チケット



その1


「フミ、これ行くか?」
   無言のまま、なんだよ? と訊ねてくるフミの目と鼻の先で細長い紙切れがぴらぴらと揺れている。
  「わたしは猫じゃないやい」
   喚きながらも素早く奪い取り紙切れに視線を走らせたフミが、
  「はじめ、どーしたんだよ、これっ」
   と、詰め寄る。
   剣幕に驚くのははじめのほうである。
   雨宿りが一緒になった青年に貰った、マジックショウのチケット。
   フミが焦るようなものなのか。
  「どーしたって、貰ったんだけど?」
  「もらったー?! しかも、これ、S席じゃんか!!」
  「で、フミ、おまえ行くか?」
  「行くに決まってるじゃん。でも、はじめおにいさまん、もう1枚ない?」
   わざとらしく可愛い子ぶってしなを作るフミだった。
  「ほら。けど、おまえ誘う相手がいんの?」
   墓穴を掘る。
  「いるわい!! 黒塚くんを誘うんだ」
   ハートマークがついていそうな声。
  「黒塚? …黒塚って………ああ、国会議員かなんかの息子かあ。おまえ、とーとつに誘って変に思われないか?」
   早々と携帯をプッシュしはじめたフミだったが、そのはじめのもっともに聞こえる質問に、
  「フッフッフ…」
   と、無気味な笑いを返した。
  「フッ! 甘いな。はじめ。んなだからもてないんだ。美雪ねーちゃんを掻っ攫われちゃうわけだわ」
   痛いところを突かれて、ことばに詰まる。
  「黒塚くんとはとっくにメル友だい。ちょーどさっきこれ観に行きたいけどチケット完売で手に入らないって聞いたばかりなんだ」
  「そんな有名だったのかよ」
   息を吹き返したはじめに、
  「おっくれてる! 地獄の傀儡師ってちょっと趣味を疑うよーなステージネームだけどさ。ヨーロッパやアメリカじゃ立ち見までも出るくらい有名なトップクラスのマジシャンなんだってさ」
  「へー」
   チケットを見直すはじめに、
  「で、はじめは誰と行くんだ?」
   と、意地悪なフミだった。


その2


「うん。わかった。またね…」
   通話が切れた携帯電話をぼんやりと眺めていたフミだったが、思いたったように自分の頬をぱちんと叩き、
  「よしっ!!」
   立ち上がった。
  「はじめお兄ちゃん」
   ノックを省き名前を呼んでドアを開ける。
   薄暗く散らかった部屋の中ではじめはテレビゲームをしていたが、フミの声に鳥肌立って硬直した。
   瞬間派手な色彩と大きな爆発音が響いたと思えば、テレビ画面に踊るのは“GAME OVER”の文字だった。
   電気をつけ、 
  「はじめお兄ちゃん」
   胸の前で両手を合わせて小首をかしげる。
  「フミ〜おまえなぁ。なんかある時だけ語尾にハートマークをつけるの止してくんないか」
   はぁと、溜息をひとつついて、くるりと尻で方向転換をする。
  「わかったよ」
   どんとはじめの正面に座ったフミに、
  「で、何だ」
   と、問いかける。
  「あのさ、地獄の傀儡師のマジックショウ、誰といくか決まった?」
  「まだ」
  「やっぱり〜」
   かまぼこ型の瞳。
  「わるかったな」
  「だよね〜。美雪ねーちゃんに振られたら、はじめの誘いに乗る女なんていないもんね」
  「おまえ、いい性格だよな。あいかわらず。チケットがほしいんだろ? 違うのか」
  「さっすが、はじめお兄ちゃん」
  「だ〜か〜ら、それを止めろっていってんだろーがよ」
  「わかった」
   はじめの目の前に、フミの掌が差し出される。
  「なんだよこれ」
  「くれるんでしょ」
  「その前に、理由ぐらい教えろよな」
   はじめが腕を組む。
  「巧と一緒に行くつもりだったんだろ。おまえこそ振られたんじゃないのか」
  「ちがわいっ」
   フミが真っ赤になる。
  「ほんとか〜」
  「違うもん。ただ、黒塚くんひとりじゃ家から出してもらえないだけなんだもん」
   ぷんとそっぽを向くフミに、
  「ああ、国会議員の息子だもんな。筋金入りのお坊ちゃまだよなぁ。身分違いなんだから、諦めろよ」
  「ばかっ! はじめ!! デリカシーない男なんか、一生恋人できないんだぞ」
   怒ったような表情。しかし、その表情が泣きそうなのを我慢しているのだと、はじめは知っている。
  「わるかったよ。な」
   子供扱いするのを極端に嫌うフミの頭を撫でるわけにもゆかず、手持ち無沙汰に顔を覗き込む。
  「…本当に悪いって思ってるか?」
  「思ってる思ってる」
   降参と両手を肩まで上げて、言う。
  「よし。許してやる」
   (偉そうだよな)
   思うだけにしたが、じろりと睨まれて、首を竦めるはじめだった。
  「そうか。若林さんと一緒じゃなきゃ出してくれないってわけだ」
   ポンッと手を打ち鳴らし、はじめが独り語ちる。
   若林夕雨子(わかばやしゆうこ)。
   フミの本命、黒塚巧(くろつかたくみ)の家庭教師兼世話係である。以前ちょっとしたいきさつで知り合ってから、なんとなく年賀状や暑中見舞いのハガキが舞い込むようになっていた。
  「ちょっちダサいけど、あんがいスタイルいいんだよな、夕雨子さん」
   ポヤーッと天井を見上げるはじめに、
  「なーに鼻の下伸ばしてんだよ。ヤらしいんだから、ホント」
   軽蔑のまなざしを投げかける。
  「じゃあさ、チケット1枚やるから、オレも一緒に行くんで手を打たないか?」
  「はじめと〜?」
  「そーそー。おまえは巧と話したりしたいんだろ? オレが夕雨子さん引き受けてやるからさ」
   年上の女性というのは、年頃の少年にとっては憧れの存在だったりする。それは、はじめだとて変わらない。殊に美雪が恋人を作ってからというもの、淋しいは悔しいはで、なんとなく恋愛関係に関しては顰蹙ものの思考回路になっていたりするのだ。
  「う〜ん。黒塚くん、あの人のこと絶対好きなんだよな。15才年上の女って、年が離れすぎてんだけど、今時女のほうが年上のカップルってあんまり変じゃないし……。う〜ん」
   ぶつぶつと考え込んだフミである。
  「どーする?」
   はじめが一緒っていうのは、ちょっとなんだったりするんだけど大好きな巧くんと一緒に行けるなら、と、
  「わかった。手を打つよ」
   と、しぶしぶながら答えたフミだった。
 

その3


「はじめっ、フミちゃん、お迎えがいらしたわよ」
 階下から叫ぶ母親に返事を返し、
  「ほら、フミ、早くしろよ」
   はじめが急かす。
  「だ、だって…こっちがいい? それとも、こっちのほうがいいかなぁ。どっちも子供っぽいような気がするし」
   ここでどっちだっていいだろうなどと言おうものなら、二倍も三倍もになって言葉が返ってくるのは、わかりきっている。だから、はじめは内心で独り語ちるだけにして、
  「悩むのはいいけどな、フミ、お目当ての巧を待たせてどーすんだ?」
   と、言うのにとどめた。
  「わかってるってば。でもでも…はじめぇどっちがいいと思う?」
   素のままの可愛らしい表情で、フミがはじめを見上げる。
   オッ! と思ったものの、こういう風に出られれば下手な対応もできない。フミが示す二着のワンピースを矯めつ眇めつし、
  「こっちだな」
   はじめが指差したのは、淡いピンク色のたっぷりとフレアーをとった可愛らしいほうだった。
   まじまじとそっちを眺めていたフミは、大きく一つうなづくと、それをクローゼットにしまいこんだ。
   結局フミが選んだのははじめが選んだのとは反対の、白いマーメードラインのワンピースだった。襟と裾のラインストーンが可愛らしい。
  「はじめ、サンキュ」
   にやっと笑う表情は、いつものフミである。
  「イヤミなヤツ〜」
   腰に手を当ててぼやくほど、内心怒ってはいないはじめだったりする。
   (こーゆ〜とこ、こいつって小さいくせにしっかり女だよな)
   と、見下ろしているはじめは、アイボリーのサマーセーターに紺色のチノパンだった。身形にかまわない彼にしては、まぁまともな格好といえるかもしれない。流行を無視したスタンダードと言えなくもないが、これは、フミの趣味だった。
   『年上の女性をエスコートしようって身のほど知らずなことをするんだったら、せめて、大人っぽい格好にしなよ』
   などと言ってフミが選んだのが、この組み合わせだったのだ。
   似合わないような気がしないではないが、まぁ、マジックショウを見に行くんだし…と、フミの趣味に付き合ってやることにしたはじめである。
   常日頃なんのかんのと角を突き合わせていても、はじめだとてフミを可愛がっているのだ。
  「お客様をお待たせして…。ちゃんと謝っとくのよ」
   ようやく二階から降りてきたふたりに、母親が小声で文句を言う。ちょっと焦っているのは、”お迎えにいらした”のが、運転手つきのリムジンだったからである。息子と姪っ子とがあちらこちらと顔が広いのは知っていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった母親である。
  「こんばんわ、フミさん、はじめさん」
   椅子から立ち上がって挨拶を寄越した黒塚巧は、いつかの悪ガキの面影をきれいに拭った、非の打ち所のない”いいとこのぼんぼん”だった。夏用紺のジャケットと白いカッターシャツ。半ズボンに膝丈の白いソックス。
  「こ、こんばんわ巧くん」
   フミの声が1オクターブくらい裏返るくらいには、充分リトル・プリンスで通じるだろう。
  「おっす、巧。夕雨子さん、こんばんわ」
   もっともはじめの目当ては巧じゃなく、巧の背後ではにかみがちにほほえんでいる若林夕雨子なのだ。あいかわらず前髪は長めで顔を覆ってるし、大きなメガネは顔の半分くらいを隠しているが、ストンと飾り気のないグレイのワンピース姿は彼女のすらりとしたスタイルのよさを引き立てていた。
  「こんばんわ、金田一さん。今日はチケットありがとうございました。巧くんとっても楽しみにしていたんですよ。地獄の傀儡師のマジックショウに行けるって」
  「あ〜夕雨子さん、それ言っちゃ駄目だってば」
   仲よくじゃれているみたいなふたり。
   ぼんやりと夕雨子に見惚れているはじめの脇腹をフミがつつき正気に返らせた。
  「ほら、いくぞ」
   ぼそりとささやかれてふと見やれば、巧と夕雨子のふたりはとっくに玄関に向かっている。
  「たのむよ〜はじめぇ。たのむから、夕雨子さんをしっかりエスコートしてくれよ〜」
   ふたりの仲のよさにショックを受けて萎垂れそうなフミだった。
                                     
とりあえず おしまい
up   21:55 2001/07/31
  up   8:46 2001/08/25
up 10:50 2001/10/20
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