火のないところに |
それは、八つ当たりだった。 『夕雨子さんのことはまかせたからね』 そんなお願いを引き受けてくれたはずなのに、はじめは、少しも行動にでようとはしない。 マジック・ショウに夢中で、それどころではないといったかんじなのだ。 巧は巧で、横に自分だっているのに、いつも夕雨子さんに話しかける。 ひとりだけ取り残されたようで、フミはとっても面白くない。 ショウはそれは魅的だけど、やっぱり大好きな男の子が隣にいるということのほうにベクトルは向いてしまう。ドキドキするのがショウのせいか巧が隣にいるせいか―――と訊ねられれば、きっと、巧が隣にいるからだと答えるだろう。………地獄の傀儡師には、悪いけれど。 だからなのか、どうも、舞台には周囲ほど夢中になっていなかったりするのだ。 「フミさんは、楽しくありませんか?」 いつものように、ショウの後控え室に案内された。そこでお茶をよばれていると、とつぜん、高遠遙一が話を振ってきて、フミはギクッとなった。 両手で握りしめていたティーカップの中味が波立つ。 舞台化粧を落とした端整な白い顔が目の前にある。 しっかり観客まで見てんだ……という感心よりも、集中力が切れたらそれだけで大事故になりかねないマジックをしていて観客にまで気を配れる余裕に、バケモノ…………などという感想が瞬時に浮かんで消えない。 「えっと………とっても楽しいです」 とってつけたようなことばになるのも、しかたがないだろう。 「そう。それはよかった」 にっこりと微笑む高遠遙一の顔は、とってもきれいだ。 化粧を落としてもくっきりと鮮やかな色のくちびるが、印象的だった。 でも、目が笑っていないような気がするのは、自意識過剰というものだろうか。 (このひとが本気でキれたりすると、なんか滅茶苦茶怖いような気がする) そんなことを思いながら、ひきつる笑顔で高遠を見返す。しかし、その時には、高遠は、はじめに視線を移していたのだ。 なんとなく、小さな溜息をついたフミである。 巧は興奮さめやらないらしく、夕雨子を相手に喋っている。はじめは高遠と喋っているし、フミはなんだか面白くない。 だから、ちょっとだけイジワルな気分になったのだ。はじめに対する無意識の甘えも、そこにはあるだろう。はじめだったら、なんのかんのと怒ったって、結局は許してくれるんだ―――と。 (巧のばか〜っ! はじめのあほっ!) フミは、ケーキにフォークを突き刺した。 この間、友達と遊んでいた時、『内緒よ』とこっそり見せてくれたのは、友達のお姉さんが作っているという、漫画だった。 フミも毎週欠かさず見ているアニメーションの登場人物が、原作の少年漫画とは違う少女漫画のタッチで描かれている。 表紙だけ見てきれいだ――――と感心していたものの、友達がとあるページを開いて見せてくれた瞬間、フミの頭の中をクエスチョンマークが津波となって襲い掛かってきた。 だって、そのページをいっぱい使って書かれていたシーンは、男同士のキスシーンだったからだ。 そのアニメでは脇役のひとりに過ぎない少年が、やっぱり脇役の年下の男の子にキスされている絵が、バラの花と点描とをバックにアップで描かれていた。 きれいに描かれていたし、気持ち悪いとは思わなかった。ドキドキしたし。 けれど、これって、クラスの男の子達が『えんがちょ〜』とか言って騒ぐ世界だよなとは思った。 でも、興味があった。いったいどんな話なんだろうって。だから、その場で貸してもらって、読んでみた。うわぁとかゲッとか思うシーンもあったけれど、そんなところはすっ飛ばして、とりあえず全部目を通した。そうして、ふと思ったのだ。もしかして………………と。 で、実を言うと、いいのかなぁと思いつつ、以来、そういうのをこっそりと、同じ友達に読ませてもらっていたりする。その友達と自分だけの秘密ではあるけれど。 フミが物思いに耽っていると、ノックの音がして、長崎が入ってきた。そうして、なにごとか高遠に耳打ちしている。 「すみません、ちょっと失礼します。待っていてください」 そう言って、高遠が控え室を出て行った。 (チャ〜ンス!) 頭の中では、虫歯菌のような悪魔のコスチュームを着たフミがピースをしている。現実には、口角に噛み殺し損ねた笑いを滲ませたフミが、はじめの肩を軽く突付いた。 「なんだよ、フミ」 「はじめってば、高遠さんのお気に入りだね」 にへらと目尻を下げて、耳元に口を近づける。 「もしかして、高遠さんってば、はじめのこと好きなのかもしれないよ」 「へ?」 自分や伯母さんによく似た、実は女顔のはじめの目が、一層大きく見開かれる。 一瞬の沈黙の後、噴出すようにして笑いながら、 「なーに言ってんだよ」 と、ぐりぐりと、髪の毛をかき回してくれた。 「なにすんだよっ! 髪が滅茶苦茶になるじゃんか」 「変なことゆーからだよ」 「だってさ、金も払わずに毎日見にくるわたしたちを、なんだって高遠さんがここまで入れてくれんだよ。お得意さまやパトロンじゃないんだぞ。なんの儲けにもなってないって言うのにだよ。ショウマンとして一流ってことは、ビジネスマンとしても一流ってことだから、どう考えたってメリットにならないんだから、変じゃないか? それに、よく見てるとさ、高遠さんって、はじめと話したいだけみたいなんだよなぁ。な〜んか、わたしたちってば、お邪魔虫みたいなんだもんっ」 「…………」 はじめが無言で首を傾げた。 (考えてる考えてる) 虫歯菌のコスチュームのしっぽの先が揺れる。 (もう一押しかな) 「はじめってば、案外男にもてるタイプかもしれないね」 ゆっくりと、かつぜつはよく、でも、声は小さく、囁いた。 「だって、はじめの周りにいるのって、みーんな男だもん。千家でしょ、五十嵐のにーちゃんでしょ、猪川さんに、剣持のおじさん。いつきさんに、それに佐木………。学校が一緒ってわけでも、同い年とか学生ってわけでもないのに、仲良しさんだったりするんだもん」 そのことばに、今度こそはじめは咳き込んだ。 End
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引っ張る引っ張る。
滅茶苦茶なタイトルですね。われながら(-_-;)
こんどはフミちゃんバージョン。すみません。いえ、別に勿体つけてるわけじゃないんです。
なんかこのキリ、高遠くんが動いてくれないんですよね。実はあんなにぶちきれてるって言うのに、ぶちきれるまでが長い長い。やっぱり、こう、思い切りがつかないっていうのもあるんでしょうね。きっと。
ということで、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。