砂の音〜You asked for it.〜
塾が終わってから入ったゲーセンが、いけなかったのか。
それとも、久しぶりの臨時収入で、羽目を外しすぎたのが、いけなかったのだろうか。
どっちもだろうなぁ。
オレは、肩を落とす。
興に乗りすぎた対戦形式のバトルゲームで、ついつい、賭けちまったのが、運のつきだったのかもしれない。
って、別に、金を賭けたってわけじゃない。
気心の知れた悪友と、悪乗りしちまったんだよな。中学の頃から何かとつるんでるヤツだ。
負けたほうは、勝ったほうの命令を何でも聞く。
ありがちの取り決めでプレイして、オレが、負けた――ってわけだ。
にやにや笑ってやがる佐々木の表情に、よからぬ予感はあった。
しかし、まぁ、オレだって、男だし。
「何でも言ってみろよ」
夏休みも終盤で、こいつが宿題が終わらんと喚いていたのを、オレは知ってたから、宿題を写させろとか、そうじゃなけりゃ、なんか奢れとか、そういうんだろうなぁと、高をくくってた。
宿題って、夏休みの課外の時間にでもちゃっちゃと済ませちまえば、後が、楽だから、オレは、課外授業中に済ませちまってる。選択は音楽だから別に宿題はないし、読書感想文なんか、適当よ。下手すると、遊びに夢中になって忘れちまうんだから、要領よく済ませとかんと、泣きを見るのは自分だ。夏休みがあけたら、実力考査とかは、中学から毎年のことだしな。キリキリするのは趣味じゃないから、とにかく、先にすますのが、オレには習慣になっていた。
腕組みをして、オレは、佐々木のにやけたツラを見上げた。
ふんぞり返ってるオレに、
「余裕だな」
なんて佐々木のヤツ、文句をつけてくる。
「ちゃっちゃとしようぜ。オレ、今日は見たいテレビあるんだ」
「録画予約してるだろ」
そんなのお見通しだぜと、笑う。
「いや、この間、アネキから、面白いゲームを聞いたんだ」
「またゲームかぁ?」
ちょっち飽きちまってたから、オレは、これみよがしの溜め息をついて見せた。
「そう言うなって。いいか、ここから道路見てみな」
顎をしゃくられて、オレは、外を見た。
いやまぁ、夏休みだからだろうけど、みんなパワフルだよな。オレなんか、塾だってサボって、家にこもってたいんだけどな。
ちっこいのからでっかいのまで、男や女やガキやら年寄りやら、舗道を歩く歩く。道路にも、車がいっぱいで、オレは、見てるだけで、うんざりしちまってた。
「んで?」
「ここはちょっちひとが多すぎるな。……えとな、あそこに店があるだろ」
佐々木が、道路を挟んだ向い側を指差した。あっちっかわは、なんでか、こっちよりは人波がゆるやかだ。
「ああ。おいおい。オレ、いくらなんでもアクセなんか、おまえに買わねーぞ」
そう。こいつが指差したのは、ジュエリーショップ。それも、なんか、ガキは相手にしないって感じの、高級そうなやつだ。
「ばか、いんねーよ。それより、ゲームだ。あそこのドアのところを通る、十三人目のヤツな。男でも女でもオッケーだ。そいつに、おまえが、告白するってーのはどーよ」
「はえ?」
こいつ、脳が茹っちまったのか?
オレは、思わず、まじまじと悪友の顔を見ちまった。
「ちょっとまて。ガキとか、男とかでもか?」
「もち。老若男女オールオッケーだ。もし、知らない相手に告白がやだっつうなら、……そうだな、小司馬に、告白って言うのに変えてもかまわないぜ」
「………オニ」
よりによって、小司馬だと。
「あいつ、おまえに気があるみたいだもんな」
塾の講師のねちっこそうな、細い目が、ふとオレを見ているのに気付くことがある。ゾッと、嫌悪感に全身が粟立つみたいな、イヤな視線だ。救いは、オレが、あいつの授業を取っていないことだ。それでも、同じ建物の中に入るのだ。何かの拍子に、ふっと、あいつの視線に気づくときがあったりするのだ。
「知ってて、そーゆーかー?」
「好きです――そんだけだ。簡単だろ?」
「う〜」
オレが唸ってるのをいいことに、コイツは、件の宝石屋をしっかりと見張ることができる街路樹の下まで、オレを引っ張ってったのだ。
茶色くかさかさと枯れかけてるようなプラタナスの木に凭れて、オレは、
「おまえのアネキって、時たまぶっとんだこと、考えるよな」
かなり綺麗なおねーさんなんだが、太っ腹って言うのか姉御肌って言うのか、威勢のいいこいつの姉貴を、思い出す。
「コンパで、アネキがやられたんだよ」
「大学生は、暇でいいやね」
思わずぼやいた瞬間、来年の受験のことが、オレらふたりの頭を過ぎったのは、間違いない。
「んじゃま、サクサク済ましちまおう」
罰ゲームなんていつまでも引きずるもんじゃない。
オレは、悪友が通行人をカウントするのを、ぼんやりと眺めてた。
綺麗なおねーさん。ちょっと年配のオバサン。男。子連れの主婦らしき女性。
お〜い、変態の汚名は着たくないんだけどなぁ。
焦るオレを尻目に、十三人目の通行人が、ドアに近づく。
「ラッキ」
ワンレンの、水商売風のおねーさんだ。
ああいうタイプなら、冗談は冗談で、楽しんでくれそうだ。
けど、ショウウィンドウで、ぴたりと、足を止めたんだ。
もうちょっとだったのに。
「ちくしょ」
「残念でした」
ケラケラ笑うこいつの腹に、ボディーブローをひとつお見舞いする。
と、そのときだった。
カラン―――と、澄んだ音が響いて、小洒落たこげ茶色の、ドアが、開いた。
オレが、息を飲む先で、ドアから現れたのは、ひとりの男だった。
「ほい。浅野、けってー」
面白がってる悪友の声が、耳を射た。
四十代くらいだろうか。オヤジくらいか、下くらいか。百八十くらいありそうな身長に、釣り合いのとれたガタイ。太い首の上に乗るのは、エリート然とした、怖そうな顔だ。黒い髪をオールバックにしてるから、そのきつそうな顔が、よく見える。神経質そうな……そうだな、鷲とか鷹とか、猛禽類っぽい。
「冗談、通じなさそうだぞ」
佐々木に耳打ちするが、
「言って、そっこー逃げりゃいいじゃん」
けしかける側は、お気楽だよな。
「十三番目の男と、小司馬と、どっちがましかって考えりゃいいじゃん」
「………」
そりゃそうなんだけど。
オレが悩んでると、
「ほら、早くしないと、どっかいっちまうぞ」
と、佐々木のヤツが、オレの背中を、押しやがった。
仕方がない。
約束は約束だ。
オレは、覚悟を決めて、男を追いかけたのだった。
それだけの話だ。
そう。
追いついて、オレは、
「好きです」
そう言った。
これで終わるはずだった。
なのに―――――
言った後は、いっそ、すがすがしい気分だった。なんたって、これで罰ゲームが終わったんだからな。そう、思えば、自然、顔が、ほころぶのが、自分でも感じられた。
十三人目の男は、無表情で、オレをただ見下ろしているだけだったから、ぐずぐずしてるのもなんなので、用が済んだから、とんずらしようとしたんだ。
「?」
けど、ふと見れば、オレの右の上腕部を、男が、掴んでた。
「なに?」
鋼みたいに容赦のなさそうな、強い双眸が、オレを見下ろしている。
なんか、まずいかも……。
そう思った時、既に遅すぎた。
男が、空いている右手を無造作に振ったと思えば、音もなくすっと、一台の車が、路肩に停まった。
「え?」
車は、黒の、外車だ。めちゃくちゃデカイ。ロールスとか、リムジンとか、そういうやつだろうか。
もしかして、まずい――どころじゃなく、ヤバイ?
オレの頭の中は、男がその筋の関係者かもしれないという恐怖で一杯になっていた。
もがきだしたオレを、しかし、男は、運転手が開けた後部座席のドアから、車内に押し込んだのだ。
確認のためについてきてた佐々木のびっくりしてる顔が、小さくなる。
ギシリ――という音もたてず、ただ、布張りの座席が、たわむ感触に、オレは、リアシートの端っこに後退した。
座席の隅にへばりついて、男を見上げる。
にやりと、男が、口だけで、笑った。
目が、まるで、オレを値踏みするみたいに、じっとりと、見下ろす。
「いいだろう」
低い声。
何が良いのかわからないまま、その声に背中を撫でられたかのように、ゾッと、全身が、粟立った。
「告白には、応えなければな」
要らない。
咄嗟にそう叫びかけたオレの口は、塞がれた。
男のくちびるが、オレの口に合わさってたんだ。
ジンと、からだが、痺れてくる。
むず痒いような、痛いような、独特の、感覚だった。
「いい反応だ」
そう言われた時、オレは、ただ、ぼんやりとしていた。
与えられたのが、これまでオレが知ってたどの快感よりも、強かったからだ。
引きずり回されて、突然突き落とされた。そんな感覚で、オレは、くったりと、脱力してたんだ。
これから、何が起こるかなんて、この時のオレには、予想することすらできなかった。
このことが切っ掛けになって、この男に、執着されるようになるだなんて、誰が、考えられただろう。
オレ自身気付かないうちに、オレは、アリ地獄の淵にいたらしい。
オレの役割は、まぬけなアリ。
淵からオレを突き落としたのは、佐々木のヤツだ。
オレは、底で待ち構えていたアリ地獄の強靭な顎に、がっちりと銜え込まれちまったのだ。
そんなこと、この時のオレは、まだ、知らない。
けれど―――
呆けたようになっていたオレの耳に届く、クーラーのたてる音が、まるで、砂のこぼれ落ちてゆく音のようだったのを、オレは、今も、覚えている。
おわり
start from 17:07 2005/08/25
to end 20:51 2005/08/25
あとがき
ありがちの、使い尽くされたネタですね。
突然思いついちゃって……。
英語のタイトルは、身から出た錆――ですが、浅野くんには、酷なタイトルだ。どっちかってーと、やっぱり、巻きこまれというかなんと言うかですね。う〜ん、ごめんね。
少しでも楽しんでいただけるといいのですが。
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