Trouble Birtyday



  それは、誕生日の朝のことだった。
 鼻孔をくすぐる植物の香に、はじめは目を覚ました。
 カーテンを閉めるのを忘れたのだろうか。窓から射しこんでくる陽射しは、時刻が既に昼近いことを物語っている。
 まだ目覚めていない頭で、周囲を見渡した。
 見慣れた自分の部屋である。
 しかし、それを机の上に見出した途端、はじめを取り巻いていた眠気はたちまち霧散した。
 ごちゃごちゃと雑多なものであふれかえっている机の上に、深紅の薔薇の花束と大きな箱があった。
 何気に花の数を数えれば、十七――はじめの歳と同じ数である。
 深紅の薔薇は、ある人物を連想させる。

 高遠遙一―――それは、全国指名手配中の殺人犯。

 恐る恐る机に近づき、何か仕掛けがないかと注意深く観察した。花束の下の箱は、高さ十センチ幅が七十×五十くらいの大きさで、赤いリボンがかけられている。とりあえずは心配ない――と判断して、おもむろに花束を取り上げ床に置こうとした。と、ひらりと何かが花の間からこぼれ落ちた。
「!!」
 名刺大の白いカードだった。
 そこに書かれていた内容に、瞬間その場に固まる。
「はじめっ! いつまで寝てんだ? 伯母さん怒ってるぞ」
 ドアの外からのフミの声に息を吹き返し、着替えもそこそこに箱を掴むと家を飛び出した。

 

 

 そうして、小一時間後、はじめの姿は警視庁にあった。

 

 

※ ※ ※

 

 

 鑑識のテーブルの上には、件の箱がのっている。
 真剣な面持ちの剣持と鑑識班の刑事の後ろには、無表情なまま腕組みをして明智が立っている。
 冷静な顔の中の容赦なく冷徹なまなざし。
 しかし、はじめには、もう分かっている。
 こんな時の明智は、内心激しくキれているのだ。
(こ、こえー)
 恐怖に心臓が跳ねてしまうのを堪えるので必死だった。
 帰りたかったが、当の明智に『後で事情を詳しく聞かせてください』と引き止められているため、それも出来ない。
 テーブルの隅に、はじめを警視庁へと走らせたカードが忘れられたように置かれている。
 それには、
『Happy Birthday! プリティキュートな名探偵君へ』
と、とんでもない内容が躍っている。
(い、嫌がらせにしても、度が過ぎすぎだよ〜!!)
 思わず文字を目で追ってしまって、血液が下がる。
 しゃがみこもうとして、いつの間にはじめの背後に移動していたのか、
「大丈夫ですか」
と、明智に耳元で囁かれた。
 気がつけば、両肩に明智の手が乗っている。払いのければ済むことだったが、できなかった。
 ぞっと、怖気が走り、硬直してしまったのだ。
 なんと言っても、明智は、その輝かしいエリート人生から一歩を踏み外してしまっているのだ。しかも、その元凶は、明智が主張するのを信じるなら、はじめ自身だったりする。
(そんなん、オレのせいじゃねー)
 何度そう喚いたかしれやしない。けれどそのたびに、
『責任をとってくださいね』
と、まったく意思の疎通のないことばを返されるのだ。
(責任をとるのはおまえのほうだろーが!)
とでも言おうものなら、おそらくにっこりと満面の笑みをたたえて、
『望むところです』
とでも仰ってくれるだろう。
 それがわかるだけに、ああ言われると黙り込むよりないはじめなのだった。
『君のことを好きになってしまいました』
 そう告げられたのは、半月ばかり前のことだった。
 そう、明智は、よりによって、何をとち狂ったのか、男であるはじめのことを好きだと言って、果敢すぎるアタックを繰り返しているのである。
 明智とはじめの間の攻防戦は、毎回明智の一人勝ちだった。それは、はじめにはどうしようもない、人生経験の差のせいなのだ。
 このエリート警視は、なんのかんのと理由をこじつけては、無理矢理押し倒そうとする。
(セクハラどころじゃない! あれは、ゴーカンだ)
 そう主張したところで、
『はじめくんも、ちゃんと感じているでしょう』
 そう言われては、ぐうの音もでない。
 絶対に厭なのに、気持ちがいいのも事実なのだ。
 はじめが記憶の中に落ち込んでいる間に、リボンは解かれ、包装紙も剥がされた。
 箱の蓋が持ち上げられ、薄紙に包まれた、ひと目で高級品とわかる麻のサマー・ジャケットにシャツとパンツの一揃いが現れた。
「痛っ」
「どーした?」
「なんでもねーよ」
 剣持の問いにそう答えたものの、肩が痛い。ギリギリと、明智の指が万力のように肩を握りしめてくる。
「警視」
 犯人を追いつめようとする刑事のひきしまった表情で、剣持が明智を見る。
「あの男がそんな愚を犯すとは思いませんが、花屋とその包装紙を使っている紳士服の店を割り出すのが先ですね」
「はっ」
 鑑識を出てゆこうとする剣持に、
「あ、申し訳ありませんが、私は急用が出来ました。後は君に任せます」
「は?」
 思いも寄らぬ台詞を耳にしたのだろう、剣持は、先ほどの二割り増しはハンサムに見える表情を大いに崩して、明智をまじまじと見やった。しかし、明智はそんな剣持など歯牙にもかけず、
「それでは。はじめくん、行きますよ」
「ど、どこへだよ」
「黙ってついてらっしゃい」
 そうぴしりと切って捨てて、警視庁を後にしたのである。
 部屋には開いた口を閉じ忘れている剣持と、鑑識の刑事だけが残された。

 

 

※ ※ ※

 

 

「知っていますか?」
「……な、何を?」
 ハンドルを握り正面を向いたまま問い掛けてきた明智に、冷や汗が流れ落ちる。
 ナビシートにシートベルトで張りつけられたはじめはできるだけ明智との距離をとろうと努力していたが、いつになく荒い運転にともすれば肩に頭が当たる。
「洋服を贈られる意味を、です」
(は?)
「しらないけど?」
「そうですか」
 ちらりとはじめに視線を流し、深い溜め息をこぼす。
 沈黙が車内を閉ざす。耐え切れなくなったのは、はじめだった。
「………なんなんだよいったい」
 沈黙は、饒舌よりも、怖い。
 明智がいったい何を考えているのか、判断材料が得られないからだ。
「知らない相手から、洋服を貰ってはいけませんよ」
「だから、なんで!」
「男が服を贈る理由は、贈った服を着た相手から、それを脱がせたいということなのですよ」
 全部が全部そうだとは言い切りませんけどね。
 そう付け加えても、今更だったりするだろう。
「なんだよそれっ!」
 開いた口がふさがらないとはこのことだ。
 だって、明智のことばが正しいと仮定すると、よりによってあの地獄の傀儡師が自分をそういう眼で見ているということになる。
(かんべんしてくれ………)
 明智との攻防だけで手一杯だったりするのだ。
 かっくりと、うなだれたはじめは、それでも一つの可能性を見出した。
「嫌がらせ。きっとそうだ! 自分が送った服で、どんな波紋が起きるか。それを見たかったんだきっと」
「………そうでしょうか?」
「そうだって! いくらなんでも、明智さんみたいな変態がそうあちこちにころが……」
(げっ!)
 言い過ぎたと思った時には、時既に遅し。
 明智の瞳が、剣呑な光を宿して一瞬はじめを見たような気がした。
(ど、怒髪天?)
 生きた心地がないとは、このことかもしれない。
 助手席で固まっていると、
「さあ、つきました」
 独り語ちた明智が、有無を言わせずにはじめの腕を引っ張って入ったのは、高級そうなブティックだった。
 車内での明智との遣り取りともあいまって、あまりの怖さに反抗する気力もない。逃げるだけ無駄だろう。相手のほうが、体力も持久力も明らかに勝っているのだ。はじめには、震えを抑えて、明智と店員の遣り取りを眺めているのが精一杯だった。
 服の次は靴と無理矢理着替えさせられて、次はフランス料理の店だった。
 はじめが呆けている間に携帯で連絡でもしていたのか、手際よくテーブルに案内され、さほど待ってもいないのにオードブルが運ばれてくる。
「仕事サボって昼間っから酒かよ。この不良警視」
 自分はぺリエだというのにワイングラスを傾けている明智に、嫌味をぶつけたってバチは当たらないだろう。
 恐怖が薄れてしまえば、不機嫌になる。
 だいたい、こんな意味深な馬鹿高いスーツを着せられて、肩が凝りそうな高級なレストランでの食事など、ご免こうむりたい。
「ほら、そのフォークじゃありませんよ。その隣。そう。ちゃんとカトラリーは食べる順にあわせて並べてあるのですから、どれでも使って食べるのは間違いです」
 マナーの教師のような言葉に、うんざりする。
「で? なんだっていきなりこんなフランス料理なんかおごってくれるわけ?」
 不満を隠さずにじろりと相手を見ると、
「ああ、遅くなりましたね。私としたことが……」
(ひとこと多いんだよあんたはっ!)
 そっぽを向いてオードブルを片づけていたはじめは、
「それでは、はじめくん。今日は特別ですよ」
と言う、明智の台詞に促がされるように、顔を上げた。
 見れば、ソムリエが新たに注いだワインをはじめの左側に置いたところだった。
「?」
「遅くなりましたが、誕生日おめでとう」
 明智がグラスを持ち上げ、つられるようにして持ち上げたはじめのグラスと触れ合わせる。
 チンと澄んだ音がテーブルに響いた。
「あ………」
(忘れてた)
 警視公認の飲酒に、思わず先ほどまでの危惧を忘れてしまったのは、正にはじめの不覚にほかならない。
「サンキュ」
 照れくさくて、はじめは明智の視線から顔を逸らせるように、グラスを一息で干した。

 だから、刹那、明智の瞳が意味ありげに光ったのを、はじめは見逃してしまったのだ。

 そうして、美味しい料理をたらふく詰め込んだはじめは、今度は明智に美味しくいただかれてしまったのである。

 

 

 

 

 

 


                                                                

おしまい
start 11:27 2002/08/07
up 15:55 2002/08/07

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