Porker-U- Fake - |
部屋にこもる血臭。床に散った赤はまるで花びらのよう。
「…はっ…はっ…」
荒くつく息は自分のもののはずなのにどこか遠い。
この感情を名づけるのならば絶望。暗い影に飲み込まれていくような錯覚に襲われる。
「…て」
囁きは、音になりきれずに溶けて消えた。
赤く染め上げられた手の震えがひどくなる。
「助けて…」
襲われたのは、恐怖という名のそれ。おおよそ、生まれて初めて明確に感じたそれは、畏怖となって彼の心を強烈に支配する。
「…助けて…お父さん…」
項垂れ、その場に崩れ落ちた。
血の海に沈む、かつて人だったものが、側ですでに事切れている。
俺もすぐに、これになる。
助けてエンヴィー。
俺は、人柱を殺してしまった。
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「…あっ…! んッ…」
好きとか嫌いとか。
そんな定義にも当てはまらず。
「う…あ…」
しいてあげるなら、憎いとしか思えないような男が相手でも、弱いところを触られれば、相応に感じるし声も出る。
「どうした? もう限界か?」
楽しそうに聞いてくる、涼しげなこの男はそれなりに憎い。
「ん…あッ…!!」
体中の力が抜けていく。
この男に吸い取られていくみたい。
「あっけないな。これでは、君の最愛の彼も満足できまい」
殺気を込めて睨みつけても、男は笑みを深くするだけで。
触れ合ったところから感じる体温すらも不快で、俺は寝台を抜け出した。
何度繰り返してもなじむことのできない行為。
心が伴わないから、なんて言い訳しても、笑い話にしかならない。
人に作られた人形に心など、と。
芽生え、成長していく殺意は膨らむばかりで一向に枯れない。
熱いシャワーを浴びながら、この流れていく水ごと溶けてしまえばいいと思う。
この世で、たった一つだけ。
大切な、大切なもの。
その彼を、思うことだけで救われるから。
俺はまだ大丈夫。溶けて消えてしまいたいけれど、今は、まだ。
「長いぞ。心配するだろう?」
その声に、返事は返さない。初めから期待はされていなかっただろうが。
広い浴室が急に狭くなるのを感じた。明るかった室内も影を落とす。
「………大佐」
「…ハボック」
彼が、自分に執着しているらしいとは、おぼろげながら理解できる。その故は、わからなくても。
「や…」
再び伸ばされた手を振り払うこともできず軽く拒んだ。
しかしそれすらも許さないというように、力で屈服させられる。
ああ。
膨らんでいく、殺意という名の、花の蕾。
月は好き。
まるで彼のよう。
横で眠る男は憎いけれど、俺は本来そうあるべきに作られたのだから。
与えられたこの体で、人を惑わす毒花の如くあれ、と。
彼を愛しているのに。
彼だけに、触れてほしいのに。
彼以外には、誰一人として要らないのに。
それを、この男につけこまれたのだ。彼を愛するが故に、失いたくなくば私のものになれと。
ああ。花が咲いた。
赤い赤い花が。
いつしか握り締めていたナイフ。
ぬるりと、手を滑り落ちていく赤い赤い、命の水。
「………大佐?」
彼の体から抜け落ちていく命。
「…俺…?」
俺が、殺した。
たすけて。
助けてエンヴィー。
俺は人柱を殺してしまった。
「はっ…はっ…」
止まりかけた息を慌てて再開する。
「…て」
人柱を殺してしまえば、俺もきっと処分される。
「助けて…」
体中の血が抜けていくみたい。気分が悪い。
貧血にも似た眩暈に襲われる。作られた体に、そんなものがあるのかなんて分からないけど。
「…助けて…お父さん…」
「助けなど来ない」
息が、止まるみたいだった。
そこに、彼が立っていた。
赤く、赤く染まった体。
人ならば、否、確かに先程まで死んできたはずなのに。
パリパリ…ッと、見慣れた錬成光が、彼の傷を癒していく。
…そんな。
まさか。あり得ない。
彼、も。
「人間の力だけで、君の事まで調べられるはずもないだろう? ならば、私はどうやって君たちを知った? 早い話だ。私も、その一員だからだ」
ウロボロス。
彼の手のひらに刻まれたその刻印。
「殺しても、無駄だと言っただろう?」
優しく微笑む、赤い、赤い、彼。
ああ。目の前が真っ暗だ。
助けて。エンヴィー。
俺は壊れてしまった。
気を失うように眠りに落ちた彼をベッドに横たえてやる。
愛しい幼子は夢の中へ。
カタンッ…と音がして、振り返ればもう一人の自分。
「やあ」
血まみれの姿で、微笑みながら近づいていくと、さすがにその柳眉を歪める彼。
思わず、笑ってしまった。
「やっぱり、必要以上の負荷を与えるとダメだね。簡単に壊れてしまう。まあ、また直すけどさ。入れ替わっておいてよかったねー。一回死んでたよ? 君。ああ、君は一回しか死ねないか」
あはははっと、自分の姿をした者が笑う。
「エンヴィー」
それが、彼の名。
彼らの存在に気がついた自分に、取引を持ちかけてきた男。
姿を貸し与える代わりに、焦がれた人の体を手に入れた。
けれど。
「ジャンを…壊すのか?」
「違うよ。強くしたいの。だから実験するんだろ? 弱いままじゃ、生き残れない」
愛しいのか。君もまた、彼の事が。
こんなやり方でしか、愛を確かめる術を知らないのか。
そして、私もまた、手に入らない心を求めて足掻くのか。
「精々、付き合ってよ。この世の果てまでさ」
自分の姿をした者が、生々しく笑う。
歪んだ愛情は、出口を求めて彷徨い続け、未だ迷路の中。
そして、私たちは、また。
出口を探して迷い続ける。
END
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相互記念に、Left Hawk Landの右鷹有機さまよりいただきました。
魚里ツボの、エンハボ前提ロイハボです♪
タイトルどおり、続き物です。1は、右鷹さまのサイトで拝読くださいませ。
ダークさと甘さの配分が、心地よいお話を、ありがとうございました。
右鷹有機さまのサイト"LEFT HAWK LAND"は閉鎖なさいました。長い間、ありがとうございました。