June Bride |
「ハボック少尉、面会の方が来ておりますよ」 「面会?」 ある日の事、ファルマン准尉が部屋に入るなりそう告げた。 言われた当人は煙草を手に首をかしげる。 面会者など滅多にいない。 心当たりもない。 不審気に寄せられた眉を見て、ファルマンは続ける。 「可愛らしいお嬢さんでしたが?」 「はぁ〜?」 大佐じゃあるまいし、何で俺にお嬢さんが面会に来るんだ? っていうか誰だよ……と、ハボックがぶつぶつ言っているとドアが開く。 フュリーが案内してきたのは確かに可愛らしい少女だった。 年の頃18・9だろうか? 都会的な美少女というよりは、どこかのどかな雰囲気の純朴そうな美少女だ。 詰まる所、美少女である事に変わりはない。 ブレダが少々マナーの悪い事にヒュー♪と口笛を吹いた事からもレベルがお分かりだろうか。 これが大佐に対する面会者だったならば誰もが疑問を抱かなかっただろう。 またか、と。 だが彼女はハボックへの面会者だとファルマンは言った。 心当たりはなさそうだった当のハボックは、彼女を見るなり驚きの声を上げる。 「ナミ?!」 「久しぶり!ジャンお兄ちゃん!!」 慌てて煙草を灰皿に押し付けて、彼女に駆け寄る。 その表情は明るく輝いており、普段とは少し違う印象を与える。 どこが違うかと言われると答えにくいのだが、強いて言うならば普段よりも和らいだ雰囲気。 つまり、いきなりファーストネームを呼んだ彼女に、心を開いているという事だ。 「何だよホントに久しぶりだな!いつこっちに来たんだ?」 「昨日に来たばっかだよ、えへへ………本当に、久しぶりだね」 優しく微笑むハボックに、彼女ははにかみながら返事する。 二人の周囲に花が咲いているようなほんわかさ。 思わず顔がほころんでしまうような暖かさと気恥ずかしさを感じる。 奥手な恋愛を見ているようなじれったさとくすぐったさに、クールなホークアイ中尉ですら優しげな笑みを浮かべている。 だが、この部屋で一人だけ、そんな暖かい気分になれない男がいた。 「知り合いかね?ハボック少尉……」 その男、ロイ・マスタングは低い声でそう問うた。 見れば彼のバックにはどんよりした黒いオーラが漂っている。 近くにいたブレダはそれとなく避難をし、くわばらくわばらと小さく呟く。 「えぇ、俺の田舎の知り合いで……ナミ、あの人はマスタング大佐、俺の上司」 「はじめまして、ナミ・ビレッジと申します」 「っていうか、ナミとは家が隣でしてね…幼馴染ってやつですか?」 家が隣。 幼馴染。 その単語に大佐の頬がぴくりと動く。 が、そんな様子に気付きもせず…ハボックは笑顔で彼女と話を続ける。 「それにしてもどうしたんだいきなり?」 「えっとね、どうしてもジャンお兄ちゃんにお話したい事があって…でもお兄ちゃんってば全然帰ってこないんだもの!」 「う、悪い悪い…忙しくってつい、な」 「前にお手紙くれたでしょ?だから会いに行ってみようかな?って思って……」 お兄ちゃん、と呼んでいる事もあり二人は仲の良い兄妹のように見える。 それもとても仲の良い兄妹だ。 ……大佐じゃなくとも嫉妬するほどに仲の良い。 大佐じゃなくとも嫉妬するほど、というのは大佐にとっては…………………言わずもがな。 「でも久々に会えて嬉しいぜ」 「うん、私もお兄ちゃんに会えて嬉しい」 「で?俺に話したい事って?」 「えーとね………どこか、他の所でもいいかなぁ?」 ちらり、と周囲を見る彼女。 人目のある所では話しにくい話題のようだ。 ハボックはそれに頷き、彼女の肩に手を置き大佐に言う。 「すいません、ちょっと抜けてきますね」 「…………勤務時間中に女性と抜け出すとはな?」 「あのね……あんたと一緒にしないでくださいよ………すぐ戻りますんで」 大佐の嫉妬丸出しの嫌味も、ハボックにはイマイチ通じていない。 あっさりと彼女を連れて部屋から出て行ってしまう。 後に残った面々は勝手に話を進めていく。 「しっかし、マジで可愛い子だったなあれは」 「えぇ、実に可憐な少女でしたな」 「何だか今時、珍しいタイプですよね…可愛かったなぁ」 「ハボック少尉も可愛がっていたようね」 会話に加わらないのは、憮然とした表情の大佐である。 「っつーかよ、あの子はハボックに気があると見た!」 「明らかに好意を抱いているのがわかりましたね…当の少尉本人は気付いていないように見受けられましたが……」 「お兄ちゃん大好き!って感じでしたよねー、あの子」 「何だか見ていて微笑ましかったわね」 どうやら我慢しきれなくなったらしい。 大佐はバーン!とデスクに思いっきり手を突く。 …そしてちょっとだけ痛かったのだが顔には出さず、不機嫌そのものの声で小さく呟く。 「………気に入らん」 「それはともかくとして大佐、先程より仕事が進んでおりませんが」 どれだけ不機嫌だろうが何だろうが意に介さない、優秀極まりない中尉の冷静な一言。 その言葉にぴくっと反応したが、聞こえなかった事にしたらしい。 「何なんだあの少女は!私のハボックに馴れ馴れしく近付き…あまつさえ名前で呼ぶなんて!家が隣だっただと?幼馴染だと?羨ましいじゃあないか!!」 それが本音か、と全員が心の中でだけ突っ込んだ。 「ハボックの子供の頃とか私だって見てみたかったというのに……きっと可愛かったに違いない!!」 「大佐、話がズレてきています。そして仕事をしてください」 中尉はいつもいつでも冷静だった。 一瞬ひるんだ大佐に、中尉は畳み掛けるように続ける。 「これが終らなければ残業ですからね?わかりましたか?」 「わ………わかっているとも」 中尉の強い口調に…いや、正確にはすっと手が伸ばされた彼女の愛銃に…冷や汗を流しながら大佐は頷く。 そしてぶつぶつ言いながらも仕事を始めたのだった。 ハボックが戻ってきたのは、1時間も経ってからのこと。 見れば一人で、彼女はすでに宿に戻ったとのコト。 それでこの話は終わりだった。 …………少なくとも、表面上は。 「…………残業ですか?」 「……………………うるさい」 案の定、残業するハメになった大佐。 ハボックが呆れたように呟くと、むっとした表情でそう返す。 執務室には二人しかいない。 当然のコトながら、皆帰ったのだ。 理由その1、残業に付き合う気はカケラもないから。 理由その2、昼間の少女の件で大佐が不機嫌だったから。 せっかく自分の仕事は終ったのに、何で人様の仕事を手伝わなければならないのか。 どうせハボックは付き合うのだろうし、馬に蹴られたくはない。 …というか、あんまり係わり合いになりたくない。 「ま、付き合いますけどねー」 「……………別に、帰ってもいいんだぞ」 いつも通りにそう言って新しい煙草に火を点けるハボック。 だが、次の瞬間、大きく目を見開く。 いつもならば「二人きりだな、ジャン…」とか何とか言い出すのがこの人の常だ。 だというのに、今、彼は何と言っただろうか? 帰ってもいいと、そう言った? 驚きは一瞬。 次の瞬間にハボックを襲ったのは、不安。 「……………………どうか、しましたか?」 「別にどうもしないさ、大した量ではないから一人でもすぐ終るだろう」 それは言外に手伝ってくれなくともけっこうだ、と言っているも同じ。 つまり、自分は、必要ないと。 「…………」 「どうした?用がないなら帰るといい」 「………………………………どうして?」 「…………ハボック?」 ぽつり、と漏れたのは小さな声。 ハボック自身ですら驚いたほどに小さく、かすれた声。 「俺、何か…………しましたか?」 「………………」 「…………すいません、俺、帰りますね」 うつむいたまま部屋を出ようとするハボック、その手を大佐が掴んだ。 「……………………すまない」 そう言って掴んだ手を引き寄せる。 そのまま引き寄せた体を抱きしめ、もう一度呟く。 「すまない、八つ当たりだ」 「…………ロイ?」 「昼間の少女に嫉妬した」 ぽつりと耳元で呟く大佐に、ハボックは目を瞬かせる。 「昼間のって…ナミですか?」 「…………あまりに仲が良かったからな、幼馴染だとか言うし」 「嫉妬って……………………俺とナミは兄妹みたいなモンですよ!」 「だが、彼女は明らかにお前に好意を抱いていたぞ?」 それは誰の目にも明らかだ、彼女はハボックに好意を抱いている。 だがその言葉を聞いたハボックは、ため息を一つ。 「そんな事でナミに嫉妬したんですか?」 「そんな事とは何だ!私にとっては由々しい問題だ!」 「…………………………………………あんたは、ホントに馬鹿ですね」 頭がいいのに、ホントに馬鹿。 でも、そんな馬鹿な人が好きな俺はもっと馬鹿かも。 心の中でだけ、そう呟く。 「さっき、帰っていいと言われた時…………すごく、怖かった」 「…………何?」 「俺はもう必要ないのかなって思って、怖かった」 「そんな訳があるか!」 むっとした顔で本気で怒っている大佐、だけど本当に怖かったのだ。 今まで必要としてくれていたのに、それを当然と感じていたのに。 足元が音を立てて崩れていくような、そんな錯覚に襲われた。 必要とされているなんていうのは、自分の思い込みだったのかと…… 「こんなにあんたに惚れちまってるんです…………責任、取ってくださいよ?」 「…………あぁ、すまなかった……………………愛しているよ、ジャン」 「ロイ…………」 ぎゅっと大佐の背にすがるように抱きつくと、優しくその手が髪を撫でる。 その暖かさにハボックが目を閉じると、ふっと思い出したように彼は問う。 「そう言えばジャン、彼女は一体…何の用で来たんだ?」 「ナミですか?あいつ、結婚するんだそうです」 「ほう、結婚……………………結婚?!」 「まぁ正確には婚約らしいんですけどね、その報告に」 ナミ・ビッレッジ、ジャン・ハボックの幼馴染の美少女。 彼女はハボックを兄のように慕っていた。 そう、兄のように。 一人っ子だった彼女にとって、ハボックは幼馴染である以上に兄であった。 優しくて格好良いお兄ちゃんは、彼女の自慢であり理想。 つまり……………………彼女は血は繋がってはいないものの、ブラコンだったのだ。 「何か複雑ですよねー、妹が婚約するのって」 「………………………………そうか」 「幸せになってくれるといいんですけど………式には出てやらないとな〜って」 「………………………………」 「…………………………………………ロイ?」 しばしの沈黙。 「…………………………………………嫉妬して損した」 「あんたね………………………………!」 その後、ナミ・ビレッジは6月の花嫁となった。 式には大好きなお兄ちゃんと、同じくらいに格好良いお兄ちゃんの上司が参列。 投げたブーケを受け取ってしまったのは、何故かお兄ちゃんだったという。 おしまい
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あとがき
スミヤさまのコメント
22222HIT、魚里奈美サマのリクエスト「ハボさんの田舎から幼馴染の女の子が出てきてそれに嫉妬しちゃう大佐」です。
幼馴染の女の子はハボさんをほんとのお兄ちゃんみたく慕っててじかに婚約の報告にきたというオチ…とのコト。
何だか、女の子は書いてて楽しかったです(笑)
うちの大佐は嫉妬してばっかだな〜、ハボも大変だな〜。
まぁ愛されているというコトで………それにしてもハボと幼馴染…何て羨ましい!!
奈美サマ、気に入っていただけましたか〜?
はい! とっても♪
幼馴染のお兄ちゃんというのは、憧れの存在ですね〜。
ハボさんみたいなお兄ちゃんがいたら、もう………。
ハボさんの子供時代は、結構やんちゃで擦り傷きり傷が日常茶飯事だったろうなぁと。でもって、笑顔のめちゃくちゃ可愛い男の子♪ ナミちゃん庇って膝頭怪我したりなんて。
大佐の、嫉妬して損した――という台詞が、とっても可愛かったです。
中尉の冷静さや、それにもめげずに嫉妬する大佐。でもって、大佐に必要とされなくなる恐怖を吐露するハボさん。とっても萌えなお話でした。♪
ブーケを受け取ったハボさんを見た大佐の反応が、怖いような気がするのは気のせいでしょうかvv
女の子の名前……こ、これはvv お心遣いありがとうございます♪
それでは、とっても素敵なキリリク、ありがとうございました!
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