授業が終わり、まだ片付けを終えていないものたちを残して、生徒が実習室を出てゆく。 巨大な実験用のテーブルの上を几帳面なほどきれいに片付けて、彼が立ち上がった。 まとう白衣を脱ぐと、下には黒のタートルネックのセーターと同色のスラックス。白皙の青年は部屋を後にした。 つややかな黒髪に、整った白い容貌が、引き立てられる。くっと口角のもたげられた朱唇が、いつもよりもくっきりと色鮮やかなような気がして、すれ違いざまに彼を見たものの背筋にゾクリと震えが走りぬけた。 女子学生がぼんやりと、男子学生は飲まれたように、彼を見送る。 彼――高遠遙一は、この大学の客員教授である。 「知ってっか? 高遠教授の噂」 「噂っつーと、俺らよか年下っつーやつか? それとも、母さんが有名なマジシャンってほう?」 「いや……解剖の話」 「何? それ」 「初耳だ」 「ん」 同じ実習テーブルを囲んでいた四人の男子学生が、耳を寄せあった。 「高遠教授がイギリスで学生だったころ、解剖の実習があったそうだ」 「まぁ、医学部にいんだから、当然だな」 「で、だ。ウサギや猫や犬と、順を踏んだらしい」 「最終的に人間ってわけだな」 「うん」 「それで?」 「単位やれん――と、言われたそうだ」 「へ?」 「うそ」 「おまえかつがれたんだって」 「だな」 「解剖学落としたら、卒業どころか、進級すら危ないだろ」 ここで教鞭をとるようになって、まだ半年だが、高遠教授の手術の腕がどれほど冴えているか、知らない学生はいない。 「ばか。この話には続きがあってさ、次の解剖に出席できんようならって話しになったそうだが、あっさり、立ち消えたそうだ」 「は?」 「なんで」 「次の献体が、人間だったんだと」 「うっわ」 「ありそー」 「いかにも」 「嬉々として捌いたそうだぜ。で、単位はクリア――今の教授がおられる――――と」 教室が、しんと静まり返る。 鉄壁のポーカーフェイス、整った美貌は、口角の持ち上がっているくちびるのせいか、どこか非人間的で、近寄りがたい雰囲気を醸している。 彼が心の底から笑っているところを観たものが、いるだろうか? いや、いないに違いない。 「まぁ、どっか、精神もぐ覚悟なしには、外科医にゃなれん――とは、よく聞くけどな」 「天才だしなぁ」 そういう彼らもまた、人体の断面図のスケッチをしたばかりだというのに、立ち寄ったファースト・フードの店でハンバーガーをぱくついている。 グィンと自動ドアが開き、冬の冷たい空気が入ってきた。 それとともに、 「ね、見た?」 「見たよ。あれがホントにプロフェッサーってびっくりしちゃった」 「あの男の子なんだろうね。プロフェッサーのあんな全開の笑顔っ」 「あーあのこになりたい」 「よね」 プロフェッサーとは、高遠教授のあだ名である。 先ほどまで当の高遠の噂をしていた男子たちが、顔を見合わせた。 「お、おい、それ、ほんとか?」 to be continued
あとがき 思いつきだったんです。 あくまで、「なんとなく、ふと」だから、今まで、死蔵してました。二月近くほったらかし。 ともかく今月は更新やばいので。――の割には、更新してますが、自棄だったり。 つづいてますが、ラストまで書けるか、なぞ。はじめちゃんはまだ出てないしねぇ。 こんなのですが、久しぶりに高金を。少しでも楽しんでいただけると、いいんですけど。 |
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