夏祭り



「え〜?! 今からかよ」
   はじめの声が、決して厚くはない壁の向こうから聞こえてくる。
   時刻は午後5時少し過ぎ。
   どこか当惑気な声の響きに、フミの手が止まる。
  夏休みの宿題を片づけている最中なので迷惑だと思いつつ、ついつい興味を引かれて聞き耳を立てるフミだった。
   なぜなら、はじめの声のトーンで、
  (相手は高遠さんだな)
  と、ピンときたからだ。
   よほどの相手でないと敬称略の癖があるフミから”さん”付けで呼ばれるのは、はじめの両親である伯父伯母夫婦は別にして、今のところ高遠だけだったりする。
   世界をまたにかけるトップ・クラスのマジシャン。彼のマジックショウは、国の内外を問わず常に満員御礼状態だという。噂では、どこかの王様や王子様王女様、大統領や王族や、はてはマフィアのボスなどまでもが、彼のファンだったりするという。
   容姿端麗ということばがしっくりとくる男性を生ではじめて見た―――と思っていたりするフミである。
  外国生活が長い彼にお嬢さん扱いをされるのは、気持ちがいい。
   少しキザ気味に女の子を持ち上げてくれるのは、イタリアでの生活が長かったからだろうか。
   海外での長い公演の後、フミにもお土産をくれるのだ。
   それも、フミくらいの女の子が憧れる、背伸びだとわかっていても身につけたいような、ちょっとしたアクセサリー。
   趣味もいいらしく、黒塚くんとのデートの時につけてゆくのを楽しみにしているフミだった。
   フミの宝箱の中身は、いまのところ高遠からのお土産が大多数を占めていたりする。
  (ま、わたしのはついでだけど…ね)
   基本的にヨーロッパを本拠地として活躍していた彼が近頃急に日本に腰を落ち着けた理由を、フミは知っている。 
   小学校低学年の自分など、はじめの従妹ででもなければアウト・オブ・眼中だろう。
  (高遠さんってばはじめ命だもん)
   はじめは抵抗しているようだけど、どう考えてもはじめのほうが分が悪い。
   (すくなくともオバさんは丸め込まれてるしなぁ………)
  (さっすが天才マジシャン! ってか?!)
   従兄がカミングアウトなんて嫌だったりするが、
(へ〜んなホモ相手にカミングアウトするよかはるかにマシだよね)
   なんせ、ちょっと前のことになるけれど、フミははじめが高遠にキスを掠め取られて真っ赤になって怒鳴っているシーンに出くわしてしまったことがあるのだ。
(玄関でしてんだもんな)
   男同士のキス。
  (外国生活長いとキスくらいところかまわずなんだろーか)
   真っ赤になって狼狽えるはじめと、何事もなかったかのようににこやかに『こんにちわフミさん』と挨拶を寄越してきた高遠との対比が、同時に思い出される。
 もっとも、生なシーンは眼底にこびりつき、しばらくの間眠れなかったのだが。
  (ま、不眠症のつけをチャラにしたげるんだから、少しくらいのイヤミは我慢して当然だよな)
   うんうんとうなづいていたフミの耳に、
  「迎えになんか来なくていいってば!! あんた明日っからヨーロッパだろーが」
   はじめの喚き声が届く。
   少しも進まない作文の宿題。
  夏祭りなんか別に行かなくったっていいじゃんかよっ」
   その台詞にフミが切れた。
   勉強机の椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったフミが、はじめの部屋のドアを開けた。
  「わーるかったなっ。わたしは夏祭りに行きたいからってがんばってんだい! 黒塚くんが来るまでに作文を済ませたいんだからな」
   大きな声で真っ赤になって怒鳴るフミ。
   呆気に取られたはじめの手から携帯をもぎ取り、
 「高遠さんこんばんわ。はじめお兄ちゃん行かせま〜す」
   語尾にハートマークをくっつけて一方的に決定する。
  「フミッ」
   怒るはじめを睨みつけ、
  「宿題の邪魔するくらいだったら、さっさと行け」
 低い声で恫喝する。そうして、まだ通話中の携帯を押し付けて部屋の押入れを開けたフミは、中をごそごそと漁る。
  「あったあった…うっわぁナフタリン臭………」
   取り出したそれを、はじめにぶつけて部屋に戻るフミだった。
 

※ ※ ※
 

 バンッ!
   フミの部屋のドアが閉まる音がする。
  「…………………」
   フミの剣幕に毒気が抜かれたとでも言えばいいのか。
   ぼんやりとぶつけられたそれを確認して、はじめはしぶしぶ携帯に向かった。
  「あ…たかとお……ああ。行くよ。迎えになんか来なくていいって。こっちから行くから。ああ、そう。………駅で待っててくれれば。…オッケ。じゃぁ、6時な」
   はぁ…。
   何とはなく溜息が洩れる。
   いや、理由はわかっているのだ。
   3日前の出来事が、はじめの気持ちを塞いでいる。
   
   
   友人からまわってきたアダルトビデオ。
   おりしも、ひとりっきりの留守番で。
   チャンス! とばかりにプレイヤーにセットしたところで、高遠がやって来た。
   ビデオをセットしたのを忘れて居間に通したのが不覚なら、高遠だけを居間にやって台所に行ったのはマヌケ以外の何ものでもない。
  『でもですね、君はわたしの恋人なんですからね。恋人が女優とはいえ他人のあられもない格好を見て胸をときめかせているだなんて、許せるはずないでしょう?!』
   あの時の高遠の瞳の色。
   金茶の珍しい色が、燃えるような金色を増して、自分を覗き込んできた。
   あの刹那に、完全に呪縛されたのだ。
   そう―――。
   抗うこともできず、抱かれてしまった。
   男同士の、セックス。
   ツボを心得ているというのか、高遠の愛撫は些細なタッチでも心地好くて、酔わされて惑わされた。
   そうして、訳が判らないでいるうちに、気がつけばとんでもない体勢になっていて、そうして、信じられない痛みを感じた。
  うわぁ」
   思わず思い出してしまった光景の数々に、真っ赤になり頭を抱え、ぶんぶんと首を振る。
  はじめっうるさいっ!!」
   壁の向こうから、フミの罵声が飛んだ。
   後始末や手当てはしてくれたし、食事なんかも作ってくれた。
   そう、実は、高遠は今朝までこの家にいたのだ。
 昼前に、もう家族が帰ってくるからと追い出した。
   やっとからだの痛みも治まってほっとしていたのに。
   やっと平静を取り戻せたと思っていたのに。
   かかってきた電話。
   (高遠の馬鹿〜っ!!)
   心の中だけで叫び、肩を激しく上下させるはじめだった。
   机の引き出しから財布を取り出してはじめは、部屋を出た。
  「母さん。頼むこれ着せてくんないかな」
  「あら、珍しい。あんたからそんなこと言ってくるなんて」
  「祭りに行って来る」
  「今から? 晩御飯は?」
  「…いいや多分食べてくると思うし」
  「あやしいぞ。……もしかして、誘ったの、高遠くんかな?!」
   フッフッフと笑う母親に、グッと詰まるはじめだった。
  「はは、図星ね。彼もあんたなんかのどこが良いんだか」
  「製造元が言う台詞じゃねーよな」
  「製造後のことまで親の責任じゃないわよ」
   はいできたと、はじめの背中を叩く。
  「ほんじゃま、行ってきます」
  「はいはい。あまり高遠くんに迷惑かけるんじゃないわよ」
  「ほーい」
   ひらひらと手を振って出てゆく息子の後姿に、
  「ほんとに、高遠くんもはじめのどこが気に入ってんだか」
   肩を竦める母親だった。
 

※ ※ ※
 

 駅のエントランスの柱に背もたれて、高遠が腕時計を確認する。
   6時はすでに回っている。
   はぁ…。
   何とはなく溜息が出る。
   そんな高遠をちらほらと頬を染めて見ている視線の束。
   しかし、そんなものは、煩わしいだけのものでしかなく。
   自分を見つめて欲しいのは、ただひとつ。
   くるくると表情を変える鳶色のまなざしだけだったりするのだが。
   その持ち主が彼が想うほどには自分を想ってくれていないということなど、実は疾うにわかっていたことだったりする。
   フッと、高遠の唇端が持ち上がる。
   それは、ゾクッとするほどの、自嘲の笑み。
   『彼』は、約束は破らない。
   ただ、少々時間にルーズなだけなのだ。
  (こんなにも、私を焦らせるだなどと、君は罪なひとだ…はじめくん)
   流した浮名は数知れず。………そんなタイプではないが、それなりに恋愛はこなしてきた。その幾度かの恋愛で、ここまで自分を夢中にさせた存在はなかった。これまでの経験など、物の数ではなかったのだというかのように。
   しかも、相手は、年下の少年。
   同性を好きになるのは、高遠にしても初めての経験だった。
   男に言い寄られたことはあるが、その気になったこともベッドを共にしたことも、ない。
   同性愛を忌避する気持ちは少しもないが、自分がそうだなどと思ったこともなかった。
   なのに。
   なぜだろう。
   夏の日の、たった一度のニアミス。
   通り雨を避けて飛び込んだ軒先に、自分と数分間閉じ込められた少年。
   あの数分間に、この少年とこれだけで終わりにしたくないと感じた自分。
   少年のどこが、自分を駆り立てたのか。
   どこにでもいる男子高校生。
   どちらかといえば、3枚目に属するだろう少年。
  実を言えば、未だにわからなかったりするのだ。
   ただ………。
   はじめの笑顔。
   困った顔。
   怒った顔。
   焦った顔。
   悲しそうな顔。
   すべてが、自分の心を掻き乱す。
   存在だけで、はじめは自分を殺すことができるだろう。そう思えるほどに。
   もちろん、はじめに告げることはない。
   すでに囚われている自分を認識している。はじめはそうと意識していないだろうが、自分は、すべてをはじめに投げ出している。そう、これ以上は、卑屈以外の何ものでもない。
  (恋の勝利者は君です。けれど、決してそうと悟らせるつもりはありませんよ)
   少なくとも、主導権を手離すつもりだけは、ないのだ。
   これだけは、譲れない。譲ることができない。
   そういうギリギリの境界線に高遠はいる。
   だから、紳士の仮面を捨てた。
   はじめの同意を待っていては、いずれ、譲ることのないギリギリのラインまで踏み越えてしまいそうで。しかし、そうなった自分はもはや自分ではない。
   最後のプライドまで投げ捨てるような、そんな情けない存在に成り下がりたくはないのだ。
  (そう考えること事態、すでに情けないのかもしれない…)
   微苦笑が高遠の白皙を彩る。
   鼻先をかすめる、甘い香り。
  「あの…」
   かけられた声に我に返った高遠の目の前に、ひとりの女性が立っていた。
  「もしかして……違っていたらすみません。高遠遙一さんじゃありませんか?」
   ふっくら型の愛らしい女性だった。その背後にそわそわとしている2人の女性。顔を見合わせてはクスクスと忍び笑いをこぼしている。
  「そうですが?」
  あの、ファン…なんです。わたし、あなたのようなマジシャンになりたくて…それで……できれば、握手してほしいんです」
   胸元で握りしめている手が小刻みに震えているのを見て、フッとやわらかな笑みが高遠の唇端を彩る。
   スッと差し出されたしなやかな掌に、女性の目が嬉しそうに輝く。
  「あ、ありがとうございます」
   感動に震える女性に、「さとみ早く」と友人たちの急かす声。
   お辞儀を残して、女性が去ってゆく。
   何とはなくその後姿を見送っていた高遠だったが、
  「ふうん」
   背後からのその一言に我に返った。
  「ああいうのが、あんたのタイプなんだ」
   はじめが高遠と肩を並べながら言う。
  「ヤキモチですか、嬉しいですね」
   はじめの顔を見返し余裕で切り返す高遠に、
  「ち、ちがわいっ!!」
   はじめが真っ赤になってぽそぽそとうちわで殴りかかる。
  「でも、ナイスバディのお姉さまって感じだよな」
「ヤキモチを焼いてほしいですか?」
   高遠の台詞に、
  「ばっ」
   バッカヤロウ――と言い終える前に、キスを掠め取られたはじめだった。
   軽い、触れるだけのキス。
   わたわたと真っ赤になって、うちわで顔の下半分を隠す。
  「よく似合ってますよ。浴衣」
  「サ、サンキュ」
   紺色の無地の浴衣に黒い帯。
   赤く染まった胸元がこころもち開いていて、高遠の視線はついつい顎から胸元のラインをたどってしまう。
   一度だけ触れたはじめの肌の感触を、高遠はまざまざと思い出す。
   3日前のあの日一度触れてみて、やはりはじめのことが好きだと認識を新たにした高遠だった。
   明日から、また1ヶ月の海外巡業である。というか、本当は、夏のバカンスシーズンは、ヨーロッパでの公演の依頼が一番多い時季だったりするのだが。公演の合い間にやっと暇を見つけて、無理に日本に来ていたりする。
   眠れぬ日々。
   あの日触れて、どんなに後悔しただろう。
   流血寸前までいったはじめを介抱しながら、まだ彼を求めていた自分。
   からだだけが欲しいわけではないのに、一度触れてしまったせいか抑制の箍が外れたらしい。
   はじめのことを想って眠れない日々が続いた。
   まだ、3日だが。 
   それでも……。
   事故防止のためにも、逃がさないでおくためにも、どうしても今日逢っておく必要があると強く感じたのだ。
  「じゃあ、出かけましょうか」
   はじめの背中をさりげなく押す。
   掌に伝わってくる、はじめの体温。
   そんなささやかな感触にすら熱く滾る自分。
  (君にはすまないですが、下心ありです。今夜は帰しませんから)
  (そう。寝不足で事故を起こしたら洒落になりませんからね)
   本当なら、ヨーロッパにまで攫って行きたいところなのだが。
  「ところで、はじめくん、君パスポート持ってますか?」
   突然の高遠の質問に、
  「パスポート? 持ってるけど」
   高遠の瞳が一瞬輝いた。しかし、はじめはライトのせいだろうと、気にも留めなかった。
   神社の参道。
   鳥居の奥に、萱(かや)かなにかで作った2メーターほどの輪っかが立てられている。 
  「これは?」
   高遠の不思議そうな表情に、
  「この輪をくぐって夏の色んな災厄を追い払うんだよ。で、無事にこの夏を過ごせますようにって祈るんだ」
   それが、夏越しの祭り。
   昔祖父から聞いた話を思い出したはじめだった。
「夏を越すための祭りだから、夏越し(なごし)なんだよ」
  「日本の伝統的な祭りなわけですね」
   興味深げに輪に触れ、高遠ははじめに促されるままに輪をくぐった。
  「そうだ。はじめくん、最初に言っておきますけど、あまり屋台で買い食いはしないで下さいね」
  「なんでだよ〜」
   これが楽しみなんじゃないか。
  「晩御飯、君の好きなものを食べに行こうと思っているんですけど。はいらなくなっても知りませんよ」
   ちらりと金茶の瞳がはじめを流し見る。
  「なんでもいいのか?」
   とたんにぱっと喜色を露わにするはじめに苦笑しながら、
  「なんでも」
  と返す高遠だった。
   
   
  「もう食えない」
   う〜と唸りながら空を仰ぐはじめに、
  「いくらなんでも、食べすぎですよ」
   高遠が呆れたような声を出す。
   
   
  『何が食べたいですか?』
   ヨーヨー釣りで1個も取れなかったとふくれるはじめに、自分が釣った水ヨーヨーを渡しながら、高遠が訊ねる。
  『う〜ん………寿司…かな?』
  『寿司ですか?』
  『あんた食べたことある?』
  『ええ、まぁ幾度か』
  『嫌いか? 寿司』
  『いえ、おいしいと思いましたけど』
  『なら、決まりだな』
  と、はじめが高遠を引っ張っていったのは、
  『これは?』
   ベルトコンベアにのってクルクルとまわっている寿司とその他。
  『回転寿司だよ。食べたことない? けっこーいけるんだ』
  と、さっさとカウンターの椅子に座り皿を取る。
   高遠としては、もう少し洒落た感じのレストランで、ムードある食事をしたかったのだが。
   もちろん、下心があるからだったりするが………。
  (まぁ、君が楽しそうだから、いいとしましょう)
 
   
   タクシーに滞在中のホテルの名前を告げる。
   う〜う〜と唸っているはじめは気づいてはいないようった。
  (ムードも何もあったものじゃありませんけどね)
 
   
  「ほら、はじめくん、大丈夫ですか」
   ホテルの部屋で、ベッドにはじめを横たえる。
   乱れた浴衣の裾とか、捩れて広がった胸元とか。
  どう考えてもシチュエイションだけなら、それなりにそそるのだが。
   食べすぎで唸っている相手に、何を望んでも無駄というものだ。
  (これは、やはり事故防止のためにも………)
   しばし悩んだ高遠だったが結局は受話器を取り上げ、
  「2301号室ですが、胃薬を。それと外線をお願いします」
   クスクスクス………。
   外線が繋がるのを待つ間、高遠の瞳には楽しそうな悪戯そうな光が宿っていた。
 

※ ※ ※
 

(ん?)
   奇妙な、感覚。
   重いような、斜めになっているような。
   (なんだよ、これ)
   意識が覚醒しかけて、耳にうるさいエンジン音に気づく。
  (この音…え〜っと、たしか……飛行機……………)
   がばっと飛び起きたはじめは、自分が見知らぬ場所にいることに気づいた。
   そうして、その見知らぬ場所が、どうやら飛行機の中だということにも。
   しかも、エコノミークラスじゃなく、どうみてもビジネス・クラスかエグゼクティブ・クラスだろう。
   ゆったりと快適なシート。
   飛行機の中にしては広々とした開放感。
  「おはよう。はじめくん」
  あ、高遠おはよ……って、これ、いったいどーゆ〜ことなんだよ」
   食ってかかるはじめに、
  「あまり大きな声を出さないで。ほかのお客に迷惑ですよ」
  「かまってられっかよ。高遠説明しろよな」
   剣呑な雰囲気に、
  「お客様、どうなさいました?」
   やって来たスチュワーデス(客室乗務員??)。
「なんでもありませんよ。ああ、できればミネラル・ウォーターを一杯いただけますか」
   にっこりと返す高遠にポッと頬を染めて、
  「ただいまお持ちいたします」
  と、引き返してゆく。
  「なんだって、オレは飛行機に乗ってんだ。ヨーロッパに行くのはおまえだろうが」
  「ええ。だから、今行ってるじゃないですか」
  はい?」
   マヌケな声。
  「ヒースローに向かっているんですけどね」
  「パスポートはどーしたんだよ」
  「君のお母さんにお願いしたら、持って来て下さいましたよ」
  「!!」
   真っ白になる頭の中。
  「はい、お水」
   差し出されたコップを無意識に受け取り、一気に飲み干す。
  「お代わりは?」
  ん」
   こぽこぽこぽと水がコップに溜まってゆく音。
   ぼんやりと聴きながら、自分の格好を見る。
   案の定、浴衣ではなく、Tシャツにジーンズという格好で。
  「荷物も母さんがもってきた?」
  「もちろん。1ヶ月よろしくと仰っていましたよ。やさしいお母さんで幸せですよ、君は」
   脱力してシートにどさりと懐いたはじめの頬に、
「これで、ショウで事故らずに済みますよ」
  と、軽いキスをする。
  「これでも人命を預かってますからね。炎からの脱出とか、タイミングを一歩誤ると私だけじゃなくアシスタントにも累が及びかねないような出し物もありますし」
  「だからって、なんでオレが………」
  「事故防止、いえ、安眠のおまじないです」
  「はい?」
  「君のことを想うと夜も眠れませんから。寝不足はミスの元ですし」
   耳元で囁かれた内容に、
  「オレは、抱きマクラじゃねー!!」
   真っ赤になって怒鳴るはじめだった。
   クッ!
   クスクスクス………。
   高遠の楽しげな笑い声。
   かすかにざわめくエグゼクティブ・クラスの中、その笑い声はさして大きなものではなかった。
 
おしまい
START  11:49 2001/08/08
UP18:08 2001/08/15
 
あとがき
 ラストがちょっと走り気味ですね。今回ちょっと、上っ調子な気がします。どうかなぁ。
 時間流的には『薔薇とビデオとマジックと』の3日後。まさかヨーロッパに拉致されるとは。しかも、お母さん公認ですね。この後はじめちゃんどんな目に合うのか。
 まぁ、言わずもがなでしょうかしら………(^^ゞ
 それでは、少しでも楽しんでもらえることを祈りつつ。
 
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