それから




 金田一母の父、すなわち、彼(か)の有名な名探偵金田一耕介は、かなりな読書家でもあった。古今東西を問わず、ミステリィや純文学、医学書やさまざまな雑学を読み漁っていた。原書翻訳のこだわりもなく、蔵書も相当な量になる。
 もちろん、彼女の両親が、彼女の乱読を咎めるようなことはなかった。
 そんな環境に育った金田一母であるので、学生時代、彼女は意外にも読書家だった。それこそ、少女漫画や少女小説、父親の本棚にあったミステリィや文学書など、ある時期、彼女は仲の良い仲間うちで図書館のような役割を果たしていた。そうして、逆に、友達からもいろんな本を借りていたのだ。その中には、後に二十四年組と呼ばれる少女漫画家の漫画や、いわゆるヤオイ同人誌などもあったし、今はない『月光』とか今でも健在な『JUNE』という雑誌などもあったりした。
 結婚するまで、彼女はそれらに親しんでいたのだ。そうして、今も、金田一家の物置の奥には、彼の名探偵の膨大な数の蔵書とともに、彼女の愛読書もまたほこりをかぶってしまい込まれているのである


◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 一通の封書が、ぱさりと音をたてて床に落ちた。
 一歩間違えば悪趣味になりかねないぎりぎりのラインでエレガントさをかもしている深紅の封筒は、ダイレクトメールなどの味気ない封書に混ざっていることもあって、どうしても人目を惹く。
 深紅の封筒を取り上げた時、かすかに、バラのかおりがたった。
 金田一母が、
「はじめー、また届いてるわよ。定期便」
 夏休みをいいことに二階で寝くたれているだろう一人息子に向かって叫んだ。
(う〜ん。これはやっぱり、あれ……なんだろうか)
 息子とよく似た容貌の母親は、複雑な表情をして額に人差し指を当てた。
 高遠遙一と、差出人の名前が端整な字で記されている。
 高遠遙一――それが、世界的トップクラスのマジシャンの本名なのだと、フミから説明を受けて金田一母は知っていた。が、なぜそんな天と地とも離れてるような人物から息子に毎日手紙が届くのか。その疑問は、フミのジェスチャーを交えた詳しい説明から推理すれば、予想ができないわけではなかったりするのだ。ただ、導き出した答が正しいかどうかは、当事者の口から聞かなければ、わからない。
 ともかくも、彼からはじめ宛の手紙が届き始めて、すでに十日が過ぎようとしていた。
 十日間――それは、金田一母の胸中に、不穏なもやもやを芽生えさせるのにほどよい期間だった。
(あれでも、大事な一人息子だしな。………よしっ! 今日こそは問いただしてやる)
 気合をいれるべくガッツポーズをする、金田一はじめの母だった。
「おはよー」
 彼女が奥様劇場の再放送番組を見ながらせんべいを齧っていると、ようやく、タンクトップにトランクスというかっこうのはじめが茶の間に現われた。
「夏休みだからっていつまで寝てんの。フミちゃんなんか黒塚くんととっくにデートよ」
 はじめに泣きついていたわりに、フミは至極あっさりと黒塚巧のGFの位置をゲットしたのだ。
 所詮女の子はおませさんである。同い年くらいの男の子なら、精神年齢の差もあって女の子には勝てないってことだろう。たぶん。
 雨宮夕雨子の突然の婚約発表は、その周囲にというか、黒塚巧とフミに多大な影響を及ぼした。巧とフミそれにはじめを連れての三回目のマジックショウに出かけたときに知り合った男性とゴールインというのは、あまりにも速攻すぎると思うが、それは、まぁ、大きなお世話というものだろう。ともあれ、おかげでフミは巧のハートを掴むことができたのだから、結果オーライにはちがいない。
(ちゃっかりしてんだもんなフミのやつ。夕雨子さんが結婚するってなってしおれてる巧を篭絡してんだもんなぁ………それに比べて……………オレってば情けねーよなぁ)
 溜息が出る。
 幼馴染が自然に袂を分かつ時とでもいうのか、はじめべったりだった美雪が、他の男とくっついた。それがケチのつきはじめ――だったのかもしれない。
 雨宿りに飛び込んだ軒先で出会った、マジシャン――高遠遙一。
 彼に招かれた特等席でショウを見て、終われば長崎が現われ、楽屋に案内される。
 特別扱いに周囲から羨望の視線を向けられるのは、気持ちがよかった。けれど、一介の高校生には手が出せないくらいに高額のプレミアシートのチケットをなんどもくれるその本意がわからなくて、不安でもあり不思議でもあった。だから、問い詰めた。
 『はじめってば、男に好かれるタイプ?』などと、どこで覚えたのか、とんでもない冗談口でフミにからかわれたことがきっかけだった。が、まさか、それが、よりにもよってビンゴだったとは! 高遠が自分に対して持った感情が、恋愛感情だったというのは、いくらきっかけがフミの変な思い込みだったとしても、あまりにも青天の霹靂で。
 ―――だから、ふたりきりになってしまった楽屋で、自分の詰問に高遠が返した台詞………告白にパニクッてしまって、へらへらと笑ってしまったのだ。
 あれは、現実逃避だったのだろう。
 思いも寄らなさ過ぎることだったせいで、脳が思考を拒否したのだ。
 笑いながら椅子から立ち上がったはじめがドアに向かおうと背中を向けた隙をついて、楽屋の白い壁に追いつめられた。高遠の全身がはじめを捕える、強靭でしなやかな檻になったのだ。
 一見して優男っぽい高遠だが、その身ごなしは、マジシャンというだけあって、ツボを抑えている。脳とからだとの連動がスムースなのだ。
 逆に言えば、はじめが、あまりに鈍いだけかもしれないが。
 そうして――――――
「!!」
 思い出してしまったシーンに真っ赤になって、はじめは、
「うわ〜っ! 散れっ! ちるんだっ!!!」
 首を振り両手をわたわたと振り回した。
 誰もいない台所で、はじめの変な踊りはすぐに止んだ。
 荒い息をつきながら、
「はらへってんだよな」
 自分で自分に言い聞かせるように呟きながら、冷蔵庫のドアを開けた。
(おっと。いいもんめっけ!)
 しばらく中をあさっていたはじめだが、やっとそのままで食べられる食品を見つけた。
 ラップの巻かれた皿を冷蔵庫のドアをあけたままで取り出したはじめは、がさがさとラップを剥いだ。いつの残りなのか、皿に盛られて忘れられていた焼きブタをぱくりと頬張る。
 からっぽの胃に、市販品のハムっぽい焼きブタが収まる。その頃には、はじめはさきほどの情けなさや羞恥などをすっきりと忘れ去っていたのである。
「はじめっ! 行儀の悪い。冷蔵庫のドアはすぐに閉める。電気代がかさむんだからね」
 母親の声に、慌ててドアを閉めるはじめだった。

 ひとしきり焼きブタを食べたあと、あるていど空腹が癒されたとパンとミルクを取り出した。テーブルの上に、チンして持ってきたホットミルクと、マーガリンを塗っただけのパンを置く。やおらパンにかぶりつこうとしたはじめの動きがとまった。
「な、なんだよ」
 キッチンの入り口で立ち尽くしている母親の、なんともいいがたい表情に、はじめが狼狽える。
 苦いものを知らずに噛んでしまったような、堪えがたいものをこらえることに必死になっているような、今にも頭を抱えてしまいそうな顔で、金田一母がはじめを眺めていた。
 やがて、
「………あんたなんかの、どこが、気にいったんだろうね」
 ぼそりと呟かれたあんまりなことばに、はじめの褐色の瞳がまん丸になった。
「な、なんのことだ……よ」
 声が歪(ひず)むのは、母の台詞に、高遠と定期便と忘れることに成功したシーンとがとっさに思い出されたせいだった。

 金田一母にとって、いわゆる同性愛というのは、『風と木の詩』とか『変奏曲』とか、『ポーの一族』『トーマの心臓』の世界である。言ってしまえば、美少年と美青年、美少年同士とかの、バラとチーズとワインのはかなくも脆い世界だったりするのだ。
 そう、自分の息子とは、限りなく無縁の、退廃的で耽美な世界。
 決してトランクス一枚で、テーブルに肩肘ついてパンにかぶりつくような世界ではない。
 それはまた別の世界だろう。
 いろんな意味でのカマをひそませた、『あんたなんかの、どこが、気にいったんだろうね』というどちらかといえば、かなり曖昧なことばに反応できたのは、母と子の間にあるある種の共通認識みたいなものなのだろう。
 自分の台詞に反応してみごとに真っ赤になった息子に、「ああ、やっぱりわたしの勘は正しかったんだ」と、深い深い溜息をこぼす金田一母だったのである。
End
start 17:37 2003/01/05
up 13:27 2003/01/07
remaked 22:12 2003/01/07
あとがき
 ………なんじゃこりゃあ! の世界ですね。
 金田一母、本名出てましたっけ? どうも、彼女が出たいって主張するんですよね。
 新年早々やっとこさの更新がこんな内容で、ゴメンナサイです。これは、やはり続きますね。まだ。
 読み直して、あまりに荒い文章だったので、同じ単語が重なる重なる(-_-;) 急遽訂正しました。
 ああ、少しでも楽しんでいただけますように。
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