金の箱銀の箱 |
ある日のことです。 ロイ・マスタング大佐は、お友達のマース・ヒューズ中佐のおうちに、出かけてゆきました。 中佐の愛娘エリシアちゃんのお誕生日におよばれしたのです。 家族を何よりも大事にして自慢をする中佐のことですから、なにがあろうと欠席するわけにはゆきません。ええ、後で何を言われるかわかったものじゃないからです。嫌味を言われるならまだしも、エリシアちゃんと奥さんのグレイシアさんとの自慢話をえんえん聞かされるはめになるのだけは、正直勘弁してくれ〜な、大佐だったのです。 さて、大佐は、手に真っ赤な薔薇の花束と、ポケットの中に小さな可愛い箱をいれて、森の中の細道をすすんでいました。真っ赤な薔薇は、中佐夫人のグレイシアさんへの、大佐の心づくしです。一方小さな箱の中には、まだ幼いエリシアちゃんへの、プレゼントがはいっていました。およばれしたのですから、当然ですよね。 どれくらいすすんだでしょう。 「ちょっと一休み」 道端の切り株に座って汗を拭こうとして、ハンカチを出した瞬間、プレゼントの箱が、転がり落ちてしまったのです。 さあ、大変です。 とっさに手を伸ばしましたが、届きません。 切り株の向こうは、傾斜になっていて、気持ちいいくらいころころと箱が転がります。その先はといえば、小さな泉が滾々と湧いているばかり。 水に濡れては大変だと追いかけた大佐でしたが、タッチの差で、箱は泉に落ち込んでしまいました。 まぁ、このときまでは、それでも大佐はさして慌ててはいませんでした。なぜなら、小さな泉は、透明で、見る限りでは底もそんなに深くなさそうでしたから。 しかし、それが大きな勘違い。 腕まくりした大佐がどんなに底をさらおうと、箱らしきものは見つかりません。 (やばい、ヒューズのヤツに殺される) ものは、彼の愛娘へのプレゼントです。しかも、今日は、エリシアちゃんの誕生日。誕生パーティーに、プレゼントなしでおよばれしようものなら、どんな嫌味やねちっこい嫌がらせが待っているか知れません。 泉のふちにへたり込んだ大佐が、魂が抜けたように空を仰いでいると、 「大佐」 と、声がかかりました。 しかし、今の大佐には、声は届かないようです。 「大佐!」 先ほどよりも厳しい声が、響きましたが、まだまだ、大佐は腑抜けのように脱力したままです。 しばらくの沈黙の後に、突然、平和な森に銃声が三発響き渡り、慌てた鳥の羽ばたきの後に、森が静まり返りました。 「ロイ・マスタング大佐」 銃を手に、泉の真ん中に浮かび上がる、金髪の女性が、にっこりと微笑みました。 女たらしと有名税を持つ大佐は、女性を認めたとたん、 「これは失礼を、ミズ?」 「私は、この泉の女神です。名前は人間に発音が無理ですから、申しません」 きっぱりと拒絶されました。 「では、泉の女神が、私に何の用なんです?」 いくぶんがっかりしながら、大佐がそう訊ねると、 「あなたが落としたのは、金の箱ですか、銀の箱ですか?」 と、いつの間にか拳銃に代わって、金の箱と銀の箱をそれぞれの掌にのせているではありませんか。 「いえ、箱が大事なわけではないんですが。それに、私が落としたのは、普通の、ピンクの包装紙でラッピングして黄色いリボンでデコレイトした、ちょうどそれくらいの大きさの箱なんですよ」 「そうですか」 なんとなくそわそわとしはじめた泉の女神に、 「どうしたんです?」 「困りました」 「なにがです?」 「その箱は、水に溶けてしまいました」 女神が泉の中から取り出したのは、ぼろぼろにふやけた、箱と包装紙の残骸です。デコレイト用のリボンも水を吸って、哀れなありさまです。 「女神なら、魔法を使えるのでは?」 そう突っ込む大佐に、 「魔法を使えるのは、魔女や魔法使いです。私は女神。女神が使えるのは、奇跡だけです」 「……そういうもんなんですか」 「そういうものです」 胸を張る女神に、 「でしたら、泉の中から、ダイヤとプラチナのピアスが入っているピンクのシェル型の箱を探してください。さっきも言いましたが、大事なのは、なかみなんです」 「ダイヤとプラチナ………ですか」 これには、女神も困りました。 昔なら、金と銀で、困っているひとは大喜びでした。しかし、価値の多様化してきた現在、プラチナとダイヤがどれだけ高価なものか、女神には金銀より高かったということしかわからなかったのです。 「無理なんですか?」 大佐とて、困っているのです。大切なお友達のお子さんへの、プレゼントをなくしてしまったのですから。 かっくりと肩を落とした大佐の姿に、女神もほだされたのか、 「もうしばらくお待ちなさい」 そう言って、大佐の前から姿を消したのです。 しばらくして再び姿を現した女神は、不思議なものを抱えていました。 「ち、ちょっと、女神さまっ。なんだって俺が、こんなカッコーなんすか」 じたばたと女神の手の中で暴れているのは、金の髪に緑の目の、背の高い男です。 「それは、おまえが不心得だからですよ、ジャン・ハボック」 女神の褐色のまなざしでにらまれて、ジャン・ハボックと呼ばれた男は、シュンと小さく縮こまりました。 「その男は?」 「これは、泉の住人なのですが、泉の掟を破って落し物を私物化しようとしたのです」 「だから、違うって、さっきからそー言ってんでしょうが」 「泉の掟では、落し物は、女神である私が落とし主に返すか返さないかを決めた後で、住人たちの好きにしていいとあります。なのに、ジャン、あなたは、この方の落としたものを、自分の住居と餌にししてしまいましたね」 「だって、女神さまだって……」 「おだまりなさい」 「はい」 にっこりと笑って脅されたジャン・ハボックは、ますます小さくなります。それは、まるで、敵に襲われている小魚のようでした。 「さて、ロイ・マスタング大佐」 「はぁ」 「申し訳ありませんが、ピアスはジャン・ハボックのお腹の中です。ですから、金銀の箱に、お詫びとして、ジャン・ハボックをつけてさしあげます」 「はぇ?」 それでは――と、言うだけ言うと、女神はジャン・ハボックと金銀の小箱を大佐に押し付けて、消えてしまいました。 「もしもし、女神。おーい」 大佐が呼べど叫べど、女神の姿が二度と現れることはありませんでした。 さて、大佐が「プレゼントに金銀の箱をあげれば、まぁいいか。なかなか手の込んだ細工だしな」と、気を取り直したとき、ジャン・ハボックと呼ばれる男は、まだ放心状態でした。 なんとなくそのようすが微笑ましくて、かすかに開かれたままのくちびるに、くちづけを落としてみました。 「ふ…む。わるくない」 やわらかなくちびる、すべすべの頬。 顔中にキスの雨を降らされて、 「な、なにしてんすか」 やっと正気に戻った男が喚きます。じたじたと暴れても、なぜだかお姫さま抱っこから逃げられません。いつまでも暴れるのがわずらわしく思えたのでしょう、草の上に横たえられて、硬直したハボックの耳に、 「ジャン・ハボック」 どこか甘い響きをしのばせた声が届きます。 「おまえの、ここ……」 「や、やめっ」 「ここに、プレゼントはあるんだな」 腹部をつーっと大佐のひとさしゆびが滑ります。 くすぐったさに身をよじっていたハボックは、 「掻っ捌こうか」 そのことばに、真っ青になって首を振りました。 「いや?」 「や、やめてくれっ」 腹を割かれたら、死んでしまいます。 「でも、あれ、高いんだよ」 「な、なんでもする、からっ」 なみだ目で大佐を見上げたまま、ハボックが必死にことばを操ります。 「ほんとうに?」 黒い瞳が、面白そうに自分を見下ろしていることにも気づかずに、ハボックは首をぷんぷん縦に振りたてます。 「わかった。じゃあ、掻っ捌くのはよそう。かわりに」 再びアップになった大佐の白い顔に、ハボックの思考が空白になります。 そうして―――― 「や、だっ」 後には、ハボックの、途切れ途切れの悲鳴。 そうして、大佐のひとの悪そうな笑い声が、クスクスと響きます。 その後、ヒューズ家に遅れた大佐が、ジャン・ハボックという連れの青年を恋人だと紹介するのは、また別のお話―――に、なるのかな? おしまい
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あとがき
妙な、変な、落ちてない小話。……自分への誕生日プレゼントでした。
こんなお話ですが、少しでも気に入ってくだされば、ご自由にお持ち帰りください。もし仮に、うちのサイトでアップしてやろーじゃないかというかたがいらっしゃれば、壁紙だけは変えてくださいね。
あんまり、自信はないですが、まぁ、少しでも楽しんでいただけると、うれしいです。