ニーナちゃんと流れ星「流れ星を捕まえると、願い事が叶うんだよ」 と、お父さんが言ってから、ニーナちゃんは毎晩のようにお部屋の窓を開けて、夜空を見上げることが習慣になりました。 ニーナちゃんのお父さんは、たくさんのことを知っている、とっても偉い物知りの博士さんです。 「おともだちがほしいなぁ」 と、ニーナちゃんは、夏の、重そうなお空を見上げてつぶやくのでした。 [ワン!] と、毎回付き合いよく、アレクサンダーが抗議します。 「ごめん。アレクサンダーのことだって、あたし大好きだよ」 ニーナちゃんの大きな愛犬が、茶色の瞳でニーナちゃんを見ています。 「でもねぇ」 アレクサンダーの首に抱きついて、ニーナちゃんの声がこもります。 この辺りには、ニーナちゃんに近い年頃の子供は、ひとりもいません。それに、時々、青い軍服を着た恐そうなおじさんたちがお家にやってくるせいか、ご近所の人たちも用がないかぎり訪ねてきてはくれないのです。そうして、お父さんは、とっても難しい研究で、毎日忙しいのです。 いつもニーナちゃんは広いおうちとお庭で、アレクサンダーとだけ遊んでいるのでした。 「にんげんのお友だちもほしいの」 アレクサンダーの首に、ニーナちゃんのこもった声が響きます。 [ワフン] アレクサンダーが突然吠えました。 ゆっくりと顔をあげたニーナちゃんの顔を、大きなピンク色の舌がべろりと舐めました。 「うわーくすぐったいよー……アレク………サ…ンダー?」 ニーナちゃんの顔が、信じられないものを見たみたいに、一瞬だけ空白になり、ついで、熟れた果実のような色になりました。 「ながれぼし」 深い深い紺色のベルベットの上を、クリスタルの滝のように滑り落ちてゆくかのような光景が、ニーナちゃんが見上げる先では繰り広げれられています。星は、ひとつきりでも、二つでも、かぞえられるような数ではありませんでした。無数の、きらきらと輝く流星群が、これでもかと言わんばかりに、降りそそいでいるのです。 でも、どうやって捕まえればいいのでしょう。 途方に暮れたニーナちゃんの目の前で、流れ星は、次々と涼やかな音色をたてて砕けてゆきます。 「はやくしないとなくなっちゃう」 けれど、ニーナちゃんがちっちゃな両手をどんなに伸ばしてみても、お星さまに手は届きません。 どんなに呼びかけてみても、飛んできてはくれません。 ニーナちゃんの上気した顔が、お星さまを映したような瞳が、少しずつ曇ってゆきます。今にも両の目から大粒の涙が降り出しそうな気配です。 くすん――と、ニーナちゃんがしゃくりあげた時でした。 ちいちゃな星のひとかけらが、コロコロと鈴の音のような音をたてて、アレクサンダーの額にぶつかったのです。 氷の砕けるような、お月さまが笑うような、そんな音がして、 「アレクサンダー?!」 ニーナちゃんの目の前で、アレクサンダーが、金の光につつまれました。 細かな光の粒が、まるで、小さな小さなミルキィ・ウェイのように、土星の輪っかのように、アレクサンダーのからだにまとわりついて、びっくりしたニーナちゃんが目を見開いたまん前で、いきなりシャリンと弾けて消えたのです。 きらきらと耳に心地好い音が降る夜、空気を切るのは、アレクサンダーの背中に生えた、星のように透明な一対の翼でした。 いつしかニーナちゃんは、アレクサンダーの背中に乗って、紫紺の夜空を飛んでいるのです。 次々とぶつかってくる流れ星の砕ける音が、まん丸く目を見開いたニーナちゃんのほっぺをピンク色に染めてゆきました。 「ニーナ。起きなさい、ニーナ」 お父さんの声に、ニーナちゃんは目を覚ましました。 大好きなお父さんの顔を見て、ほんのちょっぴりだけ、ニーナちゃんは、がっかりしました。なぜなら、とっても素敵な出来事が、夢だったと気づいたからです。 頬に、全身に、触れる風のひんやりとした感触も、流れ星がぶつかる時にたてる高くはかない音も、アレクサンダーの背中に生えていた透明な翼までも、ニーナちゃんの脳裏にはしっかりと残っています。 それでも、夢の名残のふわふわとした感覚は、まだ、ニーナちゃんを大好きなシフォンケーキを食べた時のような気分にさせてくれていました。 ほんわりとしたままで、ニーナちゃんがパジャマを着替えると、いつものように、お父さんが、髪の毛を二本の三つ編みにしてくれます。ニーナちゃんは、鏡の中のお父さんに向かって、にっこりと微笑みました。 体中で、流れ星のかけらが、きらきらとまたたいているような、変な気持ちです。 (いいことがありそう) 朝ごはんもそぞろに、ニーナちゃんは、とっても頼りになるアレクサンダーと一緒に庭に飛び出したのでした。 蝉のすだきはじめた朝の庭草は、まるで流れ星の砕けたかけらが降りまかれたかのような露を宿して、光っています。 散らしてしまうのももったいないような気がして、ニーナちゃんは、玄関ポーチにアレクサンダーと並んで腰を下ろしました。 ぼんやりとしているだけなのに、ほんわかした気持ちが消えません。 そうして、どれくらいの間、アレクサンダーと庭の露を眺めていたでしょう。 「君、ここの子?」 顔をあげると、金髪に緑の目の、よく陽に焼けた男の子が、すぐ側に立っていました。年はニーナちゃんよりも、二つか三つくらい上でしょうか。彼のちょっと後ろには、彼によく似た金髪の女の人と、黒髪の男の人、それに、十を越えているだろう黒髪の男の子が立っていました。 ニーナちゃんの心臓のドキドキが、いつもよりも速く鳴りはじめました。 ほっぺたに大きな絆創膏をはっつけた男の子がにぱっと笑ったので、つられて、ニーナちゃんも笑っていました。 「そうだよ」 「オレ、ジャン。隣に越してきたんだ。あっちにいんのが、ロイにぃ(兄)に、とーさんとかーさん」 と、手を差し出してきました。 「あたし、ニーナ。この子はアレクサンダー」 ニーナちゃんは、ジャンくんの手を取って、立ち上がりました。アレクサンダーも、ゆったりと起き上がります。 「おうちのひとに挨拶をしたら、いっしょにあそぼーぜ」 ジャンくんのことばに、 「ながれぼしがお願い叶えてくれた」 と、おもわずニーナちゃんは飛び上がりました。 「流れ星? なんのことだ?」 怪訝そうなジャンくんに、 「後でね」 と、耳打ちをして、ニーナちゃんが玄関ドアを開けます。 「おとーさん、おきゃくさまー」 ニーナちゃんの弾んだ声に、アレクサンダーの尻尾がわさわさと嬉しそうに揺れています。 やがて、奥から出てきたお父さんが、これからお隣さんになるひとたちと話しているのを聞きながら、ニーナちゃんの胸は、これからの毎日への期待に大きく膨らんだのでした。 真夏の夜の流星群。 願い事を叶えたいひとは、ぜひともその手でお星さまを掴んでみてください。 END
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あとがき