Eternal Queen
――Epilogue――



 部屋に戻る間も、部屋に戻ってからも、とにかく高遠は機嫌が悪かった。
 一はこんなに腹を立てている彼を見たことがない。
 いつも落ち着いているのが当たり前だと思っていた。余裕の無さが外面に現れるなど。
「あ、あのさ………」
 何でそんな怒ってんの?と愛想笑い(大分引きつっていただろうが)で問うた一は、向けられた視線の強さに怯んだ。
 殆ど睨み付けるようで。
 まるで喉元に刃物を突き付けられたのと同じで、一は反射的に謝った。
「ごめんっ!俺全然考えてな………かった訳じゃないけどタカくくってたトコあったかも」
 勢い込んで続く言葉を、ひやりとした手が塞ぐ。
「莫迦な事言わないでください。君が悪い訳ないでしょう………」
「えー………いや、油断したっつーか」
 それでももごもご喋っていると、やっと雰囲気が和らいだ。
 珍しく乱暴に力を込めて腕が締まり、その強さに一はぐ、と息を詰まらせる。見た目に添わず案外馬鹿力なのである。
「本当に素直で可愛らしい人ですね」
「ゲホっ」
 加えてこういう言葉を平気でぽこぽこ喋るので、大変に困るのだった。
 思わずむせ込んだ一は照れまくって離せやいとばかり猛烈に抵抗しだしたが、直に諦めて手を下ろす。
 なあ、と呼びかけて、ちょっと間を置いて、一はもう一度謝った。
「心配かけて悪かったよ」


 この夜中、起きているのは当直のクルーと僅かに眠らぬ者達だけ。
 部屋にあるのは船のエンジン音だけだ。今夜は凪らしく、波も遠い。


「船に来たときの事を覚えていますか?」
「へ?」
「私は気を付けるようにと、君に言って………自分にもそう、言い聞かせて。
 それでも結局こんな目に遭わせてしまったから」
「いやそれは………しょうがないんじゃないの」
 一は自分に腹を立てられているのではないと知ってホッとしたが。
 逆にうーん、と考え込んでしまう。
 高遠の声や目に滲むのは、後悔だった。責任を感じているのだろう。
(多分この人、俺みたいに『ま、いっか』なんて思考には至らないんだろうな…)
 自分がまれにみる御呑気人間であることを自覚している一は、苦笑しながら見た目よりしっかりしている肩に腕を置いた。
 そのまま凭れて、頭を預ける。
 感謝と、それとはもっと違う感情を、相手のように簡単に伝えられる性格だったらなあと思う。
 どうも、今ひとつのところで言葉が足りない。
 上手く伝えられればよいのだが。


 一はふと思いついて、軽くキスしてみた。
 機嫌が良い時に、高遠が辺り構わずやるアレである。一度など本気で怒ったが、直された試しはない。
 驚いたように開く目を手で覆い、今度は少し長く。
 凍り付いたように動かない身体が僅かに震え、躊躇いがちに舌が触れた。薄く開けた唇を割って入り込んでくる。
 一度許してしまえば、後は流される。任せてしまっていた。
 好き勝手をされて本当に腹が立つ事はない。多分、自分は甘えているのだろう。
 今は、押し返すように強く力を込める。




 普段の逃げ腰が嘘のようなその態度に、高遠が戸惑ったのは一瞬だった。
 余計な力を抜いて、一がやりやすいよう身体をずらす。
 服を剥ぐでもなくゆっくりと背を撫で、したいようにさせている口元は笑っていた。
 苦笑、である。
 あからさまな苛立ちで同情をかった自身が滑稽なのだ。年甲斐もなくと苦い思い。
 反面嬉しくもある。


「………私はね、君が否と言う事を恐れるぐらいには………臆病なんですよ」
 唇が離れた一瞬をついて言うと、一は眉を顰めて返答した。
「言わねえよ」
「だからとても嬉しい」
「………ッ」
 それ以上言われたら、反射的に殴ってしまいそうだ。どうせ照れ隠しなのだが。
 一はギリギリの所で止めていたが、気を取り直して作業を再開した。
 震える手では、ボタン一つ外すにも幼稚園児並みに時間がかかる。




* * * * *




『えー、あー、うー』
 予定表を片手にああでもない、こうでもないと唸るブレイズは、呑気に朝食を堪能しているバートラムを睨み付けた。
『おい………』
『心配せずとも大丈夫だよ。遙一はプロだし』
 その名に夕べの剣幕を思い浮かべたブレイズは、青い顔色で眉を寄せる。
 彼の記憶の中に、あれだけ怒りを露わにした高遠は居なかった。
 もっともバートラムは涼しい顔である。
『それに彼も居るじゃないか。機嫌直して今に此処へ来るさ』
 余裕というか楽天主義者というか。
ブレイズは苦々しい思いで乱暴にカップを空けた。
 今回のツアーは、高遠のショウをメインに組み立ててある。
 普段はワガママとか気まぐれと遠い位置にある相手だが―――
 一人だけドツボな人間が居る。
 その少年が危ない目に合い、死にかけ、グデグデになった時点でブレイズは生きた心地がしなかった。
『あんなになるって、あんたは承知してたのか?確信犯か?』
『まあ、予想はしていたよ』
『………』
『いいんだ』
 相手が良いだろう?彼は上手くやるさ。年齢の割にとても賢いんだ、とにこにこ笑顔で続けるこの男の頭にオレンジジュースを搾りたくなってしまったブレイズは。
 しかし、その僅か数分後にこのオーナーの見る目が確かであると思い知った。
『おはようございます』と部屋に入ってきた高遠は、これまた見たこともない上機嫌だったのである。


『おはよう遙一。いい朝だねえ』
『ええ本当に』
 平然と挨拶する雇い主の神経を疑う間もなく。
 高遠ににっこりと笑いかけられ、ブレイズは引きつり笑いを返す。
『打ち合わせを始めましょうか』
『はっ…張り切ってるな………遙一………』
 朝っぱらから異様な気合いを入れている相手を朝食の席に誘いながら、あれこれ走り出しそうになる推測を寸前で止める。
 何をそんなに嬉しいんだ、と聞きたいような。
 聞きたくないような。
 とりあえずこれだけは聞いておかないと不安だ………と無理矢理口を動かす。
『一の様子は………どうだい?』




 動けなかった。
 入れるだの洗うだの、終いには一緒に入るだのと主張した男を無言と拳で追い払い、一はバスタブの中で唸っていた。
 ありとあらゆる場所が怠い。まず顎が痛い。慣れない事をしたせいだ。
 足も痛いし、膝も感覚が無くなっていた。湯の中でゆっくり伸ばすと、筋が引きつれるような感覚がする。
「まだ……ってる気が………」
 正直、ここまで徹底して疲れ果てたのは初めてだった。
 動かない相手というのは新鮮だったが、自分のペースでというのは思いの外大変である。
 こりゃ慣れだ、数こなさなきゃ無理じゃねえか………いやその前に体力の問題が。
 色々勉強にはなったものの、その為に努力などという間の抜けた事をするつもりはない。
 次回からは是非、協力して頂きたい。
「………うー」
 いや、違う。次回と言わず半分目ぐらいで協力して頂いた。だから余計に疲れているのである。


 ふちにしがみつきながらようよう立ち上がり、浴室を出る。
 タオルにくるまりながら壁伝いに進み、日の当たる窓際のカウチに横になると、眠気がどっと意識を押し流してくる。
(起きたらなんか食おう………)
 実にらしい思考で締めくくった一は、心から安らいでいた。
 其処は自室の狭いシングルを思い出させるような丁度良いスペースだったからだ。

END
up 2004/04/15

あとがき

『妄想道場』の一太さまよりいただきました。
 エピローグを頂いちゃいました!
 とってもとっても嬉しいです。
 はじめちゃんが、はじめちゃんが、たかとーくんを慰めてますよぉ!!! 自分からです。うわ〜うわ〜素敵過ぎてことばがありません。
 清水の舞台から飛び降りただろうはじめちゃんに、しっかり癒された高遠くん! 翌朝のにっこりな高遠くんに、しっかり引きつったブレイズさんの反応こそ正常だと思う人! どこの世界でも、ひとのいいヤツが割を食うんですねぇ。しみじみvv
 一太さん! と〜っても素敵なエピローグ。ほんっとにありがとうございました! ← 力いっぱい! 家宝にしますです♪
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