ジャン・ハボックの受難



 思えば、その日は朝から運が悪かった。
 出かければ前を目つきの悪い黒猫に横切られたし、靴紐は音を立てて切れた。妙な悪寒もする。ひくはずもない風邪を疑ってしまったほどだ。
 家に帰ると、さらにまずいことに父が来ていた。一緒に住んでるわけじゃないから一応不法侵入になるのだが。また鍵壊してるし。この間壊されて取り替えたばかりなのに。そのくせ弁償はしてくれないし、変なところでケチなんだから。
 
「あ。おかえりーハボック。久しぶりだね愛しの我が息子v だめだろー?俺が来るときはちゃんと家にいなきゃ」
 
 飼い猫を目の前に差し出され、可愛く言われたとしても。
 何だかとっても眩暈がするよ。
 
「…予告なしできといて何言ってんだエンヴィー…。鍵壊すなって言ってるのに。まずいよ、今日は大佐が来るんだから」
 
「あー焔の大佐? お前の力で大佐メロメロにしろっていうお色気作戦? あれホントだったんだ。ひどいなぁ俺に黙ってお前使うなんて」
 
「言ったら大佐殺しかねないからだろ? 見られたらどうするんだよ。早く出てけ」
 
「何かそういうコト言われると是が非でも帰りたくなくなるなー。正直に言えばいいじゃん、親子ですって」
 
 確かにそうなのだけれども。
 金髪に緑の瞳と、黒髪、黒の瞳の少年の間に、血のつながりを見出すことは不可能だ。
 
 ピンポーン…
 
 呼び鈴が鳴った。
 ちょうど約束の時間だし、間違いなく彼だろう。
 
「隠れて、見つからないように出て行けよエンヴィー」
 
 父のような人がふてくされた顔をしたが、構ってはいられないこちらの心情もわかってほしい。
 
「いらっしゃい大佐」
 
「ああ。これは君に。誰かいたのか?」
 
 バラの花束を渡されて、言われた台詞にはりつけた笑顔が強張った。
 
「やぁいらっしゃい。初めまして、俺エンヴィー。ところでそれうちのなんだよねー。返してくれないかなー」
 
 …まだいるし…。
 そして怖い。
 微笑んでいるのに、目も声も、全く笑っていない。
 わー助けてーラスト姉さん。お父さんたら大・暴・走☆
 
「…何だこの子供は。ジャン! 彼は何だ!」
 
「えーっと! お父さん…お父さんの、連れ子です!」
 
 俺は頑張った。
 何せ俺のお父さんときたら、外見が俺よりはるかに年下なのだ。
 そんな彼を、どうして人間が父親だと信じるだろう。
 髪と瞳の色からいっても、血のつながりは見出せない。
 …他に何と言えばよかったというのだ。
 
「ほう? 弟か。不良息子と見受けるが? 何だねそのピラピラした服は。みっともないぞ」
 
 ガラガラピッシャーン…
 轟く雷鳴。
 助けてー。もう誰でもいいから助けてー。
 外は快晴だというのに。
 部屋の中には嵐が到来。
 
「やだねー。男の嫉妬は。遊ばれてるのも知らないでさー。ねー? ハボック」
 
 お父さん。
 あんた俺の任務を台無しにする気ですか?
 役立たずになったら俺消されちゃうよ?
 
「そうなのか? ジャン」
 
 どこか悲しそうに大佐が言った。
 確かにこの人に近づいたのは任務だったけど。
 俺、正直この人嫌いじゃなんだよなー。
 人間にしてはできるほうだと思うし? 
 それにまだまだ利用価値あるし。
 
「…俺の気持ちを疑うんですか?」
 
 悲しげに、目を潤ませて。傷ついたふりをしてみると。
 
「…ジャン! すまない。私を許してくれ」
 
 強い力に抱きしめられた。
 あれ? なんだか天国と地獄。
 狂喜乱舞して俺を羽交い絞めにする大佐と。
 何故か影を背負って部屋の隅で丸くなったエンヴィー。
 どうしてあんたが打ちのめされてるんですか? お父さん。
 大体なんで彼と張り合ってるんですか貴方。
 大佐の腕から抜け出して、飼い猫におやつをあげてみる。
 エンヴィー、ひょっとしてこいつらバカなのかなー?
 抱き上げて、黒猫の鼻にキスをした。
 
「あー! ずるいぞジャン! 私にも…」
「お父さんにお帰りのちゅーがまだだったよねハボック」
 
 …バカばっかだ…。
 煙草を取り出し火をつけて紫煙を吐き出す。
 ラスト姉さん。
 助けてくれ。
 
「ジャン! キスが不味くなるから煙草は控えろと言っただろう!」
 
「ハボックー? いつからそんな不良になっちゃったのかなー? お父さん悲しいなー」
 
「…さっきも言っていたが、君はジャンのお父さんなのかね?」
 
「まぁねー。見えなくても実のお父さんだけど?」
 
 バカ二人が何かやってる。
 大佐は少し考えてから、どこからか高級洋菓子の箱を取り出し、言った。
 
「これつまらないものですが。よろしくお願いします。お義父さん」
 
「君にうちの子はやれないなー」
 
「どうしてですか!? 地位と名誉と金! 全てを兼ね備えた上頭も顔もいいのに!」
 
 バカどもの会話はさらにヒートアップしているらしい。
 
「ハボックはもう俺と家族だもーん。嫁になんか出さないよーだ」
 
 大佐へ、ベーっと舌を出して。
 お父さん。
 何だか幼児化していませんか? 俺の気のせいですか?
 バカどもの会話はさらに続く。
 
「ふっ…。こんな子供がジャンの父親なわけがないな」
 
 いえ父ですが、今更気づいたんですか。
 
「やはり本人に聞くのが一番いいだろう」
 
「いいよ? どうせ俺だけどねー」
 
 やばい。
 矛先が俺に向いた。
 
「まあまあ。二人とも落ち着いて。休憩しましょう。お茶を淹れますよ」
 
 にこやかな笑みを湛えつつ、俺はキッチンへ入り後ろ手にドアを閉めた。
 流しの向こうの小窓に飛びつく。狭いそれを無理矢理通って外へ出た。
 ただ本能の赴くままに。
 逃げろ逃げろ。ひたすら走れ。
 3階から飛び降りて着地、それを見た人が軽く悲鳴を上げていたが、これくらいじゃ俺は傷一つつかないし。
 おおよそ人間には出せないだろうスピードで、コンクリートの道を疾走する。
 角を曲がって、一息ついた。
 そこに降りてきた、声。
 
「どこへ行くのかなぁ? ハボック」
 
「そうだぞジャン。まだ話は終わっていないだろう」
 
 …お父さんはともかく、何であんたまで追いついてるんですか? 大佐…。
 
「えーっとですね…」
 
 考えろ。何か言い訳を考えろ。
 迫り来る二人に俺は一歩後退した。
 一歩進む二人。
 一歩下がる俺。
 …トン…。
 後ろには壁。ああもう逃げられない。
 捕食者に捕まった獲物は喰われる運命なのか。
 
「二人とも大切なので選べません!」
 
 なかなかいい答えだ。
 誤魔化されてくれれば、なおいいのだけれど。
 
「そうか」
 
「それじゃ仕方ないね」
 
 もしかして、俺助かった…のか?
 
「体に聞いてみるしかないよね」
 
「まったく。素直になればいいものを」
 
 やっぱそんなに人生甘くねーな…。
 頭の中は真っ白。もう言い訳も思いつかない。
 
「ぎゃー!!」
 
 俺の悲鳴に驚いた鳥たちが青い空を駆けていく。
 …鳥はいいな…羽があって………がっくし。
 
 
 
 
 
 
 
 目を覚ますと朝だった。
 逃げ出したのが昼過ぎだったから、半日以上拘束されてた訳だ。
 途方もない疲労は、体力的というよりむしろ精神的要因のほうが大きい。
 強引に連れ戻された家のベッドの上、すやすやと満足げに眠る二人を、ちょっぴり絞め殺してやりたいなv とか思ったりもしたけど。
 やらなかった俺はすげぇ偉いと思う。
 
 
END

あとがき
 "LEFT HAWK LAND"の右鷹有機さまよりいただきました♪ とっても素敵なハボック少尉受けのサイト様です。
 5200ゲットしまして、リクさせていただきました♪
 リク内容は、ロイ+エンヴィxハボさんという、かなり鬼畜なものでしたが、楽しいお話に仕立ててくださいました。やさぐれちゃうハボさんが、うっふっふ。素敵な、一時をすごさせていただきました♪
 とってもツボなお話を、ありがとうございました。
 右鷹有機さまのサイト"LEFT HAWK LAND"は閉鎖なさいました。長い間ありがとうございました。

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