北風と太陽





 冬枯れた田舎道を、ひとりの旅人が歩いていました。
 空は灰色で、周囲の田畑は枯れた草や乾いたむき出しの土ばかり。
 そんな景色の中、青年と呼んでおかしくないだろう年頃の、金の髪をした旅人は、雲間に顔を隠していた太陽と、いいかげん吹くのも飽きたなぁと小休止を決め込んでいた北風の興味を引きました。
「なかなか」
「可愛いな」
 互いの台詞に、北風と太陽は、顔を見合わせました。
「俺が先に見つけたと思うんだけど」
 北風、エンヴィがそう言うと、
「そんなこと、関係ないでしょう」
 太陽、ロイが、にっこりと笑って、返しました。
「ま、ね」
 彼らの眼下では、北風と太陽に気に入られたなどとは思いもしないで、少しばかり猫背気味に、背の高い青年が一歩一歩進んでゆきます。
 ざこざこと、編み上げたブーツが、硬く凍った土を穿ちます。
  「いいこと思いついた」
 エンヴィが、突然、空から急降下します。
「うわっぷ」
 突然の強い北風に、青年が、オーバーの襟元をきつく、掻き寄せました。
 裾が、エンヴィに煽られて、大きく揺らぎます。
 くすんだ色のオーバーの下から、鮮やかな青いズボンがのぞきました。
 ますますエンヴィが青年の周りをぐるぐる回るので、青年は今にも転げそうになりました。
 きょろと周囲を見渡し、ちょうど手近にあった針葉樹に近づき、幹に腕を回しました。
「う〜ん」
 足を組み、腕組みをして、エンヴィが空中から青年を見下ろします。
「なにがしたいんだいったい」
 ロイが、あきれたように、エンヴィに声をかけました。
「いや、オーバーを脱がしたいなって思ったんだけど」
「北風には無理だろう」
「じゃあ、太陽にはできるって?」
「まかせなさい」
 にやりと、ふてぶてしい笑みを貼りつけたロイが、指を鳴らしました。
 とたん、ロイは、冬の太陽にはありえないほどの灼熱を、まといます。
 雲が、慌てて、ロイの回りから、姿を消しました。
 自分のことで、北風と太陽とが悪巧みをしているなどと知る由もない青年――ジャン・ハボックは、突然照りだした太陽に、空を振り仰ぎました。青い目が、あまりのまぶしさに、細く眇められます。
 そのなんともいえない表情に、エンヴィが口笛を吹きました。
 しばし、ロイが、見惚れました。
 かっかと激しさを増す、太陽のプロミネンスが、ハボックの周囲の凍結を、溶かしてゆきます。
 足元から立ち込めはじめた蒸気に、最初のうちこそのんきに、あったかくなったなぁと思っていたハボックでしたが、やがて、
「冬だぞ、おい」
 独り語ちたと思えば、思い切りよく、オーバーを脱いだのでした。
「やった」
「ふふん」
 エンヴィとロイの見下ろす先で、汗をかきはじめたハボックが、オーバーだけではまだ暑いと、青い上着も脱ぎ、下から現れた、黒いTシャツまで、脱ぎました。
 なめらかそうでよく引き締まった、ハボックの上半身に、エンヴィとロイとがしばらく、見惚れます。
 木陰から空を見上げていたハボックでしたが、やがて、荷物から取り出した弁当を、食べはじめました。
   いつもは容赦のない北風が、さやさやとハボックの肌や髪に触れながらやさしくそよぎます。
 太陽も、上半身裸になった彼のために、すこしばかり勢いをゆるめます。
 しずかな、まるで春を飛び越して初夏になったような、気持ちのよい天気です。
 ハボックは目を閉じ、木に背もたれました。
 そうして、ひとつ大きく伸びをすると、そのまま、舟を漕ぎはじめました。

 さやさやと風がそよぎ、太陽がやわらかく降りそそぎます。

 もし、この場を通りかかった別の旅人がいたとすれば、彼、もしくは彼女――は、長い黒髪の少年と、短髪の男が、眠っている金髪の青年にかわるがわるくちづけている光景を見たかもしれません。


 思わぬ恩恵に、小鳥たちが、さえずり交わします。
 静かに、ただ静かに、冬の一日が過ぎてゆこうとしていました。

End
from 12:50 2004/05/30
to 18:45 2004/05/30

あとがき

 こんな内容ですが………少しでも楽しんでいただけると嬉しいですxx
 突然思いついたのはちょっと前。温めてたのですが、玉砕ですね。う〜ん。ただそれだけのお話ということで、ご容赦いただけるといいのだけれど。
 キャスティング、ミスかなぁ。エンヴィにしようかエドにしようか、悩んだんですけど、髪の色で、決定。ハボさんの髪を印象的にしたかったんですけどね………。

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