略 奪




 まったく。
 いまさらなんだけど、オレの運って、どうなってんだか。
 っていうより、あいつと知り合ってから、最悪な気がする。
 最低、最悪で、どうやったら這い上がれるのか、なぞなわけよ。
 大学進学できたら離れられるかなとか、大学受験を理由に別れるとかありかなとか、ぐるぐるするんだけど、それまでにまだ一年ちょっとある。その間、あいつとの関係を引きずるわけか――――とか思うと、なんだか、やさぐれちまう。
 塾が終わって、オレは、よいせっと立ち上がった。他のやつらは、とっくに教室から出てってる。オレは、佐々木がいないし、この後が面倒だしで、なんとなく、席に懐いていた。待ち合わせてる時間にも早かったしな。誰と? なんて、いまさらなこと聞くなよな。はぁ。
 佐々木がいたらゲーセンとかでちょこっと時間つぶしてもいいんだけど、今日は、佐々木は休みでさ。前から、あいつが嵌ってる映画の完結編の封切だ〜とか喚いてたから、そっちをとったんだろうな結局。ま、オレも他人のことは言えないけどさ。
 受験とか身近だったりするけど、今一まだ実感がわいていないしな。オレも佐々木もどっかのんびりしてる。志望も、二転三転してたりして。偏差値は、そう低かないけどさ。高すぎるってわけでもなし。ま、そこそこっつーのが、オレの現実だし。国公立狙えないってわけじゃないけど、浪人は面倒くさいし、私立のが楽だよなと、思ってたり。別に、持ち上がりで上にいってもかまわないしな。そ。オレんとこって、小学校から大学まで持ち上がり式だったりして。それもあって、のんびりしゃんとしてたりするオレたちは、塾じゃ、ちょこっと浮いてる感がある。ちょくちょく休むのもそれだ。他のやつらから余裕だよな――なんて言われたりするけど、まぁ、焦ってもかわらんだろって思わないでもないからな。けど、他のとこ受けようかなと考えてるのも、事実でさ。これって、鼻持ちならないってやつかなぁ? う〜ん。家出て下宿してみたい気もするしな。よその地域の大学を受けたら、あいつから離れられるかもしれない――って理由もあったりして。けっこう悩みはあるわけで。なんかずれてはいるけどな。
 腕時計を見れば、約束の時間にはまだ一時間近く間がある。今日はこの教室はもうこれで授業ないはずだから、ここで時間つぶしたっていいんだけどな。なんか、それも、今一か。
 窓に近づいて、ブラインドをたわめて外を眺めてみる。
 町のネオンが、毒々しい。
 町が子供――いや、一般向けから大人の顔へと変貌する間ってやつかな。まだ、ちらほらとオレとかと同い年くらいの姿が見える。
 ガキには用はないぞって、今までいい顔見せてたやつが、ころっと態度を変える。ガキはさっさと家にかえんな――って、手を振ろうとしてる、その寸前の感じ。ま、よそよそしい顔してるとこにいつまでもいて、それで補導されても面白くない。うちは両親不在だから、そんなんされたら、陽子ねぇに迷惑かけちまうし。陽子ねぇもまだ未成年だからな、保護者ってなると、はて、だれだ? 学校の担任とか? それも、困るよなぁ。
 まだ慣れない感触の腕時計を見て、オレは、溜息をついた。
 これ、この間、昇紘が寄越したヤツ。
 この間――って、思い出したくもない。お仕置きとかって言いやがったその次の日にな。
 オレも忘れてたけど、次の日って、オレの誕生日だったんだ。で、オレはへろってたっていうのに、昼前になってホテルから連れ出されてさ、ショッピングよ。なんつーか、上から下まであいつの趣味で揃えられて、ランチからディナーまで連れまわされた。そりゃ、ランチの後には、オレの趣味に合わせてくれたんだろうけど、映画とか行ったし。腹ごなしとかで、植物園を歩いたりな。植物園は、あいつの好みだとにらんでるんだが、なんか、意外だよな。で、ディナーは、元のホテルに戻った。どうも、あのホテルのあの部屋は、あいつが何年契約とかで借り切ってる、あいつのお気に入りらしい。そこで、届けられてた服に着替えてさ、んでもって、ホテルの最上階の展望レストランとかって夜景が売りなレストランで、晩飯だったんだ。
 はぁ。
 オレが女だったら、感激したんだろうなぁ。
 けどさ、そこは、恋人たちとか夫婦とか、そんな関係のやつらが穏やかに食事を楽しむ空間でさ、オレと昇紘の組み合わせって、下手したら、援助交際とかに見えないか? そんな風に考えて、オレは、内心、ドキドキしてた。と、
『今日で十七だな。誕生日おめでとう。今日は、特別だ』
とかって、グラスに真っ赤なワインを、オレにも注いでさ。いや、ソムリエに注がせてさ。
 チンとかって、乾杯した。
 だって、グラス持ち上げないといけないみたいな、そんな雰囲気だったからさ。
 それまで、オレは、自分の誕生日をすっかり忘れてて、間抜けな顔をして、昇紘を見てたんだと思う。
 ふっと口の端を持ち上げて、あいつは笑った。
 ちょっと、いつもより穏やかそうな笑い顔に、オレ、びっくりしたんだ。
 いつもまじめくさった厳しい表情で、笑うときにも喉の奥で笑い声を噛み殺したような声を出すだけだったりするあいつの、そういう和やかな表情は、なんつーか、めちゃ印象的だったんだ。
『ありがと』
 なんでだか恥ずかしくなったオレは、あわててワインに口をつけた。それから、そう言った。そう言うのが精一杯だったんだ。
『これを』
 メインが運ばれてきて少しして、テーブルの上に昇紘が置いたのは、いかにも高級店ですって感じの包装がされた、長細い箱だった。
『プレゼントだ』
 言われたからって、貰えるか?
 促されて開いた箱の中、ロレックスだかオイスターだか、オレでも知ってるブランドの腕時計が、鎮座していた。
 興味なくはないけどさ、どう考えたって、釣り合いが悪いだろ。高校男子が貰えるしなじゃない。貰ったって、怖くて腕に巻けないって。
 だから、
『え、遠慮する』
って、そう言った。
 いらない――よりましかなと思ったんだけど、そうでもないみたいだった。なぜって、昇紘の眉間の皺が、いつもより、深みを増したからだ。表情そのものは、さして変わらない。鉄面皮ってこういうやつだよなって思うくらい、変化しない。ただ、かすかに眉が寄って、眉間の皺が、深く切れ込むんだ。こういうときのこいつに逆らうのは、覚悟がいる。で、オレには、その覚悟なんかない。特に、昨夜の今日では、そんな気力なんか起きるはずもない。
『だ、だって、服も買ってくれてるし、豪華な飯だし――それに、そんな高いの、貰ったって学校になんかしてけないだろ』
 正直に、口にした。
 ら、眉間の皺が、少し、薄くなった。
 それにほっと、息をついたオレに、
『では、これならどうだ』
と、腕に巻いていたのを外して、寄越したんだ。
 いつも昇紘が巻いている腕時計だ。やっぱ高価そうだけど、使い込まれて渋い感じがする。好い味出てるってヤツかな。でも………
 やっぱ断ろうと思って、顔を上げたら、視線がぶつかった。
 黒い目が、きつい。
 ぞくんと、背中が震えた。
 この目は、慣れない。
 いろいろ慣れないことが多いけど、この、なんつーのか、いろんな感情に蓋をしたみたいな、深さを増した色の目は、純粋に、怖かった。自分の意思に逆らわせないという、強いほどの感情を、必死で押さえ込もうとしている――そんな気がするからなのかもしれない。
『わ、かった。貰う、よ………』
 手を出したオレの掌に、それは、載らなかった。
 へ? と間抜けているオレの左腕に、するりと、昇紘が、腕時計を巻きつける。そうして、そのまま、オレの手を、握り締したんだ。
 ――――めちゃくちゃ恥ずかしかった。
 だいたい、給仕がしっかり控えてるみたいな空間で、そんな、人目もはばからないことしたら、さ、そういう関係ですって、主張してるみたいじゃないか。
 真っ赤になって脳が煮立ったオレは、デザート後のコーヒーまで、味がわかんなくなったんだった。


 食事の後は、推して知るべし――――――だよな。
 はぁ。
 うちの親父とさして歳変わらないと思うんだけどなぁ。
 あの精力は、いったいどっからくるんだろ。
 なんで、高校生のオレが、ふらふらで、あいつは、しれっとしてるんだか。なぞだよな。
 はぁ。
 何度目かの溜息をついたときだ。
「幸せが逃げるぞ」
 いきなり背後から、あざ笑うような声がかかってきた。
 ブラインドの奥のガラスに、小司馬が、映ってる。
 げっ――と、思ったけど、後の祭りだ。
 あわてて、オレは、小司馬に向き合った。
 がしゃりと、ブラインドが戻る音が、耳に大きく響く。
 無防備に背中を見せてるのは、不安だった。
 けど、正面を向いたタイミングも、絶妙に、悪かった。
 すぐ目と鼻の先に、小司馬がいる。
 しかも、鼻と鼻が触れ合いそうなくらい近くにだ。
「な、なんすか、小司馬せんせ………」
 心臓が、ばくばく脈打ってる。
 こいつがオレに気があるみたいなことを、前に、佐々木に言われてたからだ。
 とんでもない。
 いくらなんでも、そんなことないよな――と、思いたい。
 小司馬の顔が、少し離れて、オレは、力を抜いた。と、
「いくらだ?」
「は?」
 そう思いたいのに。
「いくら出せば、俺に抱かれる?」
 小司馬の言葉を理解するのに、少々かかった。
 顔が引きつる。
 血が下がっていく。
「む、むり」
「無理? ああ、あの恋人か」
 知ってる? なんで?
「ノン気だと思って、手を出さなかったんだがな」
 オレの勘も今一だな。
 小司馬の薄いくちびるが、釣りあがっていったと思えば、いきなり、オレは、小司馬のくちびるを、感じていた。
 耳の付け根に食いついてきた小司馬に、必死になって抵抗していたオレは、小司馬の舌打ちを聞いた。
 次の瞬間、腹に、重鈍い痛みを、感じた。
 目の前が、真っ赤から真っ暗になる。
    そうして、オレは、意識を失ったんだ。

 
おわり

start 8:44 2007/06/05
up 11:20 2007/06/05
いいわけ
ということで、腕時計を渡された感じですかね。
老いらくの恋――ではありませんが、昇紘さん、ただの貢君(古いな)ですな。まぁ、押しが強いですから、それだけでは終わらないのが、昇紘さんですがvv
さてさて、ついに、小司馬さん、参戦というか、いきなり、略奪というか。この後どうなるか、魚里少しも考えておりません。
少しでも楽しんでいただけると、うれしいんですが……。



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