ショウの後で |
はじめは眩惑されていた。 落とされた照明の中きらきらと輝くステージでは、この日最後の、地獄の傀儡師のマジックショウが繰り広げられている。 右隣には若林夕雨子、左にはフミ。その向こうに黒塚巧が座っている。 ショウが始まるまで、はじめは隣に座った夕雨子のほのかにくゆる香水のかおりにドキドキしていたのだ。しかし、今や奇跡のようなすばらしいマジックの数々に、浮ついた気持ちなどきれいさっぱり忘れさっていた。 やがて魅惑のショウは終わり、客達が興奮にさんざめきながら去ってゆく。しかし、はじめは、座席から立つことも出来なかった。 「はじめっ」 フミに袖を引っ張られても、はじめの意識はまだ現実に立ち戻れない。それほどまでに、地獄の傀儡師のマジックショウはすばらしいものだったのだ。 「黒塚くんも若林さんも待ってるんだからっ」 突然頭に降ってきた痛み。 「イテッ」 殴られた箇所を撫で擦りながら、はじめはようやく我に返った。 「なにすんだよ」 「はじめのバカッ! 夕雨子さんはまかせろって言ったくせにっ」 言われて見やれば、巧と夕雨子の姿はない。 「ついて来てるって思ったら、来てないから探しちゃったじゃないか。巧くんと夕雨子さん、ロビーで待ってるんだから、はやくっ」 「ロビーで待ってくれてんならかまわないじゃんか」 「はじめのバカ、おたんちん! おまえなんか女心がいっしょーわかんないんだい」 フミの目が今にも泣き出しそうに赤く充血している。はじめは、フミの本気と焦りを感じた。だから、 「わかった」 と、降参のジェスチャーに両手を肩の高さまで上げたのだ。 その時だった。 「金田一はじめさまですね」 と、穏やかな声がかけられた。 フミのほうに顔を向けていたはじめの背後からの声に振り返れば、穏やかな表情ではじめを見下ろしているのは、初老の男性だった。 「そうだけど」 「失礼いたしました。私は地獄の傀儡師の日本でのマネージャーをしております、長崎と申します」 深々と頭を下げる長崎に、はじめの頭の中ではクエスチョン・マークが飛び交っていた。 「金田一さまを楽屋へとお招きしたいと申しております。よろしければ是非おいでいただきたいのですが」 「………なんで?」 「存じ上げませんが」 「連れがいるけど?」 「これは失礼を。お連れさまもご一緒にとのことでございます」 その言葉に、はじめはちろりとフミを見やった。 フミからはさっきまでの泣き出しそうな表情が消え去っている。その場に固まっているフミの瞳からは、疑問と期待とが見てとれる。 「まだふたりロビーにいるんだけど」 「存じ上げております。それでは、ご案内いたします」 くるりと方向転換をした長崎が、十歩ほど離れた場所にいた関係者らしい青年に何事か耳打ちをした。青年がロビーに出てゆくのをはじめが何気なく見ていると、 「彼が外のおふたりをご案内いたしますので、ご安心ください。では、こちらへどうぞ」 案内された楽屋の広さは、四畳半くらいだろうか。がらんとして、応接セット以外は窓際の観葉植物くらいしかない。 長崎は、はじめたち四人にジュースを出した後、奥の扉に消えていった。 もっとごちゃごちゃとしたところを想像していたはじめは、肩透かしを食らったような感じがして、水滴のついたコップを持ち上げざまジュースを一気に飲み干した。 「なんにもないね。楽屋って言うから、もっとごちゃごちゃしたところ想像してた」 ぼそっと右隣のフミが、耳打ちしてきた。 「ああ。多分、あのドアの向こっかわが、使ってる楽屋なんじゃないか。こっちは、ファンとかスポンサーとかの相手をする部屋でさ」 真正面にあるドアを指差した。 「でもさ、なんで、地獄の傀儡師がはじめをわざわざ楽屋に呼んだんだろ」 「う〜ん。わかんねぇ……こともないかなぁ」 はじめはそう答え、頭の後ろで腕を組んで天井を見上げた。 (もしかしてって思わないこともないんだけどな) 内心でそう独り語ちた時、カチャリとかすかな音がして、奥のドアが開いた。 「はじめっ」 脇腹をフミにこつかれ、体勢を元に戻す。 「お招きしておいて、待たせるなどと、失礼いたしました」 涼やかな声が室内に流れる。 舞台メイクを落とし、紺色のコットンシャツにズボンというラフな格好の地獄の傀儡師がそこに立っていた。 質の良さそうな黒髪、日焼けとは無縁そうな白い肌、赤く薄いくちびる。そうして、長めの前髪の間に見える、珍しい金茶の瞳。現われるだけで、その場の視線を自然と集めてしまう存在感は、カリスマと表現しても過言ではないだろう。スマートな隙のない動作ではじめの正面に腰を下ろしたのは、あの雨の日、雨宿りの数分間を共に過ごした青年だった。 (やっぱり) チケットをくれたことからマジック・ショウの関係者だろうという予想はあった。けれど、高遠遙一と名乗ったあの青年イコール地獄の傀儡師とは、最初ははじめも考えなかった。それでも、あの日の彼の言動を幾度か思い返すことがあり、もしかして………と思いはじめていたのだ。 はじめの言った何気ない一言をネタにしてもいいかと訊ねた口調は、真剣だった。いつでも歓迎しますよというのは、彼がショウの主役だからこそ言えるのではないだろうか。そうして、舞いの所作のように優雅だった、手の翻るさま。掻き消えるように視界から消えた、身のこなし。 それら記憶に留まっていた些細なパーツは、高遠遙一イコール地獄の傀儡師という図式にぴったりとおさまるような気がしてならなかったのである。 だから、はじめは、驚かなかった。 金茶の瞳が、はじめの鳶色の瞳を覗き込んでくる。 「金田一君。よく来てくださいました。楽しんでいただけたでしょうか」 自信に満ちた口調だった。 はじめが口を開くよりも速く、 「とても、すばらしかったです」 左隣に座っていた黒塚巧の興奮した声が迸った。 「とっても、感動しました。こんなマジック、これまで見たことありません。ね、先生」 「ええ。ほんとうに。夢のようなひとときでした」 若林夕雨子が相槌を打ちながらはにかみがちに微笑んでいる。 「光栄です」 にっこりと満面の笑みをたたえた彼の視線が、はじめからふたりに逸れた。 しぜん、はじめの口から溜め息がこぼれる。金茶の瞳に凝視されていたせいなのか、とてつもない疲労がはじめを襲う。首から肩にかけてがジンジンと疼いてならなかった。 「金田一君は、楽しんでくれたでしょうか」 フミまでもが加わった四人の会話から独り離れて、ぼんやりとしていたはじめの耳に、静かな声が届いた。 目の前には、金茶の瞳。 「え? あ、あ。凄かったよ」 なんでこんなに凝視してくるのだろう……そんな疑問を感じながら答えたためか、はじめはこの時なんと言ったのかをほとんど覚えてはいない。 とりあえず おしまい
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極道ですね(>_<) 書ききってからアップと思ってたのですが、どうもいつまでかかるやら不安なもので、アップです。 こんな中途半端ですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。 無理かな………すみませんm(__)m