残業の甘い罠



 来客用のソファに座って煙草を吸う。
 壁の時計を見ればそろそろ夕方から夜に近づいている。
 冬も近づいてきた最近は、すっかり夕闇が早く濃く降りるようになってきている。
 外はすっかりとっぷりと暮れ、澄んだ冬の空には星が瞬き始めている。


 俺はため息と共に紫煙を吐き出し、つぶやいた。


「終わりそうっすか?」
「………もう少しだ」


 返事が来るまでに短い沈黙。
 …………こりゃまだしばらくは無理だな。


「………………や、俺は今日は定時に帰れる予定だったんですがね」
「だったら手伝え」
「俺のサインじゃ効かない重要書類ばっかでしょ、ソレ」
「………文書偽造の罪は見逃してやるぞ?」
「溜め込んだアンタが悪い」


 きっぱりと言い切ると眉間にしわを寄せて再び書類に視線を落とす。
 大佐の前には書類の山。
 処理済と未処理の二つの山は、最初は圧倒的に未処理が高かった。
 だが2時間は経った今、その山の高さは最初とは逆の様相を呈している。


 ホントな、やれば出来るんだよな。
 ……何だか普段は勉強をしない子供に言う様な台詞だが、この場合はまさにふさわしいだろう。
 やれば出来る、かなりとんでもなく出来る。
 ただ、やらないだけだ。
 子供なら親や教師が怒れば済む話、だが彼の場合はやってくれないと周りが困るのだ。


 書類を一枚、手に取って見る。
 上の日付は一昨日を指している……つまり、3日は放置済みという事だ。
 内容は備品の補充の許可を求める陳情。
 ……かわいそうに、この部署では3日も備品が補充されていないようだ。
 あー、そういや総務の連中が走り回ってたなー、大佐探す班と倉庫中から備品をかき集める班に分かれて。


「………厭きた」
「俺が中尉なら間違いなく今の瞬間に引鉄を弾いてますよ」
「中尉はもう帰っただろう」
「じゃあ俺が代わりに撃ってあげましょうか?」


 お目付け役の中尉はどーっしても外せない用事があるらしく、念の念の念を押して帰っていった。
 大佐にしつこく念を押した後、俺にも指示を出して。
 それでも残った仕事が気になるらしく、大きなため息をつきながら。


「大佐『この部屋にある全ての書類をチェックするまで今日は帰ってはいけません』から頑張ってくださいよー、俺も『大佐が書類を片付けるまで少尉は見張りをお願い』されてるんですから」
「…撃ったら仕事が出来なくなるぞ?」
「急所は外しますから安心してください、中尉ほどじゃないけど銃には自信ありますから」
「……仕方ない、続きをするか」


 アンタね、サボって溜め込んだ仕事するのに何で仕方ないなんですか。
 まったく……つき合わされてる俺の身にもなって欲しいね。
 いや、残業代は出るんだろうケドさ。

 軽口を叩きながらも大佐の手は止まらない。
 次々と書類にサインを落としていく……アレでちゃんとチェックしてるんか?
 少し不安を感じていると、ふとその手が止まる。


「どうかしました?」
「なぁハボック、やる気を出すいいコトを思いついた」
「アンタがそういうコトを言い出すって事はロクなコトじゃないでしょうね」
「まぁそう言うな………やはりやる気を出すにはご褒美が必要だと思わんか?」


 ご褒美……ってアンタ、本当に子供じゃないんだから。


「………………何が欲しいんすか?」
「キス」
「疲れのあまりに壊れました?」
「何を言う、私はいつでも正常だぞ?」


 正常な人間が、男に対してキスが欲しいとか言いますか?!
 っつーか、その笑顔は何ですか……嫌な予感がするんですが。


「キスをしてくれるならば頑張れると思うんだがなー?」
「冗談はやめてください」
「本気だ」
「あーはいはい、キスでも何でもしますからさっさと終わらせてください」


 ったく、この人には付いていけねー。
 ため息をつき、投げやりに俺は答える。
 と、大佐はにっこりと満面の笑みを浮かべながらこう言った。


「終わったぞ」
「………………………………………………は?」
「だから終わったぞ?これが最後の書類だ」
「はぁ?!」


 見れば机の上の山は、片方だけが堆い………
 …………嘘だろ?さっきまでかなり残ってたような……………


「ハボック、ご褒美をもらえるんだろうな?」
「………へ?」
「さっき自分で言っただろう?キスでも何でもする、と」
「じょ、冗談に決まってるじゃないですか!!」
「残念だが私は本気なのだがな」


 立ち上がった大佐がじりじりと俺に近づく。
 俺は慌てて立ち上がり大佐から逃げるように後退するが、窓際に追い詰められる。
 ひやりとした窓の感触を背に、俺は大佐と向き合うことになる。


「ハボック、約束は約束だぞ?」
「あ、アンタね!男にキスされて嬉しいですか?!」
「嬉しくない、私はお前にして欲しいだけだ」
「な、ななな、何を言ってるんですかー!!!!」


 かたん、と音がして俺の顔をはさむ様に大佐が窓に手を付いた。
 逃げ場は、ない。


「な、何で俺なんか口説いてるんですか!中尉でも口説いたらどうですか?!」
「人を見境なしみたいに言うな、お前が好きだから口説いてるに決まってるだろう?」
「………………………な、にを言って!」
「うるさい」


 ………………俺の目の前すぐには、整った大佐の顔………この人、やっぱ美形は美形なんだな………ってそんな場合じゃあないし!!
 っていうか…………ちょっと、マジでヤバイ…………さすがに女好きで通ってるだけあって、上手いんだけど………………


「キスのときは目は閉じるものだぞ?」
「ちょっ……そういう、問題じゃ…………」


 俺の反論は大佐の唇に塞がれる。
 ついでに言えば俺の意識までもが塞がれていく。
 …無意識のうちに俺は目を閉じて大佐からのキスを甘受していた。
 唇が離れ、俺が恐る恐る目を開くと、そこには大佐のとても楽しそうな表情。


「可愛いぞ、ハボック」
「……んなコト言われても、嬉しくないです……」
「そんな顔で憎まれ口を叩いても…………私を煽るだけなんだがな」
「へっ?」


 そう言って大佐は力の抜けた俺を抱え上げ……ってどこにそんな力が?!
 アンタ、錬金術はともかくほとんどデスクワークじゃあ………
 いや、そんなコトに驚いてる場合じゃあ、ない。
 大佐は俺を抱え上げ、さっきまで座っていたソファへと降ろす。


「仕事も終わったし、ここに来る奴もいないだろうし、これからは大人の時間だな」
「って、何する気ですかアンター!!!」
「ご褒美を頂くだけさ……自分で言っただろうが、キスでも…何でもする、と」
「そういうつもりで言ったんじゃない!」
「あぁ心配しないでいいぞ、鍵はかけてある」


 だーから論点が違うっつーの!!!!
 じたばた暴れる抵抗を物ともせず、大佐はすました顔で俺にのしかかる。


「ハボック………人間、あきらめが肝心だぞ?」
「ぎゃー!!!!」











「大佐、昨日は仕事は片付けられたようですね」
「無論だとも中尉」
「普段からその調子でお願いします……所でハボック少尉の姿が見えませんが?」
「体調不良で今日は休みだ」
「………………………………そうですか、お大事にと伝えてください」
「伝えておく」


 ニヤリと笑う焔の錬金術師を見やり…中尉は未だベッドでうなっているだろう彼を思い、ため息をついたのだった。



up 10:49 2003/11/18


あとがき
 "Lucky Strike"の阿部スミヤさまよりいただきました♪ とっても素敵なハボック少尉受けのサイト様です。第三者視点の夢小説や、すっかり出来上がってるロイハボのまったりと魅力的なSSを拝読できます。
 777ゲットの代理きりリク権をいただいての、速攻リクです。とってもうれしかったので、はしゃいでしまいました♪
 リク内容は、ロイさんに迫られておたつくハボック少尉でした。
 有無を言わさず口説いて押し倒す三段論法のbody languageがお素敵なロイさんと、知らないうちに罠にかかってしまって逃げ切れないハボック少尉の可哀想さが、とっても素敵でした。あと、気づいてる中尉の存在が………。うっふっふな、一時をすごさせていただきました♪
 とってもツボなお話を、ありがとうございました。
 阿部スミヤさまのサイト"Lucky Strike"にはこちらからどうぞ。
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