に停まって、オレ待ってんの。オレが行くと、中谷さんが後部座席のドア空けて促すから、申し訳ないような気になって、断れない。結局、乗る羽目になるんだ。すっかり、それが定着しちまってさ、オレ、肩身がせまいっつーかなんつーか。
 来年三年で、大学受験だっつーのにさぁ。精神的ダメージはかなりなもんよ。マジな話。
 だから、こうやってストレス解消して、どこが悪いっつーのよ。
 明日明後日、学校休みだから、連れ込まれたら、泊まりだと思ったら、なんかいたたまれなくってさ。オレは、迎えが来るようになってから、はじめて、ブッチしたんだ。
 だいたい、出会いからして、最悪だっつーのに。
 出会ったその日に、ホテルに引きずり込まれたんだぞ。厭も応もなしだ。ベッドに放り出されて、襲われた。
 思いだしたくもないけどさ〜、時々夢に見て、飛び起きるからな。
 結局あれって、レイプ――なんだよな。けど、そう言うと、あいつがどう返すと思う?
 『不幸な事故だ』って、それだけだぜ。
 あん時のオレが怖くて痛くて、どんだけ泣いたか、あいつだって知ってるはずなのに。そんな風にへろりと言うから、あんまり腹が立つんだ。けど、だからって下手な行動に出ると、
『煽っているのか』
とか、
『誘ってるのか』
とか、そっち方向に持ってくから、オレは、黙り込んじまうしか思いつかない。
 いい歳してるくせに、何で、そっち方面にしか思考を持ってかないんだよ。と、オレは、パニクる羽目になるんだ。
 出会った日、這う這うの態で逃げ出せたのが、最低ラインぎりぎりののラッキーだと思ってたら、五ヶ月もたってから、姉さんがらみで再会しちまってさ。あれからオレは、ぎりぎりのラッキーすら、縁がなくなっちまったんだ。
 オレがなにをしたって言うんだろう………。
「なんだよ」
 佐々木の頭をひとつグーでこついた。
 だいたい、こいつがそもそもの元凶なんだよな。
 あんなゲームをやろうなんてこいつが言わなければ、オレは、あいつと出会わなかったし、執着されずにすんだろう。
「おまえが悪い」
 佐々木は、元凶だけあって、オレと昇紘が、その、そういう関係にあるって知ってる。言っとっけど、オレが喋ったわけじゃない。できれば、知られたくないからなぁ。ともかく、バレちまったんだよな。それで友だちやめないってあたり、ありがたいっつーか、こいつの肝は太いんだろうなって、羨ましく思っちまうけど。けど、あんまりしゃーしゃーとしてるから、時々オレは腹が立つ。でも、仕方がないだろ。なぁ。
「煮詰まってますな。だんな」
 誰がだんなだ。誰が。
 かじりついてたゲーム機から離れて、オレと佐々木は缶ジュースを買った。
「今頃、中谷さん困ってんじゃないのか」
「おまえ、誰の味方だよ」
 そりゃあ、中谷さんはいい人だよ? あのひとの穏やかな態度に、オレは救われてるところもあるけど。
「おまえの味方に決まってんじゃん」
「だったら、痛いとこ衝くなよなっ」
 コーラの残りを一気にあおり、炭酸が抜けてゆく痛みに、オレは鼻に皺を寄せた。
 そんなオレの顔をつくづくといったふうに、眺めて、
「おまえって、男好きすんのかね」
 止めを刺しやがった。
 ああ、コーラ飲んで終わっててよかった。
 気管に入って咽るなんて、やだからな。
「………やめろそれ。シャレになんねーよ」
「ああ、わりぃ」
 咽はしなかったが、思わず咳き込んだオレは、結局涙目で佐々木を見返す羽目になっちまった。
 ほんとにもう。
 オレがそういう性癖なんだったら、まだ、ましなんだけどなぁ。
 あいつだって、そうじゃないっつーか、恋愛に興味がない性質だったらしいつうのに。もっとふつーに、金も地位も権力も―――あれこれ持ってんだから、美女を侍らせろよな。
 そりゃ、そういうこと(そういうことって何? とかって、突っ込むなよな)やったのは、この間がまだ二回目だけどさ。あんなもん毎日やってたら、オレ死んじまう。どこにでも転がってるみたいなガキ相手に、エンコーとかインコーとかぎりぎり(そのものか……。二回とはいえしちまってるからなぁ。わかってる。わかってるけど、そのものなんて言い切りたくないんだってば。ほっといてくれよ)みたいな遊びなんか、早く飽きてくれよ。
 ってなぁ、これを、あいつに向かって言えたら、いいのにな。
 そういう性格だったら、も少し、オレの運勢って、違ってたんじゃないかなぁ。
 オレっていったい、なにやってんだろ。
 佐々木が釣ったぬいぐるみがクレーンで運ばれてく。でっかい口をガバッと開いてる、ファンキーでブッキーなブツをぼんやりと眺めてたオレは、いつの間にか、黒い服の男たちに囲まれてるのに気がつかなかった。
 気づいたときには、遅かった。
 逃げる場所なんて、端からないんだけどさ。
 なんつーか、目をつけられた相手が悪かったんだよな。
「浅野郁也さんですね」
 手にした写真とオレとを見比べて、
「昇紘さまがお待ちです」
 オレは、肩を竦めた。
「んじゃな、佐々木」
「おう。これ、せんべつな」
 がこんと音たてて落ちてきたぬいぐるみを、佐々木が投げて寄越した。
 青い宇宙生物(?)が放物線を描いて、オレの懐に飛び込んできた。


 まだ帰ってないよなと、たかくくってたんだけどな。
 すっかり慣れた、昇紘の家の居間だ。
 中国だか西域だかのシルクのカーペットの上に、サイドボードやに布張りのソファが据えられてる。全部猫足つきの家具だ。チャコール系で統一された、シックな雰囲気の部屋の真ん中のソファに腰かけて、昇紘は、膝の上のモバイルを操作してた。
 執事さん(今時いるんだぜ、参るよな)が耳打ちすると、昇紘がはじめて顔をオレに向けた。仕事中かけてる眼鏡の奥の目は、見えない。
「中谷をすっぽかしてどこに行っていた」
 けど、この声の調子は、機嫌が悪いな。
 どうせ、報告はしっかり受けてるくせに。
 底意地悪いぞ。
 ぱたんと、かすかな音をたてて、モバイルが閉じられた。それをロウテーブルの上に乗せて、昇紘が、手招く。
 眼鏡を外して、昇紘がテーブルに置いた。
「なんだそれは?」
 黒い、意志の強そうな目が、オレを見る。
 オレが手にしてたぬいぐるみを視線で示して、昇紘が、訊いてきた。
「餞別……」
「餞別ねぇ」
 昇紘の隣に座ると、肩を抱かれた。
 心臓が、跳ねる。
 慣れねーよな。
 オレの肩なんか抱いて、楽しいのか?
 やっぱ、こいつってわかんねー。
 視線のやり場とか色々困って、オレは、ぬいぐるみの触覚を揺らしてた。
 ぶっちゃいくだよなぁ。このぬいぐるみ。
 ぼんやりと、ぬいぐるみの丸まっちい目とか鼻を見てると、昇紘の体温や鼓動、それに、コロンが、伝わってきて、まじで、いたたまれないような気になってくる。
「こんなものが好きなのか?」
 う〜ん。改めて訊かれると困るが。話自体は面白かったしなぁ。
「ま、な」
 とりあえず、そういうことにしておこう。
 執事さんが、コーヒーを運んできた。
 いい匂いだ。
 オレは、昇紘から身を起こして、ミルクを流し込む。砂糖は、入れない。
 本物の銀器だろうコーヒースプーンで、ゆっくりと掻き混ぜる。
 オレにはちょっと熱いコーヒーを、一口だけ啜った。と、
「もうじき、模試らしいな」
 ヤなこと思いださせるよな。
 カップをテーブルに戻して、オレは、じっとりと、昇紘を、見上げた。
「なんだ?」
 しまった。
 昇紘の目と、オレの目が、ばっちり合っちまった。
 じりじりとソファの上で、後退さる。
 地雷踏んじまったかも………。
 ここのとこ必死で、キス以上には進まないように努めてたってーのに。
 オレの馬鹿っ!
 でも、模試はいい口実かもな。
「じゃ、そういうことだし、オレ、帰るな」
 ソファのアームに手をかけて、オレは、中腰になった。
 じわじわと、脂汗が滲んでくる。
 視線を外したら、終わりな気がして、オレは、昇紘から、目を逸らせられない。
 どうしよう。
 やばい。
 けど、焦れば焦るほど、足が笑う。
 動けよ、オレの足。
 オレが、オレを叱咤してると、
「ひっ」
 肘掛を握ってるオレの手を、昇紘が、握ってきた。
 佐々木の寄越したぬいぐるみが、音もたてずにカーペットの上に転がる。
 逆の手が、オレの顎を掴んだ。
 昇紘の、厳しい顔が、アップになってぼやける。
 咄嗟に目を閉じたオレのくちびるを、噛みついてくるような、激しいキスが、捕らえた。
 全身が震えるのは、思い出すからだ。
 あのときを。
 膝が崩れかけたオレを、昇紘が、抱きしめる。
 キスが終わって、オレは、ほっと、息をついた。
「まだ、慣れないか」
 オレを見下ろしてくる黒い瞳が、欲望に濡れているのを、オレは、怖じ気ながら見上げていた。
 無理だ。
 どうしたって。
 キスだって、覚悟がないと怖いのが先に立つんだ。
「も、ヤだ」
 オレは、首を振った。
「終わりにしてくれ」
 昇紘から視線を逸らして、オレは、懇願せずにいられなかった。
 必死だったんだ。
 けど、昇紘は、
「はじまってもいないだろう」
 そう、言ったんだ。
「おまえは、まだ、私のものではない」
 当たり前じゃないか。
「私がこんなにもおまえを愛しているというのに、おまえは、そうではない」
 しかたないじゃないか。
 オレは、男なんか好きじゃないんだから。
「これでは、私は、ただの、間抜けだろう」
 ――――――子供のような歳の相手に、骨抜きになっているのだからな。
 あんたが、オレを、諦めてくれないんだから。
「だから、もう、こどもの時間を、おしまいにしよう」
 昇紘のその言葉に、オレは、全身が鳥肌立つのを感じた。
「いやだっ!」
 オレは、必死に、もがいた。
 けど、すでに、昇紘の腕の中にオレはいるんだ。
 どうにもなりやしない。
「あんなの、いやだっ」
 涙が出てくる。
「大丈夫。郁也が私から離れられないように、ゆっくりと教えてやろう。大人の時間を」
 オレは、必死で、オレを拘束するみたいに抱きしめてくる昇紘を見上げていた。

 涙でぼやけた視界の中、昇紘が、太く笑ったのを見たと、オレは思った。


 
おしまい



start 10:02 2006/01/20
end  15:24 2006/01/20

◇ いいわけ その他 ◇

 おっかしいなぁ……。ただ、温泉にお出かけするお話を書こうと思ってたのに、あれ?
 え〜とですね、最初の出会いが、八月十五日くらいで、二度目が、一二月ですね。と思ってたら、五ヶ月経ったって記述があったからなぁ。その辺、ごめん。この話が正しい時間経過だと思ってください。一月ずれます。思いつで続編書くとこうなるという例ですねxx
 でもって、この話は、大体、一月後半くらいから、二月はじめくらいです。そういう時期に模試があったかどうか、魚里は、とっくに忘れてます。

 少しでも楽しんでいただけると、嬉しいのですが。

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