キモノ |
「これを、着てみてくれないか」 「はい?」 年明け早々下宿に押しかけてきたロイ・マスタング大佐に、たっぷりとした色鮮やかな刺繍をほどこされた茜色の布を一抱え押し付けられ、ハボックは首をかしげた。 「東方の島国に伝わる礼装らしい」 「……しかし、この色調は、女物では?」 「私のお願いが聞けないのかね?」 じっと、黒いまなざしで見つめられ、ハボックは、最終的に折れた。 ため息交じりではあった。しかし、もの言いたげな上司のまなざしが、捨て犬を彷彿とするような気がして、結局、いつだってハボックは勝てないのだ。 ひとつ深々とため息をついて、 「着かたが、わからないんすけどね」 と、言うと、そこにはしてやったりといいたげに、ニヤリと笑うロイの顔があった。 「大丈夫、研究ずみだ」 「ま、さか……あんたが着せるなんて」 いやな予感に、後退さるハボックだったが、 「おとなしくしていたまえ」 後には、ハボックの悲鳴が響いた。 「どーしてこーいう時ばっかり、馬鹿力なんだっ!」 肩で息をつきながら、ハボックが毒づく。 同じく、さすがに疲れた風情で、それでも、 「愛ゆえだよ、少尉」 そんなことをのたまうロイの頭の上に、ハボックの拳骨が炸裂した。 しかし、それも、着慣れない振袖の長い袖に邪魔され、どればの威力も発揮されることはなかったらしい。 これ見よがしに頭をさすりながらも、ロイは、満足げにハボックを見つめているのだ。その、覚えがありすぎる視線に、ハボックの頬が赤く染まる。 「もう、脱いでもいいっすか?」 反対されるのを覚悟でそう言ってみる。だいたい、この、振袖などという東方の礼装は、体中を締めつけられるだけ締め付けて着なければならず、しんどいことこのうえない。まじで、息が詰まりそうなのだ。 (こんなきついの女性に着せるなんて、絶対その国は、男尊女卑だっ!) 暴れる自分相手に小一時間近くもかかって、着せたのだ。手間を考えれば、脱ぐなというのが、着せた本人だろう。 しかし、 「どうぞ」 にやにやとひとの悪い笑みをこれ見よがしに、ロイがことばにふさわしいジェスチュアをとる。 「ほんっとに、脱ぎますからね」 「かまわんよ」 ロイが、ハボックから少し離れて、背もたれをこちらに向けているソファに馬乗りに腰を下ろす。背もたれに顎を乗せて、相変わらずすけべぇそうな笑いを浮かべている。 (まったく、なにかんがえてんだか) ぶちぶちと文句を垂れながら、脱ごうとするのだが、 (?) クエスチョンマークで頭をいっぱいにして、首をかしげる。 すっかり観客気取りのロイが、 「どうしたね。遠慮なく脱ぎたまえよ」 と、ハボックの焦りをあおるようなことを言う。 (どっから脱ぐんだ? 頭からすっぽり脱げるってもんでもなさそうだし) 胸高に絞り上げている硬くて丈夫そうなリボンを外せばいいのだろうと、腕を後ろに回すが、どれを引っ張ればいいのやら、皆目見当もつかない。 (こっちか?) リボンの上の飾り紐らしきものを力いっぱい引っ張ってみる。が、見た目より丈夫なものらしく、解ける気配も切れる気配もない。 (なんで結び目がないんだ?) そこで、気づければよかったのだが、焦りと、着慣れぬもののきつさもあって、ハボックの頭の中には、一刻も早く、足元に散らばってるセーターとズボンに着替えたいということしかなかったのだ。 くすくすと笑うロイの声すら、耳に届かない。 襟元をくつろげてみた。 その、瞬間だった。 パチッと、指を打ち合わせる小さな音がしたと思えば、一気に、帯締めと帯とがハボックの足元へと、衣擦れの音を立てながら滑り落ちたのだ。 「なっ、あ、ロ、大佐っ、あんたねぇ」 何を考えてるんだと、ロイに詰め寄ろうとして、ハボックは、 「っ、わぁ………」 帯に足を取られて、バランスを崩した。 「はい。おつかれさん」 今にも鼻歌を歌いそうなほど上機嫌のロイの顔が目の前にある。どうやら、ロイに救われたようだ。が、同時に、掬い取るようにからだを返されている。背中に、ロイの腕を感じる。ハボックは天井を向いているのだ。 鼻の頭に音たてて触れるだけのキスを落とされ、ボッと、ハボックの顔が真っ赤になった。 「いやぁ……やはり色っぽいね」 悦に入ったような、感に堪えない風情のロイの声。 ハボックにとって、鏡がないのが幸いだ。絹の茜色が、ハボックの肌を引き立てる。躍起になって脱ごうとしたせいでくつろげられた襟元が、うっすらと赤く染まり、なめらかさを強調している。 とんでもない感想まで独り語ちるようにささやかれて、ハボックは身の置き所に窮した。 もがくが、帯や袖が絡みつき、身じろぐことが難しい。 「あ、あんたはっ、あんたわっ」 (こんなことがしたくて、手間暇かけたんですか) そう言いたいのに、あまりのことにことばがつむげない。 わなわなと震えながら、ハボックは、ロイに抱き上げられる。 連れてゆかれる先など、考えるまでもない。 「ヤですよ」 必死だった。 「なにがだね?」 袖が絡んでなければ、腕を振り上げるのに。 ふるふると、唯一自由になる首を横に振る。 「大丈夫。やさしくしてあげよう」 とどめのせりふに、ハボックの口から絶叫が放たれた。 寝室のドアを閉じる寸前、ずるりと、帯が床の上にとぐろを巻いた。 おしまい
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あとがき
何がしたかったかというと、例の「あーれー。ごむたいな」というヤツなのですね。が、玉砕。ここまでが限界ですな。ちょっと外した気もします。精進精進。
えと、右鷹有機さまよりいただいた、お年賀メールにお礼のメールを出したとき、いただいたイラストに触発された妄想を書かせていただいたというのが、きっかけです。書き逃げだったので、一度きっちり書いてみようと目論んだのですが………このていたらく。季節ものだと思うので、アップ。
少しでも楽しんでいただけると、嬉しいのですが。