overload




最初はほんの些細な事。
時間が合わなくなり、待ち合わせが少しキャンセルされる。
次第に連絡がつき難くなり、気付けば顔を合わせていない日々。
塵の様な違和感が積もってゆく。

まただ。
虚しくコールを続ける携帯を閉じ、眉間を軽く解した。
事件が長引けば不在が続き、恋人との時間も必然的に減る。
それにしても、連絡まで取れないとは。
不在ではない。
用事を作り彼の自宅に行った時、何も無いように元気だった。
その時、ふいにした甘い匂い。
醜い嫉妬と不安が入り混じる複雑な感情を軽く舌打をして吐き捨てた。
それから数日後、制服の彼が見知らぬ少女と楽しそうに店で談笑しているのを見かけた。
幼馴染の少女とは違う。
それはまるで恋人のように。
不安は確信へ、確信は嫉妬へと変貌を遂げる。

「最近、連絡が付かないのですね」
「あ、うーん、そうだったかな」
歯切れの悪い返答に、不機嫌を隠しもしない。
「そんな顔すんなよ」
「何処に行っているのですか?」
「何処って、かわんねーよ。
ゲーセンに本屋に、後は」
「甘い香り」
彼の言葉を遮る様な一言に大きな瞳が一瞬揺らぐ。
「裏切るというのなら覚悟をする事ですね」
「は・・・何言ってるんだよ」
「甘い香り、出ない携帯、キャンセルされた待ち合わせ。。君は何を言い訳する気ですか?」
あの少女は何者だと喉まで出掛かった言葉を敢て飲み込む。
一番聞きたい事には鍵をかけて。
「あ、あんたこそっ」
「私?何ですか?」
君は突然言葉を切って顔を伏せる。
「俺じゃなくても良いならもうやめてくれ」
もうやめてくれ。
そう、君は。
そういうつもりなんですか。
抑えてきた感情が背筋を這い登り、彼の顎を掬う。
「へぇ・・・私から離れるなど考えない方が賢明です」
「なっ!何様だよアンタ!」
顎を固定した手を渾身の力で振り解かれる。
その手首を素早く捕まえ、些か乱暴に床に押さえつけた。
「君の恋人なんですよ、生憎ね」
それだけ言うと。
唇に血の滲む口付けと共にペットボトルの水を流し込む。

彼の着衣を手際よく肌蹴け、上着を絡めて手首を一纏めにダイニングテーブルの足に縛り付ける。
暴れる躯押さえつけ、抵抗が無意味な事を知らしめた。
程なく勢いよく蹴り上げてきた足、腕が震え呼吸が上がり始める。
「く、るし・・・」
「案外早いんですね、体質かな」
「何・・・」
先程のペットボトルを軽く振る。
大きく見開かれた瞳で事態を悟った事を読み取る。
動きの鈍くなった躯に優しく手を添えて微笑む。
いや、微笑んだつもりだ。
「や、やめて・・・」
「悪い子は覚えるまで教えないといけません」
もう薬で全身が熱いのだろう、震える体をくねらせて悶える。
理性で制御できるギリギリの合法薬。
強く結ばれた目尻に涙を湛える姿に嗜虐心がそそられる。
再度口唇を重ねた途端勢いよく噛み付かれ、すんでのところで離れた。
「っとと、危ない、危ない」
鋭く睨み付け、まるで獰猛な動物を調教するようだ。
優しくその躯を撫でる。
途端に細い悲鳴を上げて背を仰け反らせた。
予想以上の反応に思わず笑みが零れる。
その笑みを見て彼が下唇を噛み締めた。
「駄目ですよ、唇が傷になってしまうでしょう?」
色づく先端を軽く舐めると、敢無く悲鳴で口をあけた。
「も、やめ・・・」
「君がきちんと覚えたらね」
「なに・・・を・・・?」
「何を?君の恋人が誰かという事を」
「いま・・さら・・・」
上がった息で切れ切れに紡ぐ言葉が妙に妖艶だ。
「ぅん・・・ん・・んん・・・」
彼の中心が既に熱く痛いほどに腫れている。
触れられる訳でもなく、自分で触れるわけにも行かずただ私の視線に曝される。
それが羞恥心に火を付けたらしい。
両膝を擦り合わせるように閉じる仕草に、手をかけて強制的に開かせる。
「良い眺めですよ」
「やだ・・・や・・・もう・・」
「イキなさい」
私の声と同時に極まった悲鳴と白濁を撒き散らし、涙が零れ落ちた。
その痕を丁寧に拭う。
「私以外感じられない躯にしてあげましょうか」
やめてと声を震わせしゃくりをあげる姿に多少の罪悪感を覚えながら、まだ達していない己の欲望を遂げるために戒めを解いた。

おかしい。
繰り返し彼の躯を味わいながら、不安になった。
あまりに長い薬効に彼は悶え疲れ、泣き腫らし喘ぎながら私の胸に手を突っ張っている。
分量は調整した、とうに切れている筈なのに。
数度目の絶頂の後に気絶している彼の頬を軽く張る。
怠るそうに瞼を上げ、どんより曇ったその瞳が覗いた。
「君、何か飲んでいますね?」
「・・・」
「言いなさい、私の薬以外に何を飲みました?」
「・・・かぜ薬」
「かぜ薬?」
「ねむりた・・・かっ・・・」
「眠れなかったのですか?」
「     」
小さく呟いてだらりと躯が沈んだ。

これ以上はと、シャワーを浴び残渣と蹂躙の痕を清めて寝室に横たえる。
私と繋がった場所は赤く擦れ、傷にはなっていないものの酷い状態になっていた。
しかしかぜ薬を服用していたとはね。
お陰で薬効の目算が狂ってしまいました。
いかに日常を把握していなかったのかとプライバシーも後ろめたさも無く彼の鞄を開ける。
数点の教科書、ノート、携帯用ゲーム機、ヘッドフォン、相変わらずろくな物を持ってない。
底を探ると瓶が触れる。
中身が僅かという事は繰り返し服用していた可能性が高い。
眠りたかった、そう言っていたが。
ノートの間から覗いているチラシを手に取る。
[調理体験受付中]
ピンクの地に可愛らしい文字が躍り、文化祭のチラシだと容易に知れる。
ふと、チラシから甘い香りが立ち上る。
あの香りだ。
[初心者でも大丈夫]
[甘いイチゴショートを作ります]
ふん、こんな物を持ってくるとは。
甘いイチゴショート…瞬時、数週間前のはじめの言葉が脳裏によぎる。
手掛けていた大きなヤマが大詰めを迎えて疲労はピークに達していた頃。
『詰めているんですよ、邪魔をしないで下さい』
『疲れたら甘いもんが良いんだぜ』
たったそれだけの会話だった。
癪に障ったあの香りがまざまざと蘇る。
バニラ・エッセンス。
ただの、甘い、匂い。

泣き腫らした寝顔を撫でる。
恐らくもうこの温もりは私の元へ戻らない。
意識の無い手を握って、最後の温もりを味わう。
失いたくなかった。
それだけ。
思考回路が焼き切れ、白い閃光を放って散った。
君に関わる事はいつもそうだ。
平静を保てやしない。
最後に『いつも一人』と呟いた時、何を伝えようとしたのか。
手を握ったままシーツに顔を埋めた。
どれくらいそうしていたのか、何かが触れる感触に体を起こす。
ベッドの上で真っ直ぐに私を見詰める瞳に喉が引き攣り上手く言葉が出てこない。
「・・・・すみませんでした」
しばらくの沈黙の末ようやく言葉を搾り出す。
どれだけ言葉を尽くしても、もう届かない。
謝罪の言葉すら無意味だ。
それでも最後くらいは礼を尽くすべきだろうと。
「洋服は居間に置いてあります、皺にしてしまって申し訳ありません」
言葉は交わさず部屋を出ようとした時、微かな呻き声。
最後に聞いたのはそれだけ。

決して口をきこうとはしなかった。
起き出すと黙ってシャツを羽織り身繕いして鞄を持ち玄関から出て行く。
終わった。
「はじめ君」
もう誰もいない玄関に呟いた自分の掠れ声に体が震える。
歯止めが利かない行為が終了した事に奇妙な清々しさを感じながら、立ち尽くした。

3日後、彼に呼び出され庁舎近くの喫茶店で会う事になった。
どんな罵声が待っているのか、それでも一人で抜け出せないよりはマシだ。
覚悟を決めて腰を下ろすと、暫くの沈黙を破り彼が顔を上げる。
「何か言い訳あんのかよ」
「君が…もう終わらせたいならそうします」
選ぶのは君、私はそれを放棄した。
「アンタのためだろ」
「何を言っているんです?」
「この前…ホテルから女の人と出てくるの見た」
記憶を探れば容易に出てくるある女性との会見。
本来署に呼ぶところを頑なに拒まれ、結局は彼女の会社近くのホテルのティールームで話を聞いた。恐らくその時の事だろう。
「ああ…事情聴取です、署に来て頂けなかったので」
くっくと喉の奥で笑う。
「そっか…」
咳き込んだので慌てて差し出したコップに、彼が一瞬固まる。
「大丈夫、普通の水です」
喉に流し込む姿を黙って見詰める。
「君こそ、あの娘は誰です?」
「あのこ?」
「七瀬さんではない…君の学校の娘と一緒に居たでしょう」
「しらねーよ」
「コーヒー店に居るところを見ました」
「あー…調理部の買出しか?」
ここに至って初めて大きな齟齬に気付いた。
「ケーキ、ですか」
「あっ、アンタ人の鞄開けたのかよっ」
「仕方ないでしょう、君の心変わりの原因が知りたくて…どうして薬を使っていたのですか」
「そ…れは、その、かぜ薬飲むと眠れたから」
「何故です?」
「寂しかったし…」
一人寝が寂しくて薬を使っていたというのか。
痛恨の極みに呆然とし、謎が解けた後に残るは醜い行為だけ。
「私の勘違いだったようです、大変申し訳ないことをしました」
「物凄く痛かったんだからな」
「はい」
「2日も学校休んだぞ」
「はい」
「当分やんねーからな」
その言葉に驚いて顔を上げると、彼の人は真っ赤になってそっぽを向いている。
「アンタ、理由無しにあーゆー事しねーし。今度だけだぞ」
「はい」
破顔して深々と頭を下げた。

「剣持警部、先に帰ります」
「あ、はい、お疲れさんです。早いですね最近」
「管理職とはそういうものです」
「…お疲れ様でした」
引き攣っている部下を尻目に、メールを確認して車に乗り込む。
私が彼に頭を下げていたという噂が庁内でも薄れる頃。
腕の中に戻る愛しい温もり。



あとがき

trapさまよりいただきました〜♪
 メールで「可愛さ余って〜でキレる明智さん」というので、少々魚里がはしゃいで盛り上がったのがきっかけだったような。長らくアップしないとと思いつつ魚里が独りで楽しませてもらっておりました。
 鬼畜な明智さんは〜なにげに怖いです。そこが魅力か〜。肉食男子だよね。草食男子なはじめちゃんが、キレたら、愛したもの負けで適わないあたりが、可愛いです。素敵なお話ありがとうございました♪
 心よりの感謝を、trapさまへ!
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