雨宿り



「うわっ、ヤベッ」
   夏休みの補習授業の帰りにゲームセンターに寄ったのがいけなかったのだろうか。
   天罰覿面とばかりに降り出した雨。
   大粒の雨がアスファルトで弾ける大きな音。
   遠雷であったものまでもが近づいて来る。
   はじめは慌てて駆け出した。もっとも、運動神経も持久力も持ち合わせのないはじめである。手近の建物の軒先に飛び込んだだけで息があがるというありさまだったりする。
  「ひえー、ついてないなぁ」
   ハンカチなど元より持っていない。
  「どうぞ」
  「あ、サンキュ」
   差し出されたハンカチを無意識に受け取り、水分を拭い、はじめはやっと気づいた。
   相手が見知らぬ人物であることにだ。
  「あ、助かった」
  「君も雨宿りですか」
   今更言わずもがなの台詞だったが、ハンカチを借りた手前強くも出られずはじめは曖昧に笑ってごまかすことにした。
   ハンカチを貸してくれた先客は、はじめよりも5センチほど背の高い、しかし横幅はたぶんはじめのほうがあるだろう、すらりとスタイルのよい青年だった。
   雷が輝き、しばらくしてひときわ大きな音をたてた。
  「きれいなものですよね」
   青年が誰に言うともなく独り語ちた。
   雨足が速くなり、軒から外は視界が利かなくなる。
  「まるで雨に捕えられているみたいだ」
   はじめのつぶやきに、
  「それは面白い発想ですね」
   青年が反応を返す。
  「そーかな?」
   雨宿り同士の気安さとでもいうのだろうか。明らかに自分よりも年長の青年の丁寧な言葉遣いに、警戒心が失せたとでも言えばいいのか。
  「ええ。ネタに使ってもいいですか?」
  「ねた?」
   はじめがまじまじと青年を見返す。
   白い顔は端整で、いくぶんか皮肉気に持ち上げられている口元の薄いくちびると、珍しい金茶の瞳が印象的だった。
   その瞳は、奥に強いものを秘めている。――はじめはそう感じた。
  (サラリーマンや大学生じゃないよな、やっぱ)
   なんとなく胡乱だよなとジロジロと見ていると、
「クスリ…」
   青年が笑った。
  「なんだよ?」
   ばつが悪くてじろりと睨むと、
  「これは失礼」
  と謝りながら、なおもクスクスと笑っている。
   憮然となったはじめに、
  「私はこういうものです」
   舞いの所作のように優雅な軌跡を描く右手。
   それに気を取られた次の瞬間、はじめの目の前には、1枚の名刺があった。
  「…? ……え、と…Youichi Takatou?」
  「はい。金田一はじめくん?」
   ギョッと目を剥いたはじめにまだしつこく笑いながら、
  「ショルダーに名前を書いてるでしょ、君?」
   かすかに語尾を跳ね上げたイントネーションで青年が説明する。
  「あんた、たかとうよういちさん、笑い上戸なんだな」
  「高遠でも遙一でもお好きなほうでどうぞ。別段いつも笑い上戸というわけじゃないんですけどね、金田一くん。ああそうだ、これを差し上げましょう。もし暇なら来てください。いつでも歓迎しますよ」
   雨も上がったようですし、これで失礼しますよ――そう言い残すと、高遠と言う青年は身を翻した。
   後を追おうとしたはじめだったが、すでに高遠の姿はどこにもない。
   ただ胸のポケットにいつの間に差し込まれていたのか、4枚の細長いチケットだけが青年が幻ではなかったのだと告げていた。
   
   
   ―――高遠遙一。
   彼が世界でもトップ・クラスのマジシャンだとはじめが知るのは、今しばらく後のことである。
  ALIGN="right">おしまい
start 21:14 2001/07/31
up   21:40 2001/07/31
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