喫茶店にて


 ズズ〜ッと、大きな音がたった。
 肩を竦めて、ストローから口を外した。
「暇だ」
 呼び出しを受けてじきに一時間になろうとしていた。しかし、いっかな、呼び出した当人は現われない。
「帰っちまおうかな」
 グラスの中の氷をストローの先でつつきながら独り語ちたとき、
「あれ? 浅野くんじゃない」
 声に、目を上げると、
「待ち合わせ?」
 あたしもなんだ――と、クラスメイトの少女が立っていた。
「井上じゃん」
 すわれば――と、促すと、じゃ遠慮なくと、向かいに座る。
「このようすじゃ、かなりな時間待ってるね」
 テーブルの上を見回して、井上が、クスクスと悪びれもせずに笑う。
「ほっといてくれ」
「相手は、佐々木くん?」
「デートとかって、思わないか?」
「だって、浅野くんって、女っ気なさそうなんだもん」
 あっけらかんと言い放たれて、椅子の上で脱力する。
「あ、ごめんごめん。でも、さ、正直、浅野くんにガールフレンドって、なんか想像できないな」
「それ、フォローじゃないだろ」
 あははと笑われて、
「じゃ、井上は、どうよ」
 オーダーを取りに来たウエイトレスが、井上の注文をメモり、ついでにテーブルの上を片付けてゆく。
「まかせなさい」
 にぃっこりと満面の笑みをたたえた井上に、
「あっそ」
 そっけない態度をとる。
 だって、しかたないだろう。今時文学少女を地でゆくクラスメイトにボーイフレンドがいるってーのに、自分の待ち合わせの相手は、あいつなのだ。
 なんか、いやんなってくる。
 あいつのために、一時間割いたってだけでも、凄いと、自画自賛したいくらいなのだ。
 ま、どうせ、あいつのことだから、自分が遅れてるってなると、黒服に命じてたりしそうだけどな。今のとこ、気配もないから、まじで忙しかったりするのかもしれない。
 ―――だったら、誘うなよな。
 なんとなく、やさぐれそうになる。どうせあいつが払うんだからと、次々オーダーしたメニュウはかなりな数で、懐具合を考えてしまう。
 ああ、いらん散財しちまった。
 ま、陽子姉からバイト代が入ってるから、いいけどさ。なんか、釈然としない気がする。
「で、まじな話、待ち合わせ相手は誰?」
 あたしの知ってる人かな?
 いきなり真面目な顔を近づけてきた。
「仰け反らないでよね、失礼な」
 思わず仰け反ったのは、キラキラした目が好奇心いっぱいって感じで迫力満点だったからだ。
 井上のオーダーしたサンドイッチとコーヒーが運ばれてきて、オレは、胸を撫で下ろす。あの迫力で迫られたら、ゲロっちまう。
 いや、まぁ、親戚のおっさんってことにしたって、大丈夫だろうけどさ。なんで親戚のおっさんとこんなところで待ち合わせしてんだ――とか、井上の性格じゃ、突っ込んできそうじゃん。
 いっただきます――とかって手を合わせて、井上がサンドイッチにかぶりつく。
 気持ちいいくらいに潔く食うよな。ま、相手がオレだからかも知んないけど。
 ぼんやりと井上の食いっぷりを眺めてると、いきなり、
「待ったか」
って声と同時に、両肩に手がふってきた。
「待ったかじゃない」
 見上げると、あいつ、昇紘が、オレを見下ろしていた。
「一時間遅れるなら、携帯くらいかけてくれよな」
「すまない」
 どうせ、本気ですまないなんて思っちゃいないくせにとか思ってると、昇紘は、オレの隣に腰を下ろした。
 井上が、ぽかんとした表情で、昇紘とオレとを見比べてる。
 手にしてたサンドイッチを皿にもどして、ナプキンで口を拭う。
「はじめまして。井上といいます。浅野くんのクラスメイトです」
 手を差し出して、自己紹介した。
 これには、昇紘も驚いたのか、
「ご丁寧に、お嬢さん。籍昇紘といいます」
 穏当な返事だよなとかオレが安心した途端、
「郁也の、恋人です」
 そう、付け足しやがったんだ。
「なっ」
 オレは、絶句した。
 だって、そうだろう? そんなの、なにもわざわざ言う必要ないことじゃんか。
「恋人、ですか?」
 おい、井上、突っ込むなよ………。
「一目惚れだったんですよ」
 昇紘も、なに、言ってんだ。
 テーブルで、オレひとりが、泡食ってた。
「うわぁ、ごちそうさま」
 井上〜おまえ、なんでそんなに楽しそうなんだよ。
 伸ばされた腕に肩を抱かれて、オレは、もう、抵抗するのもばかばかしくなっちまってた。
 やけに息のあったふたりが、楽しそうに会話してるのを、オレは、右から入れて左の耳から捨ててた。
 だってなぁ………いい歳こいた男が、オレのクラスメイトとなに打ち解けてんだよ。しかも、話の内容ときたら、オレが赤面するようなことばっかりなんだ。
 ちろちろと、他のテーブルの客がこっち見てるような気がする。
 オレひとりが常識人なのな。
 それとも、オレが変なのか?
 わかんなくなってくる。
 喉が渇いてきたオレは、昇紘の前に運ばれてきたコーヒーを取り上げて、一気に飲み干した。
 いいだろ、これくらい。
 ぷいっとそっぽ向くオレの耳に、
「郁也がご機嫌斜めのようなので、この辺で失礼しよう」
 昇紘のとんでもない言葉が聞こえてきた。
 絶句するとはこのことだ。
 クスクスと、井上までもが、
「浅野くん、可愛い」
 そうコメントする段になって、オレは、真っ白になった。
「じゃあ、また、月曜日に学校でね」
 ひらひらと手を振る井上を残して、オレは、昇紘に抱きかかえられるようにして喫茶店を後にしたのだった。

おわり

start 9:28 2006/06/11
up 10:15 2006/06/11
◇ いいわけ その他 ◇

 別のジャンルで似たようなの書いたことあるなぁと思いつつ、浅野くん視点に固定したら、妙なノリになってしまいましたね。
 タイトルも思いつかなかったです。
 何のかんのと一時間昇紘さんを待つ浅野くんは、微妙にほだされているんでしょうねぇ。もう、逃げられないよん。
 井上さんは、腐女子ってことでvv この後、ひそかに浅野くんウォッチャーになることでしょう。学校での楽しみですね〜。
 少しでも楽しんでいただけると、嬉しいですvv

HOME  MENU "You asked for it."MENU
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送