お仕置き
「まったく………」
あきれ果てたといった声が、車のエンジン音にかぶさるようにして、耳に響いた。
オレは、寝たふりをしてた。実際、まだ酒が抜けてなくて、だるいんだけどな。
どうせ逃げらんないんだしさ。したら、狸寝入りを押し通して、それで、なぁなぁにしたいって、考えたっておかしかないだろ?
だってさ、昇紘が怒ってるのはわかるけど。オレは、ひとっつも悪くない!
うん。
不幸なアクシデントだったんだ。
まさか曽根が、あんなとこに出入りしてるなんて、オレが知るわきゃないだろ。よりによって、ゲイ専門のバーなんてさ。って、今気がついたけど、曽根ってば、そうだったんだ…………。いや、昇紘といたしてるオレには、なにを言う権利なんざないだろうけどさ。でも、そゆとこにオレを誘ったってことは、オレ、そんなふうに見えんのか? そいや、誘ってきたやつがいたんだよなぁ。そいつが、この状況の直接の元凶っちゃ、元凶だよな。う〜。ヤダ。ヤダ。
なんか、ほんと、今日って、三隣亡(さんりんぼう)だったりして。いや、言葉の意味よく知んないけどさ。久々に、昇紘に会わないですむはずの週末だったってーのにさ。ともあれ、最低最悪………か。
それにしても、なんだって、よりによって昇紘が友人に誘われたバー、だったんだろう。他にもその手の店はあっただろうにさ。
つくづく、間の悪いヤツ。いや、オレがよ。
オレのほうが溜息つきたい気分だ。
だってさ、これから、オレ、多分、また昇紘にいいようにされるんだぜ。
そりゃあさぁ、ま、あ、前ほど辛いだけじゃなくなってきてるけど。やっぱ、オレ、そっちの気は、ないと思うわけよ。だって、昇紘にも『まだ慣れないのか』って、よく言われるしな。素質は、皆無なんだと思うんだけどなぁ。男よか女のほうがいいなって思っちまうしさ。その、昇紘のからだ見たって、別段、こう、臨戦態勢になるわけでもない。触られたりすると、そりゃあ、駄目だけど………そんなん、しかたないだろ。人体のメカニズムってヤツだ。絶対!
はぁ。
これを、昇紘に面と向かって言えれば、いいんだろうけどなぁ。
なんでか、言えないんだ。
ほら、使い古されたフレーズだよ。ヘビとカエルのさ。それとも、あれか? 虎と狼のやつ。や、こっちは意味が違うか。しっかりしろよ、もうじき高三なんだしさ。
うだうだ。
結局、オレって、テンパっちまってんだよな。
思考があっち行ったり、こっち行ったり。せわしないっちゃない。
ああ、ブレーキがかかった。
着いちまったわけね。
やだなぁ。
せめて、あんまハードなことされませんように。
オレは、ともかく、狸寝入りを継続することにしたんだ。
「郁也?」
少しは落ち着いたような声が降ってきた。
オレは、昇紘の膝枕で眠ってたからな。形だけだけどさ。
「眠ったのか?」
覗きこんできた気配があった。昇紘の体温が頬のあたりに近づいてきたような、空気の密度が変わったような、そんな感じがしたからだ。
しらんぷり。
オレは、眠ってるんだ。
オレは、必死に自分で自分に暗示をかけた。
「………まったく。あれだけ私を慌てさせておいて、いい度胸だ」
なんだろ。いままで聞いたことがないみたいな昇紘の声だった。
しばらく沈黙がつづいて、冷たい風と一緒に、
「旦那さま?」
中谷さんの声がした。
「ああ、いい。私が」
そう昇紘が返したと思ったら、オレのからだが、動いた。いや、動かされた。
まさか。
とっさに目を開けそうになったオレは、オレは寝てるって暗示を思い出す。そう。たとえ、昇紘にお姫さま抱っこされてようがなにをされてようが、オレは、眠ってるんだ。気づかないんだ。眉間に皺が寄りそうになるのを、必死になって、堪えたんだ。
どこにつれてかれるんだろうかとか、なにされるんだろうとか、いろいろ不安はあったけどさ。
けど、次の瞬間、オレは、決死の覚悟で、頭の中で暗示を繰り返す羽目になったんだ。なぜって、
「ああ、中谷。チェックインの手続きは頼む」
昇紘が、そう平然と言ったからだ。
チェックイン………チェックインって、ここ、昇紘ん家じゃないのか。ってことは、オレ、まさか、衆人環視の中で、お姫さま抱っこかよ…………………。ベルボーイとか、フロントの人間とか、ロビーの客とか、もろもろ、もろもろ、が、興味津々で昇紘とオレとを見てる光景というのが、頭の中を駆け巡った。とっさに飛び起きて遁走したいくらいの情景に、オレは、なにも知らない、眠ってるんだ――って、必死になった。
けど、喉の奥で噛み殺す独特の笑いが耳に届いたところを考えれば、ああ、ばれちまったわけね――って、オレは、これまでの努力が無に帰したのを、感じていた。
で、まぁ、その、お仕置きとか称してさ、他人のからだを好き勝手に弄びやがった。
淫乱なからだは私だけでは足りないのかとか、絶対言いがかりだっていうようなことまで言われてさ。オレにどうしろっていうのよ。
あんたが絶倫なだけで、オレは、決して、淫乱なんかじゃないんだっ!
だいたい、高校生っていうのは、ふつーこう、やりたい盛りみたく言われる時期じゃん。なのにさ、オレ、昇紘とこういう関係になってからっていうもの、自分でしたいっていうのすら、感じなくなってんだぜ。それってどうよ――ってなもんだろ?? それなのに、淫乱なんて言われてさ、オレ、情けないけど、泣いちまった。
くそっ。
高校二年の男が――――だぜ、人前で泣くなんて、もう、どうしろっていうんだよっ!
恥ずかしいやら、悔しいやら、噴飯もんだ。
けど、最中でさ。
オレは、剥き出しの神経を弄られてるような感覚に、身も世もないくらいだったんだ。ちょっとした空気の動きすら刺激になるってな感じでさ。そんなときにそんなことを言われて責められたらさ、ごめんなさいって、謝るしかないって、思っちまうじゃないかよ。
ごめんなさい。もう二度としません―――――――なんてさ、泣きながら謝ってんの。
オレ、絶対、悪くないのに。
くっそー!
で、正気に戻ったら、オレ、昇紘に抱かれて風呂に入ってる途中だった。
いまどき珍しくないけどさ、泡風呂ね。
くまなく洗われて泡食ったオレをにやりとふてぶてしく笑うあいつに、腹が立って…………。オレは、だから、間が悪いって言うんだ。馬鹿だよなぁ。
「オレ、いっこも悪くなんかないかんな」
って、つい、言わなきゃすむことを言っちまったんだ。
はぁ。
途端、昇紘の顔から、笑いが消えてさ。
ぎらぎらって、オスの欲望そのままって、怖い表情に変わったんだ。
咄嗟に前言撤回したって、遅い。
無駄に広い大理石のバスルームで、もう一度挑まれて、オレは、また、散々泣かされる羽目になったんだった。
夢うつつだ。
昇紘が誰かと何かをやり取りしている声が、聞こえる。
ああ、携帯電話だ――とか思っていると、ベッドマットが、昇紘の体重を支えて大きく傾いだ。
「起きれるか」
上半身を起こされて、オレのからだが、悲鳴を上げる。
「少し、無理をしすぎたようだ。悪かった」
そう言われて、ああそうだあんたが悪いんだって、言えればいいんだけどな。
「あ、うん」
結局、オレの口から出たのは、喉が痛いって言うのもあったからだけど、これだけだった。
昇紘が水を飲ませてくれるのをおとなしく受け入れて、オレは、なんか、人形みたくそのまま、昇紘に服を着せてもらったんだ。
おわり
start 13:57 2007/03/11
up 15:16 2007/03/11
いいわけ
意味なく終わったね。
お仕置き――にチャレンジしようとして、玉砕xx
所詮、魚里に、その手の文才は、ないんですって。
いいかげん悟れよな、魚里!
でも、書いたからには、楽しんでいただきたいという、わがままな物書き心なのでした。で、アップ。
少しでも楽しんでいただけると、いいのですけどね。
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