体温

 なんでだろう―――と、思う。
 しがみついてしまう。
 触れ合っているところから伝わってくる体温に、なにかが解け、ほぐれてゆくのがわかる。
 どうしよう―――と、だからこそ、惑うのだ。
 オレハコンナニ弱カッタロウカ?
 この熱を、オレは手放せない。
 たとえ、アルに何となじられようとも―――――



◇◇◆◇◇



 はじまりは、雨。
 アルと喧嘩をして、滞在中の宿舎を飛び出した。
 今となっては喧嘩の内容など覚えていない、そんな、ささやかな、兄弟喧嘩に過ぎなかった。
(あめ………)
 顔に、落ちた、ひとつぶの、雨のしずく。
 つられるように空を見上げた。
 どんよりと重鈍い灰色の空。
 白い息が、空に吸い込まれてゆくかのようだ。
 寒い―――と、思った。
 ぼんやりとしている間に、降りはじめた雨が、雨足を早めてゆく。
 行く当てといえば、図書館ぐらいだったが、あいにく、今日は休館日だ。
 まだ早い時間だというのに、この寒さにか雨にか、人の影とて、見られない。
 アルの顔は見たくなかった。
 アルの顔―――
 昔と変わらない、幼い声。
 肉体がないということが、アルの精神的な成長をまでも止めているのかもしれない。
 ―――それは、思い過ごしだ。
 時によっては、アルは、自分などよりもはるかに大人びた態度をとれる。
 しかし、何かの拍子に、聞きなれたアルの声に、不安がせりあがるときがあるのだった。
 そうして、それは、自分たちの犯した罪と課せられた罰の重さを思い出させるもので、いたたまれないような気になる。
   罪と罰との重さは、背負っている二つ名の重さでもある。
 ―――鋼の
「鋼の」
 不意に背後からかけられた声に反射的に振り返っていた。
「大佐………」
 黒い髪と、鋭利なナイフを思わせる端正な白い顔。二つ名に焔を背負う、国家錬金術師、ロイ・マスタング大佐だった。

「まったく、びしょぬれじゃないか。こんなに冷え切って、風邪を引いたらどうするつもりだね」
 東方司令部近くにある大佐の部屋に通され、バスタオルで水気を拭われた。
 スチームヒーターが室内を温めている。
 温かさを感じたとたん、全身が震えはじめた。
「さむい……」
「今頃何を言っているのかねぇ、このお子さまは」
 あきれたような大佐の声が降ってくる。しかし、“お子さま”呼ばわりに反発する気力もなかった。
「さ、風呂が沸いたようだ。震えがおさまるまで出てくるんじゃない」
 そう言うと、大佐は、部屋とドア続きにあるバスルームへとオレを押し込んだ。
 あいにくベッドはひとつしかなく、オレにベッドを明け渡すという大佐に、オレが意地を張った。挙げ句、セミダブルほどの広さのベッドに男ふたりで寝るはめになったのだった。
 外は、冬の雨だった。
 雨―――それは、ひとつのキィワードとなって、オレの悪夢を呼び覚ます。
   おさまらない、からだの震え。
「鋼の……」
 叫び飛び起きたオレを、大佐が抱きしめた。
 その人肌のぬくもりに、オレは、しがみついてしまったのだ。
 捨てられた赤子が、ようやく求めるぬくもりを得たかのように。



◇◇◆◇◇



 以来、オレと大佐とのそれはつづいている。
 おそらく、アルは知らない。
 知ってほしく、ない。
 体温を―――からだを取り戻したいと、そう願っているアルに、大佐の体温を感じているオレを知られたくはないのだ。
   けれど、一度手にしてしまった人肌のぬくもりを、手放すことも、オレにはできない。


 ―――兄さんに触れたいと、そう言ったアルの声を、振り払うように、オレは、大佐により強くしがみついた。



終わり
from 21:15 2003/11/12
to 22:09 2003/11/12
あとがき

 なんか、変な話ですね。
 雰囲気だけって感じになってしまいました。
 最初で最後のロイxエドかな?
 本当は、エドとロイさんの関係を知っちゃったアルが、エドを………って感じで萌えてたのですが、蓋を開けるとこんなになってしまいました。
 こんなのですが、これは、初書き『ハガレン』記念ということで、お持ち帰りオッケーです。ご自由にダウンロードをなさってください。もし仮に、ご自分のサイトにアップなされる方がいらっしゃるなら、すみませんが、壁紙だけは換えてくださいね。二次配布になりますので。それでは、ご笑納くださるとうれしいのですが。
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