ヨーロッパにて2 今夜も眠れない |
最初は『なんなんだよ〜』と、自分の意思に反してイギリスに連れてこられたことにぶつぶつと文句を言っていたはじめだったが、元々が柔軟な性格をしていることもあり、三日もしないうちに外国でのホテル生活に慣れた。 まぁ、来てしまった以上慣れるしかないというのが本音かもしれないが。 外国は何かしてもらうたびにチップが必要で、不便きわまりない。なんか釈然としないと思いながら、それでも小銭をポケットから取り出すはじめだった。 高遠はといえば、忙しいらしくあまりはじめの相手はしていられない。最初の日はともかく、『すみません』と言いつつ、マネージャーやアシスタントらスタッフに囲まれている。それはそれではじめはかまわなかったりするのだが、気になることがあった。 それは、二十一人分の視線。 高遠の親派というか、親衛隊というか、彼らの視線ははじめに対してかなり強烈だった。 スタッフに紹介しますよと言われた最初のの夕食の席で、 『誰です?』 と、高遠に訊いたマネージャーのまなざしの強さ。(それくらいの英語ならいくら早口でもはじめにだって聞き取れるし判る)彼のマネージャーは日本で会ったことのある長崎だけだと思っていたはじめにとって、二人目の外国人のマネージャーなど、予想外だった。 『金田一はじめくん。僕の、恋人ですから粗相のないようにしてくださいね』 堂々とそう言われて、 『なっ! なんてこと言うんだよ』 と、殴りかかろうとした手がギクンと止まった。 高遠を囲んでいる男女の視線が、はじめの頭のてっぺんから爪先までを値踏みしていたからだ。 様々な色調の、グリーンやブルーやグレイ、ブラウンの瞳が凝視してくる。 自分に向けられた二十一対の視線の集中砲火に、ますます顔が赤くなるのを痛いくらいに感じた。 (あんだけ美男美女に囲まれてっから、それで美意識が歪んでんだなきっと) 認めるのは癪だが、彼らに比べれば自分はどこにでもいる寸足らずの日本人でしかない。 (高遠が特別なんだよなぁ) 高遠だとて、大柄なほうじゃない。はじめよりもせいぜい十センチ、いっても十五センチ高いくらいだろう。そんな高遠が彼らの中心にいて、少しも見劣りしないのだ。それどころか、彼らを圧倒する存在感。あれは、自分への絶対の自信からくるオーラのようなものだろうか。 「くさるよな」 なんとなく面白くない。なぜなら、彼らの視線の意味をほぼ正確に読み取っていると自覚しているからだ。 (何でおまえのようなものが………) (ミスターにはふさわしくない) 自分を否定する、二十一対のまなざし。 高遠が世界的に有名なマジシャンだということは、理解しているつもりだった。 彼のステージを見たこともある。 素直に凄いと思った。 ただ不思議な現象を見せるだけではなくストーリー性を持たせた舞台は、確実に見るものの心を虜にする。 そうして、それらを支える高遠のマジシャンとしての手腕。その素晴らしさ。たゆみもなく、ぶれもなく、まるで猫科の大型獣のようなしなやかな身のこなし。高遠がわずかに動くだけで、舞台の上が、別世界へと変貌を遂げる。あえて披露される使い古された陳腐なトリックには、誰も考えなかったようなみごとな彩りが添えられている。 観客はうっとりと夢心地のままに、ショウの根底に流れるストーリーと高遠のマジックとを楽しむのだ。それは、はじめだとて例外ではなかった。 そうして、二十一人中二十人の視線がやわらかくなるきっかけとなった、はじめにとって不条理きわまりない出来事が解決したのは、ほんの二日ばかり前のことだった。それは、イギリス公演最後の日だった。 翌々日、スタッフより一足遅れて、はじめと高遠はイギリスを後にした。 次の公演先は、スイスだった。 新たな滞在先となったホテルで、 「あ〜あ」 はじめが大きく伸びをした。高遠は例のごとく会場の下見と、公演初日のリハーサルで不在だった。 『一緒に行きませんか』と、誘われたが、仕事の邪魔をしたくはなくて、ホテルに残ったのだ。 「ミスター・キンダイチ」 自分の名前とは思えないような耳馴れないイントネーションで呼ばれ、振り返るのに時間が掛かった。 ノックの音を聞き逃したらしい。背後に立っているのは、 「え…と、ハーベイさんだっけ。何の用?」 高遠のマネージャーが、ドアを背に立っていた。長崎に比べれば、どこか冷たそうな、高い鼻が印象的な中年くらいのハーベイが、無言で凝視してくる。 はじめの表情が、わずかに強張った。なぜなら、彼の態度だけが、未だに軟化していないからだ。 外国語に不自由しなくなったのは、あの不条理な出来事の置き土産だったりする。あの出来事がどうにか解決した後、なだれこむようにして一週間お預けを食らっていた高遠の、『待った』を聞かないエッチに突入してしまった。その後の、泥の中にうずもれてしまったような、気だるい眠りの中に、諸悪の根源が現われて、これからはどんな外国のことばにも不自由しないようにしておいたと、言うだけ言って消えたのだ。 『どいつもこいつも、なんたって、オレの周りのやつらはひとの言葉を聞かないんだ〜!!!』 と、ひとり頭を掻き毟ったのは、まだ記憶に生々しかったりする。 (そりゃ、ことばに不自由しないってーのは、ラッキーだけどさ) そう内心で独り語ちた時、はじめは、みぞおちに重々しい衝撃を感じた。 そうして、はじめの意識は闇に飲み込まれたのだ。 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇腹がズキズキと痛い。 「う〜」 上半身を起こしたはじめは、自分が知らないところにいることに気づいた。 腹を庇うようにして立ち上がる。 「え〜と?」 頭を掻きながら、状況の確認をする。 ログハウスだろうか? この建物の材質は、木らしい。一抱えはたっぷりある、丸太を組んでいる。 床には古びたカーペットが敷かれていて、そこここにクッションが散らばっている。しかし、部屋の中には、他には暖炉以外に家具と呼べるものはない。 腰高窓から外を見れば、真っ青な空に、緑の牧場。のんびりと草を食むウシが、豆粒ほどの大きさに見える。牧場を越えて遠くに見えるのは、雪をかぶった、高い山の頂上である。 (こんな、景色、見た記憶があるよな…………) しばらく考えて、はじめがポンと手を打ち鳴らす。 「ハイジだ!」 フミが一時はまっていて、ビデオをレンタルしてきたのを一緒に見たのだ。 「っつーことは、あれは、アルプス山脈とか?」 同じスイスとはいえ、午前中にはたしかに都会にいたのだ。 レマン湖のほとりでの野外マジックショウを、高遠は計画していた。新しいマジックを披露する予定のショウを、はじめも楽しみにしていたのだ。 それなのに、なんでこんなところにいるのだろう。 腕時計を見れば、午後二時だった。朝の十時くらいまでは、ホテルにいた。日付が変わっていなければ、四時間くらいしか経ってはいないことになる。 「ハーベイのヤツ〜」 みぞおちに捻りこまれた拳の痛みを思い出し、思わず咽る。 「なんか、オレってば、なっさけねーの」 高遠の邪魔ばかりしているような気がして、なんだか、落ち込みそうだった。 「落ち込んでたってしゃーないってーの」 首を振り、腕をまわす。 「窓は鉄格子が嵌まってるしなぁ………。ドアの鍵ってば電子錠だぜ。静電気起こせそうなもの……持ってないな」 精密機械ほど衝撃に強いのだと、漫画で読んだ記憶があった。キャッシュカードとかで静電気を起こしてショートさせればこの手のドアは案外脆いらしい。情報源が漫画というあたりに、不安がないとはいえなかったりするのだが、緊急事態ともなれば挑戦してみない手もないだろう。ポケットの中を探るが、あるのは、せいぜいがユーロの小銭と換金できなかった数ペンスていどだった。 「………………たかとー心配してっよな。それとも、まだ気づいてないとか…。忙しそうだったから、それもありか」 取る手を全て奪われてるせいか、思考が空転する。 「できることないしな。こーゆー時は、慌てず騒がず、寝るに限るって」 転がっているクッションのひとつを枕に、はじめは、カーペットの上で丸くなった。 「…………」 「……」 「……!」 「………」 遠くから聞こえてくるひとが言い争っているような気配に、はじめは目覚めた。 足音が近づいて来るにつれて、声も大きくなってくる。 「?」 (なんなんだよ) 寝ぼけ眼を擦りながらはじめが上半身を起こした時、ピーという電子音が小さく響き、ついでドアが開けられた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇はじめが掻きこむように食事を取っている。 整えられた鼻髭の三十才は過ぎているだろう伊達男が、木のテーブルに肩肘をつき、片目を閉じてはじめを見ている。もう一人は、彼よりは若い、二十代くらいの若い男だ。ふたりの男は、興味深げにはじめを眺めている。 「ニーノ(ぼうず)」 伊達男が、口を開いた。 「んあ?」 パスタを頬張り損ねて、皿から顔を上げたはじめは、面白そうに自分を見ている黒い瞳を見返した。 ボウズと呼ばれるのは不本意だが、この男たちが自分を監禁しているのだと思えば、このていどのことで反抗的な態度を取るのはあまり懸命な態度ではないだろう。 食堂に先導される廊下の曲がり角のたびに、黒づくめの男たちが立っていたのを思い出す。 (物騒な……。マフィアみてぇ。まさか…いや、ここってば日本じゃないんだし。だからって、まさか聞けねーよなぁ) 何気にライフルを抱えて街中を颯爽と歩いてる一般人を見たことがあったのだ。家の中で、腋の下にピストルをぶら下げてるからと言って、即マフィアにつなげるのは早計というものだろう。 そう常識的に考え直したはじめだったが、よくよく考えてみれば、自分は、ハーベイに意識を失わせられて、気がつけばここにいたのだ。 (う〜ん…………オレってばなんだってこんな目にあってんだろ) ちょこっと前のことを思い出して自分の今を確認しなおしたはじめは、釈然としない気分になってしまった。 (オレってば、たそがれちまうぞ) つきつめれば、諸悪の根源は、自分自身の押し出しの弱さだろう。そのあたりに容易にたどりつくだけに、どこにも責任転嫁ができないのだ。 パスタを呑みこみ、 「なに?」 ラテン系らしい黒い瞳を見返し、 「うっ」 咽た。 なぜなら、伊達男が、なりに似合いなウィンクを投げかけてきたのだ。 「手荒い招待で失礼したね。それで、きみがよーいちの恋人なわけだね」 「っ」 頭の中が空白になった。ついで、頭が煮立つ。顔が真っ赤になっているのが、痛いくらいに感じられる。 「な……なんでっ」 「おや、違うの?」 「こ、こいって………あ、あん、た」 何を答えればいいのか、どう言えばいいのか、どうしてこの伊達男が自分と高遠との関係を知っているのか、さまざまな疑問や羞恥が頭の中でグルグルと回っている。 つづく
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||
極道なつづきものばかり増えてます。まともにエンドマークがつくのか不安ですが、先月1本も新作なかったし………。スイスにイタリア男と日本男児。なんか妙な内容ですけど、ご容赦くださいね。