衝撃の朝

 困った。
 何が困ったって、大佐が―――東方司令部に隠れもない、焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐殿のことだ ―――セントラルに移動が決定したことだ。
 いや、それは、大歓迎だ。
 大佐が移動ってことは、部下であるオレもセントラルに移動だからだ。
 大佐腹心の部下って、オレを含む五人のことだ。
 ホークアイ中尉だろ、ブレダ少尉だろ、ファルマン准尉にフュリー曹長――そして、オレ。ジャン・ハボ ック少尉だ。
 大佐のことは尊敬してるし、このひとになら最後までついていこう――そんな決意も持っている。
 んなこっぱずかしいこと、口にゃーださねーがな。
 んでもって、そういうひととセントラルに移動できるってことは、本来なら、大歓迎なんだ。
 そう! 本来ならな。
 で、何が問題かってーと、つい最近、彼女ができたばかりだったりするんだな、これが。
 大佐殿は、
『別れろ。セントラルで新しい女をつくれ』
と、即大声で切って捨ててくれたうえ、
『付き合い始めたばかりなら愛情も薄い。
 よかったな、傷が浅くて済んだぞ』
 などと、高笑いしてくれたが、そう簡単にいきゃーなやみゃしねーって。
 あのひとは、基本的に選り取りみどり、女に困ったことねーからああ言ってられんだよ。
 くっそー!
 大佐のやろう!
 雨が降ったら無能のくせしやがって!
 ぶちぶちと内心で文句たれながら、道を歩いていた。
 ちょっと気が強くてそこが可愛い、シャルミラちゃん。
 褐色の肌に、淡いブロンドの腰までの髪がキュートなのだ。
 なんとなく、彼女と所帯をもてたらいいなーなどと、妄想をしはじめた矢先のことなのだ。
 恥ずかしがり屋で、まだキスどまりだが、それでも、プロポーズしたら、褐色の頬を染めて、うなづいて くれるだろう。
 焦るなオレ!
 まだだ。
 プロポーズなら、やはり彼女の誕生日だろう。それが様式美というやつに違いない。
 まだまだ先の決行日を、それでもオレにしてはかなり緻密にシュミレーションしていたのだ。
 それをっ!
「くそっ」
 手にしたままだった、それを、軽く放り投げ、きらりと夕日をはじいて落ちてきたところを、腹立ちまぎ れに蹴たぐった。
 小さな飾り石のついたそれが、大きな放物線を描いた。
 その先に、
「げっ」
(やばい)
「そこのっ」
 いくら小さいとはいえそれのほぼ落下地点に、夕焼けに黒々と際立つ人影があった。
 びっくりして動けないのか?
 駆け出したオレは、次の瞬間、我が目を疑った。
 落ちてくるそれを避けもせず見事にキャッチしたのは、
「大佐殿!」
 だったからだ。
「危ないだろう、少尉。下にいたのが私だからよかったようなものの、民間人だったらどうするね」
 あきれたような顔をしてオレを見ている大佐殿は、見事な夕焼けを背負っている。
(赤が似合うよな………)
 なんとなくそんなことを考えていると、
「どうした、謝罪もなしかね」
 たたみかけてきた。
「すみません」
「どうした、いつもの少尉らしくないが。なんかあったのか?」
「はぁ」
 さすがに、上司に向かって、あんたが原因だよとは言えまい。
 あんたが持っているもののせいだ―――くらいは、大丈夫な気もするが。
 あんたの転属のせいだと、喚きたい気分ではあるのだが。
 それくらいで切られる首でもないだろうが、さすがに、な。
 煮え切らないオレに、業を煮やしたのか、
「ほれ、こい。いつまでもでっかいのがそんなとこに突っ立ってると通行の邪魔だ。第一みっともない」
と、オレの腕を掴んで大佐殿は歩き出したのだ。
  「ちょ、ちょっと、大佐殿っ」
   焦ったオレに、
「酒をおごってやろう」
 にやりと笑って、そう言った。
「け、けっこうですっ」
 実はこのひと、酒に飲まれるたちじゃないが、本質はかなりな絡み上戸だったりする。まれに、酒量を過 ごしたとき一緒にいたものは、たまらない。説教まで混じってくるからである。いくら奢りでも、説教はご めんだ。どうせ上司の奢りなら、最後まで楽しい酒のほうがいいに決まってるじゃないか。
 そう思って遁走しようとしたが、大佐殿の握力は案外強い。一度握ったものは、大佐殿がその気になるま で二度と放さない。
 オレより背が低いくせに。
 デスク・ワークメインの管理職のくせに。
 そう思っても、後の祭りだった。



◇◇◆◇◇



 東方司令部のあるこの町にも、一応は高級将校御用達のサロンなどというものが存在する。しかし、そん な洒落たものは、オレには向かない。第一、縁がない。
 それを知っているのだろう、大佐殿が俺を引きずって行ったのは、下町にある居酒屋だった。
 雑然としたにぎやかさが、心地好い。
 さっそく隅に陣取って、勧められるままにビールのジョッキを空にした。
「そういえば、こんなものを捨てたりして、いいのかね?」
と、大佐がポケットから取り出したものは、小さな石のついた指輪だ。
 せっかく忘れてたっつーのに………。
 テーブルになつきたい気分だった。
「……よければ差し上げますよ」
「ほう………」
 瞬間、大佐の瞳がきらりと光ったのを見たような気がした。
 大佐が灯に翳しているのは、オレの給料の数か月分。
 雀の涙ほどのたくわえをすべて掻き集めて買った、所謂、婚約指輪だ。
 シャルミラちゃんに受け取ってもらえなかったそれは、いまや無用の長物どころか、毒を吐いて近づくも のを殺すという石だ。
 ジャン・ハボック一世一代のプロポーズは、完敗に終わったわけである。


 そうして―――――
 どれくらい酒を飲んだのか。


   オレは、今の自分の状況がわからない。
 いや、わかりたくない。
 起き抜けに放った絶叫のせいで、こみ上げてくるのは、昨夜の酒だ。
 しかし、それ以上にオレをおののかせているのは、信じられない――いや、信じたくない箇所の痛みだっ た。
 そうして、この朝一番の衝撃といえば、オレの隣で笑っている、大佐殿の存在だろう。
 朝の日の光が、カーテンの隙間から差し込んでいるのは、大佐殿の部屋らしい。
 さらさらとした肌触りのシーツ。
 こうして隣にいるのが、シャルミラちゃんだったら―――
 現実逃避は、大佐殿にさえぎられた。
「ああ、少尉からのプロポーズ、承知したよ」
「は?」
 大佐殿の台詞をオレが理解しかねている隙を突いて、大佐殿の整った顔が視界いっぱいになった。
「!」
 デ、ディープキス――――
「この指輪、私には小さすぎるようなのでね。今日にでも、サイズを直してもらうことにしよう。デザイン もちょっとね」
 そう言ってベッドから抜け出した大佐殿は、素っ裸だった。
「セントラルに行くまでに籍だけでも入れておこうか」
 そう言うと、大佐殿は、シャワーを浴びに部屋を出て行った。
 オレは、あまりの腰の痛さに、動けないまま大佐の背中を見送るよりなかった。


 ジャン・ハボック二十とウン才。
 よもやオレの人生に、こんな不条理なことが起きるとは、考えたことなどありもしなかった。


おしまい
from 9:40 2003/11/13
to 20:58 2003/11/13
あとがき

 す、すみません。
 ほんの出来心なんです〜。
 気がついたら、おそらくはマイノリティだろう“ロイハボ”でした。
 きっとネックは、主人公の年齢ね。年下攻めだろうが年齢差だろうが、読むの好きなんですが、自分が書 くとなると受け側が15才というのは幼すぎるらしい。こ、これは、『ヒカ碁』の時と同じ現象だ。う〜ん 。
 ハボック少尉がへたれになってしまいました。
 ロイさんも変人だ。なに考えてんだか。
 す、少しでも楽しんでいただけるとうれしいんですが、ど、どうなんでしょう?
 ひ、顰蹙ねた?
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