おともだち 2
教授と話してると、ちりちりと、視線が痛い。
んなに、珍しい――んだろーなぁ。
いろんな国からの、国費留学生や、王族貴族の子弟なんかも珍しくないって大学なのに、オレって、やっぱり、浮いてるらしい。
ま、な。
どうあがいたって、オレは、たかだか六才のガキンチョだ。けどさ、ここって、大学の中なんだぞ。街中の、近所のガキンチョじゃないんだからさぁ、やめて欲しいと思ったって、かまわねーだろ。なにを? 遠巻きにして、こっちを珍しそうにじろじろ見ることとか、いろいろ。珍獣とかならまだしも、目や口を大きく開いて、果ては指差しされたうえで、知り合いを呼んだり、ひそひそなんてやられっと、オレはUMA(Unidentified Mysterious Animals 未確認生物)、の域かよ? ――と、やさぐれたくなっちまう。たくさんの視線が、めちゃくちゃ鬱陶しいんだ。
はぁ―――吐いた溜め息が、白く空に上ってく。
「どうしたね、ミスター・金田一」
見下ろしてくるのは、灰色の柔和な目だ。
「なんでもないです。教授」
困ったことがあったらなんでも相談するんだよ――なんて、手を振って去ってゆく、気のいい教授の後姿を見送りながら、オレは、金色っぽい目を思い出していた。
背中に背負ったリュックの中には、高遠に借りた、三冊目の医学書が入ってる。
「……忙しいかなぁ」
オレに向けられる、やわらかな、こだわりのない視線が、嬉しい。
高遠と一緒にいるときが、オレの、今一番好きな時間なんだ。
高遠は、今、十才で――もっと年上かと思ったんだけど、四っつっきゃ違わないんだって――、医学部にいる。医学部は、こっから、大学構内を突っ切った、ほぼ正反対の端っこにある。
会いたいなと、思ってしまうと、もう駄目だ。足が、勝手に、医学部のほうに向かってる。
オレって、ほんと、我慢きかないタイプだよな。
ま、いっか。今日は、もう、オレの取ってる講義はないしさ。
散歩。さんぽ。
高遠を探すって決めちまうと、不思議に、他人の視線が気にならなくなる。こういうのが、集中力ってヤツかぁと、なんか、実感しちまう。講義中って、んなこと意識しないんだけどな。やっぱり、集中力にも、種類があるってことなんだろう。
しっかし、広いよな。
森林公園の中の、石造りの大学だ。
歴史も、半端じゃない。
あらためて、感心しちまう。
けど、同時に、うんざりもしてしまう。
移動するのが面倒だ。
もう少し、基礎体力をつけないと――って、さっきの教授がオレにいつも口を酸っぱくして忠告してくれるんだけどさ、本気で考えたほうがよさそうかな。
体力づくりなら、同年代の友達と鬼ごっことかして遊ぶのが一番だ――なんて、しみじみ言われてもさ、いねーもんな。
後頭部を、ぼりぼりと引っ掻きながら、オレは、んなことを考えてた。
オレの友達って、高遠しきゃいねーもん。
家の近所のガキンチョは、オレが近づくと、「はじめがきたぞー」とかって言って逃げちまう。
あいつらにとって、オレは、どうも、エイリアンとかグレイ(宇宙人のことな)とかゴブリンとか、マンイーターとかと同類項らしい。
あちこちで遊んでたガキンチョが消えた公園って、めちゃくちゃ、淋しい場所に変わるんだ。
ぽつんと公園にいると、遠くの車の音や自分の耳の奥に聞こえる鼓動の音や血流の音なんかが、静寂をいっそうのこと強調する。
悔しくて、悲しくて、腹立たしくて、その辺の木の葉をむしったり、池の鳥に石を投げたりしてしまう。その後には、後悔だけが、しんしんとオレを苛むんだ。
あんなことするのって、ほんと、ヤなんだ。
あんな目に合うのヤだ。
あんなのって、もう、ヤなんだ。
けど、もう、オレにだって、友達がいる。
そう。
頭の中に、高遠の、利口そうな、白い顔が浮かび上がる。
大好きな、大切な、友達だ。
足の裏の痛いのなんか、忘れてしまう。
気がついたら、いつの間にか、医学部の門をくぐってたみたいだ。
と、
「はじめ君っ!」
ドンピシャなタイミングで、大好きな声がオレを呼んだ。そうして、オレの手を取ると、
「逃げよう」
と、引っ張ったんだ。
「え? え? な、なにっ」
目の前の白い顔が、悪戯そうに笑っている。
「今日の実習、いやなんだ」
高遠が、こんなこと言うなんて、オレは、びっくりした。
後ろを振り返ったのは、
「単位落としたいのか」「進級できないぞ」って、教授らしい男の声が聞こえてきたからだ。
「い、い……の?」
どれくらい手を引っ張られて走らされたのか、木の根元にへたり込んで、オレは、息ひとつ乱してない高遠を見上げた。
少し乱れた前髪を、高遠が手櫛で、掻き上げている。
「かまわない」
少しして返ってきたのは、硬い声だった。
「進級できないなら、学部替わったっていいんだ」
「だって、医者になりたいんだろ?」
「なりたいよ。けど、いくら、必要だからって、犬や馬の解剖は、したくない」
「実習って、解剖――だったんだ」
「そう」
頬のあたりが、硬く強張ってる。
「たかとー。すわろ」
オレは、隣を、掌でぺちぺちと叩いた。
膝を抱え込んだ高遠は、まるで、オレよりも年下に見えた。
「たかとー」
前に回りこんで、オレは、高遠の顔を覗き込んだ。
「じゃあさ、じゃあ、オレんとこに来ない?」
高遠と一緒に勉強をするのは、楽しそうだった。
「はじめ君のところ?」
うっそりと顔を上げた高遠の金みたいな目が、オレを見返してきた。
「うん」
常識なしって言われるかなって、心配だった。だって、高遠は、人間のためとか医学のためとかで、無辜の生きものを殺したくないって理由で、悩んでるんだろ。なのに、オレって、高遠と勉強するの楽しそうだからってだけで、誘ってんだ。嫌われたらどうしようって、不安だった。
「いいですね」
けど、高遠は、やわらかく笑ってくれたんだ。
結局、高遠は、単位を落とさずに済んだけどな。
四冊目の医学書を返しに行った日、ちょうど最後の解剖実習の対象が、人間だったからだ。
「人間だったら、死後、献体になる同意書が提出されているはずですからね」
そう言った高遠の笑顔が、あんまりにもきれいだったので、オレは、なんて答えればいいのか、わからなかった。
おわり
start 22:22 2004/12/31
up 23:36 2004/12/31
あとがき
とりあえず、『おともだち』の続きです。
今年最後は、高金でしめることになりました。
えと、解剖実習についてとか、献体の同意書とか、大学についてとか、すべて、捏造ですので、突っ込まないでね。
それでは、少しでも、楽しんでいただけるといいのですが。