Look at ……



「…マスタング大佐」
 
「何だね? ハボック少尉」
 
 見目麗しい恋人を目の前に、つい顔がにやけてしまう。いけないいけない。私は男前で通っているのに。
 
「………落ち着かないんですけど」
 
 こめかみに浮かべた青筋をヒクつかせて彼が言う。確かに落ち着きはしないだろうが。
 
「そうか? 私はとても和んでいるがね」
 
「…じゃ、はっきり言います。うざいです」
 
 恋人とはいえ上司に向かってうざいとは。そんな毒舌なところももちろん可愛いのだが。
 
「はっはっはっ。ハボックは照れ屋さんだなー」
 
 「聞けよ人の話!!」 と怒鳴られてもな。
 本日は中尉が他所の部署に借り出されているため、手厳しいツッコミが入る心配もないし。
 私はその中尉の席で、正面に座ったハボックを眺めながら、それでもよどみなく手を動かしていた。
 たまりにたまったこの書類をさっさと提出せねば、今度こそ中尉に殺られてしまう。
 まさに特等席。こんなことならもっと早く中尉に席を替わってもらえばよかった。
 
「ハボック少尉。惜しいとは思わないかね?」
 
「…何がです?」
 
「我々は定時で朝8時から5時までの間を、軍という七面倒な職務に拘束されている。私の1日の活動時間は平均で朝7時から夜の12時だぞ? 一日の大半を仕事に費やしているのだ」
 
 呆れ顔で私を見るのはやめてくれ少尉。こちらはこんなにも真面目な話をしているのだから。
 
「そこで私は考えた。流れ続ける時間を止めることは不可能だ。だが、君と共にいられるというのなら悪くない。仕事をしていれば中尉にも文句は言われまい。我ながら名案だな」
 
「…迷案ですよ」
 
 冷笑と共に切り返された言葉。いつの間に中尉並の突っ込みを習得したんだね? 君は。
 
「俺の気が散るんじゃ、仕事の効率が下がるでしょう」
 
「大丈夫だ。私の仕事量はお前の常より多い。お前の効率が下がっても、むしろ有益になるというわけだよ」
 
「…嫌味ですか? それは…」
 
 頭を抱えてため息をつくハボック。君はデスクワークが苦手だなと言っている訳ではないのに…。
 
「いつもこれくらいやってくださると助かるんですけどね」
 
「まあ、やる気の問題だとも。山のような書類より、お前を見ているほうが楽しいし早い」
 
 にっこりと笑ってやれば、またも盛大なため息をつかれた。
 …覚えておきたいんだよ。何もかも鮮明に。君の仕草や肌の色、その存在をすべて。
 いつか。もし、いつかその日が来たら。私はきっと迷わない。
 なあハボック。愛しているんだ。
 そのときが来たら。君を完璧に構成するために。
 
「どこへ行くんだ?」
 
 そそくさと立ち上がったハボックを咎めると、彼はまたしても盛大なため息をつきながらトイレだと答えた。そしてしっかりとついてくるなと釘を刺された。
 
「しかし私も行きたいのだが」
 
 ガシャコ…! …君なんだが中尉に似てきたな。どこから取り出したんだそのライフル…。撃たないだけましだが、いくらなんでもライフルじゃ人は確実に死ぬぞ!
 
「当てませんから。じゃ、ちゃんと仕事しててくださいね」
 
 すたすたと部屋から出て行ってしまう。…ああ…愛が足りない。
 
「よくあれで愛想つかされないよな」
 
「ハボック少尉は面倒見がいいですからな」
 
「いつものことですしね」
 
「どこ行くんですか大佐? ハボックの奴について来るなと言われたばかりでしょ」
 
「屋上。休憩だ。やってられるか」
 
「…はあ。まあちゃんと帰ってきてくださいよ」
 
「わかっている」
 
 部下に見送られながら、私は執務室を出た。
 窓の外は快晴。屋上に上がると、白い床が目に眩しかった。
 
「………何で来てるんですか」
 
「ついてきたんじゃないぞ。屋上に休憩しに来たんだ」
 
 にやにやと笑ってやれば、ハボックは悔しそうに煙草を押し潰した。
 
「見事に読まれていたというわけですね」
 
「天気がいいからな。お前ならきっとここに来ると思った」
 
「鋭い観察眼をお持ちで」
 
「そうでもない。まだ…足りない。足りないんだ、ジャン」
 
「…た…ロイ?」
 
「私はいつになったら君を完全に記憶できるのだろう。それでなくとも人の記憶など曖昧なものなのに。君を忘れたくなんかない。すべてを、覚えておきたい」
 
 もし君が私よりも先に死ぬようなことがあれば。
 私には、やらなければならないことがある。
 何を犠牲にしてでも。
 
「ロイ」
 
 君が優しく私を呼ぶ。髪を撫でる君の手のひら。その皺の一本でさえも。
 
「覚えてください。これが俺です。あんたを愛してる、これが俺の姿」
 
「…ジャン」
 
「あんたのことだから、どうせくだらないこと考えてたんでしょうけど」
 
 失敬な。くだらなくなんかない。たとえそれが、人の領域の向こう、最大の禁忌だとしても。
 
「俺は、一人でいい。あんたを愛してるのは、俺だけでいいんです」
 
 「分かりますか?」 と囁きながら、君がキスをくれた。
 触れるだけのそれが優しくて、なんだか涙が出そうになる。
 宝石のような碧玉の瞳。絹のような金糸の髪。ほんの少し香る煙草の匂い。君を構成する全て。
「分かった」 と頷いて、私は君を抱きしめた。
 何より愛しいこの存在。
 
「それに」
 
 言葉を切った彼の顔を覗き込んで。
 少し頬が赤く見えるのは私の気のせいだろうか。
 
「あんたに見られながら仕事できるほど、平常心保てるわけじゃないんで」
 
 その言葉に、思わず噴出してしまった。
 「戻りましょう」 と私の手を引いてくれる君。背を向けて、でも耳まで赤くなっている可愛い君。
 
 
 
 ………すまない。
 君がどう望もうとも。
 私はきっと罪を犯す。
 何より、誰よりも、君が愛しいから。
END

あとがき
 "LEFT HAWK LAND"の右鷹有機さまよりキリ番を踏んでいただきました♪ 
 リク内容は、大佐に迷惑なほど愛されてる少尉と言うことで。とっても可愛らしいふたりをいただけて幸せです。
 素敵な一時をすごさせていただきました♪
 とってもツボなお話を、ありがとうございました。
 右鷹有機さまのサイト"LEFT HAWK LAND"は閉鎖なさいました。長い間、ありがとうございました。

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