手まり唄 8





 その日、フミは、久しぶりに友達の家に遊びに行っていた。
 すぐにも元気になるようなことを言っていたはじめは、まだ起き上がれないでいる。
 はじめの看病は、ニックがしている。はじめと同じ研究所の研究員だというニックである。
 フミがいても邪魔のようだった。
 フミもフミで、いつも元気でばかばっかり言っているはじめの青い顔などは見ていたくなく、逃げるように、出てきたのだった。
 心配でたまらないけれど、実際問題自分がいてもできることはない。
 けれどやっぱり、心配で。
 対戦型のテレビゲームをしていても、集中はできなかった。
 結局二時間もせず帰り道についていた。
 暑い。
 八月の昼である。
 うだるような熱をさえぎるのは、麦藁帽子だけである。
(へんだな)
 見慣れた家並み。
 なのに、セミの鳴き交わす音もない。
 ひとっこひとり姿も見えない。
 すうっと、背筋を冷たいもので撫で上げられるのにも似た寒気が走る。
 何が起きたのかはわからない。
 けれど、尋常ではないことが起きているということは、感じられた。
 右に曲がれば、焼けてしまった神社とフミの家である。
 まだ記憶に生々しい、たったひとりぎりだった肉親の死。
 思い出すのは、祖父の顔。そうして、ついでのように思い出される、禰宜の白くのっぺりとした顔。
(っ!)
 目をこすった。
 しかし、それは、そこに、いる。
 思い出したばかりの、禰宜だった。
 白い着物に水色のはかまをまとって、そこに立っている。
 そうして、フミを手招いたのだ。
 幽霊だ――――。
 幽霊は嫌いだ。
 なのに、足が、ひとりでに、だいっきらいな幽霊に向かってしまう。
(イヤだっ。イヤだってばっ!)
 両手を振り回してもどうにもならない。
 気がつけば、目の前に、薄い褐色の瞳。
 ニッとばかりに笑んで、フミの目を覗き込んだ。



◇◆◇◆◇


(なんだ………)
 プールの底で聞くひとの声にも似た気配に、目が覚めた。
 ひかない微熱のせいで、からだが痛だるい。
 それでも耳につく人声に、上半身を起こして、這いずり障子を開けた 。
「いったいどうしたんだ」
 声も、かすれている。
 自分のからだが思うままにならないことが、情けなかった。
「フミさんが、まだ帰らないと」
 ちょうど居合わせた家人のひとりが、はじめに手を貸し立ち上がらせた。
 窓の外には、藍色の帳が下りている。
「フミが? 今は何時だ………」
「もう、夜の八時前です」
 はじめの目が大きく見開かれた。

「ハジメッ」
 家人に見つかれば止められるだろうと、庭から出ようとしたはじめの肩を、ニックが捕らえる。
「どうしようっていうんだ」
「フミを迎えに行ってくる」
「俺が行く。使用人たちも探している。お前は、おとなしく寝ていろ」
「いやだ」
「ハジメッ」
「だいじょーぶだって」
 くるりと反転させられ、ニックの瞳が、目の前にあった。
「俺を誤魔化せるとは思っていないだろ」
「……ああ」
「俺が治してやる。だから」
「ニック」
 はじめは、ニックの肩を軽く押しやった。
 首を横に振る。
「オレのからだだ。ニック。もうそんなに時間がないことくらいは、わかる。わかっているから、好きにさせてくれないか」
 確固とした拒絶に、ニックが刹那動きを止める。
「なにも、今日明日ってわけじゃない。けど、研究成果が出るのを待つほど時間はない。オレには、いろんなチューブに繋がれて弱っていくなんてこと耐えられそうもないんだよ。だから、な。頼む。無茶はしない。ただフミを迎えに行くだけだ」
 はじめの鳶色のまなざしが、ニックの瞳を覗き込む。その、静謐なまでに澄んだ目の色に、ニックは言葉をなくした。
「じゃ」
 庭下駄の音が遠ざかってゆくのを、ニックは夢の中の出来事のように聞いていた。



◆◇◆◇◆


 それは、直感だった。
 なぜだかわからない。
 フミは無事だ。
 それは、確信へと育っていた。
 誰かが、自分を呼んでいる。
 だから、まっすぐに、夜道を進んだ。
 そうして、はじめは神社の焼け跡にたどりついた。
 月の光が、木々のこずえから射し込み、焼け跡をぼんやりと夜の闇に浮かび上がらせている。
「お待ちしておりました」
 男の声。
 それが、名も知らぬ禰宜の声だと、わかっていた。
 いつの間に現れたのか、背の高い禰宜が、はじめの目の前にたたずんでいた。
「まったく、あんまり犯罪っぽいことはしないでほしいよな」
 禰宜の腕の中、安らかな寝息をたてているフミに、安堵しながら、はじめはぼやいた。
 犯罪ぽいと言うより、犯罪そのものといわれてもしかたないことだ。それでも、相手が生身の人間ではないのなら、言うだけ無駄である。
「これは………申し訳ありませんでした」
 神社が焼ける前と今とでは、明らかに態度が違っている。
 いったいどうしたんだと思ったものの、はじめは、ただ手を出すにとどめた。
「さ。来たんだし、フミを返してもらえっかな」
「私が抱いておきますよ」
 そんなことを言う。
「? 逃げねーけど?」
「今のあなたでは、フミさんでも抱いて運べはしないでしょう。倒れられても困りますからね」
「……そーかよ」
 礼を言おうかと思ったが、つけたされたひとことに、やめることにしたはじめである。
「それでは、こちらへどうぞ」
 足音もなく進んでゆく禰宜の後を、はじめは追ったのだった。
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つづく
up 16:29 2003/11/23

あとがき

 長い間が開いたのに、まだつづいてます。しかも、まだ御大は出てこない。いくらなんでも、待たせすぎだよん。
 すみません、こんなで引っ張ってしまってますが、少しでも楽しんでいただけますように。
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