薔薇とビデオとマジックと |
ピンポ〜ン 「誰だよ今ごろ」 誰もいない家。 そう、はじめは今日から3日間留守番なのだ。 悪友から回されてきたアダルトビデオ。 チャンスとばかりにセットしたばかりで訪問者とは。 ついてない。 (居留守…だよなぁ) 「うん」 ひとりで納得したはじめだったが、 「がーっ!!」 ワシャワシャと髪を掻きまわして胡座を組んだ。 ピンポーン 「しつっこいなぁ。はいはい今出ますってば」 「どちらさん」 がらっと玄関の扉を引き開けたはじめは、 「うわっぷ」 思わずしりもちをついた。 鼻孔に広がる芳しさ。 (この匂いは…) と、思い当たった時、 先細りの優雅な手が目の前に差し出された。 「あ、サンキュ」 条件反射でそれを掴み立ち上がったはじめだったが、ふと、動きを止めた。 深紅の色彩が、目を射たのだ。 そうして、この匂い。 白い手。 記憶を刺激するもろもろに、はじめの脳がある人物を特定する。 これまでにおよそ0.5秒。 「あいかわらず忙しないひとですね」 「た〜か〜と〜」 はじめが唸る。 濃紺のスタンドカラーのシャツとスラックス。両腕には一抱えもある薔薇の花束。それらが少しもキザに見えないのは、職業柄だろうか。 「なんだっておまえがここに来るんだよ」 「逢いに来てはいけませんか?」 けろりと返す高遠に、 「いや…べつに」 理由に思い当たらない。 「とうぜんでしょう。恋人同士ですからね」 それを言われると弱いはじめである。 有名な天才マジシャンと知り合ったのは、偶然だった。 まあ、出会いは偶然であり必然である。 偶然を必然とするのはその本人の意志だから、当然と言えば言える。 イギリス、イタリア、アメリカなど様々な国に滞在する天才マジシャン。思考がどこか一般人と違っていても、しかたがないのだろうが。恋愛に対してもリベラルだとは………。押して押して、最終的になし崩しで恋人にされたと言うかなんと言うか。 (日本にいるあいだだけの恋人だと思っていたんだけどなぁ) 気前よく飯をおごってくれるしゲームなんかも気軽に付き合ってくれる、年上の友人のような感覚でつきあっていた。 恋人と言うのは、高遠だけだったので。 (恋人ったって、キスだけだもんな) それ以上だったら、絶対逃げてただろう。キスだって抵抗はあったけれど、馴れてしまえば挨拶のようなものだ。 「そーいや、あんたまた外国行ってたって」 「2ヶ月間君に逢えなくて、淋しかったですよ。君は?」 「う、うん。まぁ」 実は、今の今まで高遠のことなど忘れていたはじめである。 「上がってもいいですか?」 わさりとしなる深紅のバラの花束をはじめに渡し、高遠は上がりかまちに足を乗せた。 「居間でいいか?」 「けっこうですよ」 「ほんじゃ、茶でも淹れてくっから。…高遠は紅茶だったよな。ダージリンかアールグレーっきゃないけどどっちがいい?」 「じゃあ、アールグレイをお願いします」 「オッケ。あ、居間はそこだから、好きにしてて」 食卓兼こたつの上にアールグレイと自分用に入れてきたコーラを置き、はじめは腰を下ろした。 「どーしたんだ?」 せっかく淹れてきた紅茶に手もつけない高遠を不思議に思い訊ねたはじめの目の前に、魔法のように現われた縦長のケース。 「へ?」 半透明なそのケース。 高遠が空いているほうの手をその前で一振りした。 と、現われたのは、扇情的なタイトルがでかでかと書かれたビデオケースである。 「あっ!!」 「はじめくん、君、こんなの見てるんですか」 ケースとはじめとを見比べる高遠に、はじめの顔が真っ赤になる。 「そんなのオレの勝手だろっ。か、返せよ」 テーブル越しに伸ばした手。しかし、マジシャンである高遠が容易に奪われるはずもない。 それどころか、上半身でテーブルを覆うような感じで手を伸ばしていたせいで、手を滑らせた。 「イッテー」 高遠の組んだ膝頭に額をぶつけて星が散った。 きな臭さが鼻孔の奥にわだかまる。 起き上がろうとしたはじめのテーブルについたほうの手を、高遠が握った。 「はい?」 顔を上げたはじめのくちびるを、高遠が掠め取る。 「うわっ」 わたわたと焦ったはじめだったが、目の前にある高遠の色の薄い瞳に射竦められたように動けない。 いつものやさしいまなざしではなく、やさしいのだけれどなぜか恐怖を覚えてしまうまなざし。 思わず身を引こうとして、遅かった。 鮮やかにテーブルの上で仰向けに返されて、さかさまにキスをされる。 いつもとは違うキスに、思わず暴れるはじめだった。しかし、それもほんのわずかな間だけ。 口腔内を這う高遠の舌。 生じた熱を煽られるだけ煽られて、酸素を肺いっぱいに吸い込んだ時にははじめのからだは震えていた。 けれど、解放されたのははじめのくちびるで。今、高遠のくちびるははじめの首筋を這っている。 ぞくぞくするような快感が、尾てい骨のあたりに生じる。 背筋が粟立つ。 「ひゃっ」 シャツをたくし上げられて、胸に高遠の唇を感じた。 思わず高遠を抱きしめる。 「た、たかとー」 ともすれば擦れがちな声で高遠を呼ぶ。 しかし、高遠は知らんふりだ。 高遠の肩のあたりを抱きしめている手をやっとのことで離し、引き剥がそうともがく。それも効き目がないと知って、力があまり入らない手で、背中をドンと叩いた。 「…はじめくん」 怒ったような声。 しかし、それに負けてはいられない。 「い、息が苦しいんだってばっ」 首から上をテーブルから落として、首のつけ根から尾てい骨のあたりはテーブルの上。足はその下。ようは、ブリッジをさせられているような体勢なのだ。その上、高遠の重みが胸のあたりを蠢いている。もちろん全体重などではないが。 高遠がどれだけ軽くても、こんな体勢では苦しいのだ。 「ああ、これは、失礼しました」 しれっと上体を起こして、はじめが起き上がるのを助けてくれる。 テーブルの上に腰掛けたままで、クラクラするのが去るのを待つ。 頭に血が集まったみたいで、どくどくしている。 快感も一気に引いていた。 紅茶もコーラもこぼれていないのが、奇跡だろう。そんなことを脳の片隅でぼんやりと考えながら、 「た、たかとーのばかっ!」 はじめが怒鳴る。 しかし、真っ赤に熟した果物のような顔で、怒鳴っても迫力は、ない。 はじめは気づいていないが、瞳がうるうると今にも泣き出しそうだ。 ドクンと、高遠の鼓動がひときわ高く鳴る。 「失礼。こんなものを君が見ているのかと思ったら、理性が飛びました」 取り上げたビデオケースを振る。 「そうゆう年頃なんだよ」 脱力するはじめに、 「わかっていますよ。興味がある年頃だってくらいはね」 「だったら」 「でもですね、君はわたしの恋人なんですからね。恋人が女優とはいえ他人のあられもない格好を見て胸をときめかせているだなんて、許せるはずないでしょう?!」 凝視してくる薄い色の瞳。 いや、まぁ、だから………。 恋人って言ったって…。 高遠のことは好きだが、そういう意味で好きなのじゃないと思うのだ。 はっきり言わなかったのが悪かったのだろうが。 でも、天才と騒がれているような相手に好きだといわれてやさしくされるのは嬉しくて。 我を忘れるくらい嬉しくて。 それが、不覚だったのだろう。 「それくらいなら、紳士でいることをやめましょう」 やっぱり。 もう一度手を握られて、引き寄せられる。 「わたしは君を愛していますよ」 「たとえ君がわたしのことを愛していないと拒絶しても、紳士であることはもう放棄しましたからね、聞きませんよ」 そう耳元で囁かれて、高遠がなにもかも最初から知っていたのではないかとはじめは思った。 天才と呼ばれるマジシャンは、ひとの心も操れるというじゃないか。 そう、高遠のことは好きだがそれが恋じゃないということもきっと知っていて、何かきっかけを待っていたのだろう。 高遠はそれとなくあちらこちらにトラップを張り巡らせておいたのだ。 そんなことも知らずにトラップに引っかかったのは、どう考えてもはじめの不覚である。 何故なのか、抵抗する気力すら萎えてゆく。 男同士でこんなことをしてどうなるんだ〜と、もう1人の自分がどこか遠くで喚いている。 本当にいいのか? なし崩しに流されて、後悔しないのか? 自分の声。 なのに、はじめはその声を無視しようとしている。 意味のある声と聞こえるのは、高遠の声だけだった。 UP? 16:47 2001/06/16 |
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変。
変ですよね。
可愛い話を書こうとしたら、こんな妙な話になってしまった。
高遠君もはじめちゃんも壊れてる。