心地好く秘密めいたところ |
「今日は爆発しちまったな」 時限装置の針が振り切れた。 「エンヴィのヤツ、なんかあったかな?」 心配していないわけじゃないが、エンヴィを害できる人間なんて、そうそういないに違いない。 「ほぼ無敵なんだもんな」 空を仰ぐ。 今日は新月――― ジャン・ハボックという仮の身が、ほんの数時間だけジーナ・セポーに戻れる夜だった。 「ま、今回は私の勝ちだから、次に彼に会えるときに期待しよう」 どんな遠方で、困難な計画を手がけていても、月に一度、新月のこの時にまでは、ジーナのところにやってきて、ジャン・ハボック少尉に戻してくれる。できなければ、エンヴィの負け。何でもジーナの好きなものを奢ってくれる。ゆえに、逆もまた然り。 それは、エンヴィとジーナふたりだけの約束だった。 「問題は、こっからどーやって帰るか――だよな」 首を鳴らし、肩を叩く。 冬に戻ったかのような寒さに、人っ子一人いない公園である。司令部に程近い公園を突っ切って帰ろうとして、やばい――と感じた。刹那、手近の潅木(かんぼく)の繁に飛び込んで、変容をやり過ごした。 ジーナとジャンの身長差はほぼ二十センチ。横幅も細身ではあるがそれに見合うだけ、体格差がある。 「有給がとれなかったから、やばいなとは思ってたんだが」 春とはいえまだ手放せないでいた、冬のコートの前をかき寄せる。だが、いかんせん、どの着衣も大きすぎた。 「一歩も歩けやしねぇ」 袖を折り捲くり上げ、裾もまた捲くる。ズボンのベルトをからだの前で玉結びにし、黒のTシャツをウエストから出す。その上からもう一度コートを羽織った格好は、 「戦災孤児とか浮浪者ってかんじか?」 自分を見下ろして、ジーナの赤いくちびるから、溜息が押し出された。 「さーて、どーすっかな」 思い切りよく吸い込んだ最後の煙を吐き出し、ジーナはタバコを携帯用灰皿にもみ消した。 繁から顔を覗かせて、周囲を確かめる。 要所要所を照らし出すライトの灯りで見えるかぎり、人影は、ない。 「このままじゃ風邪ひいちまいそうだ」 ぐだぐだ悩んでいてもしかたがない。 ジーナが潅木の繁を抜け出したときだった。 「お嬢さん、お困りのようですね」 突然の、明るい声。 唐突に目の前に現れた見知らぬ人物に、ジーナの目が、眇められた。もっともそれは、一秒にも満たないわずかな瞬間に過ぎなかったが。 すぐさま、ジーナの形良い口角に、笑みが刻まれた。 「それ、誰? エンヴィ」 ジャン・ハボックと同じくらいの長身の、一癖も二癖もありそうな、二十代も後半くらいに見える男の姿をしたものが、エンヴィだと、即座に看破していた。 にやり―――どこか人が好さそうに見えていた厚めのくちびるが、ひとの悪そうな笑みを形作る。 「もう少し、こう、焦って欲しかったんだけどさぁ」 少年の口調が、男のくちびるから、こぼれだす。 「むーり。これまで、わたしがあなたの変装を見破れなかったことがあった?」 クスンと、エンヴィが喉の奥で笑う。 「そーれが不思議なんだよな。ジーナ。なんでわかるんだ?」 「さあ。なんとなくかな」 「おまえがあっち側じゃなくて、よかったよ」 ジーナとエンヴィが顔を近づけて、笑い交わす。 それは、やがて、いつしか甘いくちづけへと変化した。 どちらからともなくくちびるが離れた。 潤むジーナの緑色のまなざしを見返しながら、 「これからどこに行くにしたって、おまえのその格好じゃ目立ちすぎだな」 エンヴィがささやいた。 「ちょっとまって、ベルトゆるめるから」 ベルトの結び目をジーナが解いた瞬間、目にも鮮やかな錬成光が辺りを照らし出した。 光が消えた後には、丈の高い、金髪の青年将校の姿。 「よし。じゃあ、ハボック少尉、今夜はオレの奢りだ。好きなだけやってくれ」 年相応な口調に戻り、エンヴィが、まだ息の整わないジャンの背中を抱き寄せた。 ふたりの青年は、気心の知れた友人同士といった雰囲気をまとわりつかせて、公園の奥の闇へと消えていった。 冬に戻ったような、とても寒い新月の夜の出来事だった。 この一部始終をわずかも洩らすことなく見ていた目があったことに、ジーナは遂に気づくことがなかったのである。 2
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あとがき
とんでもない間違いを一箇所訂正。
《気心の知れない友人同士》ってどうよ? いくらなんでもめちゃくちゃな間違いだってxx 失礼しました。それと、ラストの段を前から切り張り。やっぱりこの位置のほうが落ち着くみたいです。
連載苦手なんですが、小出しに。今月ちょっと更新がやばそうなので、苦肉の策です。ご容赦ください。
ジーナを気に入ってくださってる方もいるようなので、ちょこちょこ書いてたんですね。ここから後は、直しがたくさん入る予定なので、自分でもどうなるのか、さっぱり。
それはともかく、ジーナに戻るのが新月の夜だけという設定なものですから、お月さまとジーナという組み合わせが使えないのが、寂しいのでした。
あと、タイトルは、創元推理文庫にある同名の小説のを借用しました。内容は、まるっきり別物です。
それでは、少しでも気に入っていただけると、うれしいんです♪