レール・デュ・タン |
空はこれ以上ないくらい爽やかな青。所々にぽっかりと浮かんでいる雲さえもが、空の青さをひきたてているかのようだ。 はるか上空から視線を下ろすと、赤い三角屋根に白い十字架が見えるだろう。青空のキャンバスに、美しくも愛らしいコントラストを見せているのは、白樺林の奥にあるこじんまりとした教会である。女性の好むだろう、メルヘンチックなシチュエイション。 「おめでとう!」 「おめでとう、フミちゃん!」 軽やかな鐘の音をかき消すように、老若男女の声がかぶさる。 ライスシャワーを浴びてウェディング・アイルを歩いている花嫁は、初々しく頬を染めている。 金田一フミは19才。 「ありがとう」 返す声すら涙に潤んでいる。 彼女たちを取り巻いているのは、彼女の叔母夫婦であり育ての親とも呼べる金田一夫妻をはじめとする長年の友人や近しい知り合いばかり。みんなの表情は和み、彼女の結婚を心から喜んでいる。佐木竜二・美雪夫妻の顔もある。剣持勇警視一家の顔も、いつきと瑞穂の姿もある。その他、新たな夫婦の誕生を祝福するたくさんの顔、顔、顔。 ぐるりと見渡したフミの表情が、かすかに翳った。それは、周囲にはそうとは感じ取れないかすかな翳りだったが、花婿はそっとフミの剥き出しの肩をやさしく抱き寄せた。 見上げたフミの視界いっぱいに、珍しい銀の髪とそれ以上に珍しい赤いまなざし。少しずつ近づいてきたと思えば、フミの涙を吸い取った。 真っ赤になったフミ。 歓声がひときわ大きくなった。 ※ ※ ※成田国際空港はあいもかわらぬ賑わいの中にある。 海外旅行の期待や楽しかった旅行の余韻に満ちたざわめきの海を泳ぐように、19才の金田一フミはたゆみなく歩いていた。と、トンと軽くぶつかってきた人物がある。咄嗟のこと謝りかけて、逆に相手の手首を掴み捻った。 イテテテテ…何すんだ、このアマッ!」 痛みに顔を歪め振り返った男の顔面に手を突き出し、 「返して」 と、鋭く言う。 「何いいやがんでィ」 今時よくもと思えるくらいな、巻き舌のベらんめい口調。それに負けじと、 「しらばっくれないで。わたしのサイフ、掏ったでしょう! 返してくれるんだったら警察に突き出さないから」 キッと見つめる鳶色の瞳は、きらきらと輝いて汚れがない。 男が瞬間怯む。しかし、そこは、あり方の間違っている男の意地とでも言うのだろうか、腕を振り放そうとばかりに身を捩り、力まかせに暴れはじめた。 「えい、このっ! あきらめの悪い」 すったもんだする2人の周囲には、徐々に人垣が築かれつつある。 「さて、と…まっすぐ帰るのも、なんですね」 ロレックスのオイスターを覗き込み、明智が呟く。久しぶりの長期休暇に、警視時代の友人たちに会おうとロスまで出かけた帰りである。荷物は左手のボストンバックのみ。そうとわかる仕立ての良い背広姿の明智を見て、ちらほらと振り返り頬を染める女性陣。まだまだ明智の美貌は健在である。 そうしていくらもせずに、件の人垣と行きあうことになった。 職業柄というべきか、長年の習い性というべきなのか、明智は迷わず騒ぎの中心に近づいてゆく。 「失礼」 野次馬を押し退けどうにか騒ぎの元凶にたどりついたちょうどその時、明智の眼前で男が投げ倒された。みごとな放物線を描いて硬い床に叩きつけられた男。誰からともなく拍手が沸きあがった。 後頭部を掻きながら照れくさそうにヘラりと笑った表情が、10年近く前あまりにも突然失踪を遂げた少年を思い出させた。明智の脳がその膨大なキャパシティーのメモリから、凄まじい速度で人物データを検索する。そうして、 「フミくん? 金田一フミさんですね、どうしました?」 大きく瞠らかれた鳶色の瞳。 (やっぱり、似ている…) 「あけちさん? わぁ! お久しぶりです」 ぴょこんと頭を下げる姿には、10年前の幼い少女の面影が残っている。 (時の流れを感じますね。……そういえば、金田一くんも…27になっているんですね) どんな青年に成長しているだろう。10年間、行方知れずのままだというのに、不思議と彼が死んだとは思えないでいる明智だった。 ようやく駆けつけてきた空港警備隊に悪質なスリの常習犯を引き渡した後、2人はなんとなく肩を並べて歩いていた。 10年前、ひとりの突出した少年探偵の活躍を間近で見、又、関わっていたという、仲間意識のためだろうか。 少年のふいの失踪。 「金田一くんの行方は、まだ?」 「見つかってません。伯父も伯母も諦め半分ついこのあいだ死亡宣告を受け入れました。しかたないですよね?! だれだって。もう10年になりますもん」 今にも泣き出してしまいそうなフミの表情。 「力になれなくて申し訳ありませんでした」 頭を下げる明智に、 「そんな、明智さんが悪いんじゃ…悪いのは、み〜んな、はじめのバカなんですから」 フミが焦る。 「……悪いのは、金田一くんですか。そうですね、こんなにみんなに心配させて。それに」 「それに?」 見上げてくるフミの視線を見返して、明智がにやりと笑う。 「500円、まだ返してもらってません」 ぱちくりと瞠目したままで硬直したフミが、一瞬後息を吹き返したようにキャラりと笑う。 「あ、明智さんのは、カンパでしょう?! あ、そういえば、わたしの貯金! 利子はトイチだって言っておいたのに〜」 「トイチとはまた、暴利ですね」 クスクスと笑う明智に、 「あのはじめ相手なんですよ? 暴利を貪りでもしなきゃやってけませんって! 踏み倒されますもん。そうだ、家族間に時効はないですよね」 情けない表情で言い募る。 「まぁ、刑事事件にはできないでしょうからね。それとも、家裁にでも持ち込みますか? 取り上げられるかどうかはわかりませんけどね」 まじめな顔で腕を組みながら明智が言う。 うんうんとこれまたまじめな顔でうなづいているフミ。 ひとしきりバカ話をしていた2人が、顔を見合わせて、吹き出した。 ※ ※ ※今日は明智とフミが空港で再会してからほぼ2ヵ月後の10月吉日。38才警視庁のエリート管理職と、大学在学中の19才の女性のスピード結婚は、しばらくの間警視庁の語り草となったが、当の本人たちは平然としたものである。 それはともかく、涙をくちびるで吸い取られるなどという気障な真似をされたフミは真っ赤になって、さっき感じた一抹の淋しさなど吹き飛んでしまった。 「さあ、フミさん。あなたはどなたにブーケ・トスをするんです?」 そう勧められて、フミは既婚女性を避けてブーケを大きく投げ上げた。 と、視界の隅を過ぎった人影。 祝い客たちはブーケの行方に気を取られていた。 フミが、弾かれるように人影を追いかけた。 (あれは…間違いない) ドレスの裾を持ち上げて、白樺の径をフミが駆ける。その後を明智と祝い客たちが追いかける。 フミが教会の門にたどりついた。荒い息を堪えて門に手をつき周囲を見渡す。と、ブルル…と車のエンジン音。音源を求めてめぐらせたフミの視界に、ダークレッドの普通車。おりしもドアが閉められた瞬間だった。 駆け寄ろうとしたフミの足元に、パサリと音をたてて降ってきたもの。 それは、深紅のバラのブーケ。 呆然と見下ろすフミの傍らに追いついた明智が、それを取り上げた。 「あなたに、ですよ」 ブーケの中から取り出したカードには、『結婚おめでとう』の文字。さして上手ではないその筆跡に、フミも明智も記憶があった。忘れるはずがない。 「はじめの、バカ……」 花嫁にふさわしくない言葉が、涙と一緒に転がり落ちた。 金田一はじめは、きっとどこかで元気でやっている。 フミの結婚式の日に彼らが知ることとなったのは、それだけだった。しかし、それだけでも充分だった。 彼らが金田一はじめと再会することは二度となかったが、その翌日、両親によってはじめの死亡宣告は取り消された。 END
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たまにはこんなんも面白いかなと思ったんですが。
そうでもないですね。
う〜ん。いえ、そこはかとな〜く、高x金なんですが、わかってもらえたでしょうか? ドキドキ(^^ゞ
どうでしょう。書き逃げです。
とっても嬉しいことに、時猫さまが、高金サイドのお話を書いてくださいました。黒猫のお部屋にUPしてくださっています。時猫さまの書いて下さった高金サイドのお話へ