ハプニング




 え………と?
 嗅ぎなれた匂いだった。
 心地よい振動と、ぬくもり。
 鼻をくすぐるのは、渋めのコロンの匂い。白檀とか麝香とかが混じってんのかな? よくわからないけど、ほかではあまり嗅がないようなやつな。それに、なにかの酒の残り香だ。
 振動の正体は、すっかり馴染んじまった、車のエンジン。そうして、ぬくもりは――――
 リアシートであいつにもたれて眠ってたのに気づいて、オレは離れようとした。
 と、
「もう少し眠っていろ」
 平坦な声が、耳を貫く。
 肩にまわされてたあいつの手に、グッとばかりに、力がこめられた。
 ………お、怒ってる。
 絶対だ。
 怖くて、あまりの怖さに、オレには、昇紘の顔を見る勇気が出てこなかった。
 なにか、やらかしたっけか、オレ?
 ぐるぐると、疑問が頭の中をいっぱいにする。
 そうして、ある光景が、浮かび上がったんだ。


 暗めの照明。
 ひそやかなざわめき。
 オレは、困惑してた。っていうか、焦ってたんだ。
 久しぶりに会った中学時代の知り合いが、面白いとこ行くんだけど――と、誘ってきたのは、夜八時ちかくだった。どうやらゲーセンは、そこに行くまでの時間稼ぎってことらしい。曽根はもともと派手なやつだったけど、しばらく会わないうちに、磨きがかかってた。なんか、金も手間もかけてますって感じでさ。ノリがよかったから、中学時代ちょこちょこと一緒につるんだりはしてたけど、学校以外じゃ、基本、オレにはちょっとついてけませんってヤツだった。だから、付き合いは、学校内だけだったんだよなぁ。そんなことを考えてて、断ろうと思ったんだけど、ちょうどオレも暇だったからさ。ちょっとだけなら――って、そう言っちまったんだ。で、オレは、後悔してる最中だったりする。
 つれてかれたのが、バーでさ。オレまだ未成年だしとかって泡食ってたら、オレもだよ――黙ってりゃわかんねぇってって、曽根にしれっと返された。そ、そりゃあ、そうかも知んないけど。で、まぁ、曽根に促されるまま、バーの止まり木に腰を落ち着けたんだ。
 いつものね――とか、バーテンダーとも顔見知りなのか、気楽に言って、オレの前に出されたのは、コーラみたいだった。そんな色してたんだよな。
 ちょうど喉も渇いてたから、一気に飲んじまった。それから、アルコールだって気づいたけど、後の祭りってヤツだよな。曽根がそんなオレ見て、けらけら笑ってる。今日はなんか、そんな日なんかなぁ………。後手後手してる気がする。
 くらくらする頭で、手持ち無沙汰に店内を見回す。
 止まり木の後ろは、こっちよりも暗い。で、数段下がって広いスペースにソファセットがたくさんそろってて、それのほとんどに客がおさまってるんだ。しかも、そのひとたちって、なんでかこっちをちろちろ見てるんだ。
 変だなぁ変だなぁと思ってて、
「あっ!」
 やっと、
「わかった」んだ。
「なにがよ?」
 曽根の問いかけに、
「ここの客って、男ばっかじゃん」
 そう返すと、曽根の目が、大きくなった。そうして、
「あったりまえじゃん」って、笑う。
 オレは、わけもわからないまま、ただそんな曽根を見てた。と、
「君は、こういうとこ初めてだったりする?」
 隣の空いたスツールに腰を下ろした男が、訊いてきた。
 へ?
 いや、訊くだけなら、別に、肩に手を乗せなくても………。
「ちょっ」
 男が、グラスを傾けながら、肩に乗せた手を、滑らせたんだ。
 逃げようと思ったら、酔っ払ってるってのもあるし、突っ伏して笑ってる曽根が邪魔になるしで、腰をスツールの上でずらせたままの中途半端な状態になっちまってさ。
 スツールから滑り落ちそうになって、逆に、男の手に縋っちまった。
 したら、ぐいって、男が引っ張りあげてくれたのは、いいんだけど………。
「す、みません………」
 悪い癖で、へらりと笑いながら礼を言ったオレに、
「礼なら、ここに欲しいな」
と、にやけた顔で、迫ってきた。
「!!」
 でもって、その、キス――を、掠め取られたんだ。
 避ける間も、なかった。
「君が気に入ったんだけど。これでどうかな」
 指を三本立てて言う男を、オレは呆然と見た。
「ん?」
 何も言わないオレに、いいような解釈をすることにしたのか、男がまた、オレの肩に手を回しかけたそのときだった。 「そこまでにしておいてもらおうか」
 聞きなれた声に振り返ったオレの目の前に、こんなときには絶対会いたくない、昇紘が立っていた。
 今日は用があるとか言ってた用って、こんなとこですることだったのか? 瞬間そう思ったオレの視界の隅、昇紘の隣に、にやにやと面白そうに笑ってる、知らない男の姿があった。
「これは、私のなのでな」
 そう言って、昇紘は、オレを、男から離して抱き寄せたんだ。
 勢いスツールから転がり落ちかけたけど、文句を言えるような状況じゃなかった。だって、昇紘が、めちゃくちゃ怒ってるって、オレの腰を抱く手の力で、わかっちまったから。
 オレの背中に、冷や汗が流れる。
 今すぐこの場から逃げ出したい。
 ガンガンと頭の中で、鐘が鳴る。それは、警鐘なのか、それとも、単なる衝撃の証なのか。
 硬直してるオレの視界の隅、呆然とオレたちを見てる、曽根の顔があった。
 男は、オレと昇紘とを見比べて、
「なんだ、恋人もちなら、そう言ってくれないと。恋人に飽きたらいつでも、声かけてくれ」
 あっさりそう言って、けど、名刺をオレの尻ポケットにねじ込んで離れていった。
「彼が、おまえ自慢の恋人か」
 はじめまして――と、昇紘の学生時代からの友人だという男が、ニッと笑った。
 その瞬間、アルコールのせいなのか、単にオレが軟弱なのか、オレの意識は、フェイドアウトした。


 オレは、全身から脂汗を流していた。
 あんな光景を見られていたら、どんな言い訳も通じるわけがない。
 これからなにをされるんだろうとか、考えるだけで、暗澹とした気分になった。


 
おわり

start 6:41 2007/02/14
up 8:51 2007/02/14
いいわけ
 ちゅーと半端に終わってしまいます。
 このあとなにをされるか……言わずもがなですもんねぇ。
 魚里、売り専に関して、ほとんど知識ありません。だから、どういうバーに行くのかとか、そこでのシステムとか、まるっと、暗中模索だったりしますので、絶対違うだろう表現が多いと思われます。ご容赦ください///
 少しでも楽しんでくださると、うれしいです。


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