ヨーロッパにて |
「あ? 高遠? たかとーだったら、着いた早々マネージャーに引っ張ってかれた。なんかあったんじゃねぇ? わかんねえってば。そういうわけで、とりあえず無事着いた。けどなぁ、なんだって息子の意見を聞かずに、たかとーの言いなりになんだよ」 ぷんぷんと、ヨーロッパ大陸とユーラシア大陸を隔てた遠い日本の母親に愚痴るはじめだった。 『あら、だって、高遠くんにお願いされたら、断れないわよ。かあさん、高遠くんの顔に弱いもの。それにはじめ、ただで海外旅行よ。ただで。しかも、ヨーロッパ。豪勢じゃない。代われるものなら母さんが行きたかったくらいだけどね。ああ、フミちゃんにお土産買ってきてあげなさいね』 息子の剣幕に負けず一方的にまくしたてるはじめの母。母親の言い分を聞いているうちに、はじめはげんなりと脱力する。 「わーったよ。母さんは要らないんだな」 『そこは、息子の思いやり次第よ。じゃ、高遠くんに迷惑かけないようにね』 言いたいだけ言って満足したのか、通話が切れた。 「迷惑かけられてんのは、こっちだー!!!」 今更と思いつつ、喚かずにはいられない。 ひとしきり自棄気味で喚きたおしたはじめだったが、さすがに喉が渇いてきた。腹も減った。リビングのテーブルの上には、様々なフルーツがドンと乗せられているし、きっとルームサービスなんかも充実しているだろう。が、いかんせん、英語の授業は(も?)最低線を這いずっているはじめがフロントに電話をかけるなどという芸当ができるはずもなく。 りんごを取り上げて服の裾にこすりつけ、かぶりつく。充分な甘さと適度な酸味の果樹が口いっぱいに広がる。りんご咥えたままで、キッチネットとでも言うのか、それともルーム・バーとでも言うのか、ちょっとしたカクテルなんかが作れるスペースへとはじめは近づいてゆく。もちろん立派な冷蔵庫もあって、 (さっすがぁ! 期待はずれじゃないよな) 様々な種類のアルコールやソフト・ドリンクがこれでもかと用意されていた。 アルコールに対する興味がないわけではないが、すきっ腹にアルコールはさすがに危ないだろうと、冷蔵庫を漁るにとどめた。 適当に缶ジュースを引っ張り出し、フルーツと一緒に胃の中に流し込む。皿にデコレイトされていたフルーツは、大半がはじめの胃の中に消えていった。 「く、くるし…」 腹をさすりながら、バスタブに湯を張る。 「外国にもこんな広い風呂があるんだな」 ジャグジーつきの大理石風呂というのが、なんだかラッキーに思える。 思いっきりシャボンを泡立てて、外国映画みたいになったバスタブの中にはじめが飛び込む。 「はぁ………。生き返った」 大袈裟でもなんでもない。なんだかまだ地面が揺れているみたいなのだから。湯船ごとぐらぐらと揺れているような気がするのだった。 キングサイズとでも言うのか、やけにでかいベッドに背中から倒れこんだ。天蓋つきで、女性なんかは「かわいい」とか「素敵」とかはしゃぐのだろうが。 身の危険を感じないではいられない。なんと言っても、高遠と自分の関係は、「こいびと」らしいので。 (どーこーで、間違っちまったんだか) 釈然としない思いを抱えたままで、いつの間にかはじめは眠りに引き込まれていった。 ※ ※ ※(!!) 何が理由というわけではない。ただ、突然崖から突き落とされたような、そんな感覚ではじめは目覚めた。心臓がバクバクと乱れている。ゆっくりと上半身を起き上がらせたはじめは、一瞬ここがどこかわからずに、ぼんやりと周囲を見渡す。絞り込まれた間接照明の中ぼんやりと陰影を描いているのは、はじめの部屋が三つくらい入りそうな広い寝室だった。 「え、と…」 じんわりと、これまでのいきさつが、はじめの記憶野から滲み出てくる。 恐る恐る掛け布団を持ち上げて、自分自身を確認した。パジャマに乱れはない。ただ、腹の上に、白く繊細そうな、それでいながらきっちりと筋肉のついた腕がのっている。 剥き出しの腕。 視線をその腕に沿って動かすと、きわめて腕の良い彫刻家が極上の雪花石膏から刻み出したかのような、しなやかな裸形。 高遠が、突っ伏して眠っている。 (はだかで寝てんのかぁ…) あまり意外ではない。外国生活の長い高遠である。 (きっちりパジャマを着ているほうがびっくりかもな……) などと高遠が聞けば複雑な表情をするに違いないことを考えながら、はじめはなんとなく高遠を観察した。 よくよく考えてみれば、こんなに無防備な高遠を見たのははじめてである。 顔だけが、はじめのほうを向いている。 整った、容貌。額にかかる、やわらかそうな黒髪。薄い瞼の奥には、珍しい金茶の瞳が隠されている。すっと通った鼻筋、幾分か薄めの赤味が勝っているくちびる。 (きれいだよなぁ…) 女性がうっとりとするのも、わからないでもない。が、突拍子もない行動に振り回されているはじめにしてみれば、感心ばかりしてはいられないというのが本音だったりする。 どれくらいぼんやりと高遠を眺めていただろう。 (息してんのか?) 白く完璧な裸体は、まるで死体のようにぴくりとも動いていない。 目を眇めて凝視すると、かすかに上下しているようだった。 (そういや、喉が渇いたな…」 なんとなく詰めていた息を吐き出して、はじめがベッドから抜け出そうとした。 「うわっ!」 何が起きたのかわからなかった。 気がつけば、目の前に高遠の顔。 「なんだよ!」 抗うまでもなく、気がつけば高遠のからだの下に押さえ込まれていた。高遠の前髪が頬をくすぐる。そんな至近距離。よく考えれば、高遠は素っ裸なのだ。パジャマ一枚隔てて、高遠の体温を感じる。なまなましい熱。それを意識したとたん、心臓がバクバクと乱打をはじめる。はじめの顔が真っ赤に染まった。 「た、たかと〜! びっくりするじゃんかよ」 声も変な風に跳ねてしまう。 「どこに行くんです?」 起きぬけの少しかすれた声が、はじめの耳朶をくすぐる。そこがはじめの弱いところだと、充分に知った上での行動に違いない。思い通りになってたまるもんかと、熱くなりかけたからだを騙すために声を張り上げた。 「水っ! 喉が渇いたから飲もうと思っただけだよ」 そう返して跳ね起きようとするが、高遠には適わない。 「はなせよ」 むきになって噛み付くはじめに、 「どうぞ」 余裕の態度で高遠が返す。 「う〜」 唸りながら顔の両側に突いている高遠の手を外そうとするのだが、プロのマジシャンに体術でかなうわけがない。もとよりそう体力のあるほうでもないので、すぐに息があがってしまう。 「水くらい飲ませてくれよ」 言い終わるか終わらないかのタイミングで、キスを掠め取られた。そうして耳元で、 「飲ませてあげますよ。後でならいくらでも、ね」 笑いを含んだ声で、高遠がささやいた。 「!」 不幸なことに、それが何を示唆しているのか、わからないはじめではなかった。 「たかとーのばかやろー」 それを最後に、はじめの喘ぎだけが室内にこぼれ落ちていったのである。 とりあえずおしまい
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2月かかって、こんな内容。
なんかこのところこんなエンディングばかり。しかも始まりが電話っていうのもパターン化してるような気が。
やばい、どうにかしないと。
しかし、今の魚里には精一杯の内容だったりします。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいんですけど、どうでしょうか。
それでは、次の作品でお会いできますように。