金田一少年 はじめぎつねと真っ赤なミトン

はじめぎつねと真っ赤なミトン

 とある山の中に、はじめという名前のきつねの仔が仲間たちと一緒に仲良く暮らしていました。
 あるぽかぽかとあたたかい小春日和の朝、はじめぎつねは山の中を餌を探して歩いていました。
(!)
 すると、道の真ん中に、赤いなにかがぽつんと落ちているではありませんか。
 元来が食いしん坊のはじめぎつねは、野生の獣の警戒心を忘れて、それに飛びつき、口に咥えました。
(ぺっ)
 しかし、
「なんだよ〜これ」
 口の中にもしゃもしゃとした感触が残ります。
「たべものじゃないじゃん」
 そのまま行こうとしたはじめぎつねでしたが、赤い色のあまりのきれいさに、興味を覚えてしまいました。
 鼻面でつついてみたり、前脚でつついてみたり、ひとしきり確認作業を繰り返しましたが、食べ物である可能性は、まった くありません。けれど、
「う〜ん。……やっぱりもってかえろっと」
 なんとなく未練があるのでした。
 もう一度、今度は食べるためじゃなく、赤いものを咥えると、
(あけちさんにでも訊けばわかっかな)
と、銀の毛皮がきれいな物知りのあけちぎつねの洞穴に向かったのでした。


「ほ〜。それで、君は、これがなにか、知りたいのですね」
「うん」
 黄色い耳がぴこんとゆれます。
 わくわくと、尻尾も小刻みにリズムを刻んでいます。
 褐色の瞳が、怜悧な銀ぎつねに期待を込めて向けられていました。
 ふわふわの赤いなにかは、丸く弧を描いた大きな部分とそれよりも細い部分からなっていて、まるでホタルブクロという花 ををとっても大きくして、少しだけ形を変えたもののようです。
「う〜ん」
 赤いものを矯めつ眇めつしていたあけちぎつねの、ぴんと張ったひげが、揺らぎます。
「わかりましたよ」
「ほんとっ」
「私を誰だと思っているのです。君は」
「あけちぎつね」
 きょとんと返すはじめぎつねに、
「はいはい。……これはですね、人間が寒い時に前肢にはめる、てぶくろというものです」
 両肩をすくめて、前脚を出して御覧なさい――とつけたしました。そうして、あけちぎつねは、はじめぎつねが差し出した 前脚に、手袋をはかせたのです。
「おっきいや」
 はじめぎつねの前脚に、その手袋はもちろん大きすぎるものでした。
 けれど、なんだか、それに包まれた前足の先から、ほこほことあたたかさが伝わってきて、
「オレ、これ好きだな」
 そんなことばが、はじめぎつねの口からこぼれたのでした。
 あまりにもうれしそうなはじめぎつねに、
「それは、よかったですね」
 いつもは硬いあけちぎつねの口調もすこしだけやわらかくなりました。
「……そういや、人間の前脚だって二本あったよな」
「もちろん」
 何を言うんですか、いまさら――とばかりに、あけちぎつねの口調が、前のそっけなさに戻りました。
「だったら、これ、もうひとつあるんだよな」
「ですね」
「ふ〜ん」
 なにかを考え込んだはじめぎつねは、お礼の言葉を残して、あけちぎつねの洞穴を後にしたのでした。


 もうひとつてぶくろがほしいなぁ………。
 どうにかなんねーかなぁ………。
 そう思いながらはじめぎつねが向かうのは、山の裾野のひとの町でした。
 イノシシよりもおっかなくてでっかい、中に人間を飲んでいる変なものを避けて、がさがさと冬枯れの坂を下へ下へと向か います。
 どれくらい山を降りたでしょうか。
 ダーンッ! と、ひとつ大きな音が響きました。
 はじめぎつねが、跳ね上がります。
 なぜなら、それは、猟銃の音だったからです。
 一番おっかないものを、はじめぎつねは忘れていたのです。
(やばい)
 そう思ったときでした。
 ばさばさばさと音を立てて、はじめぎつねの目の前に、黒いかたまりが落ちてきたのです。
 目の前でもがくそれは、艶々と黒光りのする、一羽のカラスでした。
「だいじょーぶ?」
 声をかけたはじめぎつねに、
「不覚でしたね」
とつぶやきながら顔を向けたカラスの風きり羽根が、不揃いにちぎれて、血がにじんでいます。
「飛べる?」
「痺れていますね。無理みたいです」
 数度おぼつかなげに羽ばたいて見せたものの、カラスは、飛び上がることができません。
 そうこうしているうちに、はじめの三角の耳が、猟犬の鳴き声をとらえます。
「やばっ。あんた、やばいって」
 そう言うと、はじめぎつねは、カラスを咥え、一目散に走り出したのでした。


 川を渡って匂いを消して、どうにか猟犬を撒けたと判断したときには、太陽が空の天辺にかかっていました。
 舌を出して荒々しく息をついているはじめぎつねに、
「僕のことなど放っておけばよかったでしょうに」
「ばっ、ばかゆーなよっ! そんなことしたら、あんた、殺されるじゃないか」
 はじめぎつねが叫びます。
「怒ったのですか」
 カラスの金色の瞳が、はじめぎつねの顔をのぞきこみました。
 カラスの瞳から、顔を逸らそうとしたはじめぎつねでしたが、カラスの目のほうがすばやかったのです。カラスはきつねの 仔が怒っているのではなく泣いているのだと知り、
「どうして泣くのです?」
 心底不思議そうにたずねました。
 ついさっき知り合ったばかりのきつねの仔に命を助けられ、あげく泣かれるだなどと、カラスにとってはじめてのことだっ たからです。
 はじめぎつねは、
「泣いてなんかない!」
 ぷんと、そっぽを向いて否定しましたが、瞬間、下まぶたにたまっていた涙がこぼれ落ちてしまっては、ばればれです。
「どうしてです?」
 しつこく尋ねるカラスに根負けして、
「思い出したんだよ!」
と、はじめぎつねは答えはじめました。
 しぶしぶと、重い口を開きます。
 小さなころ、はじめぎつねのじっちゃんが、はじめぎつねを猟犬からかばって、目の前で大怪我をしたこと。それがもとで 、ほどなくして死んでしまったことをです。
 自分には関係のないこととはいえ、知らずにきつねの仔の古傷を抉ってしまったのです。
 冷たかったかもしれませんね――と、自分の態度を反省したのでした。
「僕は、よういちと言います。君は?」
 気分を変えようと、命の恩人の名を知らなかったことに思い至ったよういちカラスは、ここではじめて、自己紹介をしたの です。
「はじめ」
「では、はじめくん、すみませんでした。それと、助けてくださって、ありがとうございます」
 よういちカラスは、はじめぎつねに深く頭を下げたのでした。
 しかし、ぷいと横を向いたままのはじめぎつねは、恥ずかしさもあって、よういちカラスに顔を向けることができません。
 気まずい空気が、一匹と一羽とのあいだに流れます。と、何を思ったのか、突然よういちカラスが思いっきり羽ばたいたと 思うと、彼らが身を隠している木の一番下の枝まで飛び上がりました。
 飛べないはずのよういちカラスの行動に、はじめぎつねが驚いて見上げます。
 すっかり葉の落ちた木の枝にとまったよういちカラスは、すぐ上の枝をくちばしで折ると、すぐに戻ってきました。
 音をたててくちばしから落とされたのは、一個のこぶりな柿の実がなっている木の枝でした。
「おなかがすいていませんか?」
 よういちカラスがそう言った途端、はじめきつねのお腹が、せいだいに空腹を主張しました。
 一匹と一羽とは、仲良く柿の実を半分こにして平らげたのでした。
「ごちそーさまっ」
 そう言ってはじめぎつねは、ごろんと枯れ草の上に寝転がりました。
 しかも、へそ天です。
 あまりにも無防備な姿に、よういちカラスが目を点にして、そうして、すぐに小さく笑いをもらしました。
「そういえば、君はどうして、こんなに人里近くまで山を降りたのです」
 ふと、疑問を口にしたよういちカラスに、はたとばかりに自分が山を降りていた理由を思い出したはじめぎつねは、ぱたぱ たとふっくらと膨らんだ尻尾をたたき、それを見つけてほっとため息をつきました。
「よかったぁ、落っことしたかと思った」
 それは、赤いてぶくろ。
「これ見つけてさ、それで、できたらもう一個ほしいなぁって………」
 よういちカラスの金色の目が、赤いミトンのてぶくろに据えられて厳しく輝きました。
「それをどこで見つけました?」
「? 山だよ、このず〜っと上」
「そうですか」
(どうしてそんな山の中に………)
 実はよういちカラス、この赤いてぶくろを探していたのです。
 しかし、あまりにも大切そうに頬擦りをするはじめぎつねに、それを返してくれとはなかなか言い出せません。
(困りましたね)
 よういちカラスが、首をかしげて、はじめぎつねを見つめます。
 大人になりきる手前の、まだ子供らしさを充分に残した、きつねです。
 さきほどよういちカラスを助けたところを思い出してみても、優しいおひとよしの性格がしのばれます。
(本当のことを言ったほうがよさそうなんですけどね)
 しかし、自分がくれと言って、相当なお気に入りらしいてぶくろを渡してくれるかどうかは、わかりません。ですからよう いちカラスは、
「猟犬から助けてくれたうえに、なんですけど、僕の羽まだ完全に痺れが取れていないんですよね」
 そう、切り出したのです。
 案の定――と言いますか、
「だったら、オレがあんたの家まで送ってやるよ」
と、予想通りの反応が返ってきました。
 してやったりと笑うよういちカラスに、はじめぎつねは気づきませんでした。


 よういちカラスを背中に乗せて、人里まで降りてきたはじめぎつねは、よういちカラスに言われるとおり、人目を避けなが ら一軒の農家に向かいます。
「ここですよ」
 わらぶき屋根の大きな農家の裏にたどり着いたはじめぎつねに、よういちカラスはそう言って、ある窓の下へとかれをいざ ないました。
「もう帰ってるはずなんですけど……」
 そうひとり語散ると、ゆるやかな弧を描くくちばしで、ガラス窓をノックしたのです。
 瞬間、がらりと大きな音を立ててひらいたガラス窓に、はじめぎつねが身を竦めます。
「よーいち?」
 顔を出したのは、人間の女の子でした。白くて可愛らしい顔に、黒々としたおかっぱの髪の、小学校低学年くらいの女の子 です。
 女の子が手を伸ばせば、はじめぎつねに触ることができるでしょう。
(うわっ、にんげんだぁ………)
 こんなにも間近で人間を目にするのは、もちろん初めてのことです。
 腰が引けているはじめぎつねとは反対に、よういちガラスはうれしそうです。
「おかーさん」
と一声鳴いたと思えば、まだ完全ではない翼をはためかせて見せました。
 さて、よういちガラスにおかーさんと呼ばれた女の子は、キツネの背中に乗っているよういちガラスという非日常的な情景 に目を丸くしましたが、すぐに、にっこりと笑って見せました。
「おかえりなさい」
 カァと一声鳴いて答えたよういちカラスは、
「なにすんだよ」
 はじめぎつねの尻尾の中から、赤いてぶくろを引きずり出したのです。
 それをくちばしにぶらさげて、はじめぎつねの頭に止まり、女の子に差し出したのです。
「あっ!」
 よういちガラスが差し出した、真っ赤なてぶくろは、あちらこちらに土やオナモミ(ひっつきむし)それに枯れ草やはじめ ぎつねの黄色い毛などがくっついていましたが、
「わたしのてぶくろ!」
 女の子が見間違うはずがありません。
 それは、つい昨日洗って干した大好きなてぶくろの片方だったのですから。
 夜の間に、冬の木枯らしにさらわれたのか片方だけがなくなってしまっていたのです。
 去年の秋に、女の子のお母さんが入院していた病院で編んでくれた、真っ赤なミトンのてぶくろには、緑色の刺繍糸で、" ちかみやれいこ"とすそかがりがしてあります。
「よーいちが探してくれたんだ。で、キツネさんと、届けてくれたの?」
 れいこちゃんの赤いほっぺたが、ミトンのてぶくろよりも赤く染まりました。
 よういちガラスが、大きく羽を広げます。まだ、はじめぎつねの頭の上で。
「ありがとう、よーいち、それに、キツネさん!」
 れいこちゃんのうれしそうな顔を見てしまっては、もう、はじめぎつねにはてぶくろを横取りすることはできませんでした 。
「れいこー」
 家の奥から、女の人の声がれいこちゃんを呼びました。
「はーい。おかーさん、今行きまーす。それじゃあ、よーいち、それにキツネさん、ほんとうにありがとう」
 そう言うと、れいこちゃんは、部屋からで小走りで出て行ったのです。胸に、真っ赤なミトンのてぶくろを片方抱いて。
 がっかりしたはじめぎつねは、くるりと踵を返しとぼとぼと、暮れかけた道を山に向かって帰っていったのでした。
 よういちガラスが、はじめぎつねを呼び止めようとしましたが、はじめぎつねの耳には届かなかったようです。


 あれから数日が過ぎました。
 あの小春日和の日が幻のように、寒い寒い冬の朝です。
 はじめぎつねが自分の洞穴で、ぼんやりと薄目を開いたときでした。
 カァと、カラスの鳴き声が聞こえてきました。
 寒いから出て行きたくはなかったのですが、間違いなくカラスは自分を呼んでいます。その声には聞き覚えがありました。
 ガサガサと敷きつめた枯れ草を踏み潰しながら洞穴から出たはじめぎつねの口から、白い息が空に向かって昇ってゆきます 。
「はじめぎつね、おそよう――ですね」
 目の前の雪で覆われた地面に、黒い黒い、影。それは、間違いなく、あの日助けた、よういちガラスでした。
「なんだよ。あんたかよ」
「そうふてくされないで」
 金の目を眇めて笑うよういちガラスを、はじめぎつねはぶすくれたままで見やります。
「今日の僕は、お使いガラスなんですよ」
 そういうと、それまで背後に隠してたらしい包みを、はじめの前に差し出しました。
「おつかい?」
「そう。あなたが赤いてぶくろを届けてくれた、僕のおかーさんのね」
「おかーさんって、あれ、人間のこどもじゃんよ」
「卵からかえってすぐ巣から落ちた僕を、拾って育ててくれたのですから、やっぱりおかーさんでしょ」
「まーな」
 そう言えなくもないでしょう。
「開けてみてください」
 はじめぎつねにはもちろん読めませんでしたが、小さな包みには、『てぶくろを届けてくれたキツネさんへ』と、可愛らし い文字で書かれていました。
 よういちガラスに促されるままに包みを破いたはじめぎつねが、
「うわあ」
と、歓声を上げます。
 みれば、包みの中からは、小さな、はじめぎつねの前脚にぴったりな大きさの、真っ赤なてぶくろが現われたのでした。
「すごいや」
 すっかりうれしくなったはじめぎつねは、よういちガラスの存在も忘れて、口を使って親指の部分のないてぶくろを、前足 にはいたのです。
「ぴったりだ」
 両の前脚の指の先から、ふくふくとしたあたたかさが伝わってきます。
「おかーさんが、おかあさんに教わって、君のために編んだのですよ」
「とーってもうれしい」
 すごいすごいを連発するはじめぎつねに、よういちガラスの胸もふっくらとぬくもってゆくようでした。
「じゃあ、たしかに届けましたからね」
と、よういちガラスはそう言って、すっかり傷がよくなった翼を羽ばたかせました。
「あ、あんたのおかーさんにありがとうって。それと、あんたも、届けてくれてありがとうな」
 小さくなってゆくよういちガラスに、はじめぎつねが叫びます。

 やがて雪が降りはじめました。
 雪がしんしんと降りしきります。積もっている雪の上、新たに雪が積もってゆきます。
 今日も寒い一日になるでしょう。それでも、赤い手袋をもらったはじめぎつねも、幸せ気分のおすそ分けにあずかったよう いちガラスも、この日一日、寒さが身にしみることはないでしょう。

 少しだけ昔、どこかの田舎の、小さな小さな出来事でした。

おしまい
from 23:16 2003/11/09
to 12:05 2003/11/10

あとがき

 可愛らしいお話になったでしょうか?
 なっているといいなぁ。
 いつもお世話になっている素材屋KORATさまの新作携帯待ち受け画面があまりにも愛らしくて、壁紙にさせてほしい一心で、 捏造しました。
 壁紙にしてもかまわないとおっしゃってくださったのですよ〜♪ ありがとうございます、minaさま!
 なんだかすこしだけなんですが、銀ちゃん屍さんとキャラがかぶってしまっているような気がしないでもないような………。どうでしょう???
 それでは、少しでもみなさまがほのぼのとして楽しんでくださるのを願って、この辺で筆を置きます。
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